第76話 プリンスと呼ばれた少女
話は今から二日目の夜に遡る。
試験開始から1日半という驚異的なスピードで、
5時間ほどかけて約300キロほど走ると、日が落ちて視界が悪くなってきた。
このまま走ることは可能だったが、一旦車両のメンテも入れたいので休める場所を探すことに。
「どっかいい場所はないものか」
操縦桿片手にアクセルを踏み込んでいると、ハッチから身を乗り出していた舞が降りてきた。
「夜は休むのか? 遅れてんだったらもっと走ったらいいんじゃねーの?」
「いやー切羽詰まってやばいってときは別だけど、基本エンジン車は長時間走らせて良いことってなんもないんだよ。
「見た目のわりに結構デリケートなんだな」
舞が納得すると、薄闇の中戦車のライトに照らされて廃墟が見えてきた。
「ちょうどいい、あそこでエンジンを休ませてバッテリーの充電をやろう」
戦車はキュラキュラと金属音を響かせながら、光一つない瓦礫の町へと入っていく。
運転席の後ろに立つ輝刃がナチュラルに俺の頭に乳を乗せながら、スリット型の戦車窓から外を覗く。
そこからは背の低い木造建ての建物が並び、傾いたカンガルー飛び出し注意の表札が見えた。
”昔は”自然豊かなのどかな場所だったのだろう。今は焼夷弾で焼かれた建物、
「不気味ね。魔獣でもいそう」
「可能性はある。と言っても魔獣より幽霊の方が出そうだが」
「「そういうこと言うのやめ(
輝刃と話を聞いていた舞が声を荒げる。どうやら二人共
俺は戦車を停車させると、二人に振り返る。
「よし俺たちも物資に余裕があるわけじゃないから、この廃墟を探索していこう」
「本気? 完全にホラーゲーの世界よ?」
「やべぇよ、怪物に寄生された村人が襲ってくる奴だろコレ」
ここでそんなバイオハザードなことは起きていない。
俺はテディベアみたいに座り込んで、スリープモードに入っていた土方を起こす。
「おい起きろ」
『オゥ、ファーザ、オハヨウゴザイマシタ』
「今から探索に行くから戦闘装備で付き合ってくれ」
『ガッテンダー』
土方は懐中電灯と
全員が戦車を降りると、輝刃と舞、俺と土方の二手に分かれる。
「龍宮寺と鳳は食料や水を中心に探してくれ。他のチームもいる可能性があるから喧嘩するなよ」
「さすがにもうここにはいないでしょ」
「わからん。トラブってたらいるかもしれん。機械系のパーツがあったら教えてくれ」
「お、おい! ここは全員で行動した方がいいんじゃねーのか?」
「大丈夫だ。魔獣がいたとしても龍宮寺がいたら勝てる」
「そ、そういう問題じゃねぇんだよ……」
「なんだ、ほんとに怖いのか?」
「そんなんじゃねーよ! 余裕だっての!」
足震えてんぞとは言わない。
「そんじゃ1時間後にここに戻ってくれ」
「お、おう行くぜ! カグヤ!」
無理してる感の凄い舞は、口調は荒いが輝刃を腕に抱き、腰はかなり引け気味に村へと入っていく。
そんなお化け屋敷に入る女子みたいな二人を見送ってから、俺と土方も暗闇の廃村へと入っていく。
俺は地面でキラキラと光る石を発見して、膝をつく。
原因は大量破壊兵器による
PC兵器は大気汚染や土壌汚染をしないかわりに、大気中の魔素を引っ掻き回し天候を狂わせたり、地脈を流れる魔素を活性化させたり減退化させたりする。
このオーストリア大陸は自然系素のエーテルが完全に狂ってしまっているため、砂漠化や、氷結地帯が発生するなど異常気象を引き起こしている。
それが進行、長期化すると、このようなクリスタルが出来上がる。
一見すると綺麗な石なのだが、この結晶はウイルスのように徐々に大地を侵食し、健全な土地をクリスタルに変える。
そうなれば草木は生えることができず、生命はその場から追い出されることだろう。
「再生不能な死の大地……か」
俺はクリスタルを放り捨てて土方と共に廃墟を散策するが、人の気配はしない。
そのまま村の中央まで進むと、爆撃によって屋根が吹き飛んだ教会までやって来た。
「やっぱりもう候補者もこの辺りにはいないか」
あまり目ぼしいものもなさそうなので、早めに帰るかと思っていると。
『ファーザ、中に熱源5、魔獣ヲ補足』
「やっぱりいたか」
『ウチ熱源1ハ人間。魔獣ニ囲マレテイルゾ』
「同じ候補生か? 1対4は分が悪い、援護に行くか」
『魔獣怖イ、男ノ人呼ンデ』
ロボットが恐れを知るな。
こそっと教会に入ると、中は爆撃によってグチャグチャになっておりひどい有様だ。
屋根がないせいで月の光が差し込み、一番奥の祭壇にある傾いた十字架に光が反射して眩しい。
その下でトグロを巻くヘビ型の魔獣、スチールコブラの姿があった。
全身を鋼化した蛇型の魔獣で、昔出雲の訓練エリアにいたスチールアナコンダの亜種だ。
体長は普通の蛇とさして変わらないが、硬質な鱗のおかげで防御力はメタル○ライム並。
俺は腰の工具ベルトから金槌を引き抜く。
「鋼系の魔獣には打撃が通らねぇんだよな……」
貫通力のある土方のネイルガンを使ってもいいが、人がどこにいるかわからないし跳弾したら怖い。
「土方、俺が良いって言うまで絶対撃つなよ?」
『了解、制圧射撃ヲ開始スル』
「俺の話を聞け土方ぁ!!」
つい大声をあげてしまうと、3匹のスチールコブラがこちらに振り返る。
それと同時に土方が手にしたネイルガンを構えると、心臓に響くような射撃音が3発続けて鳴る。圧縮空気を利用して打ち出された
その場にぐにゃりと倒れるコブラ×3
「さすがエクレが戦闘プログラムを組んだだけあって、良い腕してる」
『マザーハ天才美少女、マザーハ天才女神』
両手を交互に上げて喜ぶ土方。
ちょっとマザコンで、おバカさんで、人の話を聞かなくて、キレやすいところを除けば、こいつ優秀なんだがな。
『気ヲツケロ、マダ一匹潜ンデルゾー』
俺は警戒しながらコブラに取り囲まれていた人の元へと向かう。
「大丈夫か?」
倒れ込んだ候補生を抱き起こすと、俺は目を見開いた。
力なくぐったりとしているのは、俺たちより先に出たはずのディアナだったからだ。
「お、おい! しっかりしろ!」
『スキャン中、スキャン中……胸部ニ神経毒反応有リ。スチールコブラニヨル毒ト推定』
「くそ、噛まれたのか……」
『早急ニ毒ノ除去ガ必要』
「毒の除去ってどうすんだよ。血清なんかないぞ」
『吸ッテ吐ケー』
「それしかねぇか」
男の胸に吸い付くのは気が引けるが、四の五の言ってる場合じゃない。
俺はディアナの軍服みたいな詰め襟の制服を開き、中のブラウスのボタンを外すと、バルンと飛び出す胸。
「は?」
一瞬固まってしまう。あれ……これおっぱいって言うんじゃ。
えっ? でもコイツ男だから雄っぱいのはずで、おっぱいがついてるわけが……。
俺の目下でプリンと揺れるたわわな胸。
おっきい、どうなってんのコレ? えっ、コレがどうやって男子制服の中に入ってたの?
明らかに質量が合ってない。サラシやサポーターで潰してたとか、そんな生半可な偽装じゃ隠せない重量だ。
十字架に反射した不自然な月の光が、絶妙な光の規制をかける。
しかし逆を言うと、光渡しが発生するということはディアナの性別は女で確定。
「まずい土方! ディアナが女になった!」
『ファーザ、ソイツハ元カラ女ダー』
「はぁ!? マジで!?」
そんな、こんな女みたいな顔をした男が女だったなんて……。
きっと誰にも予想できなかっただろうな……凄い意外性だ。
『ファーザ、傷ガ心臓ニ近イ。早ク毒ヲ吸イ出サナイト心臓止マッテ死ヌゾ』
「ああもう!」
俺はディアナの噛まれた胸元に吸い付き、毒を吸って吐くを繰り返す。
「ん……あっ……」
震えるな! 艶めかしい声を出すな!
足をピンと伸ばして悶えるディアナ。口からは明らかに男ではない高い声が漏れている。
「こ、これでどうだ」
『容態安定。意識回復』
土方がそう言うと、本当にディアナの
「ん……」
「よう」
「……君は小鳥遊君。どうしてここに?」
「基地で車両の修理が終わったから試験に復帰したんだ」
「そう……なん……だ。なんだか、意識がはっきりしなくて……」
『対象ノ血液ヨリ、ベンソジャミン系睡眠導入剤ノ成分ヲ検出』
土方は俺が吐き出したディアナの血を調べ、他にも薬物が混じっていることを発見する。
「睡眠薬……」
俺は一瞬で「おおきにー」と言っていた、糸目の少年が頭に浮かんだ。
「ディアナお前一人か?」
「烏丸君がいたんだけど、ちょっと喧嘩しちゃって。その後彼が仲直りの証って言ってココアを作ってくれたんだけど……それを飲んだ後急激な眠気に襲われたんだ。それで魔獣も出てくるしで……逃げ回ってるうちに倒れちゃって」
十中八九飲み物に睡眠薬が入っていたと見るべきだな。
そのせいでスチールコブラにやられたのか。本来の彼女の実力なら、こんな雑魚敵じゃないだろうに。
「あの野郎、睡眠薬飲ませて女一人置き去りにしたのか」
許せねぇな。
「……女? 誰が?」
「えっ、お前が……女だろ?」
ディアナはゆっくりと自分の姿を確認すると、ばるんとした胸をさらけ出していることに気づく。
「あっ、すまん蛇に噛まれてたから毒吸い出すのに胸開いた」
「あぁ、あぁそう……そういう感じ?」
言葉は冷静だったが、顔は火のついたヤカンというか、完熟トマト並に真赤に染める。
「あの……見た……よね?」
「バッチリ見た。お前乳でかいな。あと胸の谷間辺りにホクロがあってセクシ――」
「あぁそれ以上言わなくていいから!」
ワタワタと手を振るディアナ。
「このことは内緒に……ボク
「内緒にしてどうするんだ? 別に黙っててもいいけど、お前が辛いだけだろ?」
「…………」
なんだろう、男でいたい願望でもあるのだろうか。
そう思ったがどうやら違うらしく、ディアナはパチクリと大きな目を瞬かせる。
「辛い……だけだよね」
「お前にもきっと事情があるんだろうが、自分を偽ってると何事にも自信がもてなくなるぞ」
ディアナは耳が痛いと言いたげに、沈痛な面持ちで顔を伏せる。
「その……君が助けてくれたんだよね?」
「まぁ正確には土方だが」
『ファーザハ毒ヲ大義名分ニ、乳ヲ吸ッテタダケダー』
「お前がやれって言ったんだろうが!」
コイツすぐ俺を売ってくるな。
「なんで助けてくれたの? ボクらは君を置いて出発したのに……」
「善良な市民と仲間は助けろって言われただろ。お前が鼻につくイケメンなら無視したかもしれんが、美女なら話は別だ」
『浮気審議中。コノ音声データハ
やめろポンコツ。やめてください。
「び、美女……」
またボンと顔を赤くするプリンス。
「とにかく運ぶぞ。また魔獣が出てきたら厄介――」
そう言った直後、床下に隠れていたスチールコブラが飛び出してきた。
「う、うわっ!」
「ちぃっ!」
俺は咄嗟に金槌で頭部をぶん殴ると、ガキンと甲高い金属音が鳴る。
思いっきりフルスイングしたのだが、スチールコブラはピンピンしており打撃は効いてない。
「こんの野郎!」
俺は金槌でもう一度ぶん殴り工具ベルトから釘を取り出すと、水晶体になったスチールコブラの目に突き刺し金槌で床に打ち付ける。
「シャーー!!」
頭を床に打ち付けられたスチールコブラは身動きができなくなり、怖い鳴き声を上げ続ける。
「あぁびっくりした。土方援護しろよ……」
『敵トファーザノ距離ガ近スギルト、安全装置ガ働イテ攻撃デキナイノダー』
「なるほどな」
事故防止というやつか。
土方はまだビチビチしているスチールコブラの脳天にドリルドライバーを突き刺し、トドメを刺す。
「き、君よく蛇の目を串刺しにしようと思うね……」
「スチール系の敵は目だけは弱点って先輩から聞いた気がする」
「君……強いんだね」
「馬鹿言うな。俺の先輩なら片手で消し炭にできるし、同期の友達もリスクを犯さず槍で串刺しにできる。弱いからインファイトせざるをえないんだよ」
「…………ごめん、戦う役目は本来ボクら強襲の役目なのに」
「なんで守られてごめんなんだよ。ありがとうだろ」
「……あり……がと」
金槌をベルトに戻すと、俺はディアナの体を抱き上げる。
「わ、わっ! 自分で歩けるよ!」
「フラフラのくせによく言う」
「あう……」
『ファーザ、コノ女メスノ顔シテルゼ』
赤面するディアナを連れて、俺達は戦車へと戻った。
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