第69話 竜は飛び鳥は地を這う

「ゼヒュ、ゼヒュ、ゼヒュ……あー、死ぬ……」


 Bランク試験受験が決まってから、一週間が経過。

 俺は自身の実力を少しでも底上げするために、様々な先輩に訓練を申し込んでいた。

 今はヤンキー先輩に頼んで1000本ノックの真っ最中。


「オラ小鳥遊! それでBランク張るとかなめてんのか! まだ半分もいってねぇぞ!」


 荒々しい言動とは裏腹に、美しいフォルムでスイングされた金属バットはカキンと快音を響かせて硬球を弾く。

 俺は吹っ飛んでくるボールを顔面で受け止める。

 敏捷と動体視力を鍛えている最中だったが、これがなかなかにキツイ。

 弾丸のような打球に反応できず、全身を痣だらけにした後も自主練は続く。


 今度は機械工作科の宗像先輩製作の犬型アンドロイド、ポチによる艦内引き回しの刑持久力訓練である。

 時速15キロで走り続けるポチに首輪をつけ、そこから伸びたリードを俺の腰に巻く。

 バテて速度が落ちると、自動的に引きずり回されるという芸人の罰ゲームみたいな訓練。

 俺の低すぎる体力を少しでも上げる為の涙ぐましい努力。


 そんなことを続けているうちに、俺がBランク試験を受けるということは艦内中に知れ渡っていた。

 有識者のS渡とS国先輩は「オイオイあいつ死んだわ」「彼には昇級試験は早すぎるでゴザル」とコメントを残す。


 そんな風評被害に負けず持久力訓練が終われば、次はジムエリアで筋肉三兄弟先輩と筋トレが待っている。

 筋肉先輩プラス俺の四人が並んでベンチプレスを持ち上げる。


「さぁ之くぞ鳥の子よ! 筋肉は!」

「「「裏切らない!!」」」

「筋肉に!」

「「「願いを!」」」

「筋肉に!」

「「「夢をこめて!!」」」

「筋肉に!」

「「「愛を囁く!!」」」

「筋肉は!」

「「「裏切らない!!」」」


 他のレイヴン達はその暑苦しい訓練風景を見て「何かの宗教?」と噂する。

 そう思われても仕方ないだろう。軽々とベンチプレスを持ち上げる筋肉三兄弟先輩。

 俺は彼らより遥かに軽い重量バーを持っているというのに、腕が震えてなかなか持ち上がらない。


「しっかりするのである鳥の子よ!」

「は、はい!」

「之くぞ筋肉で!」

「「めっちゃモテたい!!」」

「ごうかく……したい」



  体力訓練が終わり夜になると、出雲内にあるエクレの研究室ラボにて機械工学のお勉強。

 華奢な体に艶のある長い髪、出雲の制服の上に白衣を羽織った理系少女は、心配げに俺の方を見やる。


「だ、大丈夫ですか? 日に日に顔色が悪くなってますが……」

「大丈夫、時間がないからね。休んでられないよ」


 彼女は俺の体中に巻かれたテーピングを見て苦い顔をする。


「無茶やってますね……」

「なかなかね……一朝一夕には強くならないよね」

「当たり前ですよ、小鳥遊さんは強襲兵科みたいに身体能力を強化してるわけじゃないんですから。強襲に合わせて訓練してたら体潰しますよ」

「まぁでも、それくらい負荷かけないとね」


 人一倍頑張ったところで、なかなか実力につながらないのは落ちこぼれの辛いところである。


「よし、それより装備の話をしよう」


 一ヶ月程度の訓練で身体強化はどうあがいても限界がある。ならば自身の装備を見直すのが一番手っ取り早く強くなる方法。

 というか俺は機械工なんだから、そこで勝負しなくてどこで勝負するというのか。

 俺の目の前にあるのは2メートルほどの作業用カプセル。その中に入っているのは金属内骨格インナーフレーム。一見すると金属でできた何かしらの骨で、それが動物なのか人なのかすらまだ判別がつかない造りかけの代物。

 その周囲に作業用のロボットアームが3本、火花を散らしながらフレームの造成を行っている。


 この金属骨格にAIと魔導転換機エーテルリアクターを積み込み、近接歩兵装甲ストライカーアーマーを装備したものが、自律型魔導甲冑、通称【ブラスターアーマー】。

 これに似たエーテルリアクターではなく、バッテリーエンジンで稼働する戦術支援機を【オートマトン】と言う。

 今造っているのはオートマトンより細かく命令に従い、効率を自分で考えて行動する小型の戦闘支援機。

 その形状は様々で、ヒューマノイド型や車両型、獣型など、今日俺が引きずり回されたポチもブラスターアーマーBAの類である。


「小鳥遊さん。メインチップに関してなんですけど、戦闘プログラムに関しては1ヶ月で仕上げられますが、命令系統まで組んでいると時間が全く足らないので、学習AIにして基本小鳥遊さんの指示待ちで稼働し、蓄積データが貯れば自分でも動けるようにします」

「うん、それでお願い」

「多分最初はバカAIになっちゃうと思いますが、我慢してください。コレはなんでもしてくれるロボットではなく、武器の延長線上、剣や銃と同じ扱いです」


 3Dフロートウインドウに映るプログラムソース。グリーンのLEDの光を放つ文字列に、エクレは凄まじい勢いで戦闘アルゴリズムを書き込んでいく。

 もうここまで複雑なコードになってくると、俺にはどんな処理をやってるかくらいは読み取れるがそれ以外のことはわからない。


「叢雲の技術もふんだんに使ってます。必ずあなたを守る騎士に仕上げてみせますよ」

「ありがとう……」

「浮かない顔ですが、どうかしました?」

「そうかな?」

「いつもならもっと、自律AIロボキター! 造形美のリアル系、ロマンのスーパー系どっちも甲乙捨てがたいでゴザルってオタトーク始めるじゃないですか」

「ゴザルって戦国先輩じゃないんだから」


 彼女にとって俺は一体どういう認識なのか。

 若干のキモオタ扱いに苦笑いがこぼれる。でも多分彼女の言う通り、今の俺にはそれだけ余裕がない。しかも――


「なぁエクレ」

「この機体で合格できるかはやってみないとわからないです」

「いや、そうじゃなくて」

「違うんですか?」


 作業のときだけ使用するメガネにモニターの光を反射させたエクレは、キィっと音をたてて椅子を半回転させ俺の方を見やる。


「その……機械工でブラスタアーマーを使う生徒って何人か知ってるんだけど、こんな高性能な機体使ってる人っていないんだよね」

「それが何か?」

「その……大丈夫かな。反則じゃない? 普通は持ってない力を使うって」

「何を言い出すかと思えば……。そういうことは試験に合格してから言ってください」

「なかなか手厳しい」

「チートみたいな能力を持った人たちが相手なんですよね? そんな人達に遠慮するとかお馬鹿さんですよ」


 確かに学長も言っていたが、持てる全ての力を使ってBランク試験に臨めと。

 最悪月光の出撃も認めると言っていた。しかし月光は一介のCランクレイヴンには過ぎたものだろう。

 だからこうして自分用の支援機として、ブラスターアーマーの開発を行っている。

 だが、それはエクレという人材天才あって叶う行為。


「そうだけど、君がいないと完成しない機体ってのはやっぱり抵抗が……」

「ならあなたはレイヴンのバトルスーツや基本装備を全部一から造れるんですか?」

「それは無理だけど……でも支給装備は皆が使えるものじゃないか。チートみたいな能力を持った生徒も、それはやっぱり自分の才能で勝負してるわけだし」

「あぁ……なんとなく言わんとすることはわかりました。わたしにブラスターアーマーを造ってもらってるのが気に入らないんですね?」

「そ、そうじゃないよ!」

「そう思っているのならお門違いです。この機体はあなたのRFから入手した戦闘データログを元に作られています。いわばあなたの経験値の具現化です」

「経験値の具現化……」

「しかも動力源コアはあなたの磨いた化石から出てきた魔石。わたしはそれらをまとめてブラスターアーマーに集積してるにすぎません」


 彼女は今組んでいるAI処理装置プロセッサーを見やる。

 人工知能開発キットに入った金色に光る菱形のチップには、叢雲ICの刻印がされ、グリーンのステータスパネルが埋め込まれてる。


「それにわたしはこのAI組むの、結構ワクワクしてるんですよ」

「ワクワク?」

「ええ、小鳥遊さんがフレームを作成し中身AIはわたしが組む。初めての共同作ですよ?」

「いや、ほんとだったらフレームもエクレが組んだほうが早いと思うけど」

「わたしがフレーム組んだら月光みたいな巨大ロボになっちゃいますから。今回のブラスターアーマーはあくまで小鳥遊さん専用の小型支援機。もうここまでいくとわたしと小鳥遊さんの赤ちゃんと言ってもいいですよね?」

「ん~む……でも、リアクターの調整も君がやってるからな。正直製作比率は2:8くらいだと思うけど」

「ぐっ、赤ちゃんのとこ全然突っ込んでくれないんですね」


 エクレは大きな息を吐くと、ヤレヤレと言いたげに俺を見やる。


「世の中にはほんのちょこっと製作に加わっただけで、この機体は俺が造ったってドヤ顔する人だっているんですよ?」

「それはさすがにね……」

「機械工は兵器を造る人ばかりが目立ちますが、その武器を操る機甲兵も試作兵器試験運用士官トライアルフィードバックオフィサーとして二人三脚の立ち位置にいます。わたしが造り、あなたが使う。それでは不満ですか?」

「いや、俺と組むなんてエクレの才能の無駄遣いだと思ってね」

「小鳥遊さんは何か勘違いしてるかもしれませんが、わたしは好ーきーで、やってますから。それにロボットものでテストパイロットって結構熱い響きでしょ?」


 彼女は俺の胸を指で突きながら呆れた声を上げる。


「う、うん。主人公ポジだね。なんかもう君には恩しかないな……」

「それはこちらのセリフです。わたしはあなたが訓練に付き合ってくれたおかげでCランク試験に合格できました。だから今度はわたしがあなたの手伝いをします」

「ごめんねエクレ」

「何も謝ることはありませんよ。……むしろこちらこそすみません」

「えっ?」

「姉のせいでいきなりBランク試験に受験させてしまって……。かなり無茶するハメになってるのはあの人のせいですから」

「あぁ、いや大丈夫だよ。輝刃は全然関係ない。俺もお荷物でいるわけにはいかないって思ってたし。むしろ無理やり受験させられたのは好意的に受け取ってる」

「なんでですか? 牛若先輩Bランク試験はかなりハードだって……」

「いや、俺ヘタレだからさ。皆に甘やかされちゃってるうちはまだいいかなって思っちゃうんだよね。雫さんとか特に絶対合格できるっていう確信がとれるまで、きっと推薦状書いてくれなかったと思うし。そうなるとほんと一体何年後に受験するんだってなると思う」

「その可能性はありますね。でも牛若先輩は何も間違ってませんよ。十分実力がついてから推薦を出すっていうのは当たり前だと思います」

「そうだね。凄く気持ちはありがたいし守られてるなって思う。でもやっぱり……自分の力で空を飛ばなきゃいけないと思う」


 鳥はかごの中があまりにも心地よすぎると、自分が鳥だということを忘れてしまうから。

 かごの中で飼い主に甘えるインコでいたくない。


「墜落すると二度と飛べなくなるかもしれませんよ?」

「だとしても……。例え今の実力が足りないとしても……空を飛びたいんだよね」


 竜が天高く飛翔するのを見て、同じ翼を持っているはずの鳥はずっと空を見上げたままだった。

 たとえ飛べない翼であっても、地面を転がり泥に塗れたとしても竜を追いかけてみたい。

 自分もいつか天高く空飛べることを夢見て。

 たたんだ翼は飾りじゃないから、風をつかむために広げてみたい。

 だからこそきつい訓練にも耐えられる。


 率直に彼女にそう伝える。


「……なんですかそれ、ポエムですか?」

「うぐ……ひ、比喩表現だよ」

「わかってますよ。ちょっと意地悪しただけです」


 エクレはクスリと笑う。笑ってくれたから良かったが、これを素に返されたら恥ずかしすぎて一生の傷になるところだった。

 風呂場で後で思い出してうわーってなるやつ。


「あなたって大体そうですよね、自分にできない無茶ばっかりやらされて。……ほんとは心優しくて、どちらかというと気の弱いタイプの人間オタ。それなのに姉さんみたいな輝く人間が隣にいるせいで、勘違いさせられてしまう」

「情けない先輩で申し訳ない」

「これで相手ライバルが同性ならバトル漫画ですが、異性でお互い好意があるところが惨いですね……」

「えっ?」


 エクレの声は小さくて聞き取れなかった。


「そういうあなただからこそ、きっとチームのお姉さんたちが放っておかなかったんですよ」

「情けなくて見てられなかっただけだよ」

「力を持っていない貴方だからわたしも共感した。きっと空を飛んでくれるって」

「飛べたら良いね……」

「ええ、飛ばせてみせますよ。姉さんがライバルなら、わたしはあなたに機械の翼を授けてみせます」


 ◇


 聴診器片手にエクレの研究室を盗聴していた雫、葵、白兎の三人。


「空を……飛びたい。僕となら成層圏まで飛ばせてあげるのに……」

「それは死んでしまうじゃろ。しかし……どうするんじゃ雫。諦めさせようとしてこれでは……」


 Bランク受験と聞いて、雫達はまだ早いんじゃないかと悠悟を説得に来たのだった。しかしあのような話を聞かされては、安易に鳥かごに連れ戻すのも憚られる。


「もうユウゴの対戦相手を秘密裏に始末するしかない」


 チャキっと刀を光らせる白兎。


「レイヴン協会に登録抹消されるぞ」

「それでもいいよ。試験は場合によっては大怪我する。特にユウゴはBランクの足切りボーダー超えてない」

「それはそうじゃが……」


 犬神と白兎の話を聞いていた雫は、意を決して声を上げる。


「……このまま受験させてあげましょう」

「良いのか?」

「ユウ君も男の子だもの。だからこの一ヶ月でユウ君を本物の男にするわ!」

「な、なにやら語弊がありそうな言い回しじゃな……」

「姉に男にしてもらう弟……インモラル」

「やめぬか」

「どうでもいいけど、ラボの中でユウゴとエクレが急接近」

「差し入れを持っていってラブコメを阻止しましょう!」

「ウザい母親みたいな奴じゃな……」



 それから雫の諜報訓練、犬神の魔力訓練、白兎の剣術訓練を追加し、日付は一月流れて3月。

 ついにBランク昇級試験の日がやって来る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る