第77話 ディアナ

 烏丸といざこざがあった後、ディアナをチームに加えて本日も灼熱の砂漠を戦車は進む。


 今はBランク一次試験開始から4日目と中盤戦へと差し掛かる。

 現在地はオーストリア大陸北端を出発して中心へと向かい南下、約三分の一ほど進んだところだ。ペースとしては順調で、このまま何事もなければ何日か貯金を作ってゴールできるだろう。


「いやぁ冷房きいてても暑いよね。自分がいかに無謀なことしてたかわかるよ」


 自分の性別がバレてからというもの、ディアナは開き直って水着姿のまま隣の助手席でずっと俺に絡んできていた。


「戦車のオーバーヒートを直す強制冷却装置を使って内部を冷やしてるが、それでもな」

「いや、でも冷えた水が飲めるというのはそれだけで凄いよ」


 彼女は冷却装置のそばで冷やした水をグビッと飲むと、口端から雫が一滴こぼれる。雫は首を伝い胸の起伏にそってカーブすると、深い胸の谷間に吸い込まれていった。


「…………ナチュラルエロスめ」


 俺は小さくぼやく。

 ちなみに今ディアナが着ている白黒のストライプ柄のビキニは、輝刃と舞が廃墟から拾ってきた補給コンテナの中に入っていた。

 話を聞くと、立ち寄った廃墟には諜報兵科にしか解けない暗号キーが隠されており、それを解くことでこのような補給物資が手に入ったとか。


 この試験機工いないと詰みじゃん! ってならないように、他の兵科がいればちゃんと試験は継続できるようになっているらしい。

 まぁ諜報科目赤点の舞が解読できたのは一番簡単な暗号だけで、入っていたものは女性用水着と日焼けオイル、後は俺たちが使っていないガソリンだけだったが。


「水着ておま……バカンスじゃないんだから」


 試験委員がどういう意図で、これを補給物資に入れたのかイマイチよくわからない。

 何かしら意味があると思うのだが……。

 しかし考えたところで『意味なんかねーよバーカ』という可能性も十分ありえる。

 水着の用途について深読みしていると、ディアナが金の髪をかきあげ助手席から身を乗り出して体を寄せてくる。


「随分難しい顔だけど、どうかしたのかい?」


 目の前で揺れるディアナのたわわな胸。

 それだけで水着の意味はあったと感じる。


「イケメンイケボで囁いてくるな」


 こちらの動揺を察したのか、ディアナはクスッと微笑むと、更に至近距離にまで体を寄せる。


「操縦桿を握る君の手……繊細だね。今度ボクと一緒にピアノを弾かない?」

「音感0なんで無理だ」

「大丈夫だよ……ボクが教えるから」


 そう言って運転席で操縦桿を握る俺の手の上に、自分の手を重ねるディアナ。

 指ほっそ、なっが、しっろ、超綺麗。

 顔のイケメンさに引っ張られがちだが、コイツ体のパーツは明らかに女なんだよな。


「だから……君もボクに操縦教えてくれないか……?」


 甘い香りに甘いマスクで囁かれる甘い声。

 男だろうが女だろうが容赦なく撃墜してしまう、恋愛強者の聖騎士プリンス

 これが英雄色を好むというやつなのだろうか?

 プリンス(女)と秘密のレッスンが始まってしまうと思っていると、後ろで一部始終を見ていた輝刃カグヤが運転席を蹴る。


「よそ見してると事故るわよ」

「お、おう」


 不機嫌な輝刃は、運転席、助手席の後ろの一段上がった車長席に座ると、脚を組んで俺たちを見下ろす。


「まさか聖騎士様が女だったとはね」

「実はUイギリス本国では、男しか騎士階級序列1位聖騎士長アーサーになれなくてさ。ウチ結構名門なんだけど女子家庭で女しか産まれなかったんだよね」

「結構どころじゃないでしょ。剣術の名門マーキュリー家。ご先祖様は偉大なる剣王だったとか」

「そりゃ凄いな」


 白兎さんといい勝負しそうだ。軍神VS剣王なんて凄そう。


「凄いのはご先祖様だけだよ」

「そう? あなたレイヴン界でも結構有名だと思うけど」

「俺は知らなかったが」

「あんたは自分の興味ある分野以外に興味なさすぎ。同業者くらい調べなさいよ」

「むぐ……」


 輝刃に正論かまされて押し黙る。

 その後もディアナは輝刃に見られていることなど全く気にせず、遠慮なくこちらに身を寄せる。

 やばいまたキレてんじゃないだろうか? と後ろをチラ見すると、若干顔を赤くしている輝刃。


「ディアナって顔だけ見るとほんとにイケメンだからあれね……。男同士がイチャついてるみたいだわ」


 確かに体さえ見なければわからなくもない。


「ディア×小鳥」

「おいやめろ。不吉な記号をつけるな」

「小鳥×ディア」

「受け攻めを変更するな!」


 一体誰の入れ知恵だと思ったが、明らかに天才美少女科学者マザーしかいなかった。


「ってか、あなた女の格好してて大丈夫なの? 本国で男で通してたって言ってたけど、今の姿見たら泡吹いて倒れる子いっぱいいるんじゃない?」

「ほんとはダメだけどね。多分一次試験中はチームもグチャグチャになってるし、ボクってわかんないんじゃない?」

「確かに」


 ディアナ=イケメン(○)

 ディアナ=おっぱい(☓)


 だから、おっぱい見た瞬間別人だなって思う。

 むしろ女らしい格好をしているほど、彼女だとわからなくなるだろう。


「二次試験以降は戻すかもしれないけど、今はこのままがいいな。胸やお尻を圧縮してたから、この格好ほんと楽でいいよ」


 その反動でデカくなったのか。

 体を不自然なまでに寄せてくるディアナの、ムチッとした肉が目に入り俺は顔が若干赤くなった。

 それと同時に輝刃は運転席にヤクザキックを見舞う。


「鼻の下伸びてるわよ」


 これで伸ばすなという方が無理があるだろう。


「あんたもあんただけど、ディアナもディアナね。相変わらず手の早さはお国柄かしら」

「お前も母親Uイギリス人だろ」


 輝刃は激おこのままツインテを後ろ手に弾く。

 おぉ怖い。

 ディアナはそんな俺と輝刃のやり取りを見て首をひねる。


「ところでさ、君と輝刃さんって付き合ってるの?」

「「ブホッ」」


 あまりにもストレートに聞かれたのでむせてしまった。


「いや、違」

「そうよ。付き合ってるわ」


 オイこの女、またニセコイやるつもりか。


「そうなんだ……避妊はちゃんとしてるの?」

「してないわ」


 やめろやめろ! 凄まじい勢いで誤解が膨れ上がっていく。


「違うから! そういう性的な行為自体してないって意味だから! ってか付き合ってすらない! お前も悪意ある否定の仕方するな! ディアナもいきなりゲスいセクハラするな!」

「小鳥遊君一瞬で4つもツっコむの凄いわね」


 どこに感心してんだ、このブリテンツインテは。


「ボクは君に彼女がいても気にしないけど。……多分ボクが勝つからね」


 だからそのイケボイケメン顔やめろ。こいつさぞかし自分の学園艦プリンスオブウェールズではモテまくってるな。

 恋愛強者の余裕を感じる。ってかなんで俺攻略対象ヒロイン枠なんだよ。

 輝刃の貧乏ゆすりが激しくなった。見ろあの顔、変な女に絡まれてんじゃねぇよタコスがって顔してる。

 輝刃は不機嫌だし、ディアナは全く気にせず絡んでくるし、俺はキョロキョロと周囲を見渡し第三者登場を願う。


「えっと、舞はどうしたんだ?」

「あの子なら後ろの後部宿泊車両キャビンで寝てるわ」

「そっか、そういや深夜哨戒してくれてたな」


 土方も珍しく後ろで大人しくしてるし。こういうのぶっ壊すのがお前の役目だろ。

 ロボットに空気読み期待しても無駄か。


「ね、ボクに操縦教えてよ」

「ん、いいけど」


 戦車を止めて運転席をかわろうとすると、ディアナは遠慮なく俺の膝上にお尻を落としてきた。

 なかなかに肉厚な尻をしてらっしゃる。

 極力照れていることをバレないように冷静に操作を教える。


「えっと、この操縦桿で方向を決めてフットペダルでアクセル踏んで。アクセルは優しくな」

「あっ、動いた。面白ーい。ね、これどうやって外確認するの?」

「そこの小さな戦車窓から見るんだ」

「えー、これぇ? 見にくいなー」

「大きいと敵の攻撃が入ってくるからな」


 ディアナは運転席前の戦車窓を見ようと身を乗り出すと、大きなお尻が突き出されて墓穴をほってしまったことを悟る。


「え、え~っとだな、それ以外にもこっちの車載モニターに外の景色が映る」

「こっちは見やすいね」


 戦車に取り付けられた外部カメラが、外の状況を映し出す。


「相変わらず……砂しかないね」

「砂漠だからな」

「なんか砂が渦巻いてるところがあるんだけど、これは何?」

「多分魔獣がいるんだよ。サンドワームかロックタートルかそのへん。音に敏感だから今は徐行してる」


 モニターには時折砂を吹き出す渦が映し出されている。

 下手に刺激して、エンカウントは避けたい。


「そうだ戦車砲ってどうやって撃つの?」

「後ろの装弾室で砲弾を装填して、こっちの操縦桿のトリガーを引く」


 俺が火器管制ファイアコントロールシステムを起動すると、車載モニターに照準円ターゲットサークルが表示される。


「へー、面白い。ゲームみたいだね」

「操作はほんとにゲームに近くて、目標をサークルに入れてトリガーを引く。それだけで撃てる」

「へぇ、目標をセンターに入れてトリガーか」

「まぁ今は砲弾が装填されてないから、弾は出ないけどな」

「じゃあ今トリガー引いても大丈夫?」

「ああ、何も出な――」


 ディアナがカチンとトリガーを引くと、その瞬間ドカンと轟音を立てて戦車砲が発射される。

 真っ赤なHE弾は渦巻いた砂地に着弾し、ボンっと炎が巻き起こった。

 突然の攻撃に驚いて、砂中にいた巨大なミミズの化け物サンドワームが勢いよく飛び出す。


「弾……出たんだけど」


 俺はすかさず後ろの装弾室に振り返る。

 すると『YES』とガッツポーズしている土方の姿があった。


命中ヒット

「命中じゃねぇよ、なにやってんだテメェは!?」


 後ろで砲弾を装填していた土方は『あれ? 俺なんかやっちゃいました?』と首を傾げる。


「なんで装弾してるんだお前は!?」

『イツイカナル時デモ戦闘準備ハ必要ダロウ! 会敵シタ時、装弾スルマデ待ッテ下サイトデモ言ウ気カ!』

「お前が装弾してなかったら会敵してねぇよ!」

「ちょっと面白ロボットと遊んでる場合じゃないわよ! あのミミズめっちゃ怒ってるわ!」


 そりゃそうだろ、いきなり榴弾ぶちこまれたら誰だって死ぬか怒る。

 体長10メートル近いまるまる太った、もはやBMビッグモンスターでは? と思う巨大なサンドワームを見やる。奴はこちらに洞窟のような漆黒の口を向けた。


「出たなオ○ホ怪獣め」


 俺はディアナを膝に乗せたまま操縦桿を引き、ギアをバックに入れて車両を後退させる。

 素早い動きで戦車は急速反転旋回すると、そのまま距離を離すべく一気に加速して逃げる。

 その荒い運転に、後部車両キャビンが振り回され寝ていた舞が怒りの声を上げる。


「おい! どういう運転してんだよ!?」

「すまん敵だ! 戦闘準備してくれ!」

「服着てねぇよ!」

「なんで着てねぇんだよ!?」

「暑いからだよ! ってかオレの下着どこだよ!?」


 なぜこうも残念な奴らばかりなのか。

 夜間襲われたらどうするつもりだ、あのヤンギャル忍者。


「小鳥遊君、追いつかれるわよ!」

「ちぃっ!!」


 俺は車両側面のスモークコンテナを切り離し、煙幕戦法を使うが、サンドワームは構わず突っ込んできた。


「やっぱ目がねぇからスモークは無駄か。土方砲塔反転! 装弾しろ!」

『ダメダファーザ! サッキノ射撃デ砲塔ニ異常! 装弾デキナイ!』

「あぁやっぱ旧式はこれだから困る!」

『試シ撃チシトイテヨカッタナ!』

「敵がいなけりゃもっと良かったがな!」

「小鳥遊君、あたしが出るわ」

「頼むぞモンスターハンター」


 ハッチから飛び出していく輝刃。

 こういう時の為の強襲兵科。適材適所に対応できるチーム最高。


 俺は外部カメラを操作して、戦車上の状況をモニターする。

 槍を持った金ピカビキニのツインテ少女は、愛槍プロミネンスをその手に取り出すと腰を低く落としてジャンプの態勢に入る。

 しかしその瞬間ブラックホールのようなサンドワームの口から、茨のような触手が伸びてきた。


「なっ!?」


 彼女の脚が触手に絡め取られ、釣り上げられた魚のように上空を舞う。


「キャアアアアッ!」


 輝刃は空中で姿勢を戻せず、大口を開けるサンドワームの口へと落ちていく。


「輝刃!! 土方操縦かわれ!」

『アイアイ↑サー↓』


 俺がハッチから上半身を出すと、戦車上には既にディアナの姿があった。


「ロボットじゃなくて君の方が出てくるところがリーダーらしいね」

「危ないぞ!」


 丸腰のディアナは、輝刃を喰らおうと上を向くサンドワームに対峙する。


「出ておいで地剣アロンダイト」


 ディアナが笑顔で呟く。すると砂面から巨大な西洋剣が何本も突き出してきたのだ。

 サンドワームは剣の山にその体を串刺しにされ、緑色の体液を撒き散らしながら一瞬で絶命する。


「強ぇ…………これが聖騎士ディアナ・マーキュリーの力」

聖剣精製ソードジェネレーター


 この強さ、正しく聖騎士だわ。合格を確実視されていた理由がよくわかる。

 ディアナはこちらに振り返るとクールな笑みをよこす。

 実に様になっている。その姿は神話に出てくる剣の英雄のようだ。

 ……水着でなければ。


「見てみて小鳥遊君、ボクやったよ! 強くない?」


 褒めて褒めてと尻尾を振ってやって来るディアナ。

 俺はハッチから出ようとすると、空中で姿勢制御した輝刃がうまいこと俺の頭上に落下してきて戦車の中へと押し込む。

 ヒップドロップをくらった俺は、車内で輝刃ともつれあう。


「魔獣がいなくなったんだから、さっさと行きなさいよ」

「りょうかい」


 こんな感じで、移動の機工、補給の諜報、護衛の強襲と各兵科がうまく(?)機能しつつ、俺たちの試験は続く。

 人間関係チームワークも概ね良好なようです。





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【小鳥はお姉様に夢中】【ヤンキーゲーム実況】両作品共カクヨムコン中間選考突破致しました。

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