第15話 プロモーション


 それからしばらくして、意識を取り戻した俺は首をさすりながら学長室へと向かう。


「あんな本気で蹴らんでも……」


 首が飛んで行ったらどうするつもりだ。

 輝刃曰く、小鳥遊君だからそれですましていると慈悲深いお言葉をいただいた。

 俺じゃなければ小指の一本ぐらい詰められていたかもしれん。

 雫さんに至っては恥ずかしがりつつも「男の子だからしょうがないね」と、優しい人妻的なことを言っていた。心なしか好感度が上昇した気すらする。


「あの人何やっても好感度上がるからな……」


 どこまでOKなのか確かめてみたいところではある。

 ただこの前、『従妹・結婚・何親等・親・説得』の検索ワードでネットしていたのを見たので、あまり調子に乗ってると取り返しのつかないことになるかもしれない。


「しかし、この磁石もいろいろ改造がいるな。金属を持っていないBMや小型のモンスターには全くの無力というのが……」


 ぶつくさ言いながら学長室へと入ると、学長はいつも通り少しヨレたスーツに、白髪の混じった髪。中間管理職みたいな困り顔に眉を寄せながら、デスクで3Dモニターを眺めていた。


「失礼します。小鳥遊悠悟入ります」

「あぁ、よく来たね」

「クビですか?」

「入って来た瞬間クビを覚悟してこないでよ。まだ大丈夫だから」


 まだってのが怖すぎる。


「学長に個人的に呼ばれることって普通はありませんから」

「そうだね、普通はチームリーダーに話をするからね。実は君個人に頼みたいことがあって呼んだんだ」

「まさか単独任務ですか?」


 単独任務とは、たった一人で遂行する潜入工作など、エリートが任される特務である。


「まぁ~任務みたいなもんかな。これを見てくれたまえ」


 学長がパチンと指を鳴らすと、俺の前に3Dモニターが浮かび上がる。

 モニターには学生がよく見るであろう動画サイト、【mutyubeムチューブ】の画面が映し出されていた。

 学長が電子パネルをタッチすると、サムネイルが並んだ動画の一つが再生される。


Wワイルド!」

Sスター!」

Rレイヴンズ!」


 文字テロップが連続で続き、軽快なBGMが流れ出す。画面に星条旗柄のチアガール衣装を着た金髪美女たちが「WSR」を連呼しながら、音楽に合わせてダンスを行う。

 チアガールたちはリズムに合わせて素早く三段タワーを作ると、その上でY字バランスをとったり、土台になった人間がジャンプ補助をする投げ技などダイナミックな連携を見せる。

 次々に繰り広げられる高度なアクロバット演技は、サーカスや雑技団を彷彿とさせるほどだ。

 カメラが徐々に引いていくと、チアガールたちが踊っているのが空の上。学園都市型艦の上だとわかる。

 動画の最後に金髪美女たちが集まり「困りごとは学園都市型艦【セントルイス】【ワイルドスターレイヴンズ】まで」と投げキッスでしめられていた。


「学園都市型艦のCMなんてあるんですね」

「Gアメリア出資の最新鋭学園艦、【セントルイス】のものでね。この動画の再生数が約3000万」

「3000万!? 普通100万もいったら人気動画ですよ」

「他にもあってね」


 学園長は違うサムネイルを選択する。

 今度は場面が変わり、雪の降る大地に軍服を着た女性達が一糸乱れぬ統率された動きでライフルを構える。

 インカムをつけた女性指揮官が「ファイア」と攻撃命令を下すと、銃声と共に一斉掃射が行われる。

 凄まじい火力シーンの後、軍艦のような学園都市型艦から無数の戦車が下車してきて、真っ白な大地を力強く突き進んでいく。

 そしてシーンの最後には通信士が「ドラゴンを補足!」と叫び、それに対して女性指揮官がドラゴンを眺めつつ「ドラゴン? トカゲの間違いだろう?」と口元をニヤリとつり上げて終わる。


「何この中二病くすぐられるCM。カッコ良すぎでしょ」


 パンツァーフォー! と叫びたくなるミリタリー好き歓喜の内容だ。


「これがBロシアの学園都市型艦【スラヴァ】チーム名は【コキュートス・ゼロ】かな。再生数は2000万ぐらい。最後は……Uイギリスの動画だ」


 三つ目の動画は制服姿の女生徒が草原の中で一人、剣を地面に突き刺し、目を瞑っている。

 女生徒はカッと目を開き、剣を掲げ上げると刀身が眩い剣光を放つ。

 一瞬画面がホワイトアウトすると、女生徒の姿が制服から騎士風の戦闘服にかわり、周囲には彼女と同じ騎士風の仲間が勢ぞろいしていた。

 女生徒はカメラに向かい誇らしげな笑みを浮かべ、こう呟く。「我らロイヤルクレスト、そなたに力を貸そう。喜ぶがいい、我らの力があれば、そなたの未来は確約された。……さぁオーダーを」


「何この……約束された勝利のなんとかからの、問おう、そなたがマスターか的なカッコよさ……」


 大作RPG感がある。


「これがUイギリスの学園艦【プリンス・オブ・ウェールズ】のチーム【ロイヤルクレスト】。これが2500万」


 段々再生数が戦闘力に思えてきた。


「どれも凄い視聴数ですね」

「これを見て小鳥遊君は僕が言いたいことがわかるかな?」

出雲ウチもこんな宣伝動画が作りたい」

「話が早くて助かるよ。出雲って実力と信用はあるんだけど、やっぱり目立つところにお仕事が流れていっちゃうんだ。そうなると実績不足になってスポンサーの陽火にもっと頑張れよって怒られちゃうし、僕の査定もがっつり落ちる」


 それが本音か。


「はぁサービス業みたいですね」

「実際レイヴンは派遣傭兵だからね、サービス業みたいなもんだよ。お仕事がなくなったら艦の維持もできなくなるし、君たちレイヴンの育成にも支障が出る」

「出雲ってこの手の宣伝動画ってないんですか?」

「あるよ」


 学長が動画を再生すると、着物を着た女性が鳥居の前を歩いている。

 女性は美しい紅葉を見ながら「そうだ……陽火に行こう」そう呟くと「陽火に行くなら陽火鉄道」とテロップが出て終わる。

 動画時間はわずか15秒。完全にテレビCM用だ。


「これ陽火の観光宣伝では?」

「最後に陽火鉄道は出雲を応援してますってテロップ出たでしょ」

「それだけ!?」


 そんなとってつけたようなCMしかないことに驚く。


「ちなみに再生数はどうなんですか?」

「9800かな」

「1万届いてないんですね……」

「まぁ他と違って派手さがないからね……」

「それは確かに」


 ワイルドスターのチアガールパフォーマンス、コキュートス・ゼロの制圧射撃、ロイヤルクレストの円卓の騎士的威風堂々感。どれも目で見ただけで凄いとわかったが、出雲のCMにはそれがなかった。

 そりゃそうだ。ただの観光案内だしな。


「他国の学園艦の映像を見てどう思った?」

「そうですね、全部カッコよくてレイヴンの派遣を頼むならこのどれかにしようと思いました」

「それだけじゃないでしょ」


 学園長の含みのあるニヤリ顔。

 言いたいことはわかる。この動画に出てくる全員が美人だったし、チアガールに軍人、騎士とツボをおさえている。

 チアガールは皆巨乳だったし、軍人は全員タイトミニのスカート、ロイヤルクレストの騎士甲冑は、ほとんどビキニアーマーみたいなもんだった。

 需要と供給のバランスが実にわかりやすい。

 学長は小型のビデオカメラを俺に差し出す。


「小鳥遊君には是非チームメイトの動画を撮ってもらいたいんだよね」

「そんなことしなくても、学長が宣伝するから協力してくれって言えばいいんじゃないんですか?」

学長がこんな感じの動画撮りたいって言ったらセクハラって言われるでしょ? 最近セクハラ、パワハラ、モラハラとハラハラでうるさいからね。次はどんなハラスメント亜種が出てくるか冷や冷やしてるよ」

「はぁ……。しかし素人が撮った映像なんかCMになりませんよ?」

「別にいいんだよ。これ見て」


 学長が動画を出すと、そこにはコキュートスの軍服女性が銃を撃つ訓練を行っている様子が映し出されている。それを指揮官風の女性が険しい表情で眺めている。

 指揮官はしばらくして射撃がうまくいかない部下を呼び出し、厳しく叱責する。

 ゴミクズが的な感じの罵倒も混じっており、見ている方が緊張してしまうくらい言い方は苛烈だ。

 15分ほどの動画は指揮官の叱責と射撃訓練だけで終わった。


「あの指揮官めちゃくちゃ怖いですね。それがチームの強さでもあると思いますが……」

「これの再生数1億」

「1億!?」

「この指揮官、すんごい怖いんだけど、すんごい美人だから叱られたいという男女がずっとリピート再生してるみたいだね」

「あぁ……業が深い……」

「カリスマだよカリスマ」


 物は言いようである。


「ワイルドスターや、ロイヤルクレストもこんな感じの訓練風景をアップしてるんだけど、どれも再生数が凄くてね」

「アイドルじゃないですか」

「まぁ似たようなもんだよ。ウチの白兎君たちにもそれだけのポテンシャルがあると思ってる。だから君に……ね?」


 後は言わずともわかるだろうとアイコンタクトする学園長。

 俺はカメラを受け取り「はぁ」と気のない返事を返した。

 どうやら白兎さんや雫さん、犬神さんたちの訓練風景を撮って来い。できれば見ている人が喜びそうな映像を(ゲス顔)ってことらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る