第45話 カミカゼストーム

 俺は地底湖湯につかりながら、本題である犯人の話を聞くことにした。


「エクレここにいた経緯を聞かせてくれる?」

「はい。ルイスと一緒に宝探しをしている最中、偶然しほるんさんのペアと出合って。その時、彼女達が宝箱の中に星を入れてるところを見てしまったんです」

「不正してたってことか?」

「はい。空の箱に星を入れて、当たりがあったかのように装っていました」

「あの子ゲームの最中、疑惑の判定多かったもんな」


 やっぱりイカサマやってたか。


「わたしも少し怪しいと感じて注視していたんです……」

「それにしてもこんなところに突き落とすとは」

「多分それも原因なんです」


 エクレは唯一持っていたビデオカメラを指さす。


「丁度星を入れているところを映してしまって……」

「見られたくらいなら白を切りとおせたけど、映像として証拠が残ってしまったわけか」

「しほさんから少し話がしたいと言われ、ルイスと分かれて滝の方に行きました」

「そこでここに突き落とされた?」

「はい。ただわたしを落としたのはしほさんじゃないんです。彼女と向かいあって話している最中後ろから押されて」

「もう一人誰か待機していたわけか」

「落とされた後、しほるんさんが上で誰かと言い争ってたのが聞こえました」

「どんなふうに?」

「本当に死んじゃうとか、しほ人殺しはしたくないとか……」

「むぅ……。しほるんのペアのカメラマンか?」

「わかりません。姿までは見ることができなかったので……すみません」

「謝ることじゃないよ」


 犯人についてはやはりカメラマンが一番怪しいが……。しほるん親衛隊に依頼したという可能性も無きにしもあらず。

 熱狂的なファンって、アイドルからお願いされたらタガが外れた行為でもやってしまうと言うし。

 しかし不正がバレたくらいで、もうコイツ殺すしかねぇってなるか?

 それにしほるんが突き落とすことを依頼したなら、その後の「しほ人殺しはしたくない」の会話の辻褄が合わない。

 ……ちょっと待てよ。エクレを突き落とした犯人と、俺がこの洞窟に降りて来る時にロープを切断した人間は多分同一人物。

 しほるんもカメラマンもその他参加者も、今は浜辺のテントで待機しているはず。

 そもそもこんな暗い島の中を動き回れるっていうのは、レイヴンや軍人くらいの体力が必要。

 ってことは、あのカメラマンもしほるん親衛隊も無理だ。

 今自由に島を動き回れる人物は限られている。


「そうなるとあいつしかいないか」


 ある人物が頭に浮かぶと同時に、キュンっと高い音が響き、俺の頬を何かが掠めていく。

 頬からツーっと血が流れ、俺は音のした方をみやる。

 そこには消音機サイレンサー付きの拳銃を持った、王子様のような男が立っていた。


「あーなんだ、マイケルだっけか」


 やっぱりこいつか。確か元レイヴンだとか聞いたな。

 白いシャツに水着を纏った偉そうな男は、地底湖湯に浸かっている俺たちを見て不快気に眉を寄せる。


「気安く呼ぶな陽火モンキーが」


 元エクレのSP兼現婚約者。輝刃に粉かけてフラれてやがった男だ。


「風呂覗いておいて陽火モンキーとは失礼な奴だ」

「黙れ猿が。余計なことをしてくれる……」

「こっちは今美少女と地底湖湯でしっぽりやってるところなんだよ。余計なことしてるのはお前だろ?」


 キュンともう一発弾丸が放たれ、俺の耳をかすめていく。マイケルは額に青筋を浮かべ、相当ご機嫌ななめな様子。


「貴様さえ……貴様さえいなければ俺は叢雲に取り入れた」

「残念、ザマーミロだな」

「お前もカグヤもこんな男のどこに惹かれる? 俺はエリートだぞ? 家柄、学歴、容姿、全てにおいて貴様を、いやほぼ全ての人類を上回っている」


 人類と来ましたよ。すげぇナルシストくせぇな。


「輝刃に粉かけてた分際でよく言う。というか嫉妬が原因ならなぜ俺を狙わずエクレに手を出した」


 俺が邪魔ならば俺を殺せばいいはずなのに。


「お前はどうせ叢雲の審査に弾かれる。わざわざ殺す価値はなかった。ただそっちの女には死んでもらわなければならない」

「はぁ? どういう理屈だよ」

「叢雲はある程度のレベルであれば男の婚約者には執着していない。その女が死ねば、俺が上に繰り上がりカグヤの婚約者になる」

「なんだ? お前そんなにハニーのこと好きだったのか?」

「フン、バカを言うな。俺の目的はあくまで叢雲を手に入れる事。いずれ来る世代交代の時、叢雲の実権を握るのはカグヤの息子だ。その女と子供をつくったところで価値はない」


 叢雲が年功序列を気にしているのかは知らないが、輝刃とエクレの両方が子供を成した時、権力を握れるのは姉の輝刃の子供だから、後々有利になる方と結婚して子供をつくりたいらしい。

 こいつの言っている理屈が正しいのかはわからないが、エクレがいなくなればエクレの婚約者だった自分は、エスカレーター式に輝刃の婚約者として認められると。

 許せんな。己の為にこんなかわいい子を手にかけようとするとは。美少女の死は人類の損失だぞ。


「それでしほるんをそそのかしたのか?」

「嫉妬に塗れた女と言うのは御しやすい。俺がエクレールペアを潰してやると言うと、あの女は軽く乗って来た。後から口を割られても困るので、後日不慮の事故で消えてもらうがな」

「あなた人間のクズですね」


 エクレが凄まじい正論を言うと、マイケルは激昂する。


「黙れ! お前は俺を拒んだ。相手にすらしなかった。頭が良い以外に価値のない女が俺を否定するな!」


 可愛くて頭良くて従順とか無敵だろうが。何言ってんだコイツ。

 ってか殺そうとした本当の理由は、単純にエクレがなびかなくてプライド傷つけられただけじゃないのか?


「この女、俺が婚約者になったと叢雲から聞かされた時、初めに何を言ったと思う?」

「…………」

「インセクトヒーローって興味ありますか? って不安そうな顔をしながら聞いてきたんだ。その時のギャグセンスだけは最高だと思ったね。アキバ通いの気持ちの悪い根暗オタク女が」


 そう言われてエクレは悲し気に目を伏せる。

 拒絶してねぇじゃねぇか。エクレはあくまでお友達から始めようと思って、自分から歩み寄っただけだろ。

 精一杯のコミュニケーションをオタクとバカにして突っぱねたのはテメェだろうが。


「お前がエクレからも輝刃からも相手にされない理由がよくわかるぜ。そんな上から目線のナルシスト野郎に誰が心を開くか」

「黙れ猿が。眉間をぶち抜くぞ」

「やってみろ負け犬。自分に理解できないものを見下すことしかできないお前に一発いれてやる」


 俺は拳を硬く握りしめて、地底湖湯から立ち上がる。


「ダメです小鳥遊さん。彼の実力は本物です、一般人が勝てる人じゃないんです!」


 だから大人しく降参しろと? バカを言うな。

 エクレの精一杯をバカにしたんだ。アレは俺の中で敵と断定された。

 よって引く気はない。


「エクレ、ここは逃げる場面じゃない。君たち姉妹を自分にとって都合の良い駒程度にしか思ってない、あのクソ野郎の顔面を今からぶん殴る」

「小鳥遊さん……」

「相手の力量すら計れん猿が……。俺に歯向かったことを後悔しろ」


 マイケルは余裕の表情。羽虫が歯向かってきた程度にしか感じていないのだろう。


「女頼みでのしあがろうとする小物が強い言葉使うんじゃねぇよ」

「……貴様には俺の神経を逆なでする才能があるな。気がかわった。お前を動けなくした後、その女の全てを奪ってやる。目の前で奪われる無力さを味わえ」


 マイケルの中にある獣のような本性がエクレに向けられる。

 彼女はその瞳にビクっとして、恐怖から肩を震わせる。

 俺は大丈夫だと彼女に囁く。


「エクレ言ってなかったな。俺には秘密があるんだ」

「な、なんですか?」

「実はな……職業ヒーローなんだよ」

「えっ?」


 そう告げると、キュンっと音をたてて再び弾丸が俺の頬をかすめる。


「誰が動いていいと言った? ヒーロー君」

「なぜ俺がお前に動く許可を貰わなければならんのだ」

「口の減らない男だ。現実はフィクションのように甘くはないぞ」

「やめて下さい!」


 マイケルは俺の眉間に照準を合わせると、躊躇いなくトリガーを引く。

 しかしキュンっと軽い音を立てた弾丸は明後日の方角に外れる。


「!?」

「俺は単発式の拳銃じゃ殺せないぞ。ガトリング砲4門持って来い」

「バカな!?」


 キュンキュンと連続で銃声が響くが、放たれた弾丸は天井や地面に外れる。


「なんだコイツ!? 見えないバリアでも張っているのか!?」

「いいぞマイケル、その小物臭溢れる顔が」

「黙れ!!」


 俺は華麗なフットワークを刻みながらマイケルへと近づいていく。


「どうだマイケル俺のステップについてこれるか?」

「なんなんだコイツは!?」

「丸腰の相手がそんなに怖いかマイケル!」

「マイケルマイケル気安く呼ぶな! というかなぜお前は丸出しなんだ!」

「愚問だな。お前は風呂入るときに服を着て入るのか?」


 俺は華麗な大風車ウインドミルを決めながら、トリッキーな動きでマイケルへと距離をつめる。


「ブレイクダンスをするな!!」

「知らないのか? ブレイクダンスは相手の行動をブレイクさせるネイティブインディアンのバトルダンスが発祥なんだぞ」

「な、なに? 嘘をつくな!?」

「ああ嘘だ。一瞬信じかけただろ」

「ぐぐぐ、お前は今すぐ死ね!」


 おちょくられ(×)挑発されたマイケルは銃弾を連射する。しかし速射砲でもない限り、俺には当たらない。

 奴は銃を乱射するとカチンカチンと弾切れの音がした。俺はその隙を逃がさず一気に距離を詰める。

 だがギリギリでリロードを終えて、俺の眉間に銃口を突きつける。


「残念だったな。零距離ならば絶対に当たるだろう」

「良いことを教えてやるよマイケル。俺はな――磁力使いだ!」


 俺が手をかざすと拳大の黒色火炎岩が飛び礫となり、奴の顔面に命中する。それと同時に火炎岩がぶつかった衝撃で爆発炎上を起こす。


「がっ!? 目がっ!!」


 さすが鍛えてるだけあって耐えたな。

 俺は顔面を火傷してバランスを崩すマイケルに、足を広げて飛びかかる。


「風遁カミカゼストーム!」


 仮面インセクト影狼の必殺技名と共に繰り出したのは、輝刃直伝のフランケンシュタイナー。

 両脚で奴の顔を挟み、そのまま無理やり後ろへと投げ飛ばすダイナミックな技。マイケルは地面に頭を打ち付け、そのまま昏倒した。


「オタクなめんなよ、このクソ野郎」


 俺にやられている時点でオタクをバカにするなど100年早い。

 完全に伸びてしまったマイケルには多分聞こえてないだろう。

 本当はもっと強いんだろうが、格下だと思ってなめすぎなんだよ。


「悪党……成敗!」


 最後も影狼の決め台詞で締める。


「小鳥遊さん……」

「エクレ、隠していてすまない……」

「小鳥遊さん」

「実は俺、本当は……出雲の」

「小鳥遊さん」

「どうした? そんな恥ずかし気にして。こっちを見てごらん」

「その……先に海パン……穿いてもらっていいですか……」


 おかしいな、湯気が仕事してくれるって聞いたんだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る