第70話 初心者潰し?

 俺と輝刃は試験が行われる都市、ニューシドニータウンへと向かっていた。


 出雲をCオーストリア大陸北西部で降りて、試験会場行きのトレーラー型の輸送車カーゴに乗車し3時間。

 車内には俺達と同じくBランク試験を受ける、陽火からのレイヴンが数名。

 さすがに受験者一同緊張している様子で、ピリピリとした雰囲気に包まれている。

 そんな張り詰めた空気が嫌で、気晴らしに外を眺めてみると更にげんなりする。


 窓の外は見渡す限り瓦礫と砂しかない。廃墟と朽ちた兵器と、そしてBMビッグモンスターの死骸。

 巨大な蠍型の魔獣に突き刺さる戦車。墜落し、砂に埋まった戦闘機。海岸には打ち上げられた戦艦と隆起した虹色の結晶。

 ここオーストリア大陸は第一次BM大戦の戦場になった場所で、昔は美しいグランドキャニオンなどで観光地となっていたそうだが、俺はもう写真でしかそのことを知らない。


 今から数十年前オーストリア大陸に集まったBM達を駆除すべく、世界が手を取り統合軍を発足。

 この場所で人類の存亡をかけた戦いがあったと、座学では散々聞かされた。

 ここで起きたことは歴史の教科書にも載っていることで、なんとか人類は統合軍の力で、この大陸に集ったBMを駆逐することに成功。

 しかし、それは人類勝利というには程遠い大勢の犠牲者を出した。


 戦いの結果この地に残ったものは、魔導結晶核弾頭ピースクラフトと呼ばれる大量破壊兵器使用による再生不可能な死の大地……。

 ピースクラフトPC兵器によって空気中の魔素濃度が変化し、荒廃した大陸は砂漠化と結晶化が進み、現在オーストリア大陸の8割は砂と結晶の大地となっている。

 おまけに元より温暖だった気流が崩れ、場所によっては灼熱地獄のような熱波が襲う地域と、アラスカのような極寒の寒波が襲う地域が一つの大陸で同居している。


「行けども行けども砂と兵器の残骸、そして廃墟……それしかないな」


 恐らくレイヴン協会が毎回この場所を試験地に選ぶのは、人類がBMにされたことを思い出させるためだと思う。

 オーストリア大陸を滅ぼされたという、人類敗北の歴史。それをその目と胸に刻めと言いたいのだろう。

 いつか、お前たちの故郷もこうなるかもしれないと……。


 俺の隣に座る輝刃は試験地が近づくに連れて、こちらをチラチラと伺うようになった。


「なんだよ」

「いや……怒ってんのかなって」

「なんで」

「そりゃ無理やりBランク試験受けさせたから……」

「受けるまでむちゃくちゃしてきたくせに、急にしおらしくなるなよ」


 この一ヶ月俺はお姉様や先輩達に無理を言って体力増強訓練を頼んだ。

 なんとかお姉様方も最低限死なないようにと特訓をしてくれた為、飛躍的に体力や戦闘技術が上がった……気がする。

 実際はよくわからんというのが本音。でも多分マンガみたいに修行の成果が出て、いきなり超人になったってことはなく、最低限Bランクの下限レベルにまで体力を引き上げたという感じだ。


「ごめん……」

「謝るなよ。エクレには言ったが、Bランク受験は俺自身の為だと思ってるから気にしてない。ただ雫さんたちは、Bランク試験は受かれば儲けもので受けるもんじゃないって言ってたからな……」


 俺たちは試験を受けるに当たって、雫さんたちから大まかな試験の内容を聞いていた。

 雫さんが受けた試験は一次試験と二次試験があり、一次は光のない地下道で曖昧に指示された目的地にたどり着くというもの。

 これは正確な地形の把握、危険箇所の見極め、情報伝達などの能力が試される。

 二次試験は半径10キロのバトルフィールドに候補者を閉じ込め、バトルロワイヤル形式で振り落とすというもの。

 毎回試験内容はかわるらしいが、大体似通ったものがでるとのこと。

 一応三次試験についても聞いているが、これは――


「ねぇ、後ろの荷物何?」


 輝刃は旅行ケースより更に二回りほどでかいカバンというより、もはやコンテナに近い箱を見て言う。

 自走用のタイヤが付いた箱には叢雲のロゴマークが刻まれている。


「エクレと合作で造ったブラスターアーマーだ」

「ごめん、ブラスターアーマーってのがよくわかんない」

「平たく言えば任務に使用するロボット。命令を出して操作するオートマトンみたいなもんだ。別名自律型魔導機甲甲冑」


 たった一ヶ月しかなかったからバグは残ってるし、リアクターにもいくつか欠陥があるが、俺とエクレが造った戦闘支援機。未完の状態でも素の戦闘能力は俺より遥かに高い。

 明らかに他の候補者より戦闘能力で劣る俺にはコイツだけが頼りだ。

 しかしながら、性能がどうこう言ったところで輝刃には伝わらないだろうから、俺はこう説明する。


「まぁ高性能なラジコンだ」

「なるほどね」

「なぁ、これから何日か試験が続くんだよな?」

「そうね、試験は早くても数週間、場合によっては一ヶ月くらいかかるときもあるらしいわ。合格者の数によっては2次試験以降、3次、4次と続くこともあるって」

「どういうふうに進行するかは知らんが、多分俺とお前は試験中ずっと別々だろ。……お前ちゃんと生活できんのか?」

「何言ってんの、自意識過剰よ……って言いたいとこだけど、通常の任務中ほとんどあんたのサポート有りでやってきてるから、どうなるかよくわかんないのよね」

「戦闘でドロドロになっても風呂とかないからな」

「それが一番のネックよね。暑いから絶対汗まみれに……ってあたしのことより自分のこと心配しなさいよ」

「そりゃごもっとも」



 それから更に1時間かけて輸送車が走ると、試験開催地であるレイヴン協会オーストリア基地へと到着する。

 元は巨大な避難シェルターを基地として改装した場所で、敷地面積はとてつもなく広い。

 現状はこのオーストリア大陸の監視と、わずかに残った資源を集めて作る食料プラントとなっている。

 輸送車を降りると、全員が日差しの強さに顔をしかめた。

 ギラつく日の光、3月だというのに真夏の陽火より遥かに暑い。


「暑っつ……」

「湿度も結構高い。一番嫌な天候ね」


 逆に候補者に負荷をかけるなら適した天候だろう。

 候補者は日の光から逃げるようドーム型の施設の中へと入っていくと、そこには世界各国から集まったBランク候補生の姿があった。

 俺達の目に映るのは多国籍のレイヴン達。様々な学園艦から集った少年少女たちで、見たことない制服が見れて面白い。


「多いな4、いや5000人くらいいるか?」

「まぁ合格率丁度10%ってとこね」

「この中でトップ500に入れる気がしない」


 もうどこを見ても俺より強い奴しかいないと思う。


「逆に考えなさいよ。500人”も”合格できるって」

「俺はお前みたいに自信家じゃないんだよ」


 俺たちは試験官の上級レイヴンに案内され、陽火組の生徒は会場の一番端の列へと整列させられる。

 陽火組は俺達の所属する出雲他、学園都市型艦11番艦【蒼龍そうりゅう】、13番艦【愛宕あたご】から試験を受けに来た生徒たちだ。

 他の学園艦の生徒と会するのはセントルイスを除くと初めてだ。


 キョロキョロと周囲を見渡していると、俺達の真後ろに並んでいた生徒が声をかけてくる。振り返ると茶髪に糸目の男子生徒がニコやかな笑みを浮かべて立っていた。


「よぉ兄ちゃん、初めて見るな」

「えっと、あなたは?」

「多分ワイのほうが年上やけど、かしこまらんでええで。同じCランクやしな。ワイは蒼龍に乗船しとる烏丸からすまみのるってもんや」

「俺は小鳥遊悠悟。こっちは」

「龍宮寺輝刃」


 輝刃がぶっきらぼうに名乗ると、烏丸の目がほんの少しだけ鋭く光る。


「……ほ~ん、あんたが出雲の竜か」

「知ってるのか?」

「有名人やからな。出雲のPVにも出とったやろ」


 そういや前に出雲のPV動画作ってサイトにアップしたことあったな。

 動画内容は出雲生徒たちがチアガールに扮して、フレッフレッする紳士的な内容だったはず。


「いや、あのPV作った奴はわかっとる。ギリギリ文句言われんくらいのローアングルからチアガール撮ったり、”揺れ”を撮るのに上からドローン使うて撮ったり技術が入っとる」

「あれ撮ったの俺だ」


 そう告げると烏丸は「なん……だと……」と糸目をほんの少し見開いた。


盟友ポンヨウよ」


 ひしっと俺を抱きしめる烏丸。こいつ見てると猿渡を思い出すのはなぜだろうか。

 それを半眼で見やる輝刃。


「バカばっかり」

「ってか出雲の竜、まだCランクやったんか。てっきりAまで上がってるもんやと思ってたわ」

「まぁ……いろいろあってね」

「さよか。ワイはこの試験4回目やからな。ベテランやぞ」

「おぉ、4回目って凄いな」

「それだけ落ちてるってことでしょ。ドヤ顔することじゃないわ」


 つんけんした態度をとる輝刃。


「厳しいのぅ出雲の竜は」

「龍宮寺、初対面の人に失礼だぞ」

「ええんや、ええんや。ワイも自分の胡散臭さは知っとるさかい。出雲の竜が言う通り、落第繰り返しとる落ちこぼれや。でもそこそこ知識は持っとるからな、なんでも聞いてくれ」

「じゃあ試験ってどんなのが出るんだ?」

「おっ、ええこと聞くの。ほなちょこっとだけ教えたろ――」


 烏丸が嬉しそうに話すと、輝刃が制する。


「ダメよ小鳥遊くん。この男きっと裏では新人つぶしとか呼ばれてる類の男よ」


 いや、まぁ最初に親切な奴ってそういうパターン多いけどさ。


「アホかそんなんするか。まだチームも決まっとらんのに」

「チーム?」

「毎回、基本ランダムに二人一組バディ三人一組スリーマンセル四人一組フォーマンセルのチームを組まされて試験が行われるな」

「兵科はバラバラ?」

「せやな大体機工、諜報、強襲で組まされることが多いか。まぁ他の衛生とか、観測とかの兵科が入ることもあるやろけど大体パワーバランスは考慮される」

「じゃあそのチームメンバーで頑張っていくってわけか」

「いや、そういうわけでもない。実はスリーマンセルとかでも一人だけ合格できんとかあるんや」

「えっ、そうなの?」

「そらそうやろ。他二人が強くて、足手まとい一人がキャリーされて合格したらおかしいやろ?」

「そりゃ確かに」

「せやからチーム内で能力ない奴は結構簡単に見切られる」

「シビアだな。でもそういうのって助け合って試験をクリアしたほうが評価されるんじゃないのか?」

「身体能力がBランクの足切りライン超えとるんやったらな。たまになんでお前が試験受けとるんやっていうゴミみたいな奴がおるからな。ワイも最初はそういう奴助けたらなあかんなっていう気持ちやったんやけど、ゴミに足掴まれてそのまま引きずり落とされたこと何回もあるからな」


 人のがええのも問題じゃと明るく笑う烏丸。

 耳が痛くなってきた。話題をそらすべく、俺は周囲の候補者を見渡す。


「じゃ、じゃあ烏丸、なんか要注意人物とか知らないか?」

「どういう意味の要注意かはわからんけど、一緒のチームになったらラッキーな奴やったらあそこにいる仙華所属の王白白ワンパイパイ、あの上半身裸でヌンチャク持った奴。Aランクまで確実って言われとる仙華シェンファの切り札で、近接格闘やったら右に出るもんはおらん」

「なんだよパイパイなのに男なのか」

「バカ」


 呆れる輝刃。


「凄まじいカンフーを使うらしいぞ。候補者の中でも仙華の虎言われとって、出雲の竜を食うかもしれん男や」

「いや、多分龍宮寺の方が強いと思う」


 パイパイがどうだか知らないが、Cランク最強は龍宮寺で間違いない。


「なんや、もしかして悠悟と出雲の竜ってデキてんのか?」

「なぜそうなる?」

「なんか……雰囲気がな。なんでもやってくれる彼氏に全部任せとる、わがままな彼女みたいな空気出とってな」


 烏丸の疑問に否定も肯定もしない輝刃。


「まぁ続けんぞ。あっちのミュージカルスターみたいなイケメン。ディアナ・マーキュリー。あいつはプリンスオブウェールズの聖騎士の称号を持っとる」

「なにそれ強そう」

「出雲で言うと軍神白兎みたいなもんやな。この二人はどんなゴミチームやろうと合格確実言われとるわ」

「そりゃ凄い」

「陽火勢やったらあっこにおる、川崎かわさき光牙こうが。軍神白兎ほどではないにしても、卓越した剣技と、あのハニーフェイスで女を落としていく。別の意味で注意が必要な男や」

「そいつは恐ろしいな。同じチームになったら陰湿なイジメを仕掛けよう」

「ワイも同意見や。陰キャには陰キャの戦い方があるからな」


 クズ二人だった。というか一緒になって嬉しいやつが軒並み野郎とは。


「逆にアンラッキーなんは、あっこにいる派手な髪したアホそうな女」


 烏丸は顎でオレンジ髪をした少女を指す。皆しっかりと制服を着こなしている中、ジャケットの前を開き、ブラウスのボタンを3っつ外し胸元を見せる。

 スカートも輝刃ばりに限界に挑戦したカットで、動くたびに見えそうだ。

 見た目あまりにも派手すぎる容姿をした彼女を一言で言うならギャル、そしてその眼光の鋭さからヤンキーとも呼べるだろう。


「あれは?」

蒼龍ウチのアホや。名前はおおとりまい。前期にこの試験受けとるんやけど、素行不良とかいう頭おかしい理由で失格になりよった。ワイが言ってた、なんでお前が試験受け取るんやっていうゴミ」

「めちゃくちゃ言うな……」

「普通こういう試験で同じチームになったら知らんやつでも仲良くするもんやん? いつ助けてもらうかわからんねんし。それやのにチームメイトが気に入らんからって理由で殴り倒しよってんぞ。アホとしか言えんわ」

「なかなかクレイジーだな」

「まぁ他にもいろんな奴おるから、知ってる奴やったらワイが教えたるわ」


 俺たちが話していると、試験官の上級レイヴンが集まり始めた。

 どうやらそろそろ試験が始まるようだ。

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