第3羽 プロモーション

第14話 九字護身法

 俺が雫さんのチームに復帰して、はや一か月――


 プスプスプス

 共同部屋のキッチンで黒い煙を上げる謎の物体X。

 それを忌々し気な表情で見つめるエプロン姿の輝刃。

 金髪ツインテのお嬢様は普通にしていれば可憐な美少女なのだが、今は殺し屋みたいな雰囲気を身に纏っている。


「なぁ、もうやめといた方がいいんじゃないか?」

「まだよ。もう一回」


 彼女は眉を寄せつつ卵をフライパンに落とす。

 すると、ものの数秒で黒い煙が上がり始めた。今回もダメそうだなと思いながら俺は口出しせず、彼女の調理風景を横目で見守る。

 なぜ黙っているかというと、既にこの料理特訓も三日目で、もう俺が言えることは全て言い終わってしまっていた。

 というか目玉焼きにできるアドバイスなんて大してない。


 我がお姉様チームでメキメキと実力を伸ばす輝刃と、メキメキと家事スキルを上げる俺。

 BMビッグモンスターとも渡り合えるようになってきた輝刃、子羊のシチューが作れるようになった俺。

 ジャンプの滞空時間が3分を超えるようになった輝刃、手編みのセーターが編めるようになった俺。

 順調にエリートレイヴン化する輝刃、順調に主夫化する俺。

 どうしてこうなった……。慢心もしてないし、環境も違わないのに……。とても同じ学園に通っているとは思えないスキルの差。

 この料理に火がついたのも、三日前に出した晩飯のカルボナーラが相当美味かったらしく、乙女的に男に料理スキルで負けるというのは許せないらしい。


「別にいいんじゃないか? 今どき料理できなくたって」

「ダメに決まってんじゃん。もし小鳥遊君があたしのこと何にも知らなくて、料理できないって知ったらどう思う?」

「顔が良いからしょうがないんじゃないかと」

「あたしの予想の斜め上を行く卑屈な解答やめてくんない?」

「別にいいだろ。お前お嬢なんだし」

「それよ! そう思われるのが一番嫌なの! お嬢だからきっと家の人間にやらせてるんだろうな。きっとお金で解決してるんだろうな。そう思われるのが最高に嫌!」

「でもしょうがないじゃん。お前必殺料理人なんだから」

「そんな毒殺のプロみたいな称号つけないで」

「いいからフライパンの火止めろ」


 輝刃が振り返るとフライパンから火柱が上がっていた。

 既に火災報知機は切ってあるので、警報は鳴らない。

 そして真っ黒になった卵焼きが出来上がる。


「なぁ、その火力は正義っていう中華的考えで料理するのやめない?」

「…………」


 輝刃は消し炭にフォークを突き刺すと、当然パラパラと崩れ落ちた。にも拘わらず、口の中に放り込む。

 ジャリジャリと嫌な音がして、見ているこっちが顔をしかめてしまう。

 こいつの偉いところは、こんな消し炭のクラッカーになってもちゃんと自分の胃に納めるところだ。


「こんな焦げたもんばっかり食ってると病気になるぞ」


 俺は渋い顔をしながら残った消し炭を口に入れる。うん、炭。マズイ、0点。


「あたしの失敗作の7割ぐらい小鳥遊君が食べてるでしょ」

「俺は胃が強いんだよ」

「あんたが良い奴でムカつくわ」


 なんでやねん。

 ゴミをご馳走してもらった後、俺はポンと手を打つ。


「そうだ、昨日から作ってた実験作のアイテムが出来たんだが、使わせてくれないか?」

「なんかまた夜中に石磨いてたわね」

「石とはちょっと違う。まぁ石絡みなんだが」


 そう言うと輝刃は好きにしたら? と呆れ気味に立ち上がって訓練場の方に向かおうとする。


「いや、この場でいいんだ。ちょっとそこに立っててくれ」


 輝刃をキッチンのテーブル脇に立たせ、ハート型のピンを手渡した。


「なにこれ? 可愛い」

「それをスカートの裾、真ん中くらいにつけてくれ」

「はぁ……」


 輝刃は言われた通りハートのピンをスカートの裾に装着する。


「よし、行くぞ」


 俺は右手に力を込め、胡散臭く「はぁぁぁぁぁ!」と呻りを上げ、忍術のような印を結ぶ。


「臨・兵・闘・者・皆・陣!」

「あんたまさか九字護身法を覚えたの!?」

「――烈・在・前!! はあああああああっ!!」


 雄たけびにも近い叫びと、素早い印の切り方をすると、輝刃の短いスカートの裾がピクピクと動きだす。俺が人差し指と中指を天に向けるとスカートがペローンとまくれ上がった。

 即座に右のハイキックが俺の延髄に直撃する。


「無念……赤……紐」


 俺はダイイングメッセージを残して倒れた。


「男の子ってほんっとくだらないことに全力出すわね」

「スカートめくりをくだらないとかいう男は、この世界に一人もいないと確信している」


 曲がった首を無理やり前に戻して起き上がる。


「で、どうやったわけ?」

「文字通りお前の鉄壁のスカートを引っ張り上げた」

「風とかじゃないわよね? なんか勝手にまくれあがったし。多分このピンが関係してるんでしょ?」

「当たりだ。そしてカラクリはこれ」


 俺は左手に握り込んだ黒い石を見せる。


「なにこれ?」

「化石を復元したら出てきた超強力な磁石。……だと思う」

「思う?」

「性質は磁石っぽいんだが、ほんの少しだけ魔力が必要で、魔力を通している間だけ磁力が発生する」


 俺が磁石に魔力を込めると、表面に幾何学的な模様が浮かび上がる。魔石の類の気がするが、調べてもよくわからん代物だった。


「つまり磁石でピンを引っ張り上げただけってことね」

「その通り」

「子供騙しもいいところね」

「そうでもないと思う」


 俺はキッチンに向かって手を伸ばすと、焦げたフライパンが俺の手に吸い寄せられた。


「こんな感じでわりと強力。意識すれば狙った対象を引っ張って来れる。これで相手の武器を奪うこともできるんじゃないかと」

「へー凄い磁力ね。応用すれば武器を飛ばすことも出来そう」

「精度はよくないから、まだまだ改良の余地はあるが」


 二人で話をしていると、人妻のようなゆったりとした歩き方で共同部屋に雫さんが帰って来た。


「ユウ君、学長が至急学長室にまで来てほしいって」

「学長が?」

「なんかやったの?」

「やってないと言いたいが、わからん」


 心当たりを探していると、不意に雫さんのロングスカートに金属のボタンがついていることに気づいた。

 俺の目がキラリと輝く。邪な考えを察した輝刃はすぐさま雫さんと俺の間に割って入った。


「危ない牛若先輩! スカートおさえて!」

「えっ?」

「バカめ、誰がターゲットは雫さんだけと言った」


 俺は両手の指を上に上げると、雫さんのスカートと輝刃のスカートがめくれ上がった。


「「キャアアア!!」」

「いいぞ、いいぞ!」


 ロングスカートだろうと関係なく、上から糸で引っ張りあげられているようにスカートは激しくまくれあがる。多少おさえたところで無駄だ。


「このピンとれないんだけど!?」


 輝刃が必死にハートのピンを外そうとするが、そのピンは普通のものとは違い一度装着するとそう簡単に外れない。

 実は実験アイテムとは磁石ではなく、こっちだったりする。


「ははは! ええぞええぞ! 超能力者サイキッカーになった気分だ!」

「調子に……乗るなぁぁぁぁぁ!」


 俺は延髄蹴りで意識を失った。

 ダイイングメッセージには【しずく……紫スケスケ】と残されていた。

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