第40話 毒ってる奴ばっかりだな
なんともラブコメっぽい薪の採取を終え、俺はエクレたちと滝壺近くのキャンプへと戻って来た。
その間気恥ずかしさからエクレとは一言も喋れず。
ルイスはずっとニヤニヤしたまま俺たちを見守っていた。
「じゃ、じゃあまた」
「は、はい。ありがとうございました」
「いや、こちらこそ」
エクレは逃げるようにしてテントへと入っていく。
それを見送ると、ルイスが俺の肩を組み嬉しそうな笑みを浮かべる。
「グッボーイ。このままエクレアと付き合っちゃいなさいよ」
「いや、俺輝刃トツキアッテルンデ」
「本当に付き合ってるの?」
「ツ、ツキアッテルヨ」
「hm……S○Xはしたの?」
「ぶほっ!」
いきなりぶっ飛んだ質問がきてむせてしまった。
唐突にラブコメの対象年齢を上げるのはやめてほしい。
「し、してない」
「じゃあキッスは?」
「してない……」
「付き合ってるのに?」
「つ、付き合ってる人皆がそういうことをするとは限らないよ」
「hm……」
眉を寄せ、腑に落ちんと言いたげなルイス。
やばいめっちゃ怪しんでるな。
「OKOK、付き合ってる真偽はともかく、まだまだエクレアが盛り返すチャンスがあるってわかったわ」
その後彼女は食料をとる為にトラップを仕掛けに行くと、再度森の中へと入っていった。
「ダメだ……こりゃバレるのは時間の問題だな……」
そう思いつつ、一人になった俺は今日の寝床となるテントの作成を行う。
薪と一緒にとってきた柔らかい木の枝やツルを使い、テントの骨組みを作っていく。枝でドーム状の骨組みが完成したら、今度はその上にヤシの葉を敷き詰めツタで飛ばないように固定していく。内部に拾って来たシートを敷いたら、葉っぱテントの完成である。
簡素ながらも小雨程度ならば防げるだろう。
よし、次は焚火の準備だ。と言っても俺はこの島で秘密兵器を入手しているので、わざわざ木を摩擦熱で発火させ、そこから焚火をつくるという原始的な手段は不要だ。
まぁその辺は輝刃が帰ってからにするとしよう。
しかし、日が傾き西日が眩しい時間になっても輝刃が帰って来る様子はない。
暇すぎて木材を加工し、原住民風マスクを沢山作ってしまった。
カラフルな鳥の羽を使ったマスクは、我ながらいい出来だ。お土産物屋さんとかに並んでそうなレベル。
腰みのと合わせてマスクを装備すると、どっから見ても人狩り部族にしか見えない。
「あいつどこまで魚とりにいったんだ?」
いい加減仮面作りも、ヤシの実集めも飽きてしまった。
さすがに海で溺れたとか、野生動物に遭遇して怪我したとかはないと思うが。
何か嫌な予感がするので、俺は原住民スタイルのまま浜辺まで輝刃を探しに行くことにした。
砂浜をぐるりと探索すると、岩場の影に俺の作った石槍が見えた。
あれを持っているのは恐らく輝刃で間違いない。
さぞかし大漁だったか、全く魚がとれず坊主だったかのどちらかだろう。
もし坊主だったら、思ってたよりまずいヤシの実を二人で食うことにしよう。
そう思いながら岩場に近づくと、金髪ツインテの後姿が見え、やはり輝刃であることがわかる。
彼女の隣にはベコベコのバケツがあり、その中にはたくさんの魚がビチビチと跳ねていた。
「おーぃ……」
「愛してるよカグヤ」
呼びかけようとしてピタリと止まる。
いきなりの愛の告白に、俺は反射的に岩場の影に隠れてしまった。
どうやら輝刃以外にもう一人男性がいるようだ。俺はそっと姿を確認すると、いつぞやアキバで出会ったエクレがSPと言っていた人物がいる。
後から来たのか最初からいたのかは知らないが、彼もこの島にいたらしい。
王子様のような風貌をした青年は、前を開けた白のシャツに下は赤の水着。
シャツの下から覗く鍛えられた筋肉と、彫りの深い顔立ちは外国人俳優のようで夕焼けのビーチが様になっている。
そんなカッコイイ男に岩場の影に追いやられている輝刃。
俺はヤシの実を手にし、いつでも撲殺できる準備をしてからそっと聞き耳を立てる。
「そんなこと言われても困るわ。あたしにはもう婚約者がいるから」
「家から逃げる為に嘘をついてるだけだろう?」
「嘘じゃないわよ」
「君は同級生の男子に、一般的な恋心を抱くような浅慮な女性じゃない」
「…………」
「あまり時間がない、できれば君の口から私を婚約者として推薦してほしい」
「……あなたはそもそもエクレの婚約者として叢雲に推薦されたんでしょ? なんであたしなのよ」
「君の妹を悪く言うつもりはないが、彼女はお
「…………」
青年は輝刃の手を取ると、息がかかりそうな距離まで近づく。
「叢雲の更なる発展を望むなら私と共に来――あふん」
「オロロロロロロロロロロ~~♪」
俺は甘いマスクをした男にヤシの実をくらわせると、輝刃の体と魚の入ったバケツを担いでキャンプへと走っていく。
「オロロロロロロロロロロ~~♪」
「ちょっ、何!? 離してよ小鳥遊君!」
さすがハニー。完全に人狩り族の格好をしているのだが、軽く正体を見抜かれてしまった。
「我ヤンバルノ戦士、チャウチャウ。タカナシ知ラナイ」
「何演技してんのよ! こんな頭おかしいことするの小鳥遊君以外にいないでしょ!」
酷い言い草だが大体合ってる。
俺はそのままキャンプへと輝刃を連れ帰ると、テント前で彼女の体を下ろす。
「オロロロロロロロ~~♪」
俺は意味不明な歌と共に一旦森の中へ消える。そしてマスクと腰みのを外してキャンプに戻った。
「いや、びびった。今そこで原住民のヤンバル族にあったぞ」
「いや、あんたでしょ! ってかヤンバル族って何よ!?」
「何言ってんだ? 俺はここから動いてないぞ?」
「なにそれ気を使ってるの?」
「わからん。お前の言ってることは何もわからん。さっきの原住民と俺は別人だ」
そう言うと輝刃は大きなため息をつく。
「もう、言っとくけど勘違いしないでよ。彼はあなたの思ってる人じゃないから」
「彼? 誰の話をしている」
「あくまでしらばっくれるわけね。じゃああたしの独り言ってことで聞き流して。彼の名はマイケル。エクレの元SPだったけど家柄、経歴ともに優秀でウチの姉さんがエクレのフィアンセに目をつけたの」
俺は輝刃の独り言を聞き流しながら、薪に火をつける。
ここでとりいだしたるは秘密兵器。飛竜の火炎弾が海水によって凝固した黒色火炎岩である。
この岩には発火しやすい硫黄やガスが封じ込められており、強くこすることで簡単に火がつく天然の火打石なのだ。
「ただエクレって人見知りだから、マイケルには全く興味を示さなかったの。そこに来て小鳥遊君が登場してきたもんだから、彼の心中は穏やかじゃないわよ。せっかく叢雲に入れるチャンスをあなたに潰されそうになってるわけだから」
薪に火がつきオレンジの光を灯すと、俺は鍋に塩水と貝、猿渡から貰った昆布を入れて火にかける。
その間に輝刃のとってきた魚に塩をふって串をさし、焚火で焼く。
「あんまりにもなびかないエクレより、あたしに鞍替えした方がいいって思ったから甘い言葉をかけて迫ってきたってわけ」
ジュウジュウと良い音と匂いがする焼き魚。これは美味い、間違いない。
「…………聞き流せとは言ったけど、そこまで反応ないと腹立って来るわね。怒ってるんでしょ?」
「なぜ? どこに俺が怒る要素がある」
「み、見てたんでしょ。あたしが壁ドンされてるところ」
※壁ドン――
1:集合住宅などで隣の騒音がうるさい時に壁をぶん殴ること。
2:イチャイチャするカップルなどを見せつけられ、怒りや不満のあまり壁を殴ってしまうインターネットスラング。
3:男性が女性を壁際に追い詰め、手をドンと壁に突いて関係を迫る、恋愛ドラマやマンガなどに用いられる描写。他にも床ドン、顎クイなどの亜種が存在する。
「いや、それは真面目に見てない」
「…………今のは忘れて」
「無茶言うな」
こいつ勝手に自爆したな。
偽の恋人なんだから、別に他の男とイチャつこうが、壁ドンだろうが股ドンだろうがドンドンされるがいいさ。
それに対して俺があーだこーだ言うのは筋違いだ。
なんなら雫さんや白兎さんから激しいスキンシップを受けているので、むしろ俺の方が批難されるべきだろう。
無言のまま着々と晩飯の用意が進む。
「その……なんか手伝おうか?」
「それはマジでやめろ」
せっかくのサバイバル料理を謎の物体Xにかえられてはたまらん。
そう思った時、パチッと焚火から火の粉が飛び、俺の手にかかった。
「熱っつ」
今日は蛇に噛まれたり火傷したりと散々だな。
そう思っていると、輝刃が何かに気づく。
「ねぇダーリン。その指……何か痣できてない?」
一瞬で汗だくになる俺。
「…………ちょ、ちょっと薪を探してる時にぶつけたんだ」
「へー……薪って一人で探してたの?」
「い、いや、エクレのペアと一緒になって。勘違いするなよルイスもいたからな」
「ふーん……あの人焚きつけるタイプだと思うから、あんまり信用してないけど」
「「…………」」
なんだこの重い沈黙は。
別に悪いことしたわけじゃないのに、心臓がバクバクと跳ねる。
輝刃は自分の指をちゅーっと吸い、出来た痣を俺に見せた。
「似てない?」
「さ、さぁ? 似てるかもしれないし、似てないかもしれない」
「何往生際悪いこと言ってんのよ!」
「誤解だ!」
俺は無理矢理テントの中に引きずり込まれると、そのまま押し倒され、腕十字を決められる。
「あんた人が見てないところであたしの妹に何やってんのよ!」
「け、決して不健全なことは何もしていない! っていうかされたのはむしろ俺だ!」
仕方ないので、かくかくしかじかでと正直に経緯を伝える。
「へー、蛇がねー……」
「ほんとだって」
「まぁ傷はあるから本当なんでしょうね。こっちはサメと戦ってたっていうのに……」
「このへんサメでるのか?」
「なんかめちゃくちゃ大きいのがいたわよ。でも気にしないで、小鳥遊君には関係ないから」
めっちゃ怒っとる。
それからしばらく嫌な沈黙を過ごした後、美味いはずなのに全く味のわからない夕食をとった。
両者言葉数が少ないまま夕日も完全に落ち、空にはたくさんの星が瞬き始める。
少し早いが、そろそろ眠る準備に入ることにした。
俺はテントから出ると、どこかしら寝られそうな場所を探す。
すると輝刃も外に出てきた。
「ちょっとどこ行くの?」
「いや、なんか不機嫌そうだし俺は外で寝ようと。まぁ元から夜は分かれて寝るつもりだった」
「別に外出る必要ないでしょ? それに今あたしたち恋人関係なんだから分かれて寝てたら不自然じゃない」
「偽のな。だとしても二人で寝るのはまずいだろ」
「いいから戻りなさいよ。このテント小鳥遊君が作ったんでしょ? 結構頑丈だし快適よ」
「俺はお前のとってきた魚を食ったからおあいこだ」
「おあいことか意味わかんない。早く入りなさいよ」
「いやいいって」
無意味な押し問答が続く。
あーなんかくだらないことで喧嘩してるな。
多分向こうも同じことを思ってる。
根幹はお互いのちょっとモヤっとした行き違い。
両者ともに偽の恋人である以上、イケメンの婚約者に壁ドンされてようが、妹に指なめされてようが怒る資格はない。
偽物が本物に嫉妬するというのは矛盾なのだ。
怒ってないけど怒ってる。
自分の怒りを認めてはいけない、そんな嫌な空気。
めんどくさいのはこれが謝れば良いというわけではないというところ。
元から怒ってないところに謝罪は意味を成さない。
これの解答は一つ。お互い見なかったことにして飲み込むこと。
だから……。
「……あたしたち偽物だもんね。ごめん束縛するつもりはないから寝るならあたしが外で寝るわ……」
向こうが折れた。
輝刃はサンダルを履いて、キャンプの外に出ようとする。
「じゃあ……」
暗い森の中に金のツインテが消えようとする。俺は咄嗟に彼女の手を掴んだ。
掴んでどうする。
「な、なによ……」
輝刃はほんの少し頬を朱に染め、ぶっきらぼうに言う。
仲直りするならここが最後だ。
決めろ俺。
「…………外は……虫がいるぞ」
「…………」
ダメだこれじゃない。
輝刃もがっかりした表情で俺の手を振り払おうとする。
「もういい離して」
「げ、原住民は……」
「原住民?」
「原住民は……なんでヤシの実をぶつけたんだろうな」
これが俺の言える精一杯。
輝刃は一瞬考えると、その意味に気づく。
そう原住民のヤシの実アタックは、純度100%の嫉妬から来ているのだ。
まぁ直訳すれば俺の女に粉かけてんじゃねぇって意味合いの嫉妬玉だ。
勿論それは矛盾した行動であり、口には出さない。
「…………さ、さぁわかんない」
なんでこいつちょっと喜んでんだ。
さっきより頬を染めた輝刃は金髪ツインテの毛先をクルクルと弄ぶと、テントへと戻っていく。
「虫が出るから中で寝るわ」
「そ、そうか。じゃあ俺が外で」
と言いかけると輝刃は俺をテントへと無理やり引きずり込んだ。
薄暗く外の焚火の明かりしかないテントに入ると、彼女は何を思ったのか自分の脚をM字に開いた。
「な、何やってんだよ……」
「毒クラゲに刺された。痛いの。なんとかして」
「お前サメの話しかしてなかっただろ」
「早くして」
と言われても、太股は赤くなってないし腫れてもない。見た目的にはどこを刺されたのかすらわからない。
「ど、どこ刺されたんだ?」
「この辺」
内太股をアバウトに指す輝刃。
「薬貰って来るか? もしくは冷やすとか」
そう言うと輝刃は「はぁ」っと大きなため息を吐く。
「???」
「毒……吸いだして」
ふて腐れ気味の輝刃。
そこでようやく意味に気づいた。
これは俺のヤシの実アタックと同じで、自分の気持ちを知らせる仲直りの儀式なのだ。
俺はマイケルとの仲に妬いてヤシの実をぶつけた。輝刃はエクレの指舐めに妬いたから、エクレにされたことと同じことをしてほしいと言っている。
だからクラゲに刺されたとかはただの口実で嘘。
ただ、内股を指定してくる辺り妹に負けてたまるかという彼女の負けず嫌いな性格が出ていると思う。
輝刃は目の前で脚を組んだり組み替えたりする。
「し、してくれないの?」
「する。毒じゃしょうがないもんな」
「後……毒で体温下がってるから一緒に寝てよ」
毒ならしょうがない。
彼女の望み通り、M字に開かれた内太股から毒(無毒)を吸いだすことになった。
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