第12話 小鳥の離脱 中編
格納庫で皆と別れてから、俺は部屋には帰らず、出雲のアミューズメントエリアへと来ていた。
「はいホットドックだよ」
「どうも……」
俺はフードコートでホットドックを受け取り、店のテーブルに着く。
隣のスポーツグラウンドでフットサルをしている生徒が見える。俺はそれを眺めつつ、レイヴンズ・ファイルから自身の預金口座を確認する。
「1、10、100、1000、10000…………はぁ」
凄い勢いで残高が増えていく。明らかに貰いすぎだ。Cランクレイヴンなのに、BやAランクと遜色ない破格の任務報酬。
それもこれもウチのチームに高難易度の任務が回って来るので、それらをクリアすると自然と大金が貰えるのだ。
猿渡が先輩に連れ回されて金がない! 金貸してくれとか言ってきたが、多分それが普通の下級レイヴンだと思う。
俺が任務でやっていることはチームの送り迎えぐらい。お世辞にも役に立っているとは言えない。それでこの報酬。罪悪感が半端じゃない。
聞いてはいないが、多分俺と輝刃の給料は一緒だと思う。あれだけ体張ってる彼女と、装甲車の前でビデオ回してるだけの俺と給料が一緒では釣り合いがとれていない。
そのうちふざけんなと怒られても仕方ないと思う。
「……そんなこと言ってこないだろうなぁ」
輝刃とはそこそこ衝突するものの普通に良い奴だからな。
というかチーム全員いい人というのが、また更に罪悪感を感じさせる。
一応曲がりなりにも役に立とうと、モンスターを拘束するトラップを作ったり、誘引剤で
弱者が強者に挑む為に強いアイテムや武器、トラップなどを作るのが俺の役目なのだが、強者が仲間だとその強者より弱い道具は全て意味をなさなくなる。
レベル100の味方に、今更鉄の剣を渡したところで、殴った方が早いからなぁ……となるのは道理だ。
「はぁ……このチーム機械工作兵と相性が壊滅的に悪い」
俺が悩んでいると、いつぞやの男子生徒が前に立つ。サラサラの髪に白い歯を輝かせ、見た目爽やかそうだが中身はいつでも金をチラつかせる嫌な奴。
確か山吹黒色とか栗色とかそんな感じの名前。同期のレイヴンでどっかのボンボンだったはず。
俺の興味ない奴に対しての記憶力が酷すぎる。
「悩みごとのようだね貧乏人」
「なんだ山吹黄土色」
「水色だ水色! 僕をそんな汚い色にするな! 美しい空の色から水色って名前を貰ったんだよ!」
「中身は汚染された水みたいに濁ってるだろ」
「ぐぐぐ、相変わらず口の減らない男だ。まぁいい、何もせずに食う飯は美味いかい?」
「いちいち同期に皮肉を言いに来るくらい、スーパー金持ちってのは暇らしいな」
「やはり君にあのチームは分不相応だと思って、忠告に来たんだよ」
「そんなことわかってる」
「わかってるならさっさと学長に申し出るべきじゃないかい? 自分ではあのチームについていけません。チームを脱退させてくださいと」
「…………」
そう、奴の言う通り、俺みたいな下級レイヴンは本来もっと苦労しなければいけないのだ。
輝刃のように、必死に先輩に食らいつくタフネスを見せていかなければならない。
そう考えると、やはり輝刃ってお嬢のくせに根性あるなと思う。
「君みたいな、何もせずに利益だけを享受する人間を何て言うか知ってるかい?」
「…………」
「寄生虫って言うんだよ。彼女達の運んできた美味しい蜜だけを吸い取る百害あって一利なしの存在だ。君さえいなければ彼女たちの報酬は更に上がるし、男なしで気楽に任務を行える。君は彼女達にとってブレーキにしかならない。まぁそれでもいいと言うなら理想のヒモ生活を続けるがいいさ。僕だったら恥ずかしくて、とても耐えられたものじゃないけどね」
「…………」
山吹はフンっと鼻を鳴らして俺の前から立ち去った。
脱退か……。その言葉が肩に重くのしかかる。
「あんまり役に立てないなら、それも視野に入れなければいけないな……」
◇
その次の任務で俺は大きなやらかしをした。
今回の任務は希少モンスター【虹色鳥】の捕獲保護だったのだが、周囲にいる肉食モンスターを排除する必要があり、俺はそれを麻酔地雷で処理しようとした。
踏むと強力な麻酔薬が散布され、肉食モンスターを昏睡状態にできる睡眠トラップだ。
しかし肝心の地雷が本来反応しないはずの草食獣に反応してしまい、トラップが発動。周囲の草食獣を軒並み寝かせてしまった。
そこに肉食モンスターの群れが集まり
雫さんでも虹色鳥を
「やらかした……」
全て俺のせいだ。
功を焦って、肉食モンスターの処理やらせてください! と言った結果がこれ。
あの地雷、めちゃくちゃ頑張って仕上げたのに完全に気合いだけが空回りをしている。
俺は雫さん達全員に深く頭を下げた。
「すみませんでした。無理言ったのに大失敗を犯しました」
「ゆ、ユウ君は悪くないわよ! たまたま草食獣が通りかかっちゃったのが悪いだけで」
「そ、そうよ、そんな気を落とさなくていいわよ」
「反省してそれを次に生かすがよい」
「次……あるから」
「すみません。俺のせいで皆の査定落としてしまって」
「大丈夫よユウ君。たった一回の任務失敗で査定は落ちないから心配しないで」
「別に良かれと思ってやったわけなんだから、あんまクヨクヨしないで」
「いくら策を弄してもハマらぬときはある」
いつもは厳しい犬神さんや輝刃ですらフォローしてくれる。
俺の失敗を責めるものはチームの中で誰もいなかった。
しかし俺はそれを良かったとは思わない。むしろ失敗すれば叱責し、今後ミスを犯さないよう罰を課すか、再発防止案を考えなければならないだろう。
☆
先に悠悟が装甲車へと戻った後、残った四人のメンバーは話し合っていた。
「あいつ大分やばいですね」
輝刃が眉を潜めて悠悟の小さくなった背を見やる。
勿論このやばいが任務失敗のことではないと皆わかっていた。
「ユウ君ここ最近、ずっと自分が役に立ってないって悩んでたから……」
「規格外の人たちと自分を比べるのが悪いのよ」
白兎と犬神が小首を傾げる。
「しかしなぜ麻酔地雷は起動しおったのだ?」
「重量センサーっていう、一定の重量を検知すると麻酔ガスが噴出する仕組みらしいんですけど、それが甘くて軽い草食獣にも反応しちゃったらしいです」
犬神はキセルを咥え、煙をふかしながら腑に落ちないと首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「わっちが見たところ、奴はそんなところでツメが甘いか?」
「「甘い(です)よ」」
雫と輝刃の声がハモる。
「いや、奴が抜けていることはわかっておる。しかし今回は自分から言い出したことだ。相当
「なるほど、確かにおかしいわね……」
「なんか……あいつ辞めそうな雰囲気出てましたね」
「チームは……抜けるかも」
「少し注意してみた方がよいな」
「最悪私が体を使って止めるわ……はぁはぁ……」
頬を紅潮させ、瞳に変な色の炎を灯した雫は、犬神と輝刃に拘束される。
ロープを巻かれ目隠しと猿ぐつわをされた雫は地面でビチビチと跳ねる。
「龍宮寺、お前は
「は、はい……」
「でも……本当に辞めないといいね」
白兎の呟きに全員が苦い顔をする。
後に彼女達の嫌な予感は当たってしまう。
◇
――出雲艦内
任務終了後、俺は出雲の学長室を訪れていた。
頬杖をつき、脚を組む学長は中間管理職のような困ったような表情を浮かべている。
俺の提出した書類を見て「う~ん」と呻ると、腕を組んだ。
「チーム変更届ねぇ。まだ一か月くらいでしょ?」
「申し訳ありません」
「まぁ理由はわかるよ。現チームの実力についていけない……。チームが弱すぎるから変えてほしいっていうのは結構聞くんだけどね。チームリーダーの牛若君からの君に対しての評価はA。極めて優秀」
「忖度です」
「だろうねぇ……牛若君、君への執着が凄いから。しかしかと言って他のメンバーからクレームも来てないし、別に離脱しなくてもいいんじゃないかと個人的には思うんだけど」
「凄くいい人たちなので、迷惑をかけても飲み込んでくれているだけです」
「そうかなぁ? 僕には君がチームに迷惑をかけてるというより、迷惑をかけるかもしれないプレッシャーに耐えられないって感じがするけど」
「…………」
「……ほんとにいいのかい? 君のチームは出雲トップ、いや出雲代表と言ってもいいくらい強く優秀だ。凄く恵まれた環境だよ」
「このまま続けても俺が足を引っ張り続け、皆の査定を下げることになります」
「新人は恥かいてなんぼだと思うけどねぇ。まぁ君のチームが特殊であることは認めるし、常勝チームに実力の見合わない君が居続けるプレッシャーも察する。……まぁいいでしょチームの離脱を認めよう」
学園長は書類に承認印を軽くポンと押す。
「ありがとうございます」
「君の新しいチームは追って連絡する」
「はい。よろしくお願いします」
俺は脱退が認められ、学長室を後にしようとすると背中から声をかけられた。
「そうだ、君が抜けた穴を別のレイヴンが埋めることになると思うけど構わないね?」
「……はい。俺より役に立つ人を入れてください」
☆
悠悟脱退の連絡はすぐにチームへと回る。
共同部屋にて、輝刃は綺麗に整頓されたベッドを忌々し気に見つめていた。
彼女のレイヴンズ・ファイルには一通メールが届いていた。
中身は悠悟から「すまん。俺の実力じゃついていけそうにない。俺の分まで頑張ってくれ」と簡潔に綴られている。
「…………あんのバカ」
その一文にチームについていけない不甲斐なさ、残念さ、申し訳なさ、いろんな感情が入り混じっていることに気づき輝刃は強く歯噛みする。
「図太そうなくせして、そういうとこ気にするんだから……」
更にもう一通メールが届く。中を確認すると、学園からの正式な悠悟のチーム離脱と、新たなチームメンバーの補充通知だった。
「もう代わりは見つけてるってことね……」
それからすぐに牛若チームは講堂に集められ、編入される新メンバーを待っていた。
「牛若先輩、補充申請早くないですか? 今なら説得すれば帰って来る見込みありますよ」
輝刃が少し怒りながら言うと、それよりも不快気にしているのが雫だった。
表情はいつも通りの優しい人妻のような微笑みだが、彼女の周囲には暗黒のオーラが渦巻いている。
まるで何もしてないのに、我が子が虐待の疑いで児童相談所に連れて行かれた母親のように、怒りボルテージはマックスだ。
「私は補充申請出してないの。勝手に補充したのは学長。一応その件で直談判にまで行ったわ」
「えっ、そうなんですか?」
「ウチはユウ君を引き戻すから補充はいりませんって言ったんだけど、雑用でもいいから使ってくれって無理に頼まれたの。多分元からウチに入れたかった生徒がいるんだと思う」
「雫が……弟以外入れるわけないよ」
「確かに」
しばらく彼女達が待つと、講堂の扉が開かれ一人の男子生徒が入って来た。
それは悠悟を散々煽りちらしていた男子生徒だった。
「本日付で牛若チームに着任しました、Cランクレイヴン山吹です」
「「「………………」」」
沈黙したままの輝刃たちに、山吹は人懐っこい笑みを浮かべる。
「あれ? 自己紹介失敗しちゃいましたか」
「いえ、着任了解しました。牛若雫です」
「犬神葵だ」
「……御剣白兎」
「…………龍宮寺輝刃よ」
しかめっ面をするチームメンバーに山吹は肩をすくめる。
「有名チームの一員になれて嬉しいですよ。しかし……僕はあまり歓迎されてないようですね」
「まぁ歓迎されてないというか、前任者が勝手にやめたからそれにキレてるって感じよ」
輝刃はフンっとツインテールを弾く。
「あぁ、小鳥遊君ですね。彼を責めるのは酷でしょう。実力もないのにエリートチームに放り込まれたんだ。きっと肩身の狭い思いをしていたんだと思いますよ」
「…………」
「では、共同部屋に案内してもらってもいいですか? 何分女性だけのチームに入るのは初めてで緊張していまして」
「ごめんなさい。前任者の荷物がまだ片付いてないの。しばらくは個室を使ってもらえるかしら?」
雫は手を合わせてごめんねと言う。
共同部屋の悠悟の私物なんて、とうに片付けられている。皆それをわかっているが、誰一人としてそのことを告げるものはいなかった。
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