第10話 小鳥の初任務
俺たちは現在出雲から下校し、高速装甲車【古鷹】を走らせ任務地へと向かっていた。
機械工作科の俺がドライバーを担当し、後部席に輝刃たちが乗り込んでいる。
ワゴン型の装甲車には、様々な装備が搭載されており、既に白兎さんたちは戦闘服に着替えていた。
後部席で雫さんが電子タブレット片手に、車内で作戦概要を報せてくれる。
「本作戦はコレイトン市内に侵入したビッグモンスター【キングホーン】の討伐です。二日前にコレイトン市北部にあるモリオント山よりキングホーンが出現。対象はそのまま南下し、市内を破壊しながら中心部コレイトン闘技場に陣取っているとのことです。この闘技場は重要文化遺産に指定されている建造物で、建築物への被害は最小限にとどめてほしいと
俺はキングホーンってどんなモンスターだろうかと思い、レイヴンズ・ファイルを開く。
『キングホーン、雄牛型
レイヴンズ・ファイルに映し出されたキングホーンの画像は、見た目バカでかい闘牛で、比較に使用された人間がミニチュアに思えてしまう。
こんな巨獣が暴れ出したら確実に街が崩壊する。
「ユウ君たちは初めてのビッグモンスターね?」
「はい」
「危ないから少し離れた位置で見ていてね」
「あの、あたしも作戦に使ってもらえませんか?」
輝刃がそう言うと、雫さんは困った表情を浮かべる。
「う~ん、多分出番ないかも……」
「あたしだってやってみせます! 足手まといならいつでも切り捨ててもらって構いません!」
「そういう意味じゃないんだけどね……」
「まぁまぁ功を焦るなよ龍宮寺。初戦なんだからゆっくりと先輩の――」
「黙れ変態石マニア」
「やるかテメェ!」
「なによ!」
ハンドルをほったらかして輝刃と取っ組みあいになりかける。
「静かにしなんし!」
犬神先輩に怒られ、俺達は縮こまる。
「「すみません」」
「……龍宮寺のせいで犬神さんから怒りのナンシーが出ただろ」
「小鳥遊君のせいでしょ」
犬神さんの目が再び鋭くなったので、俺達は黙った。
それから日が沈み始めるくらいまで車を走らせると、破壊されたコレイトン市に到着する。
この街は観光産業が盛んで、石造りの古い建物が並ぶ。闘技場含め歴史ある美しい街なのだが、景観保存を優先させている為、防衛壁などが設置されておらずモンスターなどの襲撃に弱い。
一応セキュリティ会社を一社外注で使っているようだが、主に人間専門の警備会社の為、ビッグモンスターは対象外。
市長は文化遺産を守る為、到着の早いレイヴンに出動を要請。一番近い出雲から急遽俺たちが派遣されたというのが、今回の任務の経緯だ。
舗装されていない道路を進むと、窓の外に絵画世界のような美しい街並みが続く。
赤や黄色のレンガ屋根なんかは見た目美しく、市長が防衛壁の建設を嫌がる気持ちがわかる。
しかしその結果、街はキングホーンの通り道兼休憩場となり、今や市内に人影は見えなくなっていた。
避難勧告が出た寂しい街を進んでいくと、急に車両が大きく揺れた。
「キャッ。何!?」
「道に出来たデカい凹みみたいなのを踏んだ」
「キングホーンの足跡ね」
雫さんに言われ装甲車から外を確認すると、巨大なUの字型の足跡が、市街中心部へ向かって点々とつけられている。
「これ、足跡なんですか?」
規格外の足跡に、輝刃の顔が若干引きつる。
「ビッグモンスターだからね」
ビッグモンスターとは体長が10メートルを超える危険種のことを言う。
更にその中で分類があり、防御力に優れるゴーレムや金属種を
これらのビッグモンスターは訓練場にいたモンスターとは別格の強さを誇る、ボス級モンスター。
突然街に現れて対処しなければ長期間居座ることもある、質の悪い台風のようなものだ。
実際伝承級のビッグモンスターが現れた場合、軍もお手上げだし装備の揃ったレイヴンが近くにいなければ、勝手に帰ってくれるまで見守る以外ない。恐らく帰った後に残っているものなど灰以外何もない思うが。
俺たちは装甲車を走らせ市街中心部へと入ると、巨大なコロシアムが見えてきた。
この闘技場では、剣闘士たちが命がけの戦いを行い観衆たちを沸かせていたとか。しかしそれも何百年も昔の話で、古びた闘技場は風化が始まっており、外壁のところどころが朽ち落ちている。
闘技場前に車両を止め、俺達は車を降りる。
破壊された壁から中を覗くと、デカい闘牛キングホーンが丸くなって眠っているのが見えた。
真っ黒い毛並みにトナカイのようなバカでかいツノ。フシュルルルという寝息が遠くにいても聞こえてくる。
「あれがビッグモンスター……。通常のモンスターとはケタ違いなデカさだ」
「ウチは戦力が高いから多分ビッグモンスター討伐の任務が多くなると思うから気をつけてね」
なるほど、やはり常勝チームにはそれにふさわしい任務が与えられるってわけか。
俺が振り返ると、そこには漆黒の
ぴっちりとしたレオタード水着のような装備に、両手両足は機械的な装甲。腰に挿した二本の小太刀(正式名称77式近接小刀)と太ももに巻かれたクナイ。口にはマフラーを巻いていて、白兎さんがSF侍なら雫さんはSF忍者という感じだ。
雫さんの兵科は諜報支援。強行偵察を得意とするアサシン。出雲では忍びとも呼ばれる影の兵科だ。
戦闘服の雫さんを見て、輝刃がドンっと俺の腹を腕で突く。
「やばくない?」
「あぁ、雫さんはエリート忍者だからな。刀剣、忍術を使いこなす密偵のエキスパートだ」
「いや、そうじゃなくて……」
「なんだ」
「……見た目よ」
「お前……俺がせっかく言わないようにしてたのに」
爆乳の雫さんがボディースーツなんか着たら性的になるに決まっている。
スーツに肉が押し込められ形がダイレクトにわかってしまい、直視するのもはばかられる。
こんな格好で隠密するというのだ、正直笑わせないでほしいというくらい目立っている。
もし俺が悪代官なら「えっ? あれ敵じゃない?」と3秒で気づくと思う。
そこにヘルムを被った白兎さんが車両から降りて、雫さんと並ぶ。
バニー侍と爆乳忍者。あーダメダメ。お子さんには見せられない絵面になってます。
「雫……あいつ寝てる?」
「どうかしら?」
「えっ、寝てるんじゃないんですか? これ見よがしにイビキかいてますけど」
輝刃が問うと、雫さんはう~んと唸る。
「ビッグモンスターって賢いのが多いの。寝ているふりをしていきなり襲い掛かってきたりとか」
「雫さん、寝たふりか見抜ければいいの?」
「そうだけど……」
ならできなくはない。俺は装甲車の中から持ってきた機械をセットする。
見た目は玩具にしか見えない、真っ白いまん丸ボディに四本の脚と二本のハサミアーム。
「なにこのカニみたいなロボット?」
「遺跡調査キット。化石を掘りに行くとき、崩れそうか確認したり進行経路を確認するルート探索用のガイドマシン。俺はクラブビットと名付けている」
「あぁ、ようはラジコンね」
「ラジコン言うな。せめてドローンと言え」
電源を入れるとクラブビットはその名の通り、カニ歩きでよちよちと歩き出す。
カメラ機能をONにすると映像が俺の持つタブレットに表示される。
俺はタブレットの画面を見ながらコントローラーを持ち、スティックを動かす。
するとクラブビットはシャカシャカと小刻みに足を動かして、闘技場の崩れた外壁から中へと入っていく。
カメラが崩落した闘技場内を映し、崩れた道を迂回しながらアリーナへと向かう。
「ゲームみたいね。面白そう、やらせてよ」
後ろから様子を見ていた輝刃がポンポンと肩を叩いてくる。
「やだ。俺の予想だとお前が触った瞬間爆発する」
「するわけないでしょ!」
俺は眉を寄せ半眼になりつつ、輝刃にコントローラーを握らせてみる。
彼女がスティックを前に倒すと、クラブビットはシャカシャカと前に進んで行く。
「なにこれ、面白っ」
「壊すなよ」
「あれ? この壁どうやって登るの?」
「L1とR2押しながら←↙↓↘→○◇↑↑×だ」
「できるわけないでしょ指つるわよ!?」
輝刃がキレた直後、タブレットモニターに凄い勢いでエラーメッセージが流れ始めた。
「お前何やったんだ!?」
「何もやってないわよ!」
「大体機械壊す奴って、電源無理やり引っこ抜きながら何もやってないとか言うんだよ」
「ほんとに何もやってないわよ! ちょっとボタンガチャ押ししただけじゃない!」
それだそれ。
輝刃からコントローラーを取り返すと、エラーメッセージは一気に消失した。
「お前は二度と機械に触るな。あとキッチンにも立つな」
「キッチンは関係ないでしょ。絶対立つから覚悟しなさいよ」
輝刃がキッチンに立ったら相当な覚悟が必要らしい。
そのままクラブビットを操作してアリーナへと進めていく。
「おぉおぉよく寝てる……」
クラブビットはキングホーンを映像に映すと、そのまま前進して近づいていく。
カメラを通常から生体センサーへと切り替える。すると表示されている映像に、キングホーンの心拍数や、体温が表示される。
「えっ、なにこれすごっ……」
「多分こいつ寝てないですね。体温が基準値より高いし、心拍数、脈拍ともに安定してない。このキングホーンはまだ緊張状態で、気を許してないです」
「じゃあ……捕獲は無理そうだね」
「多分わっちらが闘技場に入った瞬間、暴れ出すつもりじゃろう」
「じゃあもう倒しちゃいましょうか」
今晩カレーにしましょうと夕飯閃いた新妻みたいに手を叩く雫さん。
「そだね……」
「うむ」
軽く頷く犬神さんと白兎さん。
「ユウ君たちはここで待っててね」
「倒すって言っても、そんな簡単じゃ……」
俺が心配するより先に、犬神さんと白兎さんは堂々とコロシアムの中へ歩いて入って行った。
えっ? もしかして真っ向勝負?
仮にも向こうはビッグモンスターなのに。
そう思ったのと同時に、やはりキングホーンは寝たふりをしていただけのようで、闘技場の壁越しに凄まじい咆哮が聞こえる。
「■■■▲▲▲Λ Λ Λ Λ_______!!」
正しく野生の咆哮。大気を振動させるようなビリビリとした音の衝撃に、体が震えて動けなくなる。
その衝撃音は闘技場の外壁がばらばらと崩れ落ちるほど強力だ。
俺のクラブビットもセンサー異常を起こし、カメラに砂嵐が走ると操作がきかなくなった。
「あぁ俺のクラブビットが!」
「言ってる場合じゃないでしょ! あたし見に行ってくる!」
「ここを動くなって言われたぞ」
「ここから動かなければいいんでしょ」
そう言って輝刃は脚に力を込め、竜騎士特有の大ジャンプを決めようとする。
「あぁ待ってくれ! 俺も見たい!」
ジャンプの直前、俺は輝刃に抱き付いた。
それと同時に、彼女の体は闘技場を超すほどの大ジャンプを行う。
視界が地面から一気に上空へと跳び、内臓全部が浮かび上がる浮遊感が襲う。
「ちょ、ちょっと! なんで前から抱き付くのよ!」
「すまん! 次から後ろにする!」
「後ろもやめて! っていうか抱き付かないで! 死んで!」
「言いすぎだろお前! 昨日の朝食相当根に持ってるな!」
俺たちは上空から闘技場内を見やると、そこにはキングホーンと同サイズの式神を展開する犬神さんが見える。
筋骨隆々で下半身のない鬼のような形をした式神は、キングホーンの突撃を真っ正面から受け止める。
衝突の衝撃でコレイトンの街全体が一瞬揺れた。それほどのパワーを前にしても犬神さんの顔は涼し気だ。
犬神さんがキングホーンの動きを封じている隙に、黒い影が周囲を走る。
雫さんが普段からは考えられないような機敏な動きで、キングホーンの頭部に飛びつき素早く印を結ぶと、人差し指と中指を天に掲げる。
「やばい、五行迅雷の印!? 小鳥遊君目を閉じて!」
「えっ?」
次の瞬間凄まじい轟音が轟き、金色の
「ぐおおお目が! 耳があああ!!」
「……忍術天雷。あんなの使えるの、世界でもごく数人よ……。小鳥遊君のお姉さんってただのブラコンじゃないの?」
「あの人出雲の諜報兵科で一番強いらしいからな。ただおっぱい大きいだけのお姉さんと思うなよ」
キングホーンは激しい電撃を浴び、その巨体がぐらりと崩れかける。
しかし倒れる前になんとか踏ん張って耐えて見せた。だが、その四肢は感電によりブルブルと震えている。
「す、すげぇ……」
「見て、犬神さんが式神をといた」
闘技場内の式神がふわりと煙のように消えると、かわりに立ったのは白兎さん。
いや、さすがにあの巨大な体につまようじみたいな刀では有効打にならないのでは?
そう思ったが、彼女は腰を低くして居合斬りの構えを見せる。
感電しているとはいえ、質量に差がありすぎる。
怒り狂ったキングホーンは二度三度前脚で地面を引っ掻くと、その巨大なツノを振り乱しながら大地を駆ける。
それに臆することなく対峙する白兎さん。さながらスケールの違うマタドールのようにも思える。
一歩踏み出すだけで地鳴りがする蹄。重戦車のような巨体に轢かれれば、ひき肉もいいところだ。
しかし――
チンっと音を立てて刀が鞘に仕舞われた。
それと同時にキングホーンはズサアアアアっと土煙を上げながら、滑るようにして頭から倒れ込む。
あれほど荒々しかったキングホーンはピクリとも動かなくなっていた。
俺たちはその光景に自分の目を疑う。
「待って、今いつ抜いて、いつ斬った?」
「んとね、なんか光る刀身が一瞬見えたような気がするわ」
俺と輝刃の見ていたにも関わらず、ぼんやりとした状況把握。
肝心なところがコマ飛びしたかのように、一体何が起きたのかわからない。
結果だけを見ると、白兎さんの一刀は衝突間際に一瞬だけ煌めき、キングホーンを討ち取った。
俺と輝刃が一回ジャンプしただけでビッグモンスターは討伐されてしまった。
呆気にとられた俺たちがスタりと地面に降りると、闘技場の中から雫さんがいつもの調子で「終わったわよ~♡」と言う。
「人間ってあそこまで強くなれるのね」
「雫さん達が異常なだけだろ……」
雫さんが多分出番ないと言ったのはこのせいだろう。
犬神さんが防ぎ、雫さんが弱体化させ、白兎さんが斬り伏せる。
まさしく三位一体。隙が無さすぎる。
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