第16話 ウイルス
「宣伝用動画ねぇ……」
学長室を出た俺は、小型カメラ片手に首をひねる。
それを撮るとなると、ある程度テーマを作った方がいいだろう。
出雲の特色となるものだ。ワイルドスターのような連携力、コキュートスのような軍事力、ロイヤルクレストの一騎当千的な個の強さ……。
出雲と言えばなんだろうか? 他の学園艦にない兵科なら侍や忍者、陰陽術、陽火の歴史ある強力な兵科。また和の文化もそれにあたるだろう。
偏見かもしれないが、外国人は忍者や侍に異常な関心があり、なぜかやたら強いと思っている。
翻訳機がなく、他国の人と言語の壁でちゃんとコミュニケーションがはかれなかった時代でもハラキリ・ゲイシャ・サムライ・テンプラ・スシは認知されていたという。
「寿司、天ぷら……飯も混ぜた方がとっつきやすい?」
頭の中に天ぷらと寿司を食ってる忍者と侍が浮かぶ。
いかん
「とりあえずウチの姉様方を撮影すれば、それだけで絵になりそうな気がするな」
そう思いつつも、頭の中にはワイルドスターのチアガールパフォーマンスが浮かんでいた。
あれをウチのメンバーに置き換えれば……。
チアガール姿で弾む雫さん。白い脚を高く上げる犬神さん。ポンポンを振る小麦肌の白兎さん。
「数字がとれる(確信)」
美人お姉さまがチアガールで「フレッフレッ♡」だぞ。とれない理由がない。
あまりにも冴えた自分のディレクションセンスが怖くなる。
ワイルドスターのパクリではなくあくまでオマージュ。きっと視聴数は鰻登りで学長もニンマリ。
多分犬神さんに殺されるという理由を除けばやらない道理はない。
そう思い俺はチームメンバーを探しに出雲内の徘徊を始めた。
この辺に誰かいるだろうと思って出雲のショッピングエリアへ入ると、案の定。
「キャー葵様ー!」
「葵様ー!」
「お姉様ー!」
「愛しております!」
ショッピングセンターの大通りを塞ぐ大名行列。ではなく、いつもとは違う蝶が描かれた色気のある着物を着た犬神さんが、和傘をさして歩いている。彼女が漆塗りの高下駄をカランコロンと鳴らすと、その音に引かれるように後ろから女生徒たちがワラワラとついて回る。
その昔、位の高い花魁はこんな感じで街を歩くだけで行列が出来たとか聞くが。あれは確かお客に会いに行く為らしいが、それに近しいものを感じる。
面白いので撮影しておこう。
先頭を歩く犬神さんは「はぁ……」っと大きなため息をつくと、ビデオカメラを持った俺と目と目があった。
「
「嫌です。周りの女生徒がすんごい怖い目で俺を見てるので」
犬神さんの取り巻きの女生徒が、誰あの男? と言わんばかりにこちらを睨んでいる。
「主ら、わっちは約束がある。すまぬが二人にさせてくれぬか?」
「あ、葵様がそう言うのでしたら……」
「葵様、もしかして……彼氏ですか?」
「ははっ、雫の弟じゃ。男ではない」
犬神さんが八重歯を見せて愉快気に笑うと、取り巻きの女生徒たちはほっとした表情を見せて散り散りになっていった。
俺は犬神さんに連れられて、近くの甘味屋に入るとテーブルについた。
「なんか凄いですね……」
「休日人のいるところに行くと毎回こうじゃ」
困ったものだと小さく息を吐く犬神さん。さすが出雲四天王の名は伊達ではない。
「人避けに使った詫びじゃ。好きなものを頼みなんし」
「じゃあ抹茶パフェで」
「わっちはぜんざいで」
和服の店員(出雲の学生バイト)に注文を行う。
「雫さんや、白兎さん達もこんな苦労してるんですかね?」
「雫は何か変態的なファンがついておるな。雫ママでオギャるだの、どうたらこうたらとかいう……ファンクラブか。白兎は皆近寄りがたいらしく、そう言った話は聞かんな」
「なるほど。とりあえず雫さんのファンクラブは後で潰しておきましょう。四天王で言えば大巳教官もモテそうですが」
「
「えっ、そうなんですか?」
「今出雲の操舵指揮をとっておるのはあいつじゃ。まぁ艦長見習いという奴じゃな。そのうち奴が学長になるやもしれん」
「なるほど、今からゴマすっておきます」
「抜け目ない奴じゃ。して、主は何をしておる?」
「俺はですね――」
かくかくしかじかでと、学長に頼まれたことを伝える。
「ふむ、出雲の動画をと……」
「そうなんですよね」
俺は不意にカメラを回す。こうすると喫茶店デートの風景に見えなくもない。
しかし、犬神さんがキセルから煙を吐くと、レンズが曇ってまともに映像が撮れなくなってしまった。
「なんだこれ、とれない」
いくら拭いてもスモークがかかってしまう。
「肖像権の侵害じゃ」
「協力して下さいよ。出雲の宣伝だと思って」
「…………」
そう言うと、犬神さんは難しい表情をする。
彼女が何か考えているうちに、俺の頼んだ抹茶パフェと犬神さんの頼んだぜんざいがやって来た。
俺はスプーンをパフェにさして一口食べる。うむ、抹茶のちょっとした苦みと甘みがグッド。
「どうかしましたか? フリーズしてますが」
「主……動画とはどうやって見るのじゃ?」
俺はカランと音をたててスプーンを落とした。
「…………犬神さん、まさか機械音痴ですか?」
嘘でしょ、あなたこれ以上まだ属性乗せる気ですか?
狐耳
花魁
わっち
式神巫女
クール
機械音痴←New
「バカを言うな。ちゃんとメールくらいできるわ!」
犬神さんはバカにするなと言いつつ、白い頬を赤くして俺の抹茶パフェをぱくついた。
「犬神さん、それ俺のパフェです……」
「…………」
カーっと頬を赤らめると、彼女のお尻の辺りから白い尻尾がひょこりと現れた。
どうやらあの尻尾、興奮しても恥ずかしがっても出てくるらしい。
「すまん……」
「いや、別にいいんですが」
俺はスプーンを返してもらい、パフェを食べようとする。
すると周囲の客の視線が、まさかテメーそのスプーン使う気じゃないだろうな? と謎の圧力がかかる。
間接キスくらいでガタガタ言わないでもらいたい。
俺が無視して犬神さんの使ったスプーンでパフェを食べると、小さい悲鳴が上がった。
なんで悲鳴なんだよ。スプーンねぶってやろうかこの野郎。
「動画の見方がわからないって、
「ぶらうざとか意味のわからん言葉を使うな」
「えぇっとですね、RF出してもらえますか? 直接使いながらの方が早そうなので」
「い、嫌じゃ……」
「なんで嫌がるんですか?」
「わっちのRFは今壊れておる」
「それなら直した方がいいですよ。RFないと任務でも困りますし。俺が見てみますよ」
「い、嫌じゃ」
なんで壊れてるのに頑ななんだろうか?
そこで気づいた。そうか俺が信用されてないだけだ。RFってメールや個人情報が入ってるからな。普通は人に貸したがらないはず。
「すみません。俺より正規の手順で修理してもらった方がいいですね……」
少しだけ信用されてないことに肩を落とすと、犬神さんはばつの悪そうな表情を浮かべる。
「べ、別に主の腕を信じていないわけではない」
「いや、いいんです。ちゃんとしたところで直してもらった方が」
「その……正規の手続きで修理するとなると、どういう手順を踏むことになる?」
「え~っとRFの修理なら、一回動作確認の為に機械工作科に回ってきますよ。そこで修理できるか交換になるか判断します。ただ修理でも交換でもデータは全部消去することになると思います。そこから学園長の承認を得てソフトやアプリの再インストールをして……」
「なっ!? 修理程度で学長までいくのか!?」
「一応
「それは故障の原因も報告されるのか?」
「ええ、もちろん。なんで壊れたか詳しく解析されますよ」
「…………」
あれ、なんで犬神さん冷や汗かいてるんだろ。
「主が修理すれば、大事にはならんか?」
「そりゃまぁ俺で直せるものなら」
そう言うと犬神さんは苦渋の決断を下すように、着物の袖から
俺は手渡されたRFの盤面をタッチすると、3Dモニターが描写されアプリが並ぶホーム画面をタッチしていく。
パッと見は、特におかしなところはなさそうだが。
しかしインターネットブラウザを立ち上げると――
「あぁ~ん、ダメにゃの~~♡」
女性の激しい矯正と同時に、3Dモニター全体にモザイクがかかった。
「つっ!? なんだこれ!?」
「ば、バカ者、早く止めよ!」
甘味屋の客の視線が一斉に俺たちのテーブルに向く。
俺は急いでRFのブラウザを落としたが、さっきまで普通のホーム画面だったのに、アプリ全部がセクシーな女性の写真にかわっていた。
「…………犬神さん」
「な、なんじゃ……」
「あなた……踏みましたね。ウイルス」
古くからある機械の天敵コンピュータウイルス。様々なバグ症状を引き起こし、場合によっては端末をクラッシュさせる。
パソコンだけがかかるものと思われがちだが、高性能デバイスならそれ専用のウイルスが造られ特定経路から同様に感染する。
ほぼ確実にこのRFはバグウイルスに犯されて、動作が困難になっていた。
しかも、この症状だと感染経路は多分……。
「知らん、わっちは何にも知らん」
「いいんですか、履歴漁ったら何を見てウイルスにかかったかわかりますよ」
「……ちょ、ちょっと広告サイトに飛んだら意味の分からん言語のホームページに飛ばされてそうなった」
「あぁ、よくあるパターンですね……」
道理で修理を嫌がったわけだ。
話している間にも俺は犬神さんのRFをセーフモードで起動して、ウイルスを探していく。
こういったあからさまなものは結構簡単に見つかる。
「【LALALA Love somebody】アダルトサイトの広告を踏んだ時にかかる奴です」
「…………知らん、わっちは何も知らん」
この人肌白いから赤くなるとわかりやすいな。
「いいんですよ、18歳以上なら別に何の問題もありませんから(菩薩顔)」
「れ、冷静に対処しなんし……」
俺はウイルスを駆除し、他にも怪しいものが入り込んでいないか確認する。
「スパイダーネットにもかかってるな……」
「なんじゃそれは?」
「これだけじゃ特に意味のないウイルスなんですけど、犬神さんのRFみたいに別のウイルスにかかった媒体だと猛威を振るうんです。こいつはウイルスを別のデバイスに運んでいく
「雫と白兎、後さっき龍宮寺に……」
「雫さんのは後で直そう。白兎さんは目が見えてないけどメールとかどうしてるんだろう」
龍宮寺はいいや。あいつがてんぱってるとこ見るの面白いし。
自分から言ってくるまで放置しよう。
スパイダーネットの厄介なところは拡散力で、メールを送った人物に問答無用で感染させるところにある。
これに感染した状態で別の人間にメールを送ると、ウイルスがコピーされネズミ算式に広がっていく。
とりあえず雫さんたちには誰にもメールしないように注意しておこう。
「はい、とりあえずウイルスの除去は行いました。また何か広告などが出たら教えてください」
「す、すまぬ」
しかし引っかかるところが一つ。こういうブラウザクラッシュ系のウイルスが流行ったのはかなり前で、今はもう絶滅したと思っていた。
Lovebodyのような愉快犯系ウイルスって、言ってしまえば素人が作ったバグウイルスだ。その程度ならRFの標準で入っているセキュリティソフトがブロックするはずなんだが……。
「それにしても意外ですね、まさか犬神先輩が○辱モノ見てるなんて」
「黙りんす!!」
しまった。黙りんすをいただいて喜んでいる場合ではない。本題は動画撮影である。
俺は犬神さんに他国の学園艦の動画を見せた。
「…………なぜこやつらは水着で銃を撃っておる?」
「えっ、何か問題でもあるんですか?」
「いや、別にないが……この騎士たちはなぜ水着で剣を振り回している?」
「えっ、何か問題でも?」
「もういい、主旨はわかった」
「こういう目を引く宣伝動画をとりたいんです。つきましては皆さんにこれを……」
俺はワイルドスターのチアガールシーンを見せる。
「はっ? こんな丈の短いスカートで脚を上げて踊れと申すか? ふざけるのも大概にしなん――」
「○辱――」
「やればいいのじゃろう!!」
顔を赤くした犬神さんはダンっとテーブルを叩き、快くチアガールを受け入れてくれた。
よし後は白兎さんと雫さんに話を通せばうまく行きそうだ。
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