第17話 御剣 白兎
◆
8年前――御剣家
白兎10歳。
御剣家は代々剣術指南の名門として名を馳せており、特異な能力を持つものもその家系には数多くいる。
白兎もその中の一人で、幼き頃から魔眼に目覚めていた。
「あなた、あの子の目が不気味なの……。夜中じっと何もないところを見つめていて、その時目が赤く光ってたの……」
両親ですら感情表現が乏しく、つかみどころのない娘を恐れていた。
「お爺様から聞いただろう。あの子の目は魔力を集めやすく御剣の血を色濃く受け継いでいると」
「でも、普通じゃないわ。いつか何か大きな事件を起こすんじゃないかと心配で……」
母親の予感は当たり、白兎は通っている学校で友人を魔眼により”停止”させてしまう。
彼女の持つ魔眼は生物の運動をとめる停止。幸いまだ能力が弱く、動きを止めるだけで済んだが、その一件で周囲は更に彼女を恐れることになった。
しかも能力は次第に進化し、魔眼は運動停止から禁止へと移行する。
禁止は停止より拘束能力が高く、文字通り目で見たものの動作を禁止する。
それには生命維持活動も含まれており、彼女に見られただけで人は呼吸や血液循環などの生命活動を禁止されてしまう。
白兎の父母は、いずれ娘が誤って人を殺してしまう可能性を懸念し、御剣流師範である祖父十兵衛に白兎の魔眼を封印するように頼んだ。
◆
御剣道場――
御剣流と言えば、陽火で武術の心得があるもので知らぬものはいないほど有名な剣術だ。
特に白兎の祖父、御剣十兵衛は生ける伝説として語り継がれており、世界各地から弟子入り希望者が集う。
両親から道場に預けられた白兎にとって、十兵衛は親代わりのようなものだった。
白兎は十兵衛により剣の才能を見出されており、優れた兄弟子に紛れ、剣の稽古を受けていた。
「
道場での稽古が終わった後、十兵衛は白兎の目に布を巻きつけていた。
「目隠しじゃ」
「そんなのわかる。なんでこんなのつける?」
「修行の一環じゃ。視覚だけで敵を捕らえるなんぞ素人のやること。いいか白兎、敵は闇夜に紛れ背後から襲い掛かって来るじゃろう。その時目が見えない~暗うぃ~なんて言っておったら、あっというまにズバーっと斬り殺されてしまうじゃろう? かくいうワシも若い頃闇討ちを受け、頭部に大きな傷を負ったことがある」
「爺、だからハゲたのか?」
「ハゲは関係ない。毛の話をするな、孫でもグーでいくぞ」
「ごめんハゲ。違うごめん爺」
「今わざと言ったじゃろ? ワシそういうの鋭いし傷つきやすいからな?」
「繊細なハゲ……」
「おーし、爺怒っちゃったぞ、御剣流奥義の伝授やめちゃうもんね」
「ごめん爺。早く九頭竜戦教えて」
「違うから、そんな漫画みたいな技じゃないから」
白兎は剣術を教えてくれる祖父に懐いていた。十兵衛も孫を溺愛しており、できることなら己の全ての技を託してやりたいと思っている。
実際彼女の剣の才は優秀な兄弟子を凌駕しており、そのポテンシャルは体の中に竜を飼っていると言われるほどだ。
身内贔屓をするつもりはないが、もう後数年もすれば白兎が御剣流のトップになるのは目に見えていた。
それだけに残念で仕方がない。
祖父十兵衛は、ゆっくりと目隠しを巻き終わると小さく息を吐く。
この子は若干10歳で光を失うのだ。最愛の孫から光を奪わなければならないことに心を痛めぬ祖父などいない。
しかしその目で誰かを傷つけてしまったとき後悔するのは白兎である。そんな想いはさせたくはない。
十兵衛は目隠しに魔力を込めると、白兎の魔眼を封印する。
「御剣流秘伝奥義を知りたければ、今後この目隠しを外すことを禁ずる」
「今後って……ずっと?」
「ずっとじゃ」
「テレビ見れない」
「御剣流に雑念は不要じゃ」
「お風呂入れない」
「爺がキレイキレイしてやろう」
「エロダコ爺」
「誰がエロダコじゃ!」
ゲホッゴホッとむせる十兵衛。
「いらない。一人で入れる。……目が見えないと勉強できない」
「勉強は爺や兄弟子たちが教える。それに父母がいるじゃろう」
「父さんと母さん……僕のこと怖がってる」
「…………白兎、僕じゃなくて私と言いなさい」
「爺、嘘ついてる。ほんとは僕の目の制御が利かなくなってるから見えなくしてる」
「違う、修行じゃ。言っておく白兎、お主は剣術の天才が集まる御剣家の中でも更に天才。100年に一人の存在じゃ。しかしその目はお主にはまだ手に余る。制御できぬ力は暴力となんらかわらん。わかるな?」
「…………うん」
「御剣流奥義を極めた時、その目隠しは外してやろう」
「ほんと?」
「ああ勿論じゃ……。白兎、爺は何があってもお前の味方じゃ。誰に何を言われようとな。だから今はこの爺の言葉を聞いておれ。さすればいずれ世界一の剣豪にしてみせよう」
「…………うん」
それから白兎は祖父の嘘に付き合うことにし、以後目隠しを外すことはなかった。
――3年後
「できた九頭竜戦」
「違う言うとるじゃろうが」
「これ奥義じゃないの?」
「いや奥義だけど」
「九頭竜戦!」
白兎が刀を振るうと九つの龍が飛び、巻き藁をバラバラに食いちぎる。
「わ、ワシが10年かけて会得した奥義を僅か3年で……。しかも目の見えない状態。やはりワシの見立ては間違っておらんかったな」
「爺……奥義覚えたし、これとっていい?」
白兎にしては珍しく甘える声。いくら剣技が大人顔負けの鋭さと言っても、まだ13の少女である。
彼女の奥義習得のモチベーションの中に、奥義を覚えれば目隠しをとれるというものが大きくあった。
十兵衛も白兎が光を求めていることは重々承知していた。
まだまだ遊びたい盛りに視覚を奪われる辛さ。言葉にしなくてもずっと耐えているのはわかっている。
つい甘い言葉をかけてやりたくなる。しかし――
「…………まだダメじゃ」
「まだダメなの?」
「白兎は御剣流奥義心眼術を会得していない。それに何より……」
「何より?」
「盲目剣士ってカッコよくね?」
「…………」
白兎は無理矢理目隠しを外そうとする。
「よせ、やめるんじゃ!」
「離せハゲ!」
「お願いやめて! ハゲって言ってもいいからとらないで! ゲホッゴホッゴホッ!」
激しくむせた祖父に驚く白兎。
「大丈夫? 爺」
「大丈夫じゃ。なんともない」
そう言う十兵衛の手には赤い血がべったりとついていた。
それから2年――
「お見事です白兎様……」
そう残して、道場の中心で倒れ伏した御剣流後継者候補。
御剣流の正当後継者を決める試合は僅か1分も経たぬうちに決した。
15になった白兎は、優秀な兄弟子を全て下し、そして今御剣流最強の称号を手に入れた。
しかし、彼女の心は満たされなかった。
なぜなら彼女の隣に爺の姿はなかったからだ。
視覚を封印して5年。彼女の瞳に未だ光は戻っていない。
しかし、そのかわり人間の魂のような光が見えるようになっていた。
霊魂のような、ぼんやりとした淡い光。
その光は生命力によって色を変え、通常は白い。しかし爺のような強者は黄色く光る。
「爺……勝ったよ」
白兎はいつも通り病室へと向かった。
そこには呼吸器をとりつけられ、弱々しい息を吐く十兵衛の姿があった。
十兵衛は患っていた病気を悪化させると、みるみるうちに体のあちこちが悪くなり、病院のベッドから動けなくなっていた。
「おぉ、白兎……よぉ来たな」
白兎の暗闇に映る祖父の魂の火は、吹けば消えてしまいそうなくらい弱弱しくなっていた。
「爺……。今日御剣流の試合があった……勝ったよ」
「当たり前じゃ。お主に勝てるものなんぞ、もうワシ以外にはおらんぞ」
「…………」
気丈に笑う祖父の声を聞いて、白兎は胸が詰まる。
もう長くはない。それはわかっている。
光がない中で、唯一優しくしてくれた肉親。せめて爺の最期の姿をこの目に見たい。しかし爺の約束を守る為、目隠しを外すことはできない。
白兎の手が何度も目隠しにかかるが、その度に思い直す。
「……白兎」
「何?」
「すまんかったな。お前から光を奪って……」
「爺、死ぬみたいなこと言うな」
「よく聞け。爺はもう長くはもたん」
「ダメだ爺。嫌なこと言うな」
「お主は御剣最強となった。その力を正しい道に使うんじゃ。正義を行え」
「正……義」
「はぁっ!」
十兵衛は消えかけの力を使うと、白兎の目隠しがはらりと落ちた。
長く続いた暗闇の封印は解かれた。しかし白兎に目を開ける勇気が出ない。それに今眼を開けてしまえば十兵衛を見てしまう。
「白兎……もうそんなものがなくとも、自分で瞳を封じることはできるじゃろう」
「…………」
「それほどまでにお前は強くなった」
「そんなことない……まだ弱い」
「ああ、そうじゃ決して慢心はするな。お前にはまだ足らぬものがある」
「……足らないもの?」
「お前は確かに強くなったが、人としての愛情を知らん」
「愛情……爺から……もらったよ?」
「これとはまた別のもんじゃ……。人を愛することで、お前はまた強くなるじゃろう。守るものを持った者のみが使える限界を超える強さじゃ。愛を知りし時、御剣流最終秘奥義
「…………ラブ……ファントム。爺……作ってない?」
「ゲホゴホッゴホッ!」
十兵衛はわざとらしくせき込んだ。
「誤魔化した……」
「愛を知った時、お前が真に認めたものと子を成せ。お前はもう御剣流奥義心眼術を会得しておるじゃろう?」
「……うん」
「人間の輝き、お主には見えておるか?」
「うん、爺の光も見えるよ」
「どうじゃ、爺の光は真っ赤に燃え盛っておるか?」
「…………うん……大火事だ」
白兎はマッチよりも弱々しい光を見て、嘘を吐く。
「フハハハ、ワシほどの強者になると魂の色も常人とは違う。白兎、もしお主に相応しい人物がいるなら、きっと見たこともない魂の輝きをしておる。それを探せ」
「うん…………」
「後は、爺を信じてほんのちょっとだけ目を開けてみぃ」
「爺、僕の目見たら止まる」
「孫の目を見て心臓が止まるならそれは本望じゃ。白兎……爺の最後の頼みじゃ。お主の可愛い目を見せてくれんか」
白兎の目尻から自然と涙が流れていた。
白兎も爺の最期を見たい、十兵衛も最期に白兎の目を見たい。
それならば、もう迷いはなくなっていた。
白兎はゆっくりと瞼を開く。長らく忘れていた眩しさに、視界全てが白む。
彼女の前には生命維持装置をつけられ、枯れ木のようになった十兵衛の姿があった。
「爺……」
「ほれ……みろ。爺は止まらんじゃろ?」
そう嬉しそうに言う爺だったが、彼の瞳は既に真っ白になっており、視力を失っていた。
魔眼は目の見えない相手には通じない。だからもう、ここでは瞳を閉じる必要はなかった。
「爺……」
「白兎……」
震えながら宙を彷徨う十兵衛の手を取る。
「綺麗な目じゃ……。お前の目はこの淀んだ世界を見るに相応しくないと、神様がその力を授けたのかもしれん」
「…………うん」
「いつか、お前が必要な時にその力を使うがいい……爺は……お前を……愛し……」
「爺、爺?……爺!!」
十兵衛は満足げな顔をして、動きを止めた。
現在――
白兎は出雲の更衣室でコンバットスーツに着替えていた。
手首のボタンを押すと、スーツの空気が抜け、ピッタリと体に密着する。
あれから数年、白兎は自分自身の目に封印をかけ目を開けられないようにしていた。
いつか御剣流に相応しい人間になり、魔眼の力をコントロールできるまで封印は解かないつもりだ。
不自由はたくさんあるが、それも慣れた。
爺との約束だから。この目はいつか相応しい時にしか使わない。出雲に乗り込んだのも爺との約束、正義を行う為だ。
彼女はライダーヘルムにうさ耳を足したようなミリタリーヘルムを頭に被る。
このヘルムには最先端の
彼女の脳内に直接描写される映像にはニカッと笑う爺の写真があった。
「爺……わたしもっと強くなるから……」
いつものように呟いて、白兎は刀を手に取ると訓練へと向かう。
するとメールが届いていることに気づく。
宛名は[犬ャ逾葵]と文字化けしていて読むことが出来ない。
何だろうかと思いメールを開いてみると、一瞬のブロックノイズ。続いて、グチャグチャに混ぜ合わされたようなデータが脳内に次々に入り込んでくる。
「なに……これ……」
意味不明なデータが濁流のように流れ込み、頭痛がとまらない。
システムから大量のエラーメッセージが吐き出され、バグが侵食していく。
「……くっ……BDTシステムカット」
[REJECT《拒否》]
「ヘルムロック解除!」
[REJECT《拒否》]
白兎のコマンドは通じない。
彼女の脳は未知の電子ウイルスによって汚染されていく。
「入って来るなぁぁぁぁぁ!!」
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