第80話 IQ3

 襲撃を受けた俺達はゼルチームのトラックを牽引し、輝刃たちのいるエアロ川まで戻った。

 川で休息をとっていた輝刃達女性陣と合流すると、敵に襲われた経緯を話した。


「不可視の敵による襲撃……。それってもしかして、試験を滅茶苦茶にする殺人狂の候補者が現れたってこと?」


 少年誌的敵対勢力が出てきて嬉しいのか、輝刃は期待に目を光らせていた。

 それはないと言いたいが、あの無差別攻撃を見るとその可能性もないとは言い切れない。


「というか、ほんとに人間がやったのかよ? 見えねぇ魔獣とかって可能性はねぇのか?」


 真島はひしゃげた戦車側面装甲を見て眉を寄せる。確かに見た目だけだと、魔獣の火球をくらったようにも見える。


『被弾箇所の解析結果、60ミリショックカノント一致。現在コノ装備ヲ採用シテイルノハ仙華所属ノ航空軍艦ト、超機人ノミ。超機人ニハ九龍社製、不可視ICMシステムガ搭載……ファーザ、犯人ワカッタゾ!』


 頭に電球をつける土方。

 お前の言いたいことはわかるが。


「武装だけで犯人を決めるのはちょっとな」


 と言っても仙華の超機人が、現状限りなく黒なのは間違いない。


「おれ試験開始前に超機人を見たけどよ、確かにあれなら普通の人間が持てねぇバズーカでも余裕で扱えそうだったぜ」

「…………まぁな。ショックカノンクラスを扱えるのは仙華の超機人と、グラーフツェペリンIドイツのシュヴァルツアイゼンぐらいだが、ドイツは今回ヘヴィーアーマーを持ちこんでないしな」

「なんで持ってきてねぇんだ?」

「ヘヴィーアーマーは滅茶苦茶砂に弱いんだよ。防塵装置を使っても砂粒ってのは内部に入り込んでくるし、最悪関節稼働部がロックされて動けなくなる。というか普通の思考してたら、鈍足のヘヴィーアーマーで砂漠横断とか無理ってわかる」

「じゃあどうやって仙華は砂漠でヘヴィーアーマー使ってんだ?」

「んー……いくつか考えられるが、一番単純なのはトレーラーでキャリーされてる。2つ目はジャイロホバーっていう超低空で浮くフライト装置があるんだけど、それなら砂地でもいける。でも試験開始時、超機人の足回り見たが、ホバーではなさそうだったんだよな……」


 俺が唸ると、真島は肩をすくめ情報を整理する。


「不可視の襲撃者は超機人じゃないと扱えないなんとかキャノンを持っていて、透明になるなんとかシステムも使える。それらに合致する超機人が、今回の試験に参加してるって……もう決まりだろ、アホでも気づくぜ?」


 全員がこれって試験委員に報告案件か? と顔を見合わせていると、ゼルがメガネを白く光らせながら首を振る。


「敵を視認していない以上、すべて推測に過ぎん。試験委員に報告するとしても、”多分”仙華の候補生が攻撃を仕掛けています、では話にならん」

「そうだけどよぉ」

「さらに言えば、候補生同士が戦闘になってはいけないというルールもない」


 ゼルの言葉に輝刃はうなずいた。


「降りかかる火の粉くらい自分で払いのけろってことね」

「ってかそもそも襲撃者の目的はなんだよ? なんでゴール目指さずおれ達の足止めなんかしてんだ?」


 真島は意味がわからんと首を振る。


「あくまで敵が同じ候補生だと仮定するなら、合格者を絞っているのだろう。一次試験突破者が少なくなれば二次試験は少人数で済む。なんなら合格予定者数を下回れば、一次試験で終わりという可能性もある」

こすいことしてんなオイ」

「忘れるな、相手の正体がわからない以上この動機も推測にすぎん。ひょっとすれば全く関係ない第三勢力の可能性だってある」


 そうか、仙華の兵器を使ったレイヴン協会に敵対する組織の可能性もあるってことだな。

 レイヴン試験は過去何度か、テロリストや武装反対を訴える思想家によって、妨害を受けたことがあると聞く。


「姿が見えねぇってのはめんどくせぇな」


 真島はガリガリと頭をかいた。全くでもってその通りだ。

 敵が何かわからない以上、相手の目的も背後関係も見えない。これなら魔獣に襲われた方がよっぽど楽だと思ってしまう。

 野郎三人が唸っていると、輝刃がどんと肘で俺を突く。


「問題は敵が仙華の候補生かって話じゃなくて、どうやってそこを超えるかでしょ? 小鳥遊君、襲撃者がいた場所ってあたしたちが通るルートなの?」

「ばっちり。超邪魔な位置にいる」

「面倒ね。迂回ルートとかあるの?」

「それも検索してみたが、あそこを通れないとなるとタイムロスがえぐい」


 俺は腕時計型情報端末RFの3Dマップを開くと、襲撃された場所の先に細い渓谷があり、その道を通らないと先に進めないことがわかっている。

 襲撃ポイントを通らない迂回ルートは、渓谷をぐるっと大回りするか岩山越えるしかなく、戦車で通るにはかなり苦しい。


「岩盤強度が怪しいから岩山は通りたくねぇな」

「迂回ルート以外の案ってあるの?」

「現状二つある、一つ目は戦車にとにかく装甲を積んで砲弾を受けながら強行突破する。二つ目は倒すって意味合いなんだが、雨が降るのを祈る」

「雨?」

「奴がどんな不可視ICMシステムを積んでても、雨天時は透明化しててもバレる」

「あぁ、雨が反射するのね」

「そっ、ICMの透過システムは光の屈折を利用して人間の視覚に映らないようにするんだが、雨だと光の反射計算ができなくなってボヤッと映る。しかもシステム起動時にジャミング用のガスを噴出するんだが、雨が降るとそのガスが使えなくなってレーダーにも映る」

「なるほど、雨が天敵ってわけね……でも」


 輝刃は雲ひとつない空を見上げる。


「雨……降りそうにないよね」


 ディアナのつぶやきに全員が頷く。

 砂漠の天候はすこぶる快晴だった。


「迂回、強行突破、雨乞いって凄い択ね……」

「大体どれも運絡んでるのがな……」


 俺達が困っていると、話に入っていなかったペンギンガスマスクがトレーラーの下に潜り込んでエンジンの修理を始める。


「とりあえずおれ達は修理しないと動けねぇし、そっちも装甲の修理するんだろ?」

「そうだな、今は動けるように準備しよう」



 それから俺達は警戒を続けながら、エアロ川でキャンプを張ることになった。


 二本のポールを戦車側面に立てると、その上にブルーシートをかぶせ簡易テントを作成。

 その下に修理用の工具を広げる。

 俺は黒焦げてべっこりと凹んだ戦車側面装甲に触れる。

 この車両【サンドエレファント】は対魔獣戦を想定しているため、チタン装甲の下に魔力鏡面反射装甲ミスリルを使用している。ミスリルは魔力に対する高い防御性能を誇るが、その反面砲弾などの実体弾で割れやすいという弱点がある。

 ショックカノンのような大口径の砲弾で狙い撃ちにされると、2,3発で装甲を貫通してしまうだろう。

 おまけに中量級車両な為、被弾しなくても爆風でひっくり返ることが有り、そうなるともう終わりである。

 一発当たったら爆発を免れないトレーラーに比べればまだマシではあるが、敵との相性はあまりよくないと言える。


「固定砲台ならまだ致命傷を避けて走行できるけど、相手がヘヴィーアーマーだと的確に履帯狙ってくるだろうな……」

『ファーザ、使エソウナ装甲拾ッテキタ』


 土方は砂漠に転がっていた戦車の残骸から、使えそうな装甲板を引き剥がし取ってきてくれた。


「でかした。よくあったな」

『アノヘンニイッパイ兵器転ガッテタ。見ツケルノ簡単ダゾウ』


 土方が指差す方を見ると、電波塔だろうか? 丸いパラボラアンテナがついた鉄塔が見える。


「あの辺に軍の中継基地でもあったのかもな。よし、じゃあ装甲交換やるか」

『オウ、頑張レヨ』

「お前もやるんだよ」


 戦車の装甲交換自体はすぐに終わり、土方は再びスクラップ漁りスカベンジャーしてくると言って砂漠へと出た。

 あいつが何か掘り出し物を取ってくることを期待しつつ、トレーラー下でメンテを行うペンギンガスマスクに近づく。


「なんか手伝おうか?」

「いい。センキュ」


 シュコーシュコーと呼吸音を鳴らすペンギンコートの候補生、有末瑠夏。見た目のインパクトは強いが、テキパキとした動きで修理を行っている。

 唯一問題があるとしたら、ガスマスクで声がくぐもっていてほんとに男か女かわからないところくらいだろう。

 まぁ性別不明はうちにもいるしな。

 ディアナの方を眺めていると、呼ばれたと勘違いしたのかビキニに収まりきらぬ胸をゆさゆさと揺らしながら近づいてきた。


「修理終わったかい?」

「終わった……が、こっからが問題だな。戦車の強化が必要だ」


 迂回するなら速度を出せる足回りの補強がいるだろうし、強行突破するなら装甲の強化が必要だ。

 まぁそもそも襲撃者とやり合うか、逃げるか決めなきゃいけないんだが……。


「やられっぱなしのまま、尻尾巻いて迂回するってのもな……」


 リスクを考えれば迂回したほうがいいんだろうが、奴を野放しにして事情の知らない候補生が襲われるのもタチが悪い。

 スパナ片手にどうすっかなぁ、いっそ世紀末感溢れるスパイクだらけの戦車にしてやろうか? と考えていると、ディアナがニコニコしながら俺を見ていた。


「どした? そんなに俺の顔が面白いか?」

「よ、予想の斜め上を行く卑屈さで驚いてるよ。いや、頼りになるなって」

「あん? レイヴン運ぶのは機工の仕事だろ?」

「ボクの学園艦なら、不可視の敵ぐらい倒してこいって命令されてたと思うから」

「ウェールズって結構ブラックなんだな」


 信用されてるという意味かもしれんが。


「不可視の敵……ボクがなんとかしてあげよっか?」

「えっ?」


 ディアナに振り返ると、糸目で態度や仕草は飄々としているのに、実はラスボスでした的な鋭い目をして俺を見ていた。


「君がさ……お願いしてくれるならさ……。ボクが邪魔な奴、全部殺してきてあげるけど……」


 やめろその友達だと思ってたら、実は人類の敵使徒だったみたいな怖い笑顔。

 艷やかな唇を動かすディアナに、俺は至近距離まで近づく。

 そして――


「絶対にやめろ」


 そう囁いた。

 低い声で言ったのがきいたのか、彼女の態度は一変して瞳に焦りを滲ませ慌てて取り繕う。


「君も……手柄とかそういうのにこだわるタイプ? だ、大丈夫だよ、全部手柄君にあげるよ? ボクが倒した奴全部君が倒したことにすれば……なんでそんな怖い顔するの?」


 俺はディアナに顔を寄せながら、戦車が背後に来るまで追い詰めドンっと彼女の顔の隣に手をついた。

 そしてそのまま手を下ろすと、ストライプビキニの肩紐を掴んでパーンと弾いた。

 すると大きな胸がぼよよんと振動した。


「ぼよよんじゃねぇよ!!」

「えぇ!? 何にキレてるの!?」

「倒してきてあげよっかじゃねぇよ! それでケガしたらどうするつもりだ!」

「ケ、ケガって……ボクは……その……」

「手柄あげる? 俺は他人から手柄譲ってもらったってなんも嬉しくねぇし、他人の手柄で偉くなりたくもねぇ」

「そ……そんなつもりじゃ……ボクはただ……君の役に立ちたくて」


 怒らないでと、若干涙目になるディアナ。


「俺の役に立ちたいなら、そこでスクワットするんだ」

「ス、スクワット? 体鍛えてろってこと?」

「いいからやるんだよ!」

「は、はい! 1、2,3」


 俺の目の前でスクワットを始めるディアナ。

 両手を頭の後ろに回し、美しいフォームで下半身を上下させる。

 いいぞ、凄まじい”揺れ”だ。


「ちなみにスクワット最高何回できる?」

「わ、わかんないけど? 身体強化なしだと5、600回くらいかな?」

「……俺よりできるな。身体強化を使ったら?」

「そりゃ1000回でも2000回でもできるけど。魔力強化した筋トレなんて意味ないよ?」

「意味があるかないかは俺が決めるんだよぅ!」

「は、はい、すみません!」

「身体強化を使って、素早くスクワットするんだ。疲れないようにやるんだぞ」

「き、筋トレなのに?」

「つべこべいうんじゃないよ!」

「は、はい!」


 さっきより素早くスクワットするディアナ。グゥレイト。グラビアなんか目じゃない迫力があるな。正直こんな魅惑的な体をしたディアナを男だと思ってるなんて、ウェールズに乗ってるレイヴン全員バカなんじゃないかと思う。


「疲れてないか?」

「う、うん。全然。魔力で強化してるから」

「ならそれでいい。続けるんだ」

「?…………!」


 首を傾げていたディアナだったが、ようやく俺の眼球が揺れる胸に合わせて上下していることに気づいた。


「あ、あの……もしかして……ボクのこと性的な目で見てる?」

「ああ! 俺はお前のことを性的な目で見てるぞ!」

「すっごい爽やかに変態なこと言うね!」

「とりあえず俺が戦車の強化案を思い浮かぶまで、そこでスクワットしててくれ」


 ――30分後


「君ほんとに戦車のこと考えてる!? ずっと胸しか見てない気がするんだけど!?」

「あぁ……なんかまとまりかけてきた気がする(棒)」

「絶対嘘だよね!?」

「あぁ今の大声で完成図が消えたわ。また一から考えよう」

「君最低だよぅ!」

「じゃあ次、俺脚おさえてるから腹筋な」


 ◇


 なぜか筋トレを始めたディアナと悠悟を見やるゼルと真島。


「あいつらなんでこの状況で筋トレしてんだ?」

「恐らく彼らなりの集中方法なのだろう。トレーニングを兼ねているのは実に合理的だ」

「そうか? ただエロい目で見てるようにしか見えんが」


 ◇


 川辺で釣り糸を垂らしながら、筋トレしている二人の様子を伺う輝刃と舞。


「いいのか? 旦那イケメンと浮気してんぞ」

「あの程度もう慣れたわ。出雲だと彼を全力で甘やかす、パーフェクトな姉が3人いるんだからそれに比べたら可愛いもんよ」

「はぁ、お前よくキレないな」

「もうキレちらかして焼け野原になった後よ」


 そう言って魚を釣り上げる輝刃。きっしょいピラニアみたいな魚が釣れた。


「なんか本妻の貫禄があるな……。とても未確認の敵に襲われて詰まってるチームとは思えねぇよ」


『ええぞええぞ! もっと体をおこすんやで!』

『ねぇちゃんと考えてるんだよね!? あとその喋り方キモいからやめてほしんだけど!』

『腹筋凄い! 胸が迫ってくる! 仕上がってるよ! 仕上がってるよ! お前の胸は3Dだ!』

『今君IQ3くらいしかないよね!?』


 筋トレしてるだけでうるさい二人。


「無理よディアナ。そいつなかなかシリアス展開にさせてくれないから」


 経験者は薄く笑みを浮かべる。

 まぁでもそろそろ筋トレセクハラする悠悟を見てると苛ついてきたので、どこかにヤシの実か硬い石でも落ちてないかと探すと、丁度いいことに自分の手にピラニアがいることに気づいた。


「あいつの指くらい食いちぎってきなさい」

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