第46話 フォーメーション

 それから俺はようやく海パンを穿いて、主犯のマイケルをロープでふん縛る。

 どうでもいいが凄く安らかな顔で気絶しとる。


「これで逃げられんだろ」


 よしと額をふくと、水着を着用したエクレがおずおずと近づいてくる。


「あ、あの小鳥遊さん、あなたは一体……」

「隠していてすまない」

「いえ、全然隠れてませんでしたが……」

「俺は出雲のレイヴンだ」


 俺はRFの3Dモニターから自分の学生証を投影する。


「出雲の……レイヴン。な、なんであった時に言ってくれなかったんですか!? わたし心臓が止まるかと思いましたよ!」

「それは……」


 言えない。月光ぶっ壊したことバレたくない為とは……。


「ヒ、ヒーローは素性を隠すもんだろ?」

「…………」


 あまりにも苦しい咄嗟の誤魔化し。

 しかしエクレは目を輝かせ、大きく頷く。


「そ、そうですね! 確かにその通りです! 優しいお兄さんが実は特殊部隊レイヴンの戦士で、有事の際にカッコよく戦う! わたしも憧れるシチュです!」

「そ、そうだろ?」


 まぁカッコよく戦う戦士は全裸にはならんけどな。

 良かった彼女が騙されやすく(×)素直(○)で。


「よし、多分マイケルが地下洞に下りて来た場所があるからそれを探そうか」

「そうですね」


 地底湖から出ようとすると、雫さんとルイスが地下洞窟へと入って来るのが見えた。


「ユウ君!」

「エクレア!」


 俺たちはそれぞれ保護者に捕まり、熱い抱擁を受ける。


「雫さん、どうしてここに?」

「RFの追跡シグナルを追ってきたの」


 あぁ確かに、あれなら電波がなくても近距離のRF同士なら追跡が出来るな。

 遅れて白兎さんにおぶられた輝刃もやって来た。


「なんでお前も来たんだ?」

「う、うるさいわね」

「……この子、足ケガしてるのに捜索に出ようとしてた」

「お前……」


 どうやら心配で待ってられなくなったところを白兎さんに捕まったらしい。


「わ、悪い?」


 輝刃はバツが悪そうにフンっとそっぽを向く。

 妹の為に体が動いてしまったのだろう。姉の気持ちを考えてここは何も言うまい。

 輝刃は白兎さんから降りると、エクレと向かいあう。


「エクレ」

「姉さん……ごめんなさい」

「……無事ならいいわ」


 素直じゃないな。もっと喜んだらいいのに。


 それから俺は事のあらましを全員に伝え、あそこでのびているイケメンが黒幕だったと伝える。


「あいつ、そんな野心家だったのね」

「というか俺の予想では単にお前にもエクレにも相手にされなくて、プライド傷つけられて逆上したって感じだぞ」

「知らないわよ、これだから世界は自分中心に回ってると思ってるお坊ちゃんは……」


 こいつお坊ちゃんなのか。


「それにしてもしほるんちゃんにも困ったものね」


 雫さんはあらあらと未亡人風の困り方をする。彼女には事情を聞いて罪を認めたら警察に連絡だな。

 彼女のやったことは殺人未遂幇助ほうじょに当たるだろう。


「こいつがエクレアを」


 ルイスは転がっていたマイケルの拳銃を拾って、奴の眉間に突きつける。


「やめとけ。殺す価値もない」

「…………シット」


 ルイスは不服そうに拳銃を下げる。

 一瞬殺伐とした雰囲気が漂ったが。


「クシュン!」


 洞窟内に響く、輝刃の大きなくしゃみで全員が振り返る。


「な、なによ。ちょっと冷えただけじゃない」

「……寒い」


 よく見れば全員ずぶ濡れだ。水着でこの冷蔵庫みたいな地底湖は寒いだろう。


「外ってまだ雨降ってんの?」

「スコールにストームまで吹き荒れてるわ」

「どこか暖まれる場所があればと思ったんだけど、ここも寒いわね。ダーリンなんとかしなさいよ」

「……雨が当たらない分マシ」

「う~ん、でも凍えちゃいそうね」


 雫さんは寒そうに二の腕をさする。


「じゃあそこであったまったら?」


 俺は地底湖湯を指さす。


「えっ、もしかしてお湯なの?」

「湯だよ。エクレが低体温症起こしかけてたから湯にかえた」

「なにそれ、あんたそんなことできんの?」

「水の中でも燃える石を大量にほうりこんだだけだ。どうせ外に出ても雨でずぶ濡れになるなら、ここに焚火を沢山設置してビバークしたらどうかな?」

「「賛成!」」

「……いいね。僕テントとって来る。ついでに運営に無事だったって伝えて来る」

「ありがとうございます」

「oh、温泉ネ!」


 そう言うとルイスはすぽぽーんと着ているものを脱いで裸になると、地底湖湯の中へとダイブする。


「ちょ、ちょっと別に裸にならなくてもいいでしょ!?」

「oh、陽火には裸の付き合いがあるのでしょう? エクレアが言ってました、温泉はイベントしーじー回収だと」

「あんた何吹き込んでんのよ……」

「すみません」

「温泉に入るなら皆裸よ! 裸以外の入浴は認めないわ!」

「うぉー俺もその意見に賛成だー!!」

「ダーリンは黙ってなさい」


 女性陣は渋々水着を脱いで、素早く温泉の中へと入っていく。


「あ~でも水着脱ぐと凄い解放感」

「Yeah、わかるわ」

「あらユウ君、ビデオカメラ持って来てたの?」


 雫さんが温泉のすぐそばにあった、エクレのビデオカメラを拾い上げる。


「あっ、それエクレのだから。しほるんの不正現場が映ってるから録画しちゃダメだよ」

「えっ、でも今録画モードになってるわよ?」

「なぬ?」


 まさか磁力を使って地底湖温泉を作ってる時に誤作動したか? ってことは今までのことずっと録画されてたのか。


「それまずいな。もしかしたら犯行現場の動画が消えてるかも」

「チェックするわね」


 雫さんは自分のRFにビデオカメラを有線接続し、記録された動画を3Dモニターに表示させる。

 が――


『凄くドキドキするだろ』

『小鳥遊さん、とても優しいですね……』

「「「……………」」」


 音声だけだが、俺とエクレの風呂シーンが聞こえてくる。

 雫さんと輝刃は壊れたロボットのように、ギギギと首をこちらに向ける。


「ユウ君? ここで何があったのかな?」

「この画面端に映ってるのあんたとエクレの水着よね? 返答次第によっては割るわよ」


 なにを!?


「医療! あくまで医療! 何もやましいことはしてない!」


 背後に鬼が見えた雫さんと輝刃を必死に誤魔化す。

 だが日頃の行いか、全く信用されていない。なんとか助け舟を求めてエクレに同意を促す。


「なぁエクレ! 何もなかったよな!?」

「えっ…………え~っと……」


 一瞬頬を染めて口ごもるエクレ。

 その不審すぎる間やめてくれ。


「そ、そうですね! 何もありませんでした!」


 完全に何かあったけど、これ言っちゃダメな奴だって自粛したようにしか見えない。


 それから厳しい動画検証を乗り切り誤解を解いた。

 動画にはしほるんの不正を行っている現場も映し出されていたので、後で運営に提出することになるだろう。

 このビデオ証拠として出すの嫌だなぁ……。

 そう思いつつ全員が温泉に入っている間に、俺は超音速で白兎さんが浜から持ってきたテントを組み上げる。

 地下洞にテントが果たして意味があるかわからないが、まぁ雰囲気的なものだ。

 焚火を焚いておけば、地下キャンプっぽくなる。


「ダーリンちょっと温いんだけどー」

「ヘイヘイ」


 俺は火炎岩に火をつけて、ポイポイと地底湖の中に放り込んでいく。


「牛若さん、胸……大きいですね」

「あらルイスちゃんの方が大きいわよ」

「oh、ミーがナンバー1デース!」

「う、羨ましいです……というか皆さんボインボインでわたしの立つ瀬が……」

「あらあら、大きくても肩が凝って困るだけよ」

「シズク、バストは女性の魅力であり武器よ! それを誇らないと!」

「さ、さすがアメリアは考えが違うわね」

「どうやったら大きくなるんですか?」

「朝起きたら勝手にかしら?」

「ミーもそうね」

「そんな魔法みたいなこと起きませんよ!」


 君らここに一人男が混じってるってわかってるんですかね。

 艶っぽい話にもんもんとしてしまうので、テントに入ってお経でも唱えようかなと思っていると、突然背後から誰かに足を掴まれた。


「うぉあ!?」


 驚いて転倒した俺を、悪戯猫みたいな笑みをしたルイスがずるずると地底湖湯へと引きずり込んでいく。


「ちょ、ちょっとルイス!」

「エクレアを救ったヒーローをのけ者にしちゃダメよ!」

「あたしたち何にも着てないのよ!」


 テンパる輝刃。さすがにお風呂フレンズはまずいだろ。


「じゃあこうすればOK!」


 ルイスは俺の海パンに手をかける。


「いや、ちょっと待って! やめてお願い!」


 俺はルイスに海パンをはぎ取られてしまう。


「これでおあいこデース!」


 この人いじめっ子だ!

 しかしながら湯船の中に浸かっている女性陣は、ルイス以外皆恥ずかし気にしている。

 そりゃそうだろ。皆身を隠すタオルなんて持って来てないんだから。

 全員顔を赤らめつつニヘラとした締りない笑みをこぼす。

 間違って女湯に入ってしまったみたいで、めちゃくちゃ居心地が悪い!


「やっぱり俺出る!」

「ノーノーそれはダメよ」


 ルイスが後ろから俺を羽交い絞めにして無理やり動きを止めて来る。

 というか背中でキングスライムが潰れて動きを止めざるを得なかった。

 羽交い絞めの破壊力で、俺は湯船から出られなくなってしまう。


「あらあら、仕方ないわね」

「混浴だと思えば……勘違いしないでよ。今回だけだからね」

「僕は別にいつでも大丈夫」

「すみません小鳥遊さん。ルイスが……」

「エクレア謝ってる場合じゃないでしょ! ボーイの隣に行って!」

「いや、あのそういうのは!」


 なんかこうしてみるとルイスがエクレの世話焼きをする母親と子供みたいに見えてきた。

 エクレはルイスにグイグイと押され、俺の隣にやって来る。


「ど、どうも粗品です……」


 エクレは周囲の巨乳を見過ぎて凄く卑屈になってる。多分低体温症の時より顔色が悪い。

 そんな妹を見て、輝刃が湯船で脚を組みながら事も無げに言う。


「エクレ、あんたまだ胸のこと気にしてるの? あたしも大きくなったの去年くらいだから別に気にしなくていいわよ。牛若先輩も言ってるけど、こんなの膨らんでも肩凝るし、男の視線は集めるし――」

「いいですよね、姉さんは何食べても胸がブクブク吸収してくれて……」

「誰がブクブクよ!」


 ザバッと輝刃が立ち上がるが、何も身に着けてないことを思い出してすぐさま沈んだ。

 ちな今のCG回収ポイントな。


 それから俺たちは湯冷めしないように焚火で体を乾かし、テントの中へと入った。


「自分で組み立てておいてなんだけど、このテント意味ある?」


 別に地底湖に雨が降ってるわけでもないし、まぁ気持ち風が来ない分寒さはマシな気はするが。

 っていうか超絶狭い。

 それはそうだろう、4人用のファミリーテントに6人入っているわけだから。


「むぅ端っことっても苦しいデース」

「でもくっついてると暖かいわよ」

「水着で雪山遭難したみたいになってるな」

「ダーリンマイケルどうしたの? 放置してたらさすがに凍えて死ぬわよ?」

「一応あいつの傍に焚火だけ置いておいた。多分朝起きたら冷たくなってるってことはないだろ」

「そういうとこマメね」


 あんな奴でもちゃんと法で裁かれないとな。


「……寒い」

「あの、各自ペアで抱き合って寝ると、熱伝導、保温性の観点からも良いのではないかと思います」

「お互いの体温で暖めあうってわけか。じゃあハニーとエクレがペアで、白兎さんと雫さんで2ペア、ってことは俺は……マイケルか」

「そこでボケなくていいわよ」

「ohボーイ、ミーが暖めてあげるわ!」


 がばっとくっついてくるルイス。ぐっ、この人体格いいから抜け出せない。クマに抱き付かれてるみたいだ。


「はっ? ペアになるならダーリンはあたしとでしょ。エクレ、あんたはルイスとくっついて寝なさい」

「姉さんそのカモフラージュいつまで続けるんですか? 小鳥遊さんわたしなら軽いですよ」

「ダメよユウ君。他の女の子に粗相をしちゃ。昔みたいに私と一緒に寝ましょうね」

「ん……おいで」


 ブロンド爆乳ポジティブお姉さん、理系従順オタク妹、お嬢様系金髪ツインテお姉ちゃん、ママ系爆乳お姉さん、無口系褐色僕っ子先輩。

 添い寝するなら誰だろうか。


 俺の頭に逞しい男性の声で「全部だ……」と響く。


 結局配置なのだが、仁義なきじゃんけんの結果こうなった。

 俺の脇にしがみつくようにしてエクレと輝刃の龍宮寺姉妹、広げた腕の上に雫さんと白兎さんが頭を乗せる。

 そして


「いっくわよ!」


 ルイスが俺の腹にプレスを決める。


「おごうぇ!」

「おぉ、ボーイあまり動くとくすぐったいわ!」

「ちょっとルイス暴れないで下さい!」

「ソーリー!」

「おいちょっと待て、本気でこの体勢で寝るつもりなのか!?」

「本気よ。これが一番暖かいフォーメーションなんだから」


 フォーメーションとかカッコよく言うな。ただの肉団子状態じゃないか。


「やっぱ中心はエクレとかの方がいいんじゃないか?」

「ダメよ。この子だと潰れるじゃない」

「じゃあお前が真ん中入れよ! ってか何で一番体が大きいルイスが上になってるんだよ!」

「あんたの動きを封じる為よ」


 意外と考えてるんだな。


「マジで俺ピクリとも身動きできんのだが。ツーマンセルにしない?」

「「「「しない」」」」


 地下キャンプは予想以上に暖かくて、柔らかくて、体の自由が利かなかった。

 これでようやく無人島生活二日目が終わる。

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