第79話 不可視の敵
俺達は
助手席に座るのは、インテリ眼鏡のゼルと、オールバックに鼻ピアスのヤンキー真島。
ディアナの正体がバレたくなかったので、ウチのチームメンバー女性陣はエアロ川で待機させることにした。
今頃俺のことを話題に水遊びを楽しんでいるだろう。
小鳥遊君しゅきとか言っててほしい。絶対ないと思うが。
というわけで戦車内は、珍しく野郎3人プラス土方で進行している。
せっかくなので何か話しながら行こうと思い、ゼルに母校の学園艦の話を振った。
するとその話を待っていたと言わんばかりに、出るわ出るわディアナの話が……。
彼女の剣技、容姿、人気、好みを羅列し、基本最後はディアナ様は素晴らしいの賞賛で締める。
ゼルが度を超えたディアナマニアだと気づくのに5分もかからなかった。
「あまりにも美しいそのお姿……あぁディアナ様……。朝に見ゆる貴方はなぜそんなに美しいのか……」
ちなみにディアナが朝バナナ食っただけの話で、この調子である。
そのうちディアナ信教でも作りそうで怖い。
彼女を連れてこなくてよかったと心の底から思った。
「しかし野郎が野郎のこと語ってるとは思えんな……」
ここまでキラキラした目で話されると、あっちの気があるのでは? と思ってしまう。
「何か?」
「いや、ゼルってディアナのこと好きなんだなって」
「好きや嫌いの次元の話ではない。彼はいずれ地上を救うメシアとなるだろう。……そう光だ」
ダメだもうディアナ教始まってるくさい。副官がこれでは彼女も疲れるだろう。
多分この調子だと、実は女だったって知ったら泡吐いてショック死するぞ。
それから素晴らしきディアナ様エピソードを2、30分ほど聞かされ、げんなりゲージを上昇させていると、土方がトレーラーを発見する。
「あれか」
傾いたトレーラーの車体は、すり鉢状の砂地に埋まり、後部車輪が沈下しているのが見て取れる。
流砂というとすごい勢いで沈んでいくのを思い浮かべるかもしれないが、実際は砂で出来た沼みたいなもので、動かなければ沈まないものの方が多い。
「ウチのメカニックが待機しているはずだ」
「あれか?」
沈みゆく車両の上にペンギンが見えた。
正確には丈の長いペンギンパーカーを着た候補生。露出部が顔と足しかないのだが、顔には軍用のいかついガスマスクをつけており不審者感が半端じゃない。
「なんじゃあのパンクとファンシーを合体させた、近づいてはいかん奴は……」
「ウチの諜報兼機工の
「あれ冷却コートなんだ……」
「飯食うときもあのまんまで、おれ達も素顔見たことねぇんだよな」
「ガスマスクでどうやって飯食ってんだ?」
「ミキサーみたいなんで全部すりつぶしてストローで吸ってる」
「やべぇ宇宙人みたいだな」
胃に入ればなんでもいいという感覚なのだろうか?
俺達が近づくとペンギンガスマスクは立ち上がって腕をふる。
「瑠夏って女の子か?」
名前的に女子っぽいが、瑠夏君という男子もいるだろう。
真島に聞くと、「わかんねぇ」と首をかしげる。
「なんでわかんねぇんだよ。顔見てなくても胸とかでわかるだろ?」
「そ、そんなとこ見ねぇよ!」
「嘘だろ、まず真っ先に見るだろ」
「見ねぇよ!」
顔を真っ赤にして怒鳴る真島。
意外と純情な奴だ。
「ってか声でわかるだろ?」
「ほとんど喋んねぇからな。声もガスマスクでよく聞こえねぇし」
「ゼルも知らないのか?」
「性別に興味はない。この試験に重要なのは能力があるかないかだけだ」
ディアナのこと以外にはストイックな奴だ。こいつの目の前にディアナの食いさしのバナナ置いといたら持って帰るか? 企画をやりたい。
流砂に巻き込まれない程度に戦車を寄せると、俺は火器管制システムを呼び出し、
「アンカーを打ち込んで引き上げるぞ」
「おれ達は外出てるぜ」
真島とゼルが戦車の外に出てから、トレーラーのフロントに照準を定め、アンカーを発射する。
砲塔から鎖付きの錨が飛ぶと、トレーラーのバンパーに突き刺さった。
固定が完了したのを確認してから、俺はギアをバックに入れ戦車を後退させていく。
その作業中、土方が俺の肩を叩いた。
「どうした?」
『ファーザ、魔獣ガイルゾ』
「なにぃ?」
やっぱ流砂の中に魔獣が潜んでやがったか。
そう思ったが、土方は上を指差す。
『上空400ニ反応』
「げっ、まさか飛行種か」
「グリフォンだ!」
外に出ていた真島が叫ぶ。
俺はすぐさま
『グリフォン種――ライオンの体に鷲の頭と翼を持ったキメラ型の魔獣。鳥の飛行スピードと、ライオンの筋力を手に入れた空の捕食者である。
肉食で性格は獰猛。山岳地などに生息し、人間を捕まえそのまま巣へと持ち帰る。
前足の爪はメタルクローと呼ばれ、鉄すらも容易く切り裂き、人間はひっかかれるだけで体が真っ二つになって死ぬ。嘴も同様に鉄を貫通するほどの硬度があり、人間は軽く小突かれただけで穴が空いて死ぬ』
「説明怖すぎでは」
ほぼ即死属性しか持っていないグリフォンが、上空から音速を超える速度で滑空すると、トレーラーに鋭い爪痕を立てる。
図鑑通りメタルクローは車両の装甲を紙のように切り裂き、5トンもある車体を転倒させようとしてくる。
グリフォンは甲高い鳴き声を上げると、更に数回降下と上昇を繰り返しトレーラーにダメージを与えて来る。
その度に車体がグラグラと揺れ、ペンギンは今にも流砂に落ちようとしていた。
「野郎もしかして本物のペンギンと勘違いしてんのか?」
いつあのペンギンパーカーが鋭い爪に引っ掛けられ、そのまま空へと連れ去られてもおかしくない。
想像すると絵面がシュール過ぎる。
「私が仕留めよう」
ゼルはその手に黒の洋弓を持ち、魔力で作り出したピンク色に輝く矢をつがえる。
「射抜け……【アーバレスト】」
ゼルの眼鏡が日の光を反射して白く輝くと、矢は弾丸の如く風を切り裂いて飛ぶ。
光の矢がグリフォンの右翼に命中すると、ぐらりと態勢を崩して地面へと落下していく。
しかし墜落寸前のところで態勢を立て直すと、再び翼をはためかせ上空へと舞い上がった。
「しぶといな……落ちるまで射つだけだがな」
ゼルはもう一射矢を放つと、グリフォンは矢の軌道を読んで身を翻して躱す。
しかしゼルが右腕を上げ、手をふるように一回転させると光の矢は突如軌道を変えた。
完全に物理法則を無視した矢は直角に曲がり、今度はグリフォンの左翼を射抜く。
「我が魔弓アーバレストから逃れる術はない」
「後はおれが引き受けたぜ」
両翼を穿たれ落下してくるグリフォンに、真島は拳にスタンガン付きのメリケンサック【スタンボルト】を装備し、腕を立てたファイティングポーズをとる。
翼は失っても戦闘能力は失っていないグリフォンは、垂直落下しつつメタルクローで真島に襲いかかる。
「おらぁ!!」
真島の拳とグリフォンの爪が交差すると、グリフォンの顔面に電撃の拳が突き刺さった。
3本の
俺はその光景を車載カメラで見ながら感嘆の息をついた。
「はー……強っ……」
さすがCランクとは言え精鋭揃い。ホーミング性能を持つ魔弓アーバレストのゼルに、メタルクローにも物怖じしない
特にゼルはディアナと並び立つだけあって、魔力のコントロール、威力共に抜群だ。
「エリートってやつだな」
決してただカッコイイだけの男ではなかったということだ。
その後、鎖を巻き上げ、トレーラーを流砂から引き上げることに成功する。
アンカーを切り離し連結を解除すると、ペンギンガスマスクはトレーラーに乗り込みエンジンを掛けた。
しかしルルルルルと音をたてるだけで、エンジンがかからない。
運転席のペンギンガスマスクは大きく首を振る。どうやら砂が入ってしまったのかトラブっているようだ。
「ウィンチ繋げてくれ! エアロ川まで牽引する!」
俺がそう言うとペンギンガスマスクはトレーラーを降り、フロントに装備されているウィンチを引き出し戦車の後部にフックを引っ掛ける。
再度連結を確認すると、土方がまた俺の肩を叩いた。
『ファーザ、更ニ魔獣反応有リ。北東ヨリ時速80デ接近中、種別ボクシングカンガルー』
「あぁ、それ前図鑑で見たわ。めっちゃ筋肉ムキムキなカンガルー型の魔獣だろ?」
画像も見たことあるが、一撃で人間を殴り殺せそうな筋肉と哀愁を帯びた目をした悲しき
「まぁ飛行型に比べれば正直ザコ……」
『数500頭ヲ確認』
「あかん殴り殺される」
俺はハッチから頭を出して叫ぶ。
「魔獣の群れが接近してる! 逃げるぞ!」
ゼルたちがトレーラーに乗り込んだのを確認すると、俺は運転席についてシートベルトを締める。
「怖ぇカンガルーが集まってくる前に、さっさとこの場を離れよう」
アクセルを踏んで、車両が動き出してほんの数秒だった。
戦車側面装甲で何かが爆発し、車内が激しく揺れる。
「な!? んだ。カンガルーのくせに砲弾飛ばしてくるのか!?」
『方向ガ違ウ、南東2500カラノ攻撃ダ』
「2500!? 学園艦の艦砲射撃でも飛んできてんのか!?」
『発射予測位置ニ敵性兵器、建造物、魔獣反応ナシ』
「なんもないところから砲弾が飛んできてるってのか!?」
『ステルス兵器ノ可能性有リ。砲弾更ニ3発発射音確認』
「やべぇ!?」
俺はアクセルをベタ踏みして、一気にこの地域を離脱する。
飛来した砲弾が砂地をえぐり、大音響の爆発を起こす。
当たるなと願いながら戦車はトラックを牽引しつつ、猛スピードで逃げる。
「止まると死ぬなこれ! さっさと射程外まで出るぞ!」
『次弾発射音確認。対象、本車両ト距離変ワラズ。多分ツイテキテルゾー』
「はっ!? マジで!?」
俺は車載カメラで後方を確認するが、砂漠には戦車が立てる砂煙以外何も見えない。
「くそ!? なんなんだ。実はステルス性を持った魔獣か!?」
カメレオン系の小型飛竜がそんな能力を持つと言うが、こんな強力な火砲を持っているとは聞いていない。
『ソレハナイ、音紋照合結果、敵砲弾種別60ミリショックカノント一致』
「ショックカノン!? ……ちょっと待て、それどっかの軍の装備じゃないか?」
『現在コノ装備ヲ使用シテイルノハ仙華所属ノ軍艦ト超機人ダケダー』
「あぁ? なんか急にきな臭くなってきたぞ」
俺の頭に試験開始時遭遇した、仙華の超機人が思い当たる。
奴がショックカノンを持っていたかは不明だが、現状の状況と合致してしまう。
というかショックガン級の大口径砲弾を撃てるのが奴しかいない。
ついてくるというのならば輝刃たちのいるエアロ川まで引っ張ってきて、全員でタコ殴りにするという手もあるが、不可視で実態がつかめないというのがタチが悪い。
もし仮に今ついてきているのが超機人じゃなくて、ステルス性能を持った軍艦なら、C級レイヴン数人でなんとかなるもんじゃない。
「土方、超機人に
『
「あんのかよ」
舌打ちが出てしまう。
そんな新型の不可視システム、旧式戦車のレーダーじゃ破れんぞ。
『更ニ3発連続砲撃ガ来ルゾー』
「クソが!」
俺は残りのスモークコンテナをすべて切り離し、煙幕に紛れながら当たるなと祈る。
砲弾は車両ギリギリ側面をかすめ、地表の爆発で車体が大きくジャンプする。
『ファーザ運転荒スギィ!』
車内を転げ回った土方が怒っている。
「無茶言うな! ひっくり返ってないだけマシと思え!」
てかマジでどうすんだよ。向こうが弾切れ起こすまで走るのか!?
『トレーラー切リ離シテ逃ゲヨウ、囮ダ!』
「よくそんな悪魔の手思い浮かぶな!」
しかしトレーラを牽引していて速度が出ないのも事実。最悪トレーラー組に戦車へと移ってもらってから切り離すのは有り。
しかし飛び移ってる時間なんかあるのか?
そう思っていると、連続していた砲撃が不意にやんだ。
「あれ……諦めたのか? なんでだ? 絶対詰めてくると思ったのに」
『九龍社製ICMノ戦闘中稼働時間ハ20分ガ限界、叢雲社製ICMヨリ遥カニ稼働時間が短イノダ。叢雲最強! マザー最高!』
なにがなんでも土方はエクレの株を上げたいらしい。
気づけば俺達は15分ほどチェイスをやらされていたようだ。
ICMの稼働限界が来るまでに撤退したと考えると辻褄が合うが。
「……まさか、他の候補生使って新兵器の実験してんじゃねぇだろうな……」
仙華は結構胡散臭い話が多いと聞くが……。
いや、まだ超機人がやったと決まったわけじゃない。
憶測で犯人を断定するのはやめよう。
それから俺はゼルたちのトラックを牽引し、輝刃たちのいるエアロ川まで戻ったのだった。
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