第39話 毒
エクレに目潰しをくらったあと、ようやく視力が回復したのでルイスペアたちと焚火に必要な薪を取りに行くことになった。
無人島の中心部は木々に囲まれているので、薪くらいすぐに集まるかと思いきや、意外と湿気ているものが多く、なかなか良質な木が見つからない。
ルイスはサバイバルナイフを使い、邪魔なツタや枝を斬り裂きながら森の中を進む。
俺とエクレは針葉樹にチクチクと肌を刺されながら、彼女の後ろをついて行く。
「なかなか焚火になりそうな木が見つかりませんね」
「この島、もしかしたらよく雨が降るのかもね」
地面もぬかるんでるところが多いし、比較的雨量の多い場所なのかもしれない。
「う~ん、この辺の木を伐り倒そうか?」
「そうですね、湿気てる皮の部分を剥がせば使えるかもしれません」
俺はなんとか折れそうな木を揺らしてみるが、しなるだけで全然折れる気がしない。
しょうがないので石のナイフを使って、コツコツと切れ込みを入れていく。
「ぐっ……全然折れん」
「OKボーイ、ミーに任せて」
ルイスは俺が切っている隣の太い古木に向かって、強力な回し蹴りを見舞った。
たった一撃で根元がへし折れ、ズーンと倒れていく古木。
「Hey、これを薪にしましょう!」
蹴り一撃で木を倒すなんて、輝刃ぐらいにしかできないと思っていた。
「ルイスさんってワイルドですね……」
「センキュー。あっ、ミーの呼び方はルイスでいいわよ。テイネイ語も使わなくていいわ」
「いいんですか?」
「ルイスは陽火の敬語ってあんまり好きじゃないんですよ」
「陽火の人はフレンドにはテイネイ語を使わないでしょ?」
「それはまぁそうなんですが。一応目上の人には敬語を使うという文化がありまして」
「軍のオフィサーやティーチャーを敬う意味でテイネイ語を使うのはわかるけど、年上ってだけでとりあえず使ってるのは
「なるほど」
まぁ確かにどんな人でも敬語使っとけば怒られないだろうってのはある。
「わかりました。じゃなくてわかったよルイス」
「センキューボーイ」
「エクレはずっと敬語だね」
「わたしはもうこれで慣れてしまってますから」
皆慣れた言葉遣いをするのが一番だよな。
そう思いつつ、三人で倒れた古木の皮をベリベリと剥がし、中の乾燥した部分を手に入れる。
「小鳥遊さん小鳥遊さん」
「ん? どうしたの?」
エクレがちょんちょんと俺の肩を叩く。
何か見つけたのだろうか? そう思って見やると、彼女の手にはすさまじくツノのデカいカブトムシが握られていた。
「ヘラクレスですよヘラクレス!」
「なにそれかっけぇ!」
「この木の中にいました」
「うわぁ、すげぇカッコイイ……初めて見た」
「触ります?」
「いいの?」
「はい」
俺はエクレからヘラクレスカブトを渡してもらい、キラキラと黒光るツノに感動していた。
「かっけぇ……」
「ですよね」
「でも意外だな。エクレって虫大丈夫なんだね」
「カッコよくないですか?
「いや、君のお姉さんムカデ見て飛び上がってたからさ」
「ムカデは確かに愛せませんね。ただ姉さん虫は全部Gに見えるみたいですから」
「飛んで抱き付いてきたから驚いたよ」
そう言うとエクレの目が「その手があった」と驚愕に彩られていた。
「エクレ?」
「…………きゃ、きゃぁ虫~(棒)」
エクレは今更ヘラクレスオオカブトに驚いたふりをするが、演技臭すぎる。
「エ、エクレ……?」
「無、無理だ。わたしにはキャーからの抱き付きコンボなんてできません。これだから姉さんは卑怯なんですよ……」
エクレは何かを呪うように、ゴスゴスと木に頭を打ち付けている。
「だ、大丈夫?」
「ダイジョブデス。お気になさらず」
その様子を見て、ルイスが楽し気に笑う。
「エクレア、ボーイのこと大好きね」
「ル、ルイス!」
「ソーリー。でも研究所にいたときのシカメツィラより、とってもキュートよ」
シカメツィラって多分しかめっ面のことだろうな。
エクレは顔を赤くしながら横髪を耳の後ろに引っかける。
「そうだ聞こうと思ってたんだけど、エクレとルイスはどういう関係なの?」
「えっとセントルイスで
クリアコアとはなんぞやと思うと、ルイスが補足を入れてくれる。
「結晶コアはCCとも呼ばれる魔力半導体の一種で、スターチャリオットの核にも使われているものよ。エクレはその研究でいくつもの特許やルクレチア賞を貰ってるわ」
ルクレチア賞って確かノーベル賞の魔力科学版だった気がする。
そうか対BM用人型機が発展した裏には、エクレみたいな科学者がいたんだな。
「結晶コアは今は月光やスターチャリオット、他大型戦車や学園艦に使われているんですけど、実はもっと応用技術が利くんです」
「そりゃ凄い」
「近々面白い研究成果が発表できそうなので期待しててください」
「楽しみだ」
彼女ほどの科学者がそう言うなら、今の技術が一歩前に進むくらい凄いものかもしれない。
「あっと、話が脱線しました。今はルイスの話でしたね。研究中、彼女たちのチームには、24時間態勢でボディーガードしてもらってたんです」
「でもなんかボディガードにしては親しい感じだね」
「それは同じガールだもの。いろいろお話するわよね」
「ま、まぁはい。ギャラクシーオービットの皆さんには可愛がってもらってます……」
あれ、なんでちょっとエクレ凹んでるんだろ。
「何かあったの?」
「24時間警護なんで、当然お風呂も一緒なんですよ。その時大体ルイスみたいな女性レイヴンが5、6人でずっとわたしの周りを固めてるんです……」
なにその天国。
「肉の壁ですよ……そりゃわたしも女としての自信なくします」
「今度俺もその警護に参加させてくれ」
「えっ?」
「いや、なんでもない」
「エクレアはミーたちにとって皆の妹みたいなものなのよ」
ルイスはエクレをテディーベアみたいにぎゅっと抱きしめる。きっとさぞかし可愛がられていたことだろう。
ただエクレはルイスの胸に挟まれて虚ろな表情をしている。
彼女の胸コンプレックスは多分ルイス達に与えられたものだな……。
それから俺たちは十分薪を手に入れ、そろそろキャンプに戻ろうかと思った時、ルイスが突然制止をかける。
「ストップ」
「どうかしました?」
「……スネークよ」
「えっ?」
周囲を見渡してみると、すぐ前の木の皮が不自然に剥がれている。どうやらこの木を寝ぐらにしている蛇がいるようだ。
おまけに枝の上でガサガサと嫌な音が鳴った。
「エクレア、ボーイ、ゆっくり下がるわよ」
「はい」
俺たちは緊張しつつ一歩一歩後ずさっていくと、その時木の枝が大きく揺れ、何かがボタリと地面に落ちてきた。
それは見るまでもなく、人間を見て興奮した蛇だった。
「エクレ危ない!」
落下してきた蛇は地面を素早い動きで這いずると、エクレに噛みつこうと飛びかかって来る。
俺は彼女を引っ張って無理やり後ろに下げると、蛇の前に出た。
蛇は大口を開けて噛みついてきたので、咄嗟に手でガードする。
指に強い痛みが走り、俺は即座に石のナイフで蛇の頭を切り落とす。
「痛ぅっ」
「大丈夫ですか!?」
「あぁ、指を噛まれたけど大丈夫」
ちょっと嘘。結構ズキズキしている。
ルイスが千切れた蛇の頭を確認すると、ホッと安堵の息を吐く。
「大丈夫、毒はないタイプのスネーク……」
と言いかけて、彼女の目が悪いことを閃いた悪戯猫のように輝く。
「ノ、ノー! このスネークはミラクルトリカブトポイズンスネーク! この蛇に噛まれた人間はすぐに毒を吸いださないと3分で死ぬわ!」
ルイスはコテコテの海外ホームコメディのように頭を押さえる。
「えっ、今毒はないって……」
「エクレア早く! 毒を吸いだしてあげて!」
「えっ、ちょちょっと待って! ミラクルトリカブトスネークなんて存在しませんよね!?」
「いいから早くしないとボーイの腕が毒で腐り落ちるわ!」
その毒怖すぎるだろ。
「いやいやいや! 絶対嘘だよね!?」
「ハリーハリー!! ボーイの右手が壊死してサイ○ガンになってもいいの!?」
う、嘘くさすぎる。
でも毒を吸いだすってつまりは口をつけて……。
「小鳥遊さん噛まれたところを見せてもらえますか?」
「は、はい……」
俺は噛まれた右手の人差し指を見せる。
第一関節部に二つの大きな牙の跡があり、ほんの少しだけ出血しているが、皮膚が変色しているなど毒の痕跡はない。勿論俺の体調に変化もない。
「わたし星を使って医療キットを貰って来ます!」
「ノーノーエクレア、そんなことしている間にボーイの右手はサ○コガンになるわ!」
右手が壊死したら自然とサ○コガンが生えてくるみたいに言わないでほしい。
「じゃ、じゃあわたしよりルイスがやった方が……」
「エクレア覚悟を決めて。そんなことじゃシスターに大事な物とられちゃうわよ!」
「!」
エクレははっとした表情になると、意を決したように俺の手を両手でつかむ。
「すみません小鳥遊さん……失礼してもいいですか?」
「い、いいけど……」
「で、では……」
エクレは目を閉じてかぷっと俺の指を咥えると、ちゅーっと音を立てて毒(無毒)を吸いだす。それを見ていたルイスはキャーっとはしゃいでいる。
俺もエクレも毒がないとわかっているので、気恥ずかしさが半端じゃない。
女の子にただ指を吸われているだけだしな……。
普通に考えて、噛まれて3分で死に至る毒を口で吸いだしちゃダメだと思う。
エクレの口の中の暖かさと、舌の柔らかさが直に伝わり、心臓がバクバクと早鐘を打つ。
「…………」
「…………」
な、長い……。まだ1分も経ってないかもしれないが、凄く長く感じる。これは医療、これは医療と必死に自分に言い聞かせるが、やっぱり無理だ。多分俺もエクレもトマトみたいに顔が赤くなってると思う。
そろそろいいのではないかと思い指を動かすと、エクレがピクンと跳ねた。
しかし彼女はちゅーっと吸い続けるのをやめない。
「あ、あのエクレ……そろそろ大丈夫なんじゃないかな?」
「…………」
「エ、エクレ?」
名前を呼ぶと、彼女はようやく我に返ったようで慌てて指から口を離す。
その時指と口の間に糸が引く。きらりと光る唾液の糸は、弓なりにたわんでから切れた。
「す、すみません、つい夢中に……」
「だ、大丈夫だけど」
「憧れのシチュだったもので……」
確かにこの手の指咥えイベントはマンガやアニメなどでありがちだが。
エクレに強く吸われて指先に痣のようなものができている。
「指、変色してますね……毒だったら危ないんで、また見せてもらっていいですか?」
明らかに強く吸われて血が集まってるだけなのだが。
エクレもそれをわかって言っている気がする。
「必要なら……また毒を吸いだしますから」
「う、うん」
気のせいか彼女は熱い吐息を吐き、トロンとした目でこちらを見つめている。
それから俺とエクレは気恥ずかしさで、お互いの顔を見れないままキャンプへと戻ることにした。
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