第75話 卑怯


 試験開始から三日目の昼。


 試験地より310キロ地点。

 灼熱の日差しが降り注ぐ砂の大地に、ゼェゼェと息を吐く烏丸の姿があった。

 髪と制服は砂に汚れ、唇と肌は乾燥でガサガサになっていて酷い見た目をしている。

 彼は動かなくなったバイクを押しながら、懸命に砂の大地を歩いていた。

 サイドカーを外しているとはいえ、重量160キロを超える軍用バイクを押すというのは重労働だ。


「暑い、死ぬ、暑い、死ぬ……」


 初日で燃料が尽きるより先にバイクのエンジンが焼けてしまうという、致命的な失態を犯したディアナと烏丸。

 仲間の王白白はバイクが動かなくなったと言っても、無視してそのまま一人先に突き進んだ。

 彼はチームを組んだ当初「我についてこれぬものは置いていく」と言っていたが、それを忠実に実行したのだ。


「クソが……そんなん言うてても普通ほんまに見捨てるか? マジでありえんわ。コレやから弱さを知らん自己完結マンは……」


 烏丸の得意のお喋りは一人になっても止まらない。しかし口を開くたびに漏れるのは試験内容とメンバーに対する愚痴だけだった。


 昨日ディアナと二人で見つけた廃墟でパーツを探すも見つからず、無為に時間だけを費やしてしまった。

 結局丸一日時間を使って出た結論は、機工を置いてくるべきではなかったという後悔だけ。

 王白白に見捨てられ、苦しい状況に打開策を見いだせずにいると、ディアナは「小鳥遊君を待とう」などと言い出した。

「きっと彼が車を修理して駆けつけてくれる」などと現実を見ぬことを言い出したので、そのことをきっかけに口論が発生。烏丸とディアナの仲は一気に険悪化する。


「ハァハァハァ……今更どんな顔して……あいつに会えっちゅーんじゃい……。大体あいつの物資はワイが奪ったんじゃ。……初日にリタイアしとるわ。案外あのディアナって奴もアホやな。ええのは顔……だけ。何がAランク確実やねん期待させおって……」


 絵に書いたようなチーム崩壊が起こり、最終的に「小鳥遊君を連れてくるべきだった」と後悔の言葉を口にしたディアナに、烏丸は怒りを通り越して殺意の感情すら抱いてしまった。


 烏丸は1言われると10言い返してしまう性格が災いし、見通しの甘さ、期待はずれ、一次試験リタイア、失望、聖騎士(笑)などのネタでディアナをこきおろすと、育ちの良い彼はボロっと涙を流した。

 自分で言っていた通り、メンタルはかなり弱いらしく震え声で「そんなこと言わないで……」なんて泣き言を言い出した。


「ちょっと言うただけで女みたいにメソメソ泣きおって、何普通に傷ついとんねん。泣きたいんはハズレチームでぬか喜びさせられたワイの方やろ。あら完全に自分の学園艦プリンスオブウェールズでチヤホヤされすぎた結果やろな」


 烏丸はディアナに利用価値がないと察し、そこで完全に見切りをつけた。

 しかしただチームを離れるだけでは、小鳥遊と比較されたムシャクシャが収まらない。そのため烏丸は仲直りを装って、睡眠薬入のドリンクを作成して彼に飲ませた。

 眠りについたディアナをその場に放置すると、食料の入ったリュックと壊れたバイクを奪って夜のうちに出立したのだった。



 それが二日目の夜に起きたこと――そして現在三日目の昼に戻る。


 息を切らしながら砂丘を登り切ると、烏丸は絶望する。ここから恐らく後100キロは何もない砂の大地が広がっていたからだ。

 そこは視界を無限の白に染め上げる砂の地獄だ。ポツポツと見えるのは墓標にも思える瓦礫スクラップ。休める場所も補給場所も見つからない。


 烏丸はその場にガクッと膝をついた。

 4度目の試験、どんな卑怯な手を使っても自分だけは勝ち上がってやる。その精神で臨んでいた。チームも強い人間ばっかりだったはずなのに、どうしてこうなった?

 暑さで霞む視界。脳内にはランク試験に合格した友人たちの声が響く。


(烏丸また試験落ちたんだって)

(しょうがねぇよ、Bランク試験難しいからな)

(次があるし、また今度頑張れよ)

(基礎練付き合ってやろうか?)


 友人たちは純粋な励ましのつもりだったが、合格者からの声は落第者烏丸にとって上から目線の見下し、嘲笑に聞こえた。


「くっ、折れんなワイ。こっからや、絶対に勝ち残ってみせるんやろがい!」


 烏丸は震える手で砂地を握りしめると、自分を奮い立たせる。

 持ち物からナノマシン入りのアドレナリン注射を取り出し、腕に突き刺そうとすると、そこにブロロロというエンジン音が聞こえてきた。

 烏丸は注射器から手を離して振り返ると、砂煙を上げながら別チームのトレーラーが加速して来る。


「おい、頼む! 乗せてくれ! 止まれ、止まってくれ! ワイも乗せてくれ! 絶対役に立つぞ!」


 だがトレーラーは一切減速せず、そのまま走り去ってしまう。

 当然だ、こんなところでバイクを押してる奴なんかリタイア組以外の何物でもない。

 そんなものを拾うのはリスクでしかない。


「クソが! 事故れ!」


 烏丸が過ぎゆくトレーラーに向かって砂を蹴り上げると、その拍子に転倒してしまう。


「どいつもこいつもワイをバカにしくさりおって!」


 仰向けになり太陽に吠える。


「ワイは衛生兵科やぞ……なんでこんな命がけの試験しんとあかんのじゃ……」


 愚痴を吐くと今度は幻聴か。キュラキュラというキャタピラ音が聞こえてくる。


「とうとう焼きが回ったか……」


 アドレナリン剤の使いすぎで感覚神経がイったのか、しかしその音は更に大きくなる。

 砂の大地を力強く走る重厚な音。

 気のせいではないと気づき、周囲を見渡す。すると先程トレーラーが来た方角から、砂煙を巻き上げつつ鋼鉄の戦車が雄々しく疾走してくる。

 自分の思う鈍足な戦車のイメージと違い、かなり速度が出ている。

 なんなら先ほどのトレーラーと同等、いやそれ以上のスピードが出ている。


「……なんやあれ」


 車両は2両編成で、牽引する前部戦車と、後部には軍用トレーラーの貨物車部分を連結させている。よくよく観察すると戦車の上部ハッチから、ビキニ姿の女が上半身を出しているのが見えた。


「あら……出雲の竜やんけ。あいつまだこんなとこにおったんか」


 ダメで元々、烏丸は戦車の進路に立ち塞がると大きく手をふる。


「オーイ、止まってくれー!! ワイも乗っけてくれーー!!」


 蜘蛛の糸にもすがる気分だったが奇跡が起きたのか、戦車は烏丸が近くなると減速していく。


「やった! まさかこんなところでお人好しのアホに会えるとは思わんかったわ!」


 戦車が停車すると、改めて車体を確認する。

 どうやら後ろの貨物車両は宿泊用になっているらしく、キャンピングカーばりに快適な砂漠の旅をしているようだ。


「予めトラブルを想定してパワーのある戦車を修理したと。そんで野宿場所を見つけんでもすむように、寝泊まりできる快適な車両を造った。いや、この短時間でようやりよるで」


 このチームの機工は腕が良い。しかも出雲の竜がいるとなればエリートチーム間違いなし。神は自分を見捨ててなかった。

 生き残った! ギリギリで生き残った! そう思い荷物を持って戦車脇に走る。


「おおきにおおきに! いやぁ地獄に仏とはあんたらのことやで!」


 すると後部貨物車両から虎柄水着に軍用ベルトハーネス姿の舞が出てきてキョトンとする。


「んげ!? なんでお前がここに!? しかもなんちゅー格好してんのじゃ!」

「仕方ねーだろ、冷房ついてても暑いもんは暑いし。リーダー命令なんだからよ」

「れ、冷房」


 なんて甘美な響き。この灼熱地獄で冷房なんて麻薬地味た誘惑がある。今の烏丸は、冷房のためなら人を殺せるかもしれないと思った。

 それと同時にリーダー命令とはどういうことなのか?

 ハッチから出雲の竜こと輝刃が姿を現す。彼女は頭にサングラスをかけ、金のビキニにデニムのホットパンツ姿で観光客みたいな格好をしていた。


「おほぉ、なんやその乳。犯罪的やないか! なんやなんや、地獄にパラダイスとはこのことやんけ! リーダーさんはどなたなんや? 挨拶させてもらわんとな!」


 すると輝刃が顔を赤くして急に悲鳴を上げる。


「ちょっとお尻触らないでよ!?」

「しょうがねぇだろ。お前ケツでかくてつまってんだから」

「この戦車のハッチが小さいだけでしょ!?」

「一般的なサイズなんだよなぁ」


 戦車の中からくぐもった声が聞こえる。


「あとお前らその格好で直射日光に当たるんじゃねぇ。皮膚焼ける……ぞ?」


 ◇


 索敵していた土方が『ファーザ、死ニカケテル奴ガイル。トドメ刺ソウ』と悪魔みたいなことを言い出したので止まったが、まさかコイツと再会するとは……。

 ハッチに詰まった輝刃のケツを押し上げて外に出ると、手もみしていた糸目の少年が、引きつった笑顔で固まる。


「烏丸」

「は、ははは……ゆ、悠悟の兄さん、先日はえろぅすんませんな……」

「お前……」


 俺は周囲を見渡すと、エンジンが黒く焦げ付いたバイクが見えた。

 どうやらかなり無茶な使い方をしたらしい。


「どうしたの?」

「俺の物資を奪って出発した”元”チームだ」

「あぁ、彼が……確か烏丸君だっけ」

「こいつは元からそういう奴なんだよ」


 舞が言うと、烏丸は慌てて否定する。


「ま、待ってくれ! あの時はほんま出来心言うか……いや、そもそもあそこで基地に残ったいうことは、もうリタイアするもんやとばっかり思ってたんや! ほんまワイに悪気はなかったんや!」

「嘘ついてんじゃねぇよ! テメー前回の試験も似たようなことやってただろ!」

「う、嘘やあらへんて! なぁ悠悟、ワイとお前の仲やないか。もう今まで死の境を歩いてきたんや」


 力なく、本当にげっそりとした声で言う烏丸。


「頼むわ悠悟の兄さん。もしこの先ワイが気に入らんかったら、いきなり放り捨ててくれて構わん。ワイほんまに衛生として医療の心得はあるし、絶対ワイがおって良かったって思う時が来るはずや」

「おい、信用すんなよ。このタコこうやって同情誘うのが得意なんだよ」

「舞はんもいじめんといてくれよ。このワイの状況見てどうや? ボロボロやろ? なんも持ってへんし、なんも悪いことできん。王白白にも見捨てられて一人ぼっちなんや……」


 確かに、王白白の性格なら身動きをとれなくなった仲間を見捨てることもあるだろう。

 しかし――


「ディアナはどうした?」

「それはその……悲しい行き違いみたいなんがあってやな……。ワ、ワイはバイクが壊れた時点でもう動くんやめとこって言ったんや。でもディアナの奴、ワイを見捨てて先に進んで行きよったんや!」

「…………つまりディアナはもっと先にいると?」

「せや! あ、あいつ自分だけ他のチームのトレーラーに乗せてもらいよったんや」

「そうか、それは酷いやつだな」

「せやろ? ウチのチームで誰が一番クズかって言ったらディアナやで! 元々あいつが悠悟の兄さん置いてったんだが全ての間違いやったんや」

「…………」

「なぁ頼むわ悠悟の兄さん。もう最悪どっか日差しを防げる場所に連れて行ってくれるだけでもええんや。ほんまお願いします!」


 そう言って烏丸はその場で土下座した。


「……烏丸、さっきの言葉に嘘はないんだな?」

「あらへんあらへん! 誓って全部ほんまのことや!」


 烏丸はすぐ顔を上げると、明るい表情を浮かべた。だが


「そうか……じゃあ、なんでお前のバッグ3つあるんだ?」

「…………」


 1つは俺から奪ったバッグ、2つは烏丸のバッグ、3つ目は――


「ボクのだよ」


 ハッチから顔を出したのは、ストライプの水着に着替えたディアナだった。


「おま、おま……おま女やったんか!?」


 烏丸は彼女がここにいることより、性別のことの方に驚いたらしい。

 気持ちはわかる。俺も超驚いた。

 金髪ショートの髪に、白い肌。細いくびれに女性らしい起伏。

 イケメン顔のその下にはバルンとした胸。目を奪われてしまうその大きさはI字型の谷間を作っている。


「お前、ディアナに睡眠薬盛って眠らせた後、食料とバイクを奪って一人で来たみたいだな」

「き、汚いぞ! お前わかっててワイを泳がせたな!」

「泳がせたというか、俺は本当に本気で謝罪する意思があるなら助けようと思ったのは事実だ。でもお前は嘘に嘘を重ねて保身に走った」

「ちゃうんや聞いてくれ!! それには理由が――」

「どんな理由があろうと、お前は医療の知識を悪用して仲間を陥れた。レイヴンは善良な人間と仲間を助けるんだ。お前は善良じゃない」


 俺は戦車の中に戻りエンジンを掛け直す。


「ま、待て! おい、ふざけんな! ワイらは同じチームやろうが! 助けるのが義務やろ! ってかなに出雲の竜としれっと手組んでんねん! そんな強いチーム認められるか、卑怯やぞ!」


 戦車の外でインチキだの失格だのと喚く声が聞こえるが、それを無視してアクセルペダルを踏み込む。

 輝刃達がハッチから中に入ってくると、ヤレヤレと呆れた息をつく。


「凄まじい逆ギレね。卑怯って自己紹介じゃないの?」

「あいつは元からああいう奴なんだよ」

「でも小鳥遊君にしては珍しく見捨てたわね。なんだかんだで助けるんじゃないかと思ってた」

「裏切りグセがある奴を仲間に入れるのは無理だ」


 ディアナみたいに睡眠薬で眠らされたら終わりだしな。

 後他人は1ミリも信用してないが、自分は信じろと言う根性も無理だ。


 戦車の外では膝を付き、未だ怒りの声を上げる烏丸の姿が見えた。




 次回 


 時間は二日目の夜に戻り、取り残されたディアナと合流する悠悟達。

 そこで悠悟は彼の秘密を知ることに。

 そんな……お前女だったのかよ回。


 まさかディアナが女だったなんて、誰も予想しなかったでしょう(棒)

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