第74話 土方
俺と輝刃、舞は基地の片隅で円陣を組んで座り、作戦会議を行う。
「さてこれからなんだが、
俺が指差したのは、側面を砂地につけて横たわっている旧式の戦車である。
車両の下部が履帯、上部が砲塔になったベーシックなもので第一次BM大戦時に主力を担っていた
「は? 何言ってんだお前? 試験はレースなんだぞ。他のチームがバイクでかっ飛ばしてる中、こっちは戦車でノロノロいくつもりなのか?」
アホかお前はと言う舞に、俺はすっと息を吸い込み目を閉じる。
「素人は黙っとれ――」
「むぐ、なんだテメェ!」
「この玄人顔してるのがムカつくのよね……。まぁ小鳥遊君の話を聞きましょう」
俺は二人に戦車の優位性について説明する。
「いいか、これはレースはレースでも耐久レースなんだよ。外に転がってるのはAインド製、陸戦強襲型戦車、通称【サンドエレファント】 。砂地に負けないパワーのあるVXボルトチャージエンジンとサンドフィルター。オーバーヒートに耐える強制冷却装置。対魔獣戦を想定した
「陸の王者だか知らんが戦車なんかクソ鈍い……」
「砂面を時速70キロで走る鋼の要塞を遅いと言うか?」
「…………」
「バイクは砂に足をとられないように走って、出せるスピードは50~60キロが限界。こっちはどんな悪路だろうとスピードを維持したまま走り続けることが可能で、事故の心配もほぼない。その上エンジンは魔力バッテリーとエーテルリアクターを使うおかげで、ガソリン類を使用せず燃料補給を必要としない。そして何よりでかいのが、戦車には屋根があり冷房もあるから体力消耗が避けられる」
「凄いアドバンテージね」
「ただこれを修理するには3日……いや2日は必要だ」
「大丈夫かそれ? 巻き返しできんのかよ?」
「先行してるバイク組なら十分巻き返せる……と思う。ただ燃料が簡単に手に入る状況だったら負けだ」
「大丈夫かよ……」
「多分大丈夫よ。もし仮に燃料を補給できるポイントがあったとしても、先行する候補者同士で取り合いが起きるわ。問題があるとしたらあっちじゃない?」
輝刃は外に出た他の機械工を視線で指す。
俺たちと同じく”気づいた組”で、破損した軍用車両を見て回っている。
「戦車には目もくれてない感じだけど、それはなんでなの?」
「仲間連れて砂漠を移動するだけならトレーラーやジープで十分だから。おまけに修理が運転機能を復旧させればいいだけで比較的容易」
「じゃあオレ達も車の方がいいんじゃねーのか?」
「それはあくまでトラブルが起きない前提の話だ。このオーストリア大陸は気候変動で砂漠と氷結地帯が混在している。ルートの途中、砂漠地帯が終わって氷結地帯に入ったら一般車両は終わりだ。そこから歩きを強いられる。極寒は灼熱より地獄だぞ」
「走行ルートがずっと砂漠地帯だったら?」
「俺たちの負けだ」
「負け多くない!? ほんと大丈夫かよ!?」
「ちゃんとトラブルの準備をしていくか、時間を優先させるかのどっちかってことね」
スピード(修理時間含む):バイク>>>トレーラー>>>>戦車
トラブル:戦車>>>>トレーラー>>>バイク
といった塩梅だ。
速度優先のバイク、バランス型のトレーラー、トラブル重視の戦車。
正直どの選択肢が正解かはわからんが、試験官の話を聞いてる限りトラブルを想定して動いたほうが良い。
「輝刃、お前冷房のある戦車と、なにもないトレーラーどっちがいいんだ」
「冷房ある方に決まってんじゃない」
「だろ」
一見楽したい意見に聞こえるかもしれないが、二次試験があるんだから一次で限界ギリギリになっちゃいけないんだよ。
なら快適な方をとるのが当然正しい。というか支援系の兵科を連れて行くメリットは、いかに快適に戦地へと向かえるかである。
◇
それから俺は修理に着手する前に、ある物を開ける。
それはエクレから託された隠し玉、ブラスターアーマーのコンテナ。
中には1メートルほどの子供サイズの人型ロボットが、膝を抱えて座っている。
「これがブラスターアーマー? 玩具みたいね」
「そうだ。俺とエクレが好きな特撮キャラ仮面インセクト影狼を参考にして造った、多目的支援用ブラスターアーマー」
俺はコントロールアプリを起動した
「
コマンドを受け付けると土方の頭部アイカメラに光が灯り、ゆっくりと直立する。
モチーフはヒーロー、俺とエクレが考えた工業マシンとヒーローを融合させたデザイン。
シャープなボディに頭部はフルフェイス型の溶接ヘルム、左腕にはペンチニッパー、右腕にはドリルドライバーを装備。
両腕の武装はアタッチメントにより換装可能で、戦闘用から支援用と幅広く活躍が期待できる。
カラーリングは黄色と銀色で仕上げられており、見た目は完全に作業現場ロボ。しかしなぜか背中には刀を装備している。
それは俺とエクレが開発している最中、俺はこいつの開発コードに仮の名称で
そんな開発秘話を思い出していると、土方は大きく伸びをして俺に向かって挨拶をする。
『オハヨウゴザイマシタ』
「いきなり不安になること言うのやめてくれ」
『ルート管理者小鳥遊悠悟ヲ検知。該当ヘノ呼称ヲ提案。ゴシュジン、マスター、監督、オヤカタ? ナント呼ベバ?』
「好きなので良い」
『ジャア小鳥遊』
「呼び捨てはやめろ」
『好キナノデイイッテ言ッタノニ。デハファーザニ設定』
「父か。まぁそれでいいや」
軽いコントを挟むと、輝刃が心配そうに見やる。
「大丈夫それ?」
「だ、大丈夫だ。エクレが造ったもんだからな」
AIにはバグが残ってるらしいが……。
『パーソナルデータ龍宮寺輝刃ヲ検出。……オ前ヲ殺ス』
ギュイーンと音を立てて腕部ドリルドライバーを回転させる土方。
「やめろやめろ、いきなり暴走してんじゃねぇ!」
『冗談ダー。今ノハマザーカラノ、イカシタジョークダ』
「イカれたジョークの間違いだろ」
「大丈夫かよそいつ……」
今度は舞が不安になると、土方からカシャカシャとシャッター音が聞こえる。
「なにやってんだお前?」
『ファーザニ近ヅク女ノ画像データヲ、マザーニ転送中』
「やめろやめろ!」
いらん機能ばっかりついてるなオイ!
「土方、いいから工具パーツに換装して俺を手伝ってくれ」
『ガッテンダー。不甲斐ナイ女ドモ、ソコデ指ヲ咥エテ見テイロ』
口悪い奴だな。
輝刃と舞はスクラップにしてぇと早くもヘイト爆上げである。
それから土方は腕部を電動カッターとドリルに換装して、戦車修理を手伝ってくれる。
◇
それから数時間後、日が落ちても休みなく戦車の修理は続く。
その間も基地からは候補生達が続々と砂漠へと出発していく。
その様子を輝刃と舞はサボテンと魚を調理しながら見ていた。
悠悟の食料がないため、彼女たちがかわりに砂漠から調達してきたもので、砂漠にはサボテンしかなかったが、基地から北へと進むと海が広がっておりそこで魚がとれたのだった。
「ほんと大丈夫か? 他のチームが必死こいて車直してる中、オレ達釣りしてたけど。ほんとに最下位になるぞ」
「そうね」
「あんまり興味なさそうだな、出雲の竜」
「その出雲の竜ってのやめてくれない? 893の鉄砲玉みたいじゃない」
「龍宮寺」
「輝刃でいいわよ」
「輝刃はなんでそんな余裕なんだよ。テメェだって一次試験で落ちたら、さすがに面子ってもんがあるだろ?」
「信用してるから。小鳥遊君以上に、快適に砂漠横断出来る機械工なんていないと思ってる」
「あいつそんなに成績いいのか?」
「多分下から数えたほうが早いわ。正直能力はBランクのボーダー超えれてない」
「ならなんで?」
「あたし同じ枕使ってるとそれしか使えなくなるの。それと同じ」
「意味わかんねぇよ」
「成績って決められたことしか数字にしてくれないでしょ。でも実際は
「惚気かよ」
「惚気よ」
「マジかよ。冴えない男に入れ込んでんな……」
「それには同意するわ。ほんとただ優しいだけ。でもああやって機械直してる姿、結構好きなのよね」
輝刃は暗闇の中、土方のライトに照らされながらも戦車修理を続ける悠悟を見やる。
その顔はオイル汚れで真っ黒だが、真剣な表情で技術職人の顔つきになっている。
「ゾッコンかよ」
舞はごちそうさんと言うと慣れた手さばきで魚の内臓をとり、串に突き刺し自前の炎で炙る。
「上手ね」
「これくらい誰でもできんだろ。やったことないのか?」
「あ、あるわよ……」
「ならやってみろよ」
舞から串と魚を受け取る輝刃。
「大丈夫? あたし小鳥遊君から絶対に厨房に立つなって言われてる女だけど」
「ははっ、そんな奴いるかよ」
後ほど舞はその言葉を激しく後悔するのだった。
◆
その頃、先行したディアナ、烏丸チーム――
彼らは日没を過ぎてもまだバイクを走らせていたが、ディアナは焦燥感に襲われていた。
それはエンジンの異常な発熱。
何度か休ませて走らせているものの、この灼熱の砂漠。どこにいようが40度以下になることはない。
本来の砂漠なら夜間は気温が下がるが、ここではかわらず熱気に満ちている。
そんな環境下で酷使したエンジンの熱が冷えるわけもなく、水温計のメーターは常に
「これ以上は危険だ。ここで泊まろう」
「はっ? ほんまですかいな? 白白の兄さん、もう随分先まで行ってますで?」
「アクセルを回しても加速しないんだ……。それにエンジンが凄く熱い……」
「そら砂漠で走らせたらエンジンも熱なりますて。日も落ちましたし、もうちょい行きましょ!」
「ダメだよ。他のチームもバイクを休ませる為にキャンプに入ってる。それに燃料も少ない」
「言うてまだ250キロくらいでっしゃろ? 悠悟の話やったらあと100キロは走れる計算です。皆が休んでる時やからこそ先進まんとあかんのちゃいますか?」
「だ、ダメだよ。バイクが壊れたら僕たちはそこで終わりだよ」
「せやかて10日で3500キロは走らんとあかんのですよ? つまり1日ノルマ350キロは走らんとあかんのです。今日250キロしか走らんかったら借金が100キロずつ加算されていってまいます!」
「それはそうだけど……」
「せめてあそこに見えてる廃墟まで行きましょ! そこで燃料探ししたらロスは少なくなりますから!」
烏丸が指差す廃墟は遠く、少なくともまだ4,50キロはありそうだった。
「で、でも……」
「一番あかんのは何の準備もできんまま夜に入ることでっせ! せめて補給のアテを見つけんと、明日の朝に燃料探してたらタイムロスがエグいことなりますて!」
ディアナは仕方なく、緩めかけたアクセルグリップを再度握り直す。
しかし事故はそれから30分後に起きた。
彼らの乗るバイクのエンジンから白い煙がもうもうと上がり、燃料切れを待たずして走行不能になったのだった。
二人はバイクから降りて車体を確認するが、エンジンが過熱によって死んだことは明らかだった。
「ダメだ。もう、うんともすんとも言わない……」
「最悪や……」
「はぁ……どうしよ、コレ……」
「どうしよ言うても、押していってどっかでメンテせんと……」
「それ……誰がするの?」
「…………」
この場に修理ができる技術者はいない。通りかかった他の候補者に頼むくらいしか方法はないが、はたして協力してくれるかは疑問なところだ。
ディアナが大きく息をつくと、烏丸は責められているような感じがして声を荒げる。
「こんなやばい状態なんやったら、なんでもっと早く言うてくれんかったんですか?」
「ボク言ったよね? もう危険だって」
「危険言うてもまだいける危険なんか、ほんまにやばい危険なんかわからんでしょ? もっとヤバい! 言うてくれたらワイかて無理させんかったのに」
「えぇ……」
「う、運転してたんもワイやなくてディアナ兄さんやし、ワ、ワイのせいちゃいますからね!」
「そんなこと誰も言ってないよ。それよりこの状況をどうにかしないと揃ってリタイアだ」
機械工不在の状況でバイクを壊すという、一番やってはいけないタブーを犯した二人。
パーツがありそうな廃墟まで、まだ後20キロはあるだろう。
ディアナは別の移動方法を提案するが、烏丸は終始責任逃れの言葉ばかりを口にして話し合いにならなかった。
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