第11話 小鳥の離脱 前編

 キングホーンを討ち取った俺たちはクライアントと学園の両方に任務完了連絡を入れる。

 するとしばらくして、クライアントのコレイトン市長が警備会社の人間を連れてコロシアムの前へとやって来た。

 子供の身長くらいしかない白髭の市長は、俺たちに深く感謝を述べる。

 キングホーンの死体処理はコレイトン市側でやるらしく、俺達の任務自体はここで全て終わった。

 報酬も後日学園に振り込まれ、そこから俺たちに支払われる流れなので金銭の授受も特にない。

 一仕事終えた雫さんたちは装甲車へと戻っていく。

 用が終わればレイヴンはすぐに立ち去る。そのへんもカラスっぽいなと思う。


「ユウく~ん、帰りましょ~」


 俺は雫さんに呼ばれ、装甲車に乗り込む。

 バックミラーを確認すると、あれだけのビッグモンスターを倒したのに皆涼しい顔をしていた。

 一つの街を守ったというのに、彼女達にとってはこれが日常。別段誇ることもなく、仕事の一つが片付いた程度の認識。


「これが出雲のエースチームか……」


 鮮烈な初任務を終えると俺はエンジンキーを回して、アクセルペダルを踏みこんだ。



 翌日――

 出雲帰還後、俺はプールエリアで故障したクラブビットの修理を行っていた。


「お前、プールで機械修理すんなよ」


 呆れた声を上げるのは猿渡だ。俺の隣であぐらをかくと、初任務どうだった? と聞いてくる。


「キングホーンを三位一体攻撃で軽々と仕留めた」

「えっ、キングホーンって獣撃級でも結構やばい奴だろ?」

「もうね、討伐時間多分5分もなかったんじゃないか? 俺と龍宮寺はまるで出番なし。お座りしてるうちに終わり」

「すげぇな。さすが出雲の看板チームだ。で、お前はなんでそんなテンション低いんだ? 普通もっと興奮するだろ」

「いや、マジで強さが異次元すぎてついていける気が全くせん。龍宮寺なんか帰ってから訓練場にこもってるし。ありゃ相当やばいって感じたんだと思う」

「なんだよ、天井高すぎて絶望してんのか? 向こうはAランク以上の実力なんだし、俺達Cランクで張り合っても意味ないって」


 猿渡は「ザコはザコであるプライドをもとうぜ?」とポジティブなんだかネガティブなんだかわからないことを言う。


「あの人ら俺たちと二年しか違わないんだぞ? 白兎さんなんか俺の一個上だ。たった一年であの実力差は絶対埋まらん」


 断言できる。一年でキングホーンを一撃で仕留めるレベルにはならない。

 恐らく死ぬ気で特訓したところで足元にも及ばないだろう。

 そう思っていると、俺の前に海パン姿の男子生徒が立つ。


「君がラッキーボーイかい?」

「誰だお前?」


 髪の毛サラサラの白い歯が眩しい美形の少年は、俺を見下ろすと小さく息を吐いた。


「君と同期の山吹水色やまぶきみずいろ。僕のこと知らない?」


 俺と猿渡は顔を見合わせる。


「「知らん」」

「無知って怖いよね……。僕が山吹家の次期総帥だって知らないんだから」

「すまん、自信満々に言ってるが山吹家が何かすらわからん」

「……本当に知らないの?」

「知らん」

「ヤ、ヤ、山吹♪ ブギウギ、ウギブキ♪ いつでも気分は山吹コーポ♪ って知らないの?」

「何言ってんだお前は?」


 バグってんのか。

 いきなり変な歌を歌いだす山吹。そのフレーズを聞いて猿渡がポンっと手を打つ。


「あっ……お前もしかして山吹CPの……」

「そうだよ! 山吹CPのスーパー金持ちとは僕の事さ!」


 やっと気づいて貰えて喜んだ山吹は、キラッと歯を輝かせ、サラサラの髪を振る。


「さっきのセンス無い歌は山吹CPのCMだ」

「へー……で、山吹CPってなんだ?」

「陽火でわりかし有名な艦船メーカー。ただ粗悪品が多くて出雲では採用されてない。主に他国へ輸出されてる」

「粗悪品、よその国に売るなよ」

「出雲が山吹の良さをわかってないだけさ。世界には認められてるってことだよ」

「それで、その粗悪品の山吹が何なんだ?」

「失礼な奴だな。まぁいいラッキーボーイ。今からでも遅くない、チームを離脱したまえ」

「やだよ、死ねよ」

「あのチームは君には相応しくない。それこそ僕のようなスーパー金持ちに相応しい」

「スーパー金持ちって言いたかっただけだろ」

「貧乏人諸君には彼女達の領域レベルにはついていけない。ほら、これでチームを離脱したまえ」


 そう言って山吹はいやみったらしく札束をポンと放り投げた。


「ひゃー金だ~~!」


 目を$マークにした猿渡がすぐさま飛びついたが、俺は無視した。


「お断りだ。あと下品だから偽札まくのやめろ」

「えっ偽札?」


 猿渡がお札を確認すると肖像画が山吹になっていた。猿渡はシュレッダーかと言いたくなる速度で偽札を破り捨てた。


「やれやれ恥をかくまえに離脱を勧める僕の優しさがわからないなんてね。まぁ気がかわったらいつでも僕に言ってくれ。君にかわって、このスーパー金持ちがチームに入ってあげるから」


 山吹は肩をすくめながらウザいウインクを残して踵を返す。

 奴の背中を睨むも、バカらしいと思い修理を再開する。


「まったく、なんなんだあいつは」

「山吹CPのバカ息子だよ。レイヴンがカッコイイって理由で入学してきた。性格はまぁ見た通り金でなんでも解決できると思ってるボンボン。成績は強襲科の上位だったはず」

「嫌な奴だ。今度会ったら塩かけてやろう」

「あいつ多分お前がいなかったら、自分が牛若先輩のチームに入ってたと思って絡んできたんだよ。学園長とコネがあるとか聞いたことがある」

「コネでチームに入る奴とか最低だな」


 俺と輝刃の頭にブーメランが突き刺さる。


「多分俺の枠とりやがってって思って嫉妬してるぞ」

「逆恨みだろ。俺がいなくても雫さんがブロックしてると思う」

「とにかく気をつけろよ。金持ちは敵に回すと怖いからな」

「…………」


 しかし、お前にあのチームは相応しくないと言われたのは予想以上に胸に突き刺さっていた。

 俺は本当に出雲最強チームにいてもいいのだろうか?



 それから数日後、俺は我がチームのお姉様方と任務をいくつかこなしていた。


「グオオオオオ」

 ズドオオーーン(怪獣が倒れる音)


「…………」


 針葉樹が鬱蒼と生い茂る湿度の高い密林の中、湾曲した大牙を持った巨獣【ファングマンモス】が崩れ落ちる。

 ぬかるんだ地面にビターンと倒れるだけで、大地が揺れ周囲に泥が跳ね散る。

 レイヴンズ・ファイル、要注意獣撃級モンスターの中でも上位の危険度を誇るファングマンモスは、白兎さんの刀剣の一刀で倒れたのだ。

 彼女は血のついたヘルムを外すと、いつも通り感情の乏しいフラットな表情をした顔が覗く。


「白兎ちゃ~ん、そっちはもう終わったかしら?」

「うん、終わり……」


 茂みの中から魔物の返り血を浴びた雫さんと犬神さんが出てくる。

 何かは知らないがきっと強い魔物を倒してきたのだろう。犬神さんの後ろについている輝刃がゼェゼェと息を切らしているところを見ると、相当強かったと見える。


「これで任務完了ね」

「密林は好かぬ、こう湿度が高くては全身が気持ち悪い」

「同感です。あたしも早くお風呂入りたいです……」


 現状ウチのチームは雫さんが偵察を行い、犬神さんがザコを全て引き受け、大ボスを白兎さんがなぎ倒す。輝刃がその三人に必死についていく戦闘スタイルだ。

 実にバランスが良い、いや良いというか上三人がぶっ壊れているので安定感が半端じゃない。

 輝刃もそれに引きずられてメキメキと実力を上げている。


 その様子をビデオカメラで眺めながら眉間にしわを寄せる俺。

 戦力外な俺は記録係という大役()を命じられ、装甲車の前で待機お座り。パラソルと簡易テーブルを用意して、キャンプ中かと言いたくなる準備をして皆の帰りを待っている。


「…………まずい」


 ダメだ。完全にいらん子と化している。このままでは任務地まで皆を送り届けて、任務が終わったら出雲へ返す送迎係以外に価値がない。

 ゲームで言うと移動スキルの為だけに使う、レベル上げの必要ないキャラと化している。

 俺もなんとか戦闘能力を上げようと思うが、一撃で俺を三回殺せるデスタイガーみたいなのが雑魚として草むらから飛び出してくるのだ。

 そりゃ「危ないからユウ君は装甲車の前で待っててね♡」と雫さんから言われてしまうだろう。

 今回のファングマンモスなんて、一撃で何回死ぬかわからない戦闘力を誇っている。多分咆哮を浴びただけで鼓膜から血を噴きだして死ぬと思う。

 パワーレベリングもあまりにもレベルが離れすぎていると経験値が入らない。


「はぁ……俺の存在価値とは一体」


 そうぼやいていると、返り血や泥を浴びてドロドロになった輝刃たちが装甲車前へと帰って来た。

 皆ダメージはないが、泥や湿気、返り血の臭いでかなり不快指数は高そうだ。


「小鳥遊君シャワー浴びたいんだけど」

「ほーい」


 俺はタンクつき簡易シャワーをセッティングし、カーテンで囲う。

 これがあれば屋外でもシャワーを浴びる事が可能な、画期的発明。

 皆の要望を聞いて持ち運び可能な携帯シャワーを作ってみたが、これが意外と好評――。

 俺は四つん這いになりながら、こんなもの作ってる場合じゃないよと地面を叩く。

 もっと頑張れよ! もっと活躍しろよ俺! ドライバーにお世話係って便利な執事かよ!

 そんなことを心で思っているとは露知らず、輝刃たちはシャワーを使用する。

 タオルと着替えを用意し、汚れた戦闘服は一まとめにしておく。

 むっ、この戦闘服穴開いてるな。出雲に帰ったら戦闘服の申請を出しておこう。刀もよく見るといがんでいる。そりゃ巨獣相手に使ったら武器もこうなるわな。

 こっちは俺が修理して、念のために新品を取り寄せておこう。

 ウチはエリート集団なので、最優先に装備を回してもらえる。

 他になんか取り寄せがいる物あるかな。

 あっ、白兎さんの服ボタンとれてる。後でなおしとこ。

 あかんナチュラルに雑用癖がついている。


「小鳥遊君、ジュース」

「クーラーボックスに入ってるから勝手にとれ」


 ロングTシャツにホットパンツ姿の輝刃は、髪を拭きながら装甲車のトランクを開け、クーラーボックスを取り出す。


「もう優しくないわね……あれ? あたしのブラッドコーラは?」

「戦闘後にあんな健康に悪いもん飲むな。ライフセーフで我慢しろ」

「もう、あの骨を溶かしそうな不健康さが好きなのに」

「お嬢のくせにジャンク好きな奴だ」

「悠く~ん、私の牛乳は~?」

「下の方に入ってない?」

「あの……小鳥遊君……戦闘服ジャケットがない」

「あれ破れたので交換に出します」

「小鳥遊、依頼の証拠。ファングマンモスの牙じゃ。車に積みなんし」


 犬神さんの式神がバカでかい牙を目の前におろすと、ズシンと地鳴りがする。


「こんなでっかいの車に乗りませんから! もっと小さくしてください!」

「小さいと弱かったと思われるじゃろう?」

「ちゃんとビデオで録画してますから! ファングマンモス倒して、こいつは雑魚個体ですね。とか言う人いませんから安心して下さい!」


 皆が一息ついてから、俺は高速装甲車古鷹を走らせ出雲へと帰還する。


 ――出雲へ到着し、車を艦底格納庫に停車させると全員が上機嫌で下車していく。


「ん~、なかなかハードな任務だったけど充実感が凄かったです」

「輝刃ちゃんは上達早いわね」

「戦闘力だけならBランクでも十分通用するのではないか?」

「……多分する」

「本当ですか!?」

「あぁ精進するとよい」

「はい、頑張ります!」

「皆~次の任務はガイスト湖周辺だから、出雲の進行スケジュールだと5日後になるわ」

「じゃああたし座学の授業出ようかな。戦術教科の単位まだ全然足りないんですよね」

「戦術より環境学……先にとった方がいい。あれ……時間かかる課題、多い」

「えっ、そうなんですか? じゃあ先環境学とろうかな」

「それより先に食事じゃ。わっちの腹の狐が鳴いておる」

「あっ、あたしついてきます」

「皆で行きましょうね」


 全員がキャイキャイと格納庫を歩いている後ろを、俺はゆっくりついて行く。

 輝刃が不意に後ろを振り返ると、充実した笑みを浮かべながらこちらに声をかけてくれる。


「ねっ、小鳥遊君は何食べたい?」

「俺は……いいや」

「何? お金ないとか言わないでよ。任務報酬たっぷり入ったでしょ?」

「うん、まぁな……」

「なによ元気ないわね。あっ、もしかして自分だけ全然活躍してないから申し訳ないと思ってるとか?」

「うぐっ……」


 図星オブ図星。

 輝刃は肘でグイグイと押してくる。


「別に気にしなくたっていいわよ。任務はちゃんと完了できてるんだし。小鳥遊君だってゆっくりついていけば――」

「あんま腹減ってないんだ。皆と飯食って来てくれ、じゃあな!」

「あっ、ちょっと!」


 俺は逃げるように格納庫を走り、エレベーターに飛び乗った。

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