第48話 シャークハント

「じゃあ行くわよ」


 輝刃はパチンと指を鳴らすと、その手に自分の得物である魔槍プロミネンスを出現させる。

 先端が円錐状に鋭く尖ったドリルのような槍は、魔力を帯びて紅い光りを放つ。

 彼女はヒュンと槍をカッコよく回すと、今度は己の足に魔力を込める。


「魔槍展開、中距離跳躍、脚力強化開始……」


 彼女の足が魔力によって一瞬光を纏う。


「強化完了……ダーリン、タイミングはかって」


 俺は大暴れするキングジョーの頭部が、海面に出た瞬間を見計らう。

 あの大ザメ先ほどからイルカみたいに潜行と浮上を繰り返しており、しほるんを追いかけて遊んでいるように見える。


「セット……」


 俺の声と共に輝刃が低く構える。その様子は今にも獲物に飛びかかろうとする肉食獣のようにも思える。

 潜行していたキングジョーがザパンと大きな水しぶきをあげ、垂直に海面から飛び出した。


「飛べっ!!」


 輝刃は俺の号令と共に、スパンと音を立てて蒼空を舞う。常人ではありえない脚力で、空にアーチを描きながら高く高く飛翔する姿にエクレは息を飲む。


「……姉さんが、空を……飛んで」


 輝刃の能力を見るのが初めてならば驚くのも無理はないだろう。

 俺も最初に竜騎士のジャンプを見た時は、跳躍ではなく飛行だと思ったほどだ。


「エクレ、君の姉さんは竜騎士なんだよ」

「竜……騎士」


 空飛ぶ竜に対して生身で攻撃を仕掛けることが可能な兵科であり、流星の騎士スターダイバーとも呼ばれる空中戦闘のエキスパート。

 輝刃は最大高度まで達すると、海面にいるキングジョーに魔槍の照準をつける。


「はあああっ!!」


 彼女は上半身が後ろを向くくらい思いっきり体をねじり、人間の持てる最大パワーを使って槍を投擲する。一撃必殺の魔槍は、天雷の如く風を切り裂きながら巨大ザメの口へホールインワンする。


「グガアアアアア!!」


 槍を飲み込んだキングジョーは悲鳴にも似た鳴き声を上げる。

 普通のサメって肺がないので声を出すことができないはずなのだが、あいつには肺に当たる機能があるのだろう。

 もしかしたらクジラみたいな哺乳類なのかもしれない。

 俺がどうでもいい生体考察をしていると、輝刃はジャンプの落下でドボンと海の中へと潜る。しばらくして海面に顔を出すと、縛られたまま突き落とされたルイスを救出してきたようだ。ついでに溺れているしほるんも救出する。


「ナイス」


 引っ張れと大きく手を振る輝刃。

 俺は即座に磁力を全開にして彼女たちの体を浜へと引き戻す。しかし――


「クソ、あの野郎!」


 俺の磁力と同時に、あのサメそれに対抗して口を大きく開けて息を吸い込んできたのだ。

 超弩級掃除機みたいなサメは、絶対に逃がさんと凄まじい吸引力で三人の体を飲みこもうとする。


「くっそ、距離が近い分サメの方が有利だ!」


 輝刃たちの体がぐんぐんキングジョーの口へと引きずり込まれていく。


「ユウ君支援するわ!」


 雫さんが印を結ぶと、俺の足元に梵字の刻まれた六角形の陣が浮かぶ。

 それと同時に雫さんの魔力が俺の中へと流れ込んできた。

 俺の磁力が強化され、引き寄せる力が強くなった。だがそれでもキングジョーの吸引力の方が強い。


「ぐぅ……やばい、飲みこまれる!」


 目の前で輝刃たちが喰われてたまるか!

 エクレはその状況を見て砂浜を駆け出す。



「わたしにも何か出来ることを!」


 エクレールが向かった先にあるものは、砂浜にて膝をついたままになっている鋼の巨人。真っ赤な派手なカラーリングをしたアメフト選手にも見える機兵、スターチャリオット。

 BMを倒すことを目的に設計された学園艦セントルイス所属の機械兵。今動かさなければ一体いつ動かすのかというタイミングで、エクレールはスターチャリオットの胸部コクピットを開く。

 素早くシートに搭乗すると同時にコクピットの3Dモニターが点灯し、サポートOSオペレーティングシステムが機械音声を響かせる。


[システム起動――搭乗者IDを音声で入力してください]

「開発者ID0901S28X3、叢雲稲妻」

[管理者ルート権限にてシステムログインを承認。…………お帰りなさいませエクレール博士]

「ハッチ閉鎖、戦闘アサルトモード起動」

[ハッチ閉鎖、アサルトモードスタンバイ了解]


 機体のコクピットハッチが閉じると、3Dモニターに起動ブートアップシステムのプログラムが流れていく。


「CCリアクター活性化、思考制御ブレインアシストLINK開始、推進機スラスター稼働、ファイアコントロールスタンバイ、APIランニング開始、アイカメラ点灯……スターチャリオット起動!」


 コクピット内に外の景色が映るのと同時に、エクレは深呼吸し操縦桿を握る。


「わたしにだってやれるはず……」


 エクレールは緊張しながらも操縦桿を引きつつアクセルペダルを踏み込む。

 機体は搭乗者の思考を読み取り、やりたいと思うことを反映してくれる為操作は最低限で良い。

 極力ロボットゲームに寄せた操作感になっていて、操縦桿についているのもアナログスティックと複数のボタンキーとトリガー。

 直感的な操作が可能になっているが、挙動の度にかかる振動や重圧はゲームとは比較にならない。

 何よりBMと戦うという行為、命のやりとりを行う緊張感にエクレールは押し潰されそうになる。


「設計したのはわたしです。テストだって何回もしました……」


 スターチャリオットは背面部にあるチェーンガトリングガンを装備すると、キングジョーに向けて標的補足ターゲットレーザーを照射する。


[エネミーロック]


 モニターのロックオンサークルが赤く光るのと同時に、エクレは操縦桿のトリガーを引く。

 ブオオオオンと凄まじい銃声が轟き、真っ赤な弾丸が弧を描きながら海面を飛ぶ。


「姉さんに近づかないで!」



 突然動き出したスターチャリオットがガトリングガンを撃つと、キングジョーは被弾して一瞬吸引が止まった。

 その隙に俺はめいいっぱいの磁力で輝刃の体を引き戻す。

 彼女達の体は、まるで見えない釣り竿で釣り上げられたかのように浜まで吹っ飛んできた。

 俺の真上に輝刃、ルイス、しほるんが降って来る。


「ふげ、おご、ふべら」

「あんがとダーリン」

「センキューデース」

「きゅー…………(気を失っているしほるん)」


 キングジョーはよくもやってくれたなと言わんばかりに、殺意をむき出しにしてスターチャリオットに猛突進する。

 だが所詮は水棲生物、海から距離をとっていれば何もできまい。

 そう思っていた俺は浅はかだった。

 奴は浜のすぐ近くまで接近すると、なんと海中からジャンプして飛び出してきたのだ。

 全長30メートル近いサメが空を飛ぶという、B級ホラー的なブラックジョークが現実で起こり、皆唖然とする。


「と、飛んだ」

「嘘……」

「oh、ジーザス……」


 猿渡が陸地に上がって来るとは言っていたが、まさかこんなダイナミックジャンプをするとは。

 空を飛んだ奴の全貌はサメというよりサメっぽいカエルの方が正しく、吸盤のついた小さな前脚と水かきのついた後ろ脚が見える。


「キャアアアッ!!」


 キングジョーの巨顎がスターチャリオットの下半身に喰らいつくと、鋭い牙が装甲を貫通し、メキメキと嫌な音をあげる。

 まずい、あのままじゃ機体がバラバラにされる!

 白兎さんは輝刃から刀を回収すると、一瞬で移動しキングジョーの横っ腹を刀で斬り裂く。

 しかしなぜか奴にはダメージがない。


「!?」


 白兎さんは尾びれにパーンと弾かれて吹っ飛ばされてきた。


「ど、どうしたんですか!?」

「あいつ……体全体がドロドロの粘液に塗れてて斬れない」

「そんなコンニャク切れない斬鉄剣みたいな……」

「それなら私が!」


 今度は雫さんが爆乳を震わせ、影のように走りながら雷遁の印を結ぶ。


はしれ稲妻!! 轟いて雷鼓!!」


 ピカっと光った稲妻は着弾と同時に爆ぜたはずなのに、全く効いていない。


「こ、これなら!」


 雫さんは印を変えて、今度は火遁を使う。ボワッと燃え上がった激しい炎、これなら奴も焼き魚ならぬ焼きザメに……と思ったが、やはり効果はない。

 どうやら体全体をコーティングしている粘液が、打撃、斬撃、魔力の全てを緩和していようだ。

 キングジョーは体を大きく振るうと、粘液が飛散し、輝刃や白兎さん、雫さん達にかかってしまう。

 ドロドロの液体を浴びた彼女達の体から、シュウシュウと白い煙が上がる。


「キャアアアッ! ちょっ、なによコレ!?」

「うっ……」

「ど、どうした!? まさかその粘液強酸性で体が溶けるとか!?」

「このネバネバ水着だけが溶けていくわ!」


 なんてお約束(×)非道なモンスターなんだ。

 絶対あの粘液だけは採取してやる。

 女性陣を動けなくすると、キングジョーは機嫌の悪い犬みたいに、噛みついたスターチャリオットを振り回す。そしてそのままズルズル海へと引きずっていく。


「やばい、海に引きずり込まれたら終わりだぞ!」

「サセないわ!」


 粘液で縛られていたロープが千切れたルイスは、胸の谷間から銀色に輝くリボルバー式の拳銃を取り出す。

 銃口のでかさから見て大口径マグナム弾を撃ちだす強力な銃だ。


「いや、その胸どうなってんの!?」


 明らかに胸より銃の方がデカいんだが。


「ミーの魔銃よ!」

「魔乳!?」

「ファイアマグナムシュート!」


 ルイスは早撃ちガンマンよろしく、リボルバーの撃鉄ハンマーを起こしトリガーを引くと、火炎を纏った弾丸が発射される。だが、やはり粘液によって魔弾すら止められてしまう。

 どこか奴の弱点になるところはないのか。


「考えろ、どこかに攻撃が通る場所があるはずだ」


 そう呟き俺ははっとする。

 わかったこいつの二つの弱点。


「ルイス! 目だ!」

「OK!」


 ルイスがキングジョーの目に狙いをつけてマグナムを発射する。すると弾丸は目玉を貫通して、奴はスターチャリオットを口から離した。

 まず目。ここはさすがに粘膜で覆うことはできないだろう。

 目玉を撃ち抜かれたキングジョーは、怒り狂いながら砂浜をビッタンビッタンと大暴れする。


「ルイス援護してくれ!」

「ボーイどうする気なの!?」

「スターチャリオットで奴の口を開く! あいつの弱点は目玉と口の中だ!」


 そうもう一つの弱点は、輝刃の槍を飲み込んだ後悲鳴を上げていた口の中。恐らく粘膜は体の外側だけで、中にはない。


「口を開いて固定するから、その時に全員で総攻撃を仕掛けてくれ!」

「OK!」


 俺はルイスの援護を受けながらスターチャリオットへと走る。

 バチバチとショート音を響かせながら横たわる機体のコクピットを開くと、中には額から血を流しながらぐったりとするエクレの姿が。


「たか……なし……さん」

「エクレ大丈夫か!?」

「は、はい……やっぱりわたしじゃ無理だったみたいです」

「いや、よくやった。後は俺に任せろ」

「で、でもこれは普通の人に動かせるものじゃ……」

「大丈夫だ。俺はこっちが本職だ」

「えっ?」


 俺はエクレと操縦席を入れ替わる。

 機体の3Dコンソールには大量のエラーメッセージが浮かび、従来のパワーの3分の1も出ないと警告が出ている。

 だが、なんとか動力系統は生きている為動くには動く。


「思考LINKがあるなら操縦はなんとでもなる。動力はサブ回線で回して、システムは全部コアの出力維持に」


 俺は3Dコンソールを弾き、駆動システムの応急処置を行う。

 するとモニターに再度キングジョーが口を広げながら突っ込んでくるのが見えた。


「好都合だ!」


 俺は操縦桿を引きながら機体を起こすと、大口を開けて砂浜を這いずって来るキングジョーを迎え撃つ。

 突っ込んできた奴の上顎の牙を両手で持ち、脚部で下顎を踏みつけ、無理やり口を閉じられないようにする。

 しかし奴の顎の力が凄まじく、機体がメキメキと嫌な音を立て、パワー負けで前かがみになっていく。


[パワープラントエラー、ボディフレーム過圧発生中、アームコンポーネントエラー、マニュピレーターシステム切断、システムアボート27018件発生中]


 サポートOSが次々にエラー音を響かせ、モニターの一部がブラックアウトしていく。

 出力パワーが出ない! このままだと噛み潰される!


「頑張れスターチャリオット!」


 操縦桿が重さで持っていかれるのを必死に押さえる。するとエクレが俺の手を握り、一緒に操縦桿を引っ張ってくれる。


「エクレ!」

「管理者権限、パワープラントリミッター解除! クリスタルコアフルドライブ!」

[リミッター解除承認、クリスタルコアフルドライブ]


 スターチャリオットのアイカメラがブオンと音をたてて赤く光る。すると出力の限界が振り切れ、前かがみになっていた機体は徐々に立ち上がりキングジョーの口が開いていく。


「開けぇぇぇぇぇぇ!!」

「開けぇぇぇぇぇぇ!!」


 俺とエクレの声が重なった時、スターチャリオットのパワーが勝り、キングジョーの口が無理やりこじ開けられた。


「今だ全員ありったけを撃ちこめ!!」

「御剣流奥義……伊邪那美!」

「風遁、空圧球!」

「穿て竜槍プロミネンス!!」

「マグナムトルネード、マキシマムシュート!!」


 スターチャリオットの脇を白兎さんの剣術、雫さんの忍術、輝刃の魔槍、ルイスの魔弾が通り過ぎていく。

 キングジョーはたらふく攻撃を喰らうと腹がボコボコと膨張し、風船みたいにパンっと血飛沫をまき散らしながら破裂した。


「はは……あいつ最後フグみたいになってたな」

「そうですね」


 ギリギリの勝利にエクレと笑いあうと、スターチャリオットの両腕部と腰部がボンっと爆発を起こした。

 リミッター解除による過負荷によって限界を来たしたのだろう。

 完全にシステムダウンしてモニター全てがブラックアウトすると、ハッチすら開かなくなってしまった。

 こりゃ完全にコア死んだな……。

 後でセントルイスから目玉飛び出るような請求書が来ないことを祈る。




―――――――――――――――

次回 龍宮寺姉妹編エピローグ

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