第20話 白兎暴走Ⅰ

 出雲のショッピングセンターで、暴走した白兎さんとの戦闘は続いていた。


 雫さんは素早く印を結ぶと、彼女の体が4人に分かれ白兎さんに向かって攻撃を仕掛ける。

 立体投射分影という難しい技名をしているが、ようは分身の術というオーソドックスな忍術だ。しかし四体の体をコントロールしつつ連携技を繰り出すのは熟練したレイヴンでも難しい。

 四人の雫さんは、それぞれ風魔手裏剣と呼ばれる巨大手裏剣を両手に持ち、白兎さんに向かい投擲する。

 白兎さんは風切り音を響かせ、不規則な軌道で飛来する手裏剣をすべて刀で弾くと、反撃に刺突の構えを見せる。


「御剣流……奥義……【龍剣・伊邪那美】」


 白兎さんから小さく声が漏れる。

 雫さんは刀の間合いから離れているので、いくらリーチの長い突きでも届かないはず。そう思ったが、白兎さんの刀から四本の禍々しい龍の首が飛んだ。正確には刺突による衝撃波。それが魔力を宿し龍の形となったのだ。

 普通の人に話せば「お前は何を言ってるんだ?」と言われてしまうような状況。

 しかし実際この目で見てしまうと、口を開けて呆けるしかない。

 龍の首は雫さんの分身を貫き、本体の雫さんも忍者刀で衝撃波を弾くが、刀身が折れて近くのメイド喫茶に吹っ飛ばされてしまった。


「キャアッ!!」

「雫さん!」

「雫! だから手加減するなと言うたじゃろう!」


 犬神さんが声を荒げ、白兎さんに追撃させないようカバーに入る。

 しかし援護に入った彼女もずっと押されっぱなしで為す術がない。


「まずいな、ジリ貧だ……」

 

 犬神さんは元からあんな動き回されて戦う戦闘スタイルではない。

 ある程度誰かに時間を稼いでもらい、強力な陰陽術を使用する、術式掃討型。要の雫さんも気絶してしまい、近接強襲の白兎さんにああまで詰められたら防戦一方になる。


「あたしが時間を稼ぐ」


 同じことを考えていたらしい輝刃は、その手に真紅の魔槍を握る。


「やめとけ超人バトルに一般人が首突っ込むとケガじゃすまん。あの人たちは龍と鬼が出せるんだ。次に何が出てくるかわからんぞ」

「だからってこのままにしておけないでしょ!」


 輝刃は魔槍を手に竜騎士特有のジャンプ能力を使い、犬神さんの援護に入る。

 しかし、背後から飛びかかったはずの輝刃の攻撃はあっさりと弾かれ、白兎さんの回し蹴りで逆に吹っ飛ばされる。


「龍宮寺!」


 俺は慌てて落着ポイントに入って、輝刃の体を捕まえる。

 ダイビングキャッチに入った下着屋は、店が傾くくらい大きく揺れ、パステルカラーの商品が土砂のように崩れ落ちた。


「いったぁ……ちょ、ちょっと大丈夫!?」


 俺を下敷きにしていることに気づき、慌てて飛びのく輝刃。顔騎されるのはこれで二度目か。


「うっ苦しい……俺のことを思うなら……このパンティーを穿いて……く」


 真っ赤なドスケベ下着を震える手で差し出す。

 俺の顔面に杭打ちエルボーが降って来た。

 普通助けてくれた人にエルボーとかする?

 そう思っていると、ショッピングエリアに数人の上級レイヴンがやってくるのが見えた。

 学ランにリーゼントを決めた男子生徒に、筋骨隆々の三兄弟。

 あれはチーム分けの時にあったヤンキー先輩と、猿渡チームの三国志先輩ではなく、筋肉三兄弟先輩だ。


「オイオイ、どうなってやがんだよ。このファッ○な状況はよぉ!?」

「長兄、どうやら御剣の者がおかしくなっているようである」

「弟者たちよ、非戦闘員の避難は完了しているのか?」

「既に」

「ならば、この場は我らで御剣を取り押さえるぞ」

「「承知!!」」


 やった上級レイヴンが援護に来てくれた! これで勝てる!

 筋肉先輩についてきた猿渡が、ショッピングセンターの惨状を見ながら俺の元に駆けてくる。


「おい悠悟、なんだよこの超人バトルは!?」

「俺と同じこと言うな」

「見て、先輩たちが仕掛けるわ!」


 輝刃が指さすとヤンキー先輩は金属バットを振りかざし、筋肉先輩たちは三人直列になって犬神さんの援護に入る。


「オラァ、犬神! テメェチームメイトだからって手ぇ抜いてんじゃねぇぞ!!」

「ぬいとらんわ! ブチ転がすぞヘルメット頭!」

「これはリーゼントって言うんだよ! 覚えとけわっち女!」


 ヤンキー先輩は犬神さんと喧嘩しながら、白兎さんに金属バットで殴りかかる。


「喧嘩ってのはこうやんだよ!!」


 フルスイングされたバットは白兎さんのミリタリーヘルムに直撃したが、彼女の首がほんの少し横に曲がっただけだった。


「マジパねーしょん……チタン製バットだぜ?」

「避けんかバカ者!!」


 犬神さんの言葉で我に帰ったヤンキー先輩は慌てて上体を反らす。するとその上を刀が音を置き去りにするスピードで通り過ぎていく。

 ギリギリで躱すことが出来たが、ヤンキー先輩のフランスパンみたいな髪の先端が斬られて吹っ飛んでいった。


「俺の髪がぁぁ!!」

「どけい! 我ら三兄弟の力を見せる!」


 ヤンキー先輩にかわり、今度は筋肉三兄弟先輩が仕掛ける。三人は白兎さんを取り囲むと、ガタイの良さからは考えられない速度で拳の連撃を見舞う。


「「「【鉄山拳】! オラオラオラオラオラオラオラオラ!!」」」

「出た! 兄者の鉄山拳! あの拳は一撃一撃が鉄を砕くほど強力だ! あれに沈められた魔獣は星の数ほどいるぜ!」


 猿渡がいきなり出てきて解説してくるキャラみたいに説明を入れる。

 確かに三兄弟の拳は見えない程早く、一撃一撃が重くて強力な筋肉三重奏だ。

 しかし白兎さんは未来でも見えているのか、三人全員の攻撃を軽くかわしていく。


「なんで兄者たちの攻撃が当たらないんだよ!?」

「白兎さんだからな……」


 全てがそれで片付いてしまう便利な言葉。


「ぐっ! ならば弟者よ! 筋肉殺法を見せる時!!」

「「承知!!」」

「筋肉は!」

「「裏切らない!!」」


 その掛け声と共に筋肉先輩が上半身に力を込めると、腕や胸の筋肉が肥大化していく。


「フハハハハ! これが我らの真の姿!!」

「闘気のチャクラを解放することにより、全身を鋼の如く強化する我らの必殺を受けよ!」

「「「疾風怒濤!! 【仁王拳】!!」」」


 筋肉先輩が力を溜めた拳を振りかぶり、白兎さん目掛けて地面に叩き下ろすと、出雲全体が揺れ、床がクレーター状にひしゃげる。

 気の力が爆発し、周囲に大きな衝撃波が巻き起こる。ショッピングセンターの商品が吹き飛び、猿渡も吹っ飛んでいく。


「あ~↑あ~↓」

「猿渡ぃぃ!!」


 間抜けな声で吹っ飛んでいく猿渡。

 俺も衝撃波に耐え切れず、吹き飛ばされそうになる。


「うあっ!」

「小鳥遊君!」


 体が浮いて、飛びかけた俺の手を輝刃が掴み、なんとか繋ぎ止めてくれる。

 こんな強力な一撃を受ければ、いくら白兎さんと言えどもタダじゃすまないはず。

 しかし、衝撃波がおさまり爆風の中心にいた白兎さんはチンっと音を立てて刀をしまう。その瞬間、筋肉先輩たちは糸の切れた人形のようにバタリと倒れた。


「居合……」

「オイオイなんだよアレ。魔獣の方がまだ可愛いじゃねぇか」


 ヤンキー先輩の言うとおりである。

 上級レイヴンが来ても白兎さんを抑えきれずにいると、ショッピングエリアに足音と駆動音を響かせて新たな増援が現れた。

 それはレイヴン試験でお世話になった、眼鏡先輩ではなく大巳先輩。それとさっき搬入したばかりのオートマトン30機。

 どうやら消火作業が終わって駆けつけてくれたらしい。

 皆で力をあわせれば、そう思ったが大巳先輩が手を上げるとオートマトンは金属音を鳴らしてガトリング砲を装備する。


「…………これ以上の被害拡大を食い止める為、実弾の使用を許可する」

『セーフティー解除了解』


 その言葉に俺は目を剥く。


「ま、待ってください大巳先輩! あそこにいるのは白兎さんですよ!?」


 俺が駆け寄ると、大巳先輩は冷たい視線を一度だけ寄越し、目標を見やる。


「御剣には魔眼がある。最悪この状況であいつが外に逃げ出し、民間人に被害が出れば出雲の存在すら危ぶまれる」

「それは確かにそうですが!」


 俺が大巳先輩に食い下がっていると、後ろから肩を叩かれた。


「ごめんね奏ちゃん。ウチの子が」

「お前は短気すぎる。もう少し待てぬのか」


 それは傷を負った雫さんと犬神さんだった。


「お前らで止まらんなら誰がやってもあいつは止まらん」

「うん、だから私たちにやらせて」

「それがわっちらのケジメじゃ」


 二人の真剣な眼差し。

 大巳先輩は小さく嘆息する。


「……いいだろう。ただしお前たちがやられたら我々が動くぞ」

「ええ、勿論」


 雫さんはクナイを両手に持ち、犬神さんは再度式神を展開する。

 今の彼女達の真剣な表情。その目は魔獣を仕留める時と似ている。

 まさかこの人達本気で……。

 輝刃もそのことに気づく。


「ねぇ……もしかして牛若先輩たち、御剣先輩を殺すつもりじゃ……」

「……ありゃ刺し違えてでも止めるつもりだな」


 雫さんたちの覚悟を決めた顔。

 チームメイトの不始末を片付ける。それは即ち、本気で白兎さんを殺すことに他ならない。

 オートマトンに射殺されるくらいなら、せめて仲間である自分達の手で。そう思ったのかもしれない。


 俺は悔しくて歯噛みする。

 なんだよそれ。なんでもう白兎さんの事、諦める方向で進んでるんだよ。

 そんなことさせてたまるか。考えろ。なんで白兎さんがおかしくなったかを。

 発端はどこだ。直近で変わったことがあったとしたら……。


「龍宮寺、白兎さんってどうやってメール読んでるんだ?」

「えっ? ……わかんないけど腕時計型生徒手帳RF? じゃないわよね。白兎さん目が見えてないんだから」

「となると……なぁ龍宮寺。白兎さんのヘルメットあんな変なモノ映ってたか?」


 輝刃は言われて初めて、白兎さんのミリタリーヘルムのフェイスガードにハートマークが浮かんだり消えたりしていることに気づく。


「なに……あれ?」


 あのヘルムは確かBDTブレインデータトランスシステムが搭載されたもので、視力がなくても脳に直接情報を読み込むことが出来る。

 RFを使えない白兎さんは恐らくあれを介してメールのやりとりをしていたのだろう。

 となると原因は……。


「ちょっと見えて来たぞ……」


 あの人まさか脳みそに直接ウイルスぶち込まれたか?

 だとしたらかなり危険だな。

 犬神さんのメールからヘルムがウイルスに感染。BDTシステムが異常を起こした可能性は十分考えられる。


「スパムウイルスはフェイクでこっちが本体か……?」


 ウイルスの正体はわからないが、暴走の原因は見えた。

 ブツブツと呟く俺に、輝刃が怪訝な表情で声をかける。


「なんであんた笑ってんの?」

「なぁ龍宮寺、俺はバッドエンドが嫌いだ。そして仲間を殺して仕方なかったんだよって話も嫌いだ」

「どういう意味?」

「白兎さんを絶対救うってことだ」


 俺はお姉様全員にチアガールの格好させてフレッフレ♡させるんだよ。

 誰一人として欠けやさせない。

 俺はポケットに入った磁力の魔法石を強く握りしめた。

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