第68話 石と金


 それからBランクになるとどうなるんだ? という雫さんの話が始まる。


「えっと、Bランクっていうのは小隊長権限が与えられて、有事の際上級レイヴンがいない場合、指揮代行を任されることがあるわ。だからBランク試験では、個人の能力も当然だけどリーダーとして命を預かる資質を問われる試験が行われるの」

「リーダーとしての資質か……」

「Bランク試験は……結構かわってる。試験クリアしてもなれないときあるし、クリアできなくてもなれるときもある」

「どういうことです?」


 俺が聞き返すと犬神さんが説明してくれる。


「これは実際あった話じゃが、Bランク試験の中でスリーマンセルのチーム同士が戦い、最後一人だけが勝ち残った。勝者はチームメンバーを犠牲にする戦法を使い、勝ちにこだわった。しかし負けたチームは負傷した味方を庇いながらも善戦した。結果Bランクのライセンスを与えられたのは敗北したチームだった」

「とにかく勝てばいいってわけじゃないんですね」

「左様。勿論敗戦したチームはBランクに相応しい身体能力を持っていた。それでいて仲間を想うチームワークがあった。その点が評価されたというわけじゃ」

「なるほど……白兎さんも試験の時はチームワークを重視したんですか?」

「……あんま覚えてない」

「こ奴はチームワークは0じゃったが、あまりにも個人スペックが高すぎて合格させざるを得なかった」

「白兎ちゃんがBランク試験を受けた時、他の受験者全員一人で倒しちゃったから……」

「試験が一旦中止されて、急遽白兎を抜いたランク試験が開催されるくらいの騒ぎじゃったな」


 化け物かよ。

 さすが軍神白兎さん。Bランクの時点で超強かったわけだ。


「そういう例外は存在するんですね……」

「Bランクは実力はあって当たり前。それでいて品格とリーダーシップが必要じゃ」

「本格的な小隊長になっていくわけですね。良かったな龍宮寺」

「よくないわよ……」

「なんで?」

「リーダーになるってことは、最悪このチームから飛ばされる可能性があるってことよ」

「あぁ、なるほど……」


 その可能性は考えていなかった。確かにうちは戦力過多なところがあるしな。

 いや、でもこのチームって輝刃を早急にAランクに上げるためのチームだったはず。なら飛ばされるとしたら輝刃ではなく俺では?


「そんなこと言っても姉さん、レイヴンとしての結果が出てないと本家も突っついてきますよ」

「わ、わかってるわよ……。でもBランク試験はCランク試験と違って一ヶ月くらいかかるっていうし」

「雫さん、Bランク試験ってどんなのなの?」

「えっとね、Bランク試験は世界各国の学園艦のBランク候補生と一緒に、合同で試験を受けることになるの」

「確か……Bに上がれる人間って……年間で決まってるよね?」

「そうなの。全学園艦で今年は500人とか上限が決まってるのよ」

「それ全世界の学園艦ってことですよね?」

「うん、そうよ」


 全世界で選ばれし500人ってわけなのか……。


「去年は陽火からほとんどBが出なくて、学長が頭抱えておったな」

「確か……アジア圏の学園艦だと仙華が強い。あそこがかなり合格者出した」

「少林拳法などの武術を得意とする国じゃな。Gアメリアと対を成す強国の艦じゃ」

「他はUイギリスのプリンスオブウェールズとか」

「白兵戦が凄く強いのよね、あの国……」


 Bランクになると世界規模の戦いになってくるのか。大変だな輝刃の奴。

 他人事のようにして彼女を見ていると、なぜかにっこりとした笑みが返ってきた。


 ……嫌な予感がする。



 後日、学長室にて――

 執務デスクを挟んで学長と対面した俺は、目の前の書面を見て苦い顔をする。

 今どき珍しい紙に印刷された書類には、【小鳥遊悠悟Bランク試験推薦状】と書かれている。


 くたびれたリーマンのような風貌をした学長の佐々木は、ヤレヤレと言いたげに手にした湯呑を傾け俺を見やる。


「龍宮寺君からのお願いでね。君にBランク試験を受けさせてほしいと」

「はぁ……お言葉ですが学長、俺の能力では到底Bランク試験をクリアできるとは思えませんが」

「僕もそう思う。ただね、一応君もほんのちょっと戦術技能教習残ってるけど、ほぼ受験資格は満たしてるんだよね」

「俺戦闘任務中とか、ほとんど置物ですよ? 皆の飯作ったり洗濯してるだけですし。エクレと一緒にZ戦士の戦いを見守る地球人みたいになってますけど」

「それも知ってる。でもデータ上の実績には、高難易度の任務をいくつもクリアしていることになっている」


 学長は3Dフロートモニターに、俺の成績を表示させる。どうやら資格だけはあると言いたいらしい。


「でも雫さん、じゃなくて牛若先輩や犬神先輩たち上級レイヴンの推薦がないと思いますが」

「それがあるんだよねぇ」


 学長は1枚の推薦状を見せる。そこには学長のサインが書かれた特殊な推薦状があった。


「出雲代表である学長からの推薦状。これがあれば君は上級レイヴンの推薦無しでBランク試験を受けられる」

「そこまでして受けさせたいんですか?」

「受けさせたい。出雲としては早急に龍宮寺君をA級レイヴンにしたいのよ。スポンサーの叢雲からもせっつかれてるし。ただ当の龍宮寺君は受験を拒否。じゃあどうしたら受けてくれるか聞いたら、君と一緒だったら受けるって言ってね」

「はぁ……」


 あいつ完全に対岸の火事を飛び火させやがったな。


「なんて迷惑な奴なんだって顔してるけど、君にも多少なりとも責任はあるんだからね」

「責任て」

「好きな男の子と進級したい。なんともいじらしい考えじゃないか。まぁ君は落ちると思うけど」


 はっきりと言い切る学長。


「ウチとしては龍宮寺君が受験してくれればそれでいいから」

「なんですか、俺は落ちるけど龍宮寺のやる気を出させる為に一緒に受験だけしてこいってことですか?」

「イグザクトリー」

「そのとおりじゃないですよ。保護者オカンじゃないんですから嫌ですよ。Bランク試験ってかなり過酷だって聞きますし、能力がない俺が行ってもケガするだけですよ」

「果たして本当にそうだろうか?」

「どういうことです?」


 学長はデスクをコンっとボールペンで叩くと、3Dフロートモニターに月光戦や、南の島で戦ったサメ型BMの動画が流れる。


「出雲の月光暴走事件、南の島でのサメ型BM駆逐、全て君が関与し、君が撃退に成功している。更に話によればAランクレイヴンほどの力があるマイケル・サンダースという男を1対1で打ち破ったとか」

「あぁ、エクレの護衛の……」


 確か全裸ウインドミルで倒した奴だな。

 だけどあれはあいつが油断してただけだ。


「君は君が思っているより無能ではない」

「若干無能ぐらいってことですね」

「ははは、面白いね小鳥遊くんは」

「そこは否定してくれないんですね」

「この件について一応牛若君たちにも話を通しているんだが、皆難しいと思うとは言ったが反対はしてこなかった。つまり皆君の潜在的能力を認めているんだよ」

「そりゃありがたいことですが」

「君も出雲内でお姉様の腰巾着とか、金魚のフンとか、下僕とか、運だけ野郎とか、死ねとか言われるのも癪だろう?」

「死ねは純粋な悪口なのでやめてほしいですね」

「ここでBランクに合格すれば、そういった連中の鼻をあかせるというものだろう」

「いや、別に全て本当のことですから」

「それに何より……龍宮寺君が君と進級したがってるんだ。その意味君ならわかるだろう?」

「…………」


 そりゃ俺だって輝刃と一緒にBランクに上がれればいいと思うさ。

 でも、結局俺は石ころで、あいつは金なんだよ。

 だから勘違いしてはいけない。竜が天高く飛ぶから、鳥も空を飛べると思うと大怪我をする。


「もし仮に君と龍宮寺君が一緒にBランクに進級したとしたら、嫉妬の声も消え、きっと皆から祝福されるだろう。よっ、出雲1のベストカップルってね」

「いや、絶対ないと思います。多分誹謗中傷が加速して、勘違いしてんじゃねぇぞダボがってメールが毎日来ると思いますね」


 ただでさえクリスマス以降、怪人猿渡デスモンキーから殺害予告が絶えないというのに。


「それじゃあ……受けてくれるかな?」

「なんでそうなるんですか。完全にそういう流れじゃなかったでしょ」

「なんだい君は、お姉ちゃんのところでまだバブバブ言うつもりなのかい?」

「そ、それは……」

「本当に羨ましいやつだよ君は!! 僕だって可能なら若い女の子に甘えたいんだよ!!」


 学長は本気で執務机を拳で叩きつける。こえーよ、情緒不安定かよ。


「まぁ僕も鬼じゃない。特別に今日から一ヶ月間、君の任務は全て免責にしよう。そのかわりBランクに必要な単位を早急に取得し、Bランク試験に備えること。勿論体力面の強化などもそれに含まれている」

「そんな付け焼き刃で合格できるはずが……」

「特別だと言ったはずだよ。君が望むのであれば出雲ウチは月光の出撃も認めよう。南の島ではセントルイスのスターチャリオットを操縦したとも聞いた」


 この人なんでも知ってんな……。


「月光……君なら使えるんだろう?」

「……本気ですか? 対BM専用人型兵器アーマーギアを個人の学生に貸し出すなんて」

「本当だよ。多分それくらいしないと……」


 ―― 君はBランク試験で命を落とす。


 そんな恐ろしいことを言う学長。

 結局俺に拒否権はなく、来月行われるBランク試験への受験が決定したのだった。

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