第44話 異常な普通

 エクレ捜索開始から約3時間。日付も変わろうとする頃、豪雨はやむどころか更に勢いを増していた。

 雫さんと白兎さんは島の海側、俺とルイスは島の東と西に分かれてエクレを探す。

 だが必死の捜索も虚しく、未だ手がかりすら手に入れられていなかった。


「エクレー!」


 懐中電灯の細い光では真っ暗な森を照らすのには十分と言えず、周囲には深い闇が広がっている。

 ガジェット系を持って来てなかったのが痛手だ。赤外線のついたドローンでもあれば良かったのだが。


「まずいな、このまま闇雲に探しても時間の無駄だ」


 もう一度遭難の経緯を考えろ。そもそもエクレはなぜルイスと別行動をとった?

 エクレの遭難は彼女の過失か? いや、あの子は賢いゆえに臆病な性格をしているし、自分の身体スペックも理解している。だから一人で無茶な行動はとらないはずだ。

 ならなぜ一人になった?


「ルイスはエクレが少し離れると言った後、行方がわからなくなったと言っていた」


 となるとルイスが目を離したのはせいぜい5分から10分。その間に消えたと見るべき。

 その短時間で遭難する方法は何だ?

 一番手っ取り早いのは波にさらわれて海に流されるだが、彼女達は島の中にある宝を探していた。

 じゃあエクレは全力ダッシュで島の中から砂浜に出て、そのまま波にさらわれたってことになる。

 そんなことは、よっぽどテンションが上がってない限り起きないだろう。

 となると崖からの滑落によりケガで身動きがとれなくなっている?

 その場合、参加者、スタッフ全員で捜索したときに見つけている可能性が高い。

 ってことは、普通は誰も行かないところに自ら立ち入って、そこから出られなくなったと見るべき。

 つまりは――


「誰かに呼び出されて閉じ込められたってとこか……」


 これはただの遭難じゃない。多分第三者が関与してる。

 俺は宝地図を取り出して、この島をもう一度注意深く調べる。普通は見つからない場所……。

 しかし2、30分程で外周を周れる程度のこの狭い島でそんなスポットは……。


「…………滝」


 宝地図に書かれた×印と滝のイラスト。恐らく子島と同様、親島の水源となっている場所だ。

 見るからに怪しい……。なんで俺たちはここを探さなかった?

 ふと俺の頭に一人の参加者の言葉がよぎる。


【こっちにはいないよー☆】


 あの女……。


「…………わざわざいないって言ってるところ探さねーもんな」


 俺は親島の滝へと来ると、注意深く観察する。子島の滝と比べ滝壺が広くて大きい。しかし今は大雨によって水が氾濫してしまっている。

 その水は左右の水路に分かれ、片方は海へ直接流れ、もう片方は――。


「この亀裂の中か……」


 左側の水路は海ではなく島を割るように出来た、大きな亀裂の中に流れ込んでいく。恐らく下に海へと続く地下道でもあるのだろう。

 どこか降りれる場所はないか? そう思いクレバスのような大きな亀裂を辿っていく。

 すると人間一人分くらいなら余裕で入れそうな、亀裂が大きく開いた場所を見つける。

 俺は発煙筒を灯し、真っ暗な溝の中に放り込んだ。

 ピンクに光るフレアは溝の左右の壁に当たり、数回バウンドしてから下へと落ちる。


「深さ7、8メートルってとこか……」


 そんなに深くはない。俺はロープを近くの木にくくりつけ、外れないことを確認してから亀裂の中へと降りていく。

 下に降りてから懐中電灯を点けてみると、どうやら天然の洞窟になっているようで、海側と島の中心側に向かって縦に広がっている。


「エクレーいるかー!?」


 薄暗い洞窟内に俺の声が反響する。

 まずい、寒い。入った瞬間鳥肌がたった。

 こんなところで水着一枚とか死ぬぞ。

 一回戻って誰か呼んでから行くか?

 そう思いロープを引っ張ると、ストンとロープが落ちて来た。


「は?」


 えっ、ちょっと待って。俺ロープ木に括り付けて来たよな?

 そう思いロープの先を辿ると、鋭利な刃物で切られたような跡がある。

 誰かに切られた。それは間違いない。

 多分今この上に犯人がいる。しかしここからでは当然見ることが出来ない。


「最悪だな……」


 これで上に戻れなくなってしまった。

 だがおかげでエクレの遭難が事故ではなく、何者かによって引き起こされたことだと確信する。

 俺は嫌な予感を感じながら、地下洞窟を島の中心側に向かって歩いていく。

 蟻の巣のように入り組んだ洞窟を進むと、青白く光る石や、蛍光灯みたいな色を放つキノコを見つける。

 こんな状況でなければダンジョンみたいと楽しめたかもしれない。


 それからしばらく歩くと少し開けた空間に出ることが出来た。そこで見た光景に俺は息を飲んだ。

 青白い美しい光を放つ地底湖がそこにあったからだ。

 神秘的にも思えるが、どこか物悲しい雰囲気もある。そこで俺は件の少女を発見する。


「エクレ!」

「…………」


 彼女は湖の前で膝を抱え、寒さに耐えるようにして小さくなっていた。

 俯いたまま反応がない。彼女の肩に触れてみると、驚くほど体が冷えており肌も青白い。

 まずい。体が硬直を起こしてる。俺はRFからバイタルピンを取り出し、メディカルチェックを行う。

 RFに血圧、心拍数、体温、それらをまとめたバイタルグラフが表示されると、低体温症を起こしかけていることがわかる。

 雨に打たれた後、ずっとこんな寒い場所に閉じ込められていたせいだな。

 一刻も早く彼女の体温を上げないと血液が滞り、脳に血が回らず昏睡状態に陥る。俺はすぐさま医療キットから携帯酸素マスクを取り出して彼女に被せ、燃焼材に火をつけて焚火を起こす。

 

「これだけじゃ熱が足りない。湯が必要だ」


 手持ちのアイテムじゃ体温を上げられるものがない。

 どうする――そう考えた時、俺の目に黒色の岩がそこら中に転がっているのが見えた。


「これだ」


 真っ黒い岩。これはサバイバルの時にも使った黒色火炎岩という火が付きやすい石だ。

 これの特徴は石の中に燃えやすい物質が入っている為、水の中でも燃焼する。

 つまり


「量があれば地底湖を湯にかえることも可能」


 火炎岩に火をつけてから地底湖の中に放り込むと、焼石を水の中にいれたようにグツグツと音をたて大量の気泡が生じる。一つ二つでは無理だが、何十個と放り込めば、やがて石の熱が水温を上げる。


「急げ急げ急げ!」


 俺は磁力で火炎岩をかき集めていく。火成岩は磁力に反応するので、重い石でも運べるのが助かる。

 やがて青白い地底湖は徐々に湯気を帯び始めて来た。

 俺は腕を水の中につけ、湯加減を見る。


「いい感じだな」


 少しぬるいが、いきなり熱くするのも危険だろう。

 焚火の前で動けなくなっているエクレを抱え、足からゆっくりと湯につける。するとガチガチに固まっていた足が徐々にほぐれて伸びてきた。

 そこから膝、下半身までをつける。

 体の硬直がとれて、筋肉が柔らかくなっていくのがわかる。

 するとエクレの首がゆっくりと動いた。血の巡りがよくなり、失いかけていた意識が戻って来たのだ。


「よぉ」

「たかなし……さん?」


 彼女は酸素マスクを外し、こちらを見やる。


「どうして……ここに?」

「君を探しに来た」

「わたし……誰かに……突き落とされて……」

「喋らなくていい。今は体を温めるんだ」


 犯人のことはとりあえず後回しだ。今は彼女の体調を回復させなくては。


 それからしばらくして、エクレの体は血色が良くなってきた。

 とりあえずは一安心。


「ありがとうございます……死ぬかと思いました」


 温泉に浸かったまま、はは……と力ないにへら笑いを浮かべるエクレ。

 その表情は引きつり、今にも崩れてしまいそうな笑いの仮面。

 こりゃダメな奴だ。メンタルの方にも大分ダメージが入ってる。


「エクレ」

「は、はい。あっ、小鳥遊さんには度々ご迷惑をおかけしてすみません」

「エクレ」

「必ず何かお礼をさせていただきたいと――」

「エクレ!」

「は、はい。なんでしょう?」


 彼女の肩がビクっと震え、切れ長のカッコイイ瞳が怯えに揺れる。

 その顔はもうイジメないでと許しを請うてるようにも見えた。

 この状況で「怖かった」「助けて」以外の言葉が出るのは異常なのだ。

 精神がなんとかぶっ壊れないように平常運転をしようとしているが、殺されかけた恐怖心が怯えとなって表情に現れている。


「エクレ。俺は君を守りに来た。だから……もう大丈夫だ」


 とにかく安心させる言葉と慰める言葉を繋ぐ。


「よく頑張ったな。怖かっただろう」


 彼女は一瞬ポカンとした表情になると、ようやく自分が本当に死に直面していたのだと自覚し、ジワジワと目尻に涙が貯まっていく。


「大丈夫か?」

「はい……ごめんなさい。本当にここで誰にも見つからないまま凍死するかもって思うと……」


 頷きつつもボロボロと泣きだすエクレ。

 さぞかし心細くて、不安で怖かっただろう。


「強い子だ。よく耐えた」

「怖かったです」


 俺はそのままグズるエクレの頭を撫でながら、良い子だ、強い子だと励まし続ける。

 


「大丈夫?」

「は、はい。お見苦しいところをお見せしました!」


 エクレはしばらくしてなんとか落ち着きを取り戻すが、まだ頑張ってる感があるな。

 なんとか明るくしてあげたい。その一心で俺は自分の海パンを下ろした。


「えっ?」


 生まれたままの姿になると、湯気が『見せられないよ』と言わんばかりにさっと俺の下半身辺りに集まって来た。

 俺は地底湖湯に入り、エクレの隣に腰を下ろす。俺の股間の辺りから黒色火炎岩がボコボコと泡を立てている。


「いや、あの……」

「あぁ、同じ海パン二日も履いてると、やっぱ気持ち悪くてさ」

「いや、お気持ちはわかるのですが、なぜこのタイミングでそれをされたのかわたしには理解が追い付かないというかなんというか……さきほどのシリアス空間は一体何だったのかと……」

「ドキドキするだろ?」


 涙目だったエクレは、明らかに泡でぼやける俺の下半身をチラ見していた。


「は、はい。見えそうで見えないところがまた」

「俺も本当は見えてるんじゃないかと思ってドキドキしている」

「た、ただの変態では?」


 ぐぅの音もでんくらい正論だった。

 すると何を思ったのか、彼女もセーラー水着を脱ぎだし裸になる。

 凄い、お湯と湯気のせいで絶妙に見えない。凄くドキドキする。


「わ、わたしも蒸れてしまいましたので……」


 ノリの良い子だ。彼女の顔に笑みが戻って良かった。

 これで笑ってくれなかったら、地底湖の怪物(下ネタ)を出して、無理やり怒らせギャグフィールドに引きずり込まなければならなかった。


「小鳥遊さんって優しいですよね……」

「ただ単に露出狂なだけかもしれんぞ」

「それは嫌ですね」


 クスリと笑うエクレ。


「すみません……少しだけ甘えてもいいですか?」

「あぁなんでも言ってくれ。何も持ってないが、俺にできることがあれば――」


 そう言うと彼女は地底湖湯をススっと移動してきて、俺の膝の間に座り、背中を預けてくる。


「…………これはまずいのでは?」


 白い湯気が規制にも限界があるんだよ! と抗議しているように思え、俺は彼女の白い背中から視線を外す。

 にも関わらずエクレは遠慮なく背中を倒してくる。


「あったかいです……」

「君は俺のことを信用しすぎだ」

「これだけしてもらって信用するなというのは無理がありますよ。安心感が……凄いです」


 この子見た目はツンとして凛とした雰囲気があるが、本当はめちゃくちゃ甘えたがりなのでは?

 密着したおかげか、俺もエクレも体温はみるみるうちに上昇していったと思う。


 このままではお互い変な気分になってしまうので、俺は彼女の身に一体何があったのか聞くことにした。

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