第13話 小鳥の離脱 後編


 ――その頃


「悠悟ちゃん、もっとこう可愛く! プリティーに!」

「は、はい!」


 別チームに編入された俺は、とある高級バーで女装させられ、引きつった笑顔を作らされていた。


「ノンノン! ダメダメ、そんなんじゃ! 全然可愛くないわ! もっとスマイルスマイル! 自分が妖精フェアリーになったように!」

「はい」

「はいじゃなくて、は~い♡」

「は、は~い♡(必死)」


 現在俺は新チームと共にゲイバーで警護練習を行っていた。

 ボディコンの格好をした強面の元陸軍軍曹のマスターが笑顔の指導をしてくれる。口角を深くつり上げる軍曹(×)マスター(○)の笑顔はもはやホラーに近い。

 ボディーガードの対象が好んで行く場所らしく、レイヴンたちは従業員にまぎれて警護する必要があった。

 その為、屈強なレイヴンたちは皆秘密裏に女装して従業員(×)フェアリー(○)になりきる練習をしている。レイヴン史上最も過酷なシークレットミッションである。


「悠悟ちゃん、もっと笑顔笑顔!」

「は、は~い」

「だから違うわ悠悟ちゃん! 今は男であることは忘れなさい! あなたは今可愛い森の妖精さんなの! 恥と一緒に股間についてるものも捨てるのよ!」


 捨てられるか。


「は、は~い」


 つらい……辛すぎる。秘密警護とはある意味一番エージェントっぽい任務だが、場所が場所である。

 通常任務ってこういうものもあるんだな。と改めて自分がエージェントとして生きているのだと理解する。

 というか、こういう潜入系は諜報兵科の仕事では? と思いつつヒラヒラのスカートを翻す。


「しかもハイヒールってくっそ歩きにくい……」


 雫さん含め、元ウチのチームは全員ヒールブーツを履いていたが、歩いている最中グキッと来ないのだろうか? 俺は今日だけで5回も足首がグキッといっている。

 そんなことを考えていると、マスターがパンパンと手を叩いて皆を集める。


「じゃあ次はステージでフェアリーダンスの練習よ! 皆一列に並んでちょうだい!」

「マスター、運動靴に履き替えてもよろしいでしょうか!」

「ダメに決まってるでしょ! 妖精さんは運動靴なんて履かないわ!」

「しかしこのままでは足首がグキッといってしまいます!」

「首の骨をグキッといかれたくなかったら早くステージに上がれ!(野太い声)」


 どうやら俺は首の骨を軽く折れるフェアリーにダンスを教わっているらしい。

 ニンフダンスも時代と共に荒っぽくなったものだ。


「さぁ行くわよ! プリティプリティ!(野太い声)」

「「「プリティプリティ!!(フェアリー♂の声)」」」


 このハードミッションはまだまだ続く。



 悠悟離脱から一週間の時が経つ――

 牛若チームは任務終了後、輝刃と山吹が言い合いになっていた。

 眉を寄せる輝刃は不機嫌さを隠そうともせず山吹に詰め寄る。


「なんでいきなり前に出たの?」

「龍宮寺さんが危ないと思ったので、カウンターアタックを入れました。結果それが功を奏して目標を倒すことができましたよ」

「あのタイミングなら問題なくやれたわ。それどころか射線を塞がれたせいで槍が使えなくなって逆に危なかった」

「それは結果論ですよ。リザルトに対してネガティブを押し付けているだけです」


 【アンティラノ】という獣撃級肉食恐竜型モンスターと戦っている最中、犬神のサポートを受けた輝刃がトドメの魔槍を放とうとした時、急に山吹が割って入り彼女に代わってアンティラノを倒したのだ。


「そもそも山吹君、車の前から動くなって言われなかった?」

「仲間のピンチを前にじっとしていることなんてできないですよ。もし仮に仲間が戦っている最中、自分だけ安全なところでじっとしていたなら、そいつは相当な腑抜けだと思いません?」


 言っていることはカッコイイのだが、輝刃は何故だが無性に腹が立ってしょうがなかった。

 それは車の前でショボーンと申し訳なさげに待っている悠悟のことが頭によぎったからだ。

 そこで輝刃はなぜこんなにも腹が立つのかに気づく。

 山吹が何かにつけて悠悟より自分の方が優れていると、あてつけがましくアピールしてくるのだ。それが腹が立ってしょうがない。


「とにかく勝手な真似しないで!」

「ヤレヤレ、龍宮寺さんは僕に助けられたのが気に喰わないようだ。素直に相手に感謝するのも必要なことだと思いますよ」

「つっ!」


 素直にお礼も言えない人だと言われ、輝刃は山吹の胸ぐらをつかみかけた。


「やめなんし!」


 犬神にたしなめられ、もといすごまれて輝刃は伸びかけた手を納める。


「これで、二度目か」


 犬神が言うのは、山吹が待機命令を無視して戦闘に割って入った回数だ。

 勿論彼の言い分もわかるが、チームとしては想定外の敵の増援より、予想外の動きをする味方の方が厄介なのだ。

 雫も何度も注意しているが、言い方が優しい為あまり効果を成していない。


「龍宮寺、主も冷静になれ。頭に血が上り過ぎじゃ」

「すみません……」


 輝刃は怒るな、冷静になれ、奴は敵じゃないと自分に言い聞かせながら装甲車へと戻る。


「ゆっくりシャワーでも浴びて、さっぱりすれば思考も……」


 返り血を浴びた戦闘服ジャケットを着替えようとしてピタリと止まる。


「しまったシャワー無いんだった……」


 その言葉に犬神も白兎も「うっ」と眉を寄せる。皆魔獣の返り血を浴びてドロドロになっており、臭いもかなりきつい。最近戦闘後のシャワーが当たり前になっていたが、なくなると耐えられないぐらい不快になっていることに気づく。

 この状態で戦闘服から制服に着替える気も起きず、もう血まみれで帰る決心をする。


「はぁ……山吹君、頼んでたドリンク持って来てる?」

「勿論ありますよ」


 良かった、そこはちゃんとやっていたかとホッとする。元より山吹はなんでもやるサポートとしてチームに入って来たのだ。任務をストレスなくスムーズに行わせるのが本来の役目――。

 しかし山吹が取り出したのは常温保存の炭酸飲料だった。しかも銘柄が輝刃の嫌いなメーカーで、それもイラっとする。


「ペッパードクター梅レモン味……。何この酸味の鬼みたいな飲み物……。ねぇ山吹君、あたしブラッドコーラって言わなかったっけ?」

「そうでしたっけ? でも炭酸で缶も色も似ていますし、大丈夫でしょう」


 それを決めるのはテメーじゃねぇと思いつつ、輝刃は顔をしかめながらプルタブを起こす。すると生ぬるいジュースが勢いよく顔に噴きかかった。

 揺れる車内に適当に積まれただけの炭酸飲料である。当然こうなることはわかっていた。

 輝刃は唇についたジュースをぺろりと舐める。すると梅とレモンの絶妙でゲロまずなハーモニーが炭酸と共に口の中ではじけ、強い不快感を産む。

 輝刃は握力に任せて缶を握りつぶすと、ブジュルと汚い音と共に赤紫の液体が地面にこぼれる。


「…………帰る……もう帰る!!」


 彼女は苛立ちを天にぶつけるようにおウチ帰る! と叫ぶ。

 しかし悪いことは続く。

 一刻も早く帰りたいと装甲車に乗り込むと、外で雫が難しい顔をして首を振っている。


「ダメ、動けないわ」

「どうかしたんですか?」

「パンクしてるの」


 タイヤの前でしゃがみこんでいる雫の元に行くと、野生の動物がタイヤに穴を開けたらしく、前輪後輪全てに穴が開いているのがわかった。


「これは大変なアクシデントですね」


 山吹はそれを他人事のように言う。

 輝刃は、テメーが車から離れなかったらこんなことになってねぇよと叫びたかった。


「山吹君、タイヤ交換できる?」


 雫が訊くと、山吹は虚を突かれたような表情になる。


「えっ、僕ですか?」

「うん」

「いや、ちょっと僕やったことないんで」

「でも君、経歴に機械工のスキルもあるって……」

「僕のスキルはもっとハードでソフトウェアのITリテラシー系サブファクションなんですよ。だからこういった原始的なメソッドにはリソースが対応できないんです」

「つまり何の役にも立たないってことね」


 輝刃が言葉の剛速球(150km/h)を山吹の顔面に投げつける。


「うぐ、タ、タイヤ交換なんて技師の仕事でレイヴンの仕事じゃありませんよ!」

「それをやってた奴がいるのよ」


 揉める山吹たちの前に、白兎がスペアタイヤを二つ持って、装甲車の外に出る。


「ダメ……スペアタイヤ4つもないよ」

「前小鳥遊君がタイヤパンクした時、溶かしたゴムみたいなのを張り付けて応急処置してたわ。確かそのキットは車の中にあるはず」


 雫たちはバーナーとゴム板がセットになった修理キットを持ってくるが、使い方がさっぱりわからない。


「山吹君使い方わかる……わけないよね?」

「ロジカルシンキングな僕じゃ、こういったシンプルサティスファクションはスキルに見合ってませんね」

「つまり何の役にも立たないってことね」


 輝刃が言葉の剛速球(165km/h)を山吹の顔面に投げつける。

 雫たちは改めて工作兵科って凄かったんだなと悟る。


「困ったわね……」

「小鳥遊君パンクくらないなら10分くらいで直してましたからね」

「とりあえず私たちでスペアタイヤの交換しましょうか。それから葵ちゃんの式神に装甲車を引っ張ってもらいながら、修理できる街を探しましょう」

「そうですね」

「ヤレヤレ、鬼が車引きとはな」

「ごめんね葵ちゃん」

「構わんが、山吹、主が持ち場を離れたからこうなっているのじゃ。少し考えを改めなんし」

「犬神先輩、お言葉ですが車両待機なんて使えないレイヴンの仕事ですよ? いえ、仕事とも言えない雑務です。それに僕を割り当てるなんてリソースの無駄としか言いようがなく、それをアクセプトするには……ひっ!?」


 犬神の背から巨大な式神が現れ、凄まじいプレッシャーを放つ。


「あまりわっちらを怒らせるな。一人前を気取る前に、与えられたことを全うしてみせなんし。後意味のわからん言葉を使うのもやめろ不愉快じゃ」


 犬神の冷徹な瞳に山吹は腰が抜けかける。

 女性陣だけでてきぱきとタイヤ交換を始めたのを見て、山吹はようやく「あれ? もしかして僕がチームの空気悪くしてる?」と気づき、急激に慌て始めた。


「ちょ、ちょっと待ってください皆さん! こんなもの修理しなくても大丈夫です!」

「どういう意味よ」

「フッフッフッフ。僕はねスーパー金持ちなんですよ。僕が呼び出しすればすぐに迎えがやってきます」


 山吹は通信機を取り出すと耳に当てる。


『お使いになられている通信機は圏外です』


「ぬ、ぐぐぐぐ」

「こんな山の中で通常回線が使えるわけないでしょ……」

「だ、大丈夫! 山吹CPは衛星回線を引いていますから、この程度なんともありませんよ!」


 山吹はダイヤルをかえて再度通信を行うと、今度はちゃんと通話が繋がった。


「あーもしもし、僕だけど。スーパー金持ちの山吹だ。すぐにこの座標へ迎えをよこしてくれ。最優先プライオリティだ」

『申し訳ありませんおぼっちゃま。そこは魔獣出没エリアに指定されており一般車両は立ち入りができません』

「な、何!? じゃあ管理してる地域に話して通れるようネゴシエーションするんだ!」

『座標位置は国の直轄の土地ですので、交渉には最短でも一週間ほどお時間がかかりますが、よろしいでしょうか?』

「いいわけないだろうが! ◇■×※ΘεΨ♂β!!」


 その後も山吹は通信機に向かってがなり立てるが、無理なものはどうやったって無理なようだ。


「……なんかレストランで店員にブチギレてる客を見てる気分だわ」


 白い目をした輝刃の言葉に全員がコクリと頷く。

 これまで黙っていた白兎が何か思い出したかのようにポンと手を打つ。


「工作兵いないと……やばい?」


 それは全員が痛感していたところだ。正確には機械が扱えて気を使える人間が一人いるとチームの質が格段に上がる。逆にいないと起きたトラブルを回避できない。

 任務は完了できたのに出雲ウチに帰れないのだ。


「小鳥遊くーーん! カムバーーーーーック!!」


 動かない車両を前に輝刃は天に向かって叫んだ。



 それから牛若チームは本来の予定期間時間より4日も遅れて出雲へと帰還した。

 道中もかなり悲惨な思いをするハメになり、チームのスケジュールに大きな乱れがでることになった。

 疲弊した輝刃たちは山吹を除き、その足で学長室を訪れていた。


「な、なんか大変だったみたいだね?」


 四人のただならぬ雰囲気を感じて、学長は冷や汗が止まらない。


「今日はどうしたのかな?」

「小鳥遊悠悟を我がチームに引き戻して下さい。即時」


 雫の低い声に学長は首を傾げる。


「山吹君を補充したはずだが? 彼の方が小鳥遊君より成績も高くマルチスキルを持っているけど」

「あんな口だけの奴いらない」


 輝刃はボソリと呟く。


「もうマルチスキルとか、そんなのほんといいから……。まともにあたしたちを出雲まで送り迎えできる人にして下さい」

「し、しかしだね。彼は戦闘以外にも様々な資格を……」

「もうほんとそういうのいいんで小鳥遊君返して下さい」

「とは言っても、彼から出て行ったのだろう? チーム追い出しはよく聞くが、引き戻しは聞いたことがないよ」

「聞いたことなくてもやって……」


 感情表現の乏しい白兎ですら返せと言ってくるのは珍しい。

 出雲エースの言葉は学長もさすがに無下にはできなかった。


「い、一応彼のチームに問い合わせてみるが……」


 すると学長室がバーンと開かれ、女装した屈強なレイヴン(♂)が入って来た。


「学長! 先日受け入れた新人ですが、ウチでは持てませんわ! 女心の一つも理解できないなんてレイヴンとしての資質がないとしか言いようがありませんの!」


 メイド服を着せられた大悟は襟首を掴まれた状態で、しょぼーんとしている。

 それを見た雫たちはすこぶる笑顔になった。


「「「じゃあそれウチで引き取りますから!」」」

「えっ?」


 ◇


 それから俺は再び雫さんのチームへと戻っていた。

 共同部屋も俺が去った時と全く同じ状態で残されており、何もかわっていない。


「確か補充が入ったんじゃなかったのか?」

「入ったけど、小鳥遊君と交代で、あの女装チームに入れ替えてもらったわ。マルチスキルがあるからパッションでシナジーするから大丈夫でしょ」

「???」


 皆急にチームを離脱したことを言及することもなく、共同部屋でごくごく普通に過ごしている。

 俺としては別チームにもいらないと言われてしまったので、ここに引き取ってもらえたのは幸運でしかないのだが。

 しかしそれでは、ここにいても良いのだろうかという当初の問題に戻ってしまう。そんな俺の心情を見透かしたかのように、輝刃がこちらを見やる。


「あんたもう自分が役に立たないとか思うんじゃないわよ」

「そうそう、ほんとユウ君がいないとき大変だったの」

「控えめに言って……地獄」

「まさかいるといないであそこまで差が出るとは思わなんだ」


 犬神さんでさえ疲れた顔をしながらキセルを吹かす。


「あのね、ユウ君は自分では役に立ってないと思ってるかもしれないけど、ほんとは凄く役に立ってたわ」

「そ、それはお世話係としてじゃないの?」

「嫌なの?」


 ベッドに寝転がった輝刃は、雑誌をパラパラとめくりながら俺を見やる。


「別に嫌じゃないんだけど。これでいいのかな……って。何にもしてないのに給料も多く貰ってるし……」

「「「「いいの!」」」」


 四人から力強く言われてしまった。


「……強くなりたいんだったらあたしが面倒見てあげる。あたしが一番レベル近いし」

「大丈夫よ輝刃ちゃん。今回のことで私自分の姉力が足りないことに気づいたの。ユウ君、私がしっかりあなたを一人前にしてあげるから!」

「わっちでも構わん。そのかわり厳しいがな」


 犬神さんはクスリと笑う。

 白兎さんはトントンと自分の豊かな胸を叩いた。多分「自分でも良い」と言ってくれているのだろう。


「ありがとうございます。勝手に出て行ってすみませんでした。ご迷惑おかけすると思いますが、よろしくお願いします」


 俺は深く頭を下げた。

 どうやら羽も生えてないくせに、勝手に巣から出て行った雛鳥は、姉鳥に慌てて連れ戻されたらしい。


「小鳥遊君ー脚がだるいー、脚揉んでー。歩きすぎて足がパンパンなの」

「いや、お前何もしなくても足パンパ――」


 飛来した雑誌のカドが俺の頭に直撃する。


「バカなこと言ってないで早くして」

「龍宮寺が終わったらわっちも頼む。本当にひどい目にあった」

「私も~」

「…………(無言で脚を差し出す白兎)」


 シークレットミッションより100倍マシなミッションだな。

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