第78話 身バレ
試験開始から5日目。
戦車内には運転席に俺、助手席にディアナ、後ろの車長席に輝刃、ハッチの上に舞と定番のフォーメーションが組まれつつあった。
退屈気にRFに映された3Dマップを眺めていた輝刃が、俺の背中に声を投げる。
「ねぇ、そろそろ休憩にしない? ずっと運転してて疲れるでしょ?」
「まだ走れるが」
「休めるうちに休みましょ」
「まだ走れるが」
「あたしが休みたいのよ休みなさいよ!」
キレる輝刃。
知ってた。
「少しルートからそれるけど、地図見たらこの辺りに川があるみたいなの」
確かにこの辺はオーストリア大陸が砂漠化する前からある、大きな川が流れている。
奇跡的にその川は砂漠化していないらしいが、そこに行くには少し遠回りになるので明らかなタイムロスだ。
ただ女性陣のフラストレーションはかなりたまり気味。
それと言うのも、水は貴重なため風呂に入れない。濡らしたタオルで体を拭くぐらいしかできず、汚れや臭いが気になっている様子。
車内は冷房が効いているとは言え、少し外に出るだけで一瞬で汗ばむ気温。
輝刃とディアナは魔獣が出てきたらすぐに迎撃に出るため、汗をかく量も多く不快指数は俺よりはるかに高いだろう。
「丁度中間くらいまで進んだんでしょ? いいでしょちょっとくらい」
「ボクも賛成かな。遅れた分はだいぶ巻き返したと思うし。遊んでてもトラブルがなければ2000位以内には入れるんじゃない?」
まぁ確かに、ここまで来るのに大量のリタイア者を確認したからな。
バイクで熱砂を走破するのはやはり厳しかったのか、先行組はかなり苦しい戦いを強いられているようだ。
「ある程度ガス抜きは必要か」
ストレス緩和も重要だろうと思い、進路をそれて地図通り川へと向かう。
オーストリア大陸中部 エアロ川――
廃墟と砂の地にあるとは思えない美しい川の水は、日の光を反射して虹色に煌めいていた。
俺は戦車を降りると、川の水をすくう。透明度があってとても綺麗だ。
この大陸全体の自然系の
おまけに人間がいないため、水を汚す化学物質やゴミなどが存在せず水質は上がっている。
「まぁでも……あんまり長くはなさそうだな」
なんとか砂漠化を免れているが、川は徐々にだが規模が小さくなっているようで、後数年もすればここも砂の海に飲まれるだろう。
「順調に命が終わっていってんな……」
そう呟くと、遅れて戦車から降りてきた輝刃、ディアナ、舞は急ぎ水の中へと飛び込む。
「あぁ気持ちいい!」
「警戒しろよー。水場ってことは魔獣も集まってくるかもしれんからなー」
『ワカッテルーファーザ!』
なんであのロボが一番楽しそうにしてるんだ。
土方は脚部にプロペラをとりつけ、モーターボートかといいたくなるスピードで川を疾走している。
あのバカがまた寝ている魔獣を叩き起こさないことを祈りながら、俺は顔と腕の汚れを洗い、戦車の整備を行う。
「お前だけが頼りだぞ。頼むから持ってくれよ」
期間中は多分大丈夫だと思うが、何分旧式だからいきなりエーテルリアクターが死んでも不思議ではない。
それからしばらくメンテを行い、俺は先日トラブルを起こしていた砲塔の修理を終えて一息つく。
「これで砲弾は撃てるようになったな……。ソフトウェア面でも不具合は起こしてないし……」
洗った顔をすぐに灰と油汚れでドロドロにして整備を行っていると、急に誰かに後ろから抱きつかれた。
この背中で潰れるボリューミーな胸の感触は
「ディアナか」
「凄ぉい、わかるんだ」
「俺ぐらいの
「す、すごいね」
引きつった苦笑いを浮かべるディアナ。
恐らく一般人にはこの領域の話にはついてこれないだろうな。
レベル高くてごめんな。
「皆で入ろうよ。君だけ仕事してちゃダメだよ」
「いや、もうちょっとやりたいことが」
「ほらほら。そんなことしてると頭ショートしちゃうよ」
俺はディアナに後ろから押され、服のままオアシスに突き落とされた。
「ぶはっ! おい、なにすんだ」
「あはははは」
「何すんだはこっちのセリフだ……テメェいい度胸じゃねぇか」
怒りに震える声が聞こえて振り返ると、怒筋を浮かべた舞が拳を震わせていた。
俺は水の中に落とされ必死になにかにつかまろうとしたせいで、舞の水着に手をかけてしまっていたようだ。
豹柄のブラが引き伸ばされ、彼女の胸に激しく食い込む。
「これはトLOVEるの神がだな……」
「なにわけわかんねぇこと言ってんだ! てかさっさと手離せ!」
頭蓋に響く鉄拳が降ってきて、俺は土左衛門の如く水面にプカプカと浮かんだ。
「ほんと小鳥遊君って、どこ行ってもおんなじことやってるわね……」
土方の背中に乗って、サーフィンしている輝刃から呆れた声が漏れる。しかし意識が飛んでる俺の耳には届かない。
◇
それからしばらくして、再び戦車整備に戻った俺。
積載されている戦車砲弾を取り出し、
前回は砲塔トラブルだったが、砲弾の方にも何か問題があるかもしれないのでチェックすることにしたのだ。
「撃てないのは最悪大丈夫だが、弾が暴発したとか最悪だからな……」
チェックしてみたところ、榴弾弾底に亀裂が入ったものを見つける。
「やばいやばい。これ使ったらボカンだったぞ。念の為火薬も見とくか」
どうやら使えないものは一発だけらしく、それ以外は無事のようだ。
俺が砲弾を整備していると、水に濡れたディアナが隣にやってくる。
「どうかしたか?」
「ううん、なんでもないよ。ただ君の作業見に来ただけ」
「見てても面白いもんじゃないが」
「いいんだよ別に。……そうだ、君戦車とかに詳しいんでしょ? 何か話してくれない?」
「何かって言われてもな」
「何でもいいよ。この戦車の歴史とか」
「面白くないと思うが」
「大丈夫だよ。お願い話して」
「そうか……ならこの戦車の説明からなんだが、このサンドエレファントは対魔獣専用に造られた車両で、動力部であるエーテルリアクター。この車両の後ろ、ほんのり黄色く光ってるだろ?」
「そうだね、ボクもこれ気になってたんだ」
「ここにリアクターが入ってるんだが、排熱の関係でむき出しに近いんだよ。なぜこんな位置にあるかっていうと、魔獣は弱点が見えてようがそこを攻撃するっていう知識がないからなんだ」
「あぁ対人戦を想定してないからなんだ」
「そう。ただこれじゃバックして壁にぶつかったらリアクター潰れて爆発するじゃねぇかって話で、次の世代では内部格納型になった。でも俺はなんだかんだで、こうやって戦車のケツにリアクターくっつけてるのが正解なんじゃないかと――」
「うんうん、なるほなるほど。それでそれで?」
ディアナは手をうち、続きを促してくる。
俺は調子に乗って全く興味ないであろう機銃の話や、装甲板の話などを広げていく。
☆
それを遠目で見やる輝刃と舞。
「……あいつオタクのダメなところめっちゃ出てるわね」
「なんか実感こもってんな」
「昔彼にレイヴンの基本装備にある拳銃の話を聞いたの。そしたらもう止まらないのよね。第何世代と比べてどこがどう優れてるとか、内部構造がなんとか式にかわったとか。どっと洪水のように深い話を浴びせてくるのよ」
うんざりと肩をすくめる輝刃。
「お前が聞いたんだろ」
「ちょっとサッカーのルール聞いたら、ルールどころかネオタイガーショットの打ち方まで教えてくる感じよ。あの時のあたしの虚無の顔見せてあげたいわ」
「まぁ男って多いよな。自分の興味ある分野めっちゃ語るやつ」
「オタクなのよオタク。あたしの妹と全く同じ。普段控えめなのに、その分野になるとブレーキぶっ壊れてめっちゃ喋る」
「ふーん、じゃあ妹と仲良くなりそうだな」
「もう仲良くなってるわよ!」
「なんでキレてんだよ……」
妹と男とりあってるとはさすがに言えない輝刃だった。
「しかし、ほんとなんでディアナはあんな奴に興味あんのかしら」
「あいつ今までずっと男やらされてたんだろ? 多分あれが素なんじゃねぇの?」
「抑圧されてたってのはわかるけど、それでなんで小鳥遊君に興味が出るのよ。まさか廃墟で助けられたからコロっといったわけじゃないでしょ」
「多分落ち着くんじゃねーの? 自分の学園艦ではアイドル的人気があったみたいだけど、それはやっぱ聖騎士ディアナっていう
「正しく偶像だったところに、本当の顔を見せても大丈夫な人ができて強い安心感を覚えてるってこと?」
「きっと男の仮面被り続けるのに強いストレス抱えてたんだろ。ようは思春期全部殺せってことだからな。ほんとは人並みに恋もしたかったんだろ」
「…………」
「あぁそうだ思い当たる点が一つ。ディアナの奴、昨日キャンプしてる最中サソリ見てキャアって悲鳴上げたんだ」
「それがどうかしたの?」
「本人はやべぇ悲鳴あげちまったってすぐ口押さえてたんだけど、そこにリーダーがぶわあああって走ってきて大丈夫か! って叫んだんだよ。サソリ踏み潰しながら」
「それがどうしたの? 平常運転の小鳥遊君だと思うけど」
「わかんねぇのか? リーダーは男で唯一女扱いしてくれる存在なんだよ」
「…………」
「虫に驚いたって茶化さない、笑わない、怒らない。ディアナにとってはそれだけで……安心できるんじゃねーの?」
誰にも女性であることを打ち明けることができず、信用している人間にすら嘘をつかなくてはならない。
ずっと心の中で裏切っていると自覚し、色恋にも目を背けて生きてきた少女。
女性らしい悲鳴を上げることすら許されず、仮面を被ることを強要されたディアナ。
そんな体中を縛り付けられた中、唯一自身の素顔を知っている少年に惹かれていくのは当然と思えた。それと同時に輝刃は若干の不憫さを感じた。
「素顔を知ってるのが小鳥遊君とは」
もっとまともな奴いるだろうと内心思う。
「…………ま、今だけ貸しといてあげるわ」
☆
俺はペラペラと話をしていて、ふと我にかえる。
「す、すまん。こんな話興味ないだろ?」
「えっ、ボクは君が話す話ならなんでも興味あるけどな。もっと君のこと知りたいよ」
そうイケボで返すディアナ。
「そうか? じゃ、じゃあ次は――」
俺は禁断の化石趣味について話そうかと思っていると、不意に見知らぬ男から声をかけられた。
「オイって言ってんだろ!」
「な、なんだ?」
振り返るとそこには髪をオールバックにして、鼻にピアスをつけたヤンキーみたいな少年と長身でインテリ眼鏡をかけた美少年の姿があった。
恐らくヤンキーの方は蒼龍のレイヴンだろう、烏丸と同じ制服だ。
インテリ眼鏡は白い制服に肩がけのマントで、多分プリンスオブウェールズ所属じゃないだろうか?
話に夢中で、ここまで間近に接近していることに気づかなかった。
「すまない。驚かせるつもりはなかった。私はゼル、こっちは真島。今回の試験で組んだチームメイトだ」
「
礼儀正しいインテリ眼鏡とヤンキー。凄い組み合わせだ。
「お、おう」
変なコンビが一体何の用なのだろうかと思っていると、俺は後ろから肘でドンと突かれた。
振り返るとディアナが大量の冷や汗をかいていた。
彼女は俺に小さく耳打ちする。
(あの背の高い方、ボクの同期。……
「そうか、あの眼鏡なんか強そうだもんな。それはそうと……なぜそんなに全力で隠れる?」
ディアナは俺の背に密着するようにして体を隠している。
(ボク今女だよ!? 彼ボクを男だと信じ切ってるから、この格好見たら泡吹いて倒れるよ!?)
まぁ確かに今のディアナのビキニ姿は刺激的だろう。
「オイ、何イチャこいてんだよ」
両手をポケットに入れたヤンキーがこちらに凄んでくる。
なんか蒼龍所属の奴ってガラ悪いやつ多いな。
「よせ真島。我々は頼みに来たのだ」
「頼み?」
「あぁ、我々の乗っているトレーラーが流砂に飲まれて走行不能になっているんだ。すまないが、その戦車で牽引してもらえないだろうか?」
「それくらいなら全然いいぞ」
「ありがとう。感謝する。…………その、全く関係ない話なのだが、後ろの女性、どこかで会ったことはないか?」
やべぇいきなりバレた。
ゼルがディアナの顔を確認しようと俺の後ろに回ると、ディアナはさっと俺の前に移動する。
そうして二人はグルグル俺の周りを回る。
「ディア……ティア。すまない彼女恥ずかしがり屋なんだ」
俺はディアナに偽名をつけると、腰を掴んで無理やり引き寄せる。
(やばいバレるよ!)
(逃げ回るほうが怪しい。適当に口裏合わせてくれ)
(う、うん)
「似てるって言ったけど、それは女なのか?」
「い、いや男性だが……」
「じゃあ人違いだな」
俺は前のめりになるディアナの尻をパンと叩いて、無理やりちゃんと立たせる。
するとバルンとした胸が目に入り、ゼルは顔を赤らめ目をそむける。
「よく見ろどこが男なんだ?」
「いや、顔が似ててだな……」
「お前……男と顔間違えるって失礼じゃないか?」
「いやいやいや、そういう意味ではなく。とても女性顔の男性でってフォローになってないな。本当にすまない。失言だった非礼を詫びよう。そちらのディアナ様……ではなくティア様に高貴な雰囲気を感じ取ったんだ」
深く頭を下げるゼル。
(お前ディアナ様って呼ばれてるの?)
(ま、まぁウェールズでは皆そう呼ぶかな。ボク王子様だし。高貴だし)
(自分で言うな)
俺は後ろ手にディアナの尻をつねる。
「いひゃい!」
(こんなヘタレがイケメン騎士
(侍らせてない! 侍らせてない!)
顔を真赤にして首を振るディアナ。
するとヤンキーの真島が、ゼルの肩を叩く。
「諦めろゼル。ナンパしても無駄だ。ありゃ完全にデキてるぜ」
「ち、違う! 本当にそういう目的ではない!」
「というか、早く流砂に流されたトレーラー引き上げに行こうぜ。完全に砂没したら救えねぇし」
「そ、そうだな。よろしく頼む」
俺たちは流砂に飲まれかけているというトレーラの場所へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます