DAY3

第47話 月とスッポン

「超晴れたな」


 地下洞窟を出ると、昨日までの豪雨は一体なんだったのだと言いたくなるほどの超快晴。

 エクレを連れて全員で浜まで出ると、運営と参加者が無事を喜んでくれた。

 しほるんはビデオカメラを提出しなくても、猿渡と戦国先輩が調査してくれて、マイケルと結託してエクレを殺そうとしたことを自白させたとのこと。

 二人も陰で動いてくれていたことに感謝する。

 しほるんもマイケルも、陽火本島に戻り次第警察に引き渡す予定だ。



 無人島生活最終日、砂浜にて早めに今回のサバイバルコンテストの表彰式が行われたのだが……。


「全ペアリタイア及び失格により、優勝者はありません!」


 集まった参加者に運営が結果を告げる。結局俺たちはレイヴンの力を使う為にリタイアしたし、しほるんは当然失格。他のオタクペアもしほるんを勝たせるために不正をしていたと自白した為、全ペアが失格扱い。優勝者が出ないと言う事態になったのだ。


「う~む、最終的に全員失格とは……。拙者らは人助けの為に力を使用したでゴザルから、恩赦ぐらいほしいでゴザルな」

「こればっかりはルールだからしょうがないですよ」

「あーぁオレのピンキーちゃんが。悠悟、テメー絶対後でなんかおごれよ!」


 猿渡に肩を掴まれガクガクと揺さぶられる。


「うごごごごなぜ俺がががが」

「まぁまぁ猿渡氏、小鳥遊氏も精一杯捜索し真犯人を捕まえたでゴザル。あまり責めるのはよくないでゴザルよ」

「くそぉ、しょうがねぇか。そんで真犯人ってのはどこにいんだよ?」

「あそこ」


 俺が指さした先に、ルイスが簀巻きにされたマイケルを肩に担いでいた。

 彼女はこちらに気づくと「ハーイ」とご機嫌に手を振って寄って来てくれた。


「そいつまだ気絶してるんですか?」

「そうみたい。警察に送り届けるまでミーが見張っておくわ」

「よろしくお願いします」

「そういえばボーイ、昨日は皆で添い寝して楽しかったわね! ボーイがミーの胸に顔を埋めて寝る姿はとてもキュートだったわ。後でミーの連絡先を教えておくからまた今度遊びましょう」

「は、はい」

「その時はミーのチームも紹介してあげるから。ボーイの大好きなバストの大きい子ばかりだから期待してね」


 そう言ってルイスはウインクを寄越すと、先にクルーザーへと向かう。


「ははは……」

「戦国先輩、そこにある木の棒とって下さい」

「ほい」

「悠悟スイカ割りしようぜ。お前スイカな」

「待って誤解!」

「「問答無用!」」


「合コン開けー!」と叫ぶ二人の非モテに追い回される俺を見て、輝刃は息を吐く。


「ダーリン、もう帰るわよー」



 参加者全員が二泊三日の無人島生活を終えて、クルーザーの停泊する桟橋へと向かう。

 隣を歩く輝刃が笑顔でこちらを見る。


「なんというかいろいろあったけど楽しかったわ。ありがとダーリン」

「お前やっぱ全員失格になっても見合い受けなきゃならないのか?」


 輝刃は今回の結果によって実家の叢雲に帰らされて、見合いを受けさせられるらしい。

 なんとかもう一度チャンスは貰えないものなのだろうか。


「ええ、姉さんは結果主義だから。過程がどれだけ良くても結果が伴わないと認めてくれないわ。むしろトラブルが起きた時こそ成果を出せって言うと思う」

「そうか……」

「なんでダーリンが残念そうにするのよ。あっそうだ、もう別にダーリンって呼ばなくてもいいのよね」


 ダーリンハニーはあくまでエクレを誤魔化す為のものだから、見合いが決定してしまった以上これを続ける理由はない。


「ま……出雲に戻るまでは続けよっか」

「……ああ」


 偽の恋人関係も後数時間で終わり。そのことに少しの寂しさと残念さを感じる。多分嘘であってもコイツと一緒に恋人っぽく過ごすのは楽しかったんだろうな……。俺は無人島での生活を反芻する。


「……ココナッツぶつけられてばっかだったな」


 甘い思い出よりココナッツの皮の硬さと、輝刃のコントロールの良さばかりが思い出される。ほぼ100発100中でヘッドショットしてきたもんな……。俺への殺意が凄い。

 でも初日の最後、テントの中で行った仲直りの儀。あれはさすがに好意を持ってくれていないとできないと思うのだが。

 輝刃はどう思っているのだろうか? 同じように残念と感じてくれているのだろうか。

 そう思いながら彼女の顔色をうかがっていると、不意に目と目があった。


「ねぇダーリン……今からするのはもしもの話よ」

「ああ」

「もしもだから勘違いしないで」

「わかってるって。なんだよ?」

「……もしも……もしもこのまま、この関係を継続したいって言ったら……」

「えっ?」

「ごめん、今の忘れて」

「お、おい、それって」

「あーうるさいうるさいしねしねしね」


 咄嗟に何も答えられなかった。だってそうだろ。叢雲社の社長娘兼、将来有望なエリートレイヴン。文字通り俺と輝刃は月とスッポン。

 カグヤという名前が月とかかっていて、ほんとに良い名前してやがると思う。


「叢雲にかがやく……やいばか」


 名前負けしないほどに光を放つ少女。それが龍宮寺輝刃……。

 俺には月の光が眩くて、つい手をかざしてしまう。その手が月にのばされることは許されるのだろうか……。



 悠悟が切なげにしている様子を、後ろから見守る少女がいた。


(小鳥遊さん…………姉さんのこと……)


 更にその後ろにも見守る姿があった。


(ユウ君……やっぱり同年代の子がいいのかしら)


 更に更にその後ろにも見守る姿が。


(ユウ……今触ったら怒るかな……)


 女性陣は悩ましいため息を吐く。

 すると三人の目線が合う。


「これ、あんまり猶予ない感じですよね……」

「まだ大丈夫よ。ユウ君自分に対する自己評価凄く低いから」

「……ゴールさせなければ大丈夫」

「なんならゴールしても大丈夫よ。私姉特権があるから、どこにでもついて行くわ」

「……雫ずるい」

「あっ、ちょっと待って下さい。わたしも姉さんと小鳥遊さんが結婚したら関係は義妹……ってことは」


 もんもんとエクレの頭にピンク色の妄想空間が広がる。


(小鳥遊さんダメですよ、姉さんがいるのに……)

(実は俺あんなおっぱいブクブク姉より、エクレの方が……)

(ダメ……じゃないけどダメなんです……)

(エクレ……君の瞳に乾杯)

(小鳥遊さん……)

(エクレー!)


「小鳥遊さーん!」

「ど、どうしたのエクレちゃん?」

「す、すみません。義兄妹シチュでトリップしてしまいました……」

「二人ともずるい……僕も家族設定ほしい」



 俺たちが桟橋に到着し、クルーザーに乗り込もうとすると不意にエンジン音が響き、船が急発進した。


「は?」

「えっ?」


 まだ誰も乗り込んでないのに俺たちを置いて行ったクルーザーに全員が困惑する。

 何か予定変更でもあったのだろうか? と思ったが、運営スタッフが「止まれー!」と叫んでいるところをみると、どうやら何か問題があったようだ。

 白兎さんがシュタタタと桟橋を走って、船体に飛びつこうとするとダンダンと銃声が響いた。

 よく見ると運転席にはマイケルの姿が見える。


「あの野郎、抜け出したのか!?」

「そんな、彼はルイスが見張ってたはずですよ!?」


 船にはマイケルの他にしほるんも乗っている。あの女またマイケルにそそのかされたんじゃないだろうな。


「フハハハ! このまま捕まってたまるか! ここであったことは全てもみ消してやる!」


 マイケルのスーパー小物っぽいセリフが響く。

 なんて往生際が悪い奴なんだ。

 白兎さんは銃撃をかわしながら、走りでクルーザーに追いつく。


「止まれ……」

「しつこい女だ!」


 マイケルはロープで縛られたルイスに銃口を突きつける。


「これ以上追って来ると、この女を殺すぞ!」

「ミーに構わずこの男を!」

「黙ってろ!」


 白兎さんはクルーザーを追いかけるのをやめると、その間に船はアクセル全開で島から遠ざかっていく。



「フハハハハ、ザマァミロ! このエリートの俺が、こんなところで終わるわけにいくか。島に帰ったら全ての責任をあの男になすりつけ――」

「ね、ねぇ、ほんとにしほるん大丈夫なの? ほんとに捕まらない?」

「黙ってろ! お前たちにもう用はない、今すぐ跳び下りろ」


 マイケルはしほるんとルイスに銃口を突きつける。


「そんなことしたらしほるん死んじゃう」

「なら今すぐここで俺に殺されるか?」

「ヤ、ヤダヤダヤダ。しほあなたを助けたじゃん!」


 しほるんは不意打ちでルイスを襲うと、拘束されていたマイケルを解放したのだった。


「だからなんだ?」

「えっ……助けたらしほのことも助けてくれるって言ったじゃん!」

「理解の悪い女だ。俺がお前を助けて何になる?」

「youは二回もこの男に騙されたのよ。なぜこんな奴を」

「だってしほ捕まりたくなかったんだもん! このまま戻ったらもう二度とアイドルやれない!」

「やってしまった事の罪は、償うこと以外では消えないわ。まして罪を犯して罪を消すなんてできない」

「いいこと言うなアメリア女。喰われる側はいつまで経っても喰われる側ってことだ」


 マイケルはぐずるしほるんと、縛られたままのルイスを無理やり船の外へと蹴り落とす。


「これで邪魔者はいなくな――なっ!?」



 俺たちが去りゆくクルーザーをどうやって追いかけるか話し合っていると、しほるんとルイスが船から蹴り落とされるのが見えた。

 その直後、突然海面から巨大な口が現れた。牙だらけのその口はバキバキと音をたてて船体を食いちぎり、一瞬で鉄屑スクラップに変える。

 バラバラになった船の上で、三角の背びれをした真っ黒い肉食魚サメが大暴れしている。


「ありゃ死んだな……」


 運転席にいたマイケルは多分即死だ。

 俺の脇で猿渡と戦国先輩が巨大な魚を注視する。


「あれ昨日見たサメじゃないっすか?」

「多分サメじゃないでゴザルな。手と足があるでゴザル」

「ってことは魔獣BMっすかね」


 昨日の豪雨の時、島の周辺に見えたバカでかいサメ。多分奴がまだ島の周りにいたんだ。

 猿渡はRFで魔獣情報を検索すると「ああ」と頷く。


「やっぱBMビッグモンスターだわ。検索結果に出た。【キングジョー】陽火近海に出没するサメ型BM。超巨大な口と牙で数々の駆逐艦を沈め、空腹時にはカエルのような手足で陸地も歩く。食欲旺盛で、動くものであればなんでも食いつくんだってよ」

「サメが陸地に上がって来ちゃダメだろ」


 冷静に個体分析をしていると、切羽詰まった声が聞こえてきた。


「助けて! だずげでぇぇぇぇ!!」


 海に突き落とされ食われずに済んだしほるん。しかしすぐ間近にサメの怪物がいる。

 彼女は必死に助けを乞いながら、泳いでいる……というか必死過ぎて溺れている。ほっとけば喰われるのは間違いないだろう。


「まずいな早くルイスを助けないと」

「すがすがしいほどにあの溺れてる子、眼中にないわね」


 呆れる輝刃。しほるんはどうでもいいがルイスは絶対助けないとな。

 と言っても、彼女がいる位置までかなり距離がある。泳いで助けに行くのはかなり無謀だ。


「あたしが行くわ。ジャンプでしほるんが溺れてるところまで跳ぶ」

「ハニー足は?」


 こいつ昨日足にケガをして、今朝もまだ引きずっていたはずだ。


「大丈夫、一回くらいなら跳べるわ」

「な、何言ってるんですか姉さん!?」


 それに対して反対の声を上げるエクレ。


「跳ぶって、ここからしほるんさんのところまで300メートルはありますよ!?」

「まぁなんとかなるだろ。ハニー金属身に着けて行け。届くかわかんねぇけど俺が磁力で引き戻す」

「OK」

「……じゃあこれ」


 輝刃はダイビング用のハーネスを身に着けると、白兎さんに刀を借り受け、それを背中に挿す。


「槍を刺してひるませて、その間に二人を救出するわ」

「了解。多分そうしたら怒って島まで追いかけて来るだろ」

「陸に上がってきたら……」

「私たちがなんとかするからね」


 戦闘態勢に入った白兎さんと雫さん。


「拙者らは皆を避難させるでゴザル」

「はーい、参加者とスタッフのみなさーん、キケンなんで高台に上がりますよー」


 戦国先輩と猿渡が全員の避難を引き受ける。

 それぞれが役割分担をしながら、BMに対して戦闘準備を行っていく。

 その様子を見てエクレは「えっ? えっ?」と困惑する。


「な、なんで皆さんそんなに冷静なんですか!? 相手はあんな怪獣ですよ!?」


 俺たちは一瞬顔を見合わせる。俺と輝刃はニッと笑みを浮かべエクレの頭を撫でる。


「BMから人を守るのが」

「あたしたちレイヴンよ」

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