第49話 ゲームと現実を混同してはいけない

 全ての光が消えた暗闇の中で、エクレはスターチャリオットのシステム復旧ができないか試みていた。

 彼女はコクピット内で身を屈め、えっ? そこ開くのと言いたくなる床や天板を開き、無数のコードを引き延ばしては外したりくっつけたりクロスさせたりを繰り返している。


「うーん、やっぱり駄目ですね……。コアからもジェネレーターからも反応が返って来ません」


 エクレに貸した俺の腕時計型携帯端末RFには、死人のバイタルサインみたいな横棒のラインが流れている。

 どうやらスターチャリオットは本当にご臨終のようだ。

 エクレはダメだこりゃと諦め、RFのライトだけをつけてコンソールの上に置くと、シートに座る俺の膝の上に腰を下ろす。


「まっ、救助を待ちましょう。外でゴソゴソやってるのでそのうち助けてくれると思います」

「そうだね」

「ありがとう、わたしのスターチャリオット……後で絶対直してあげるから……」


 エクレはそう言って慈しむように操縦桿を撫でる。

 その顔を見ていると、本当に彼女がこの機体の産みの親なんだなと思う。


「ごめんな、機体ぶっ壊しちゃって」

「いえ、これが機兵本来の使い方だと思います。この子のおかげで被害が少なくてすんだと思えば、本懐を達したと言ってもいいでしょう」

「その……実は俺、エクレにもう一つ謝らなきゃいけないことがあるんだ」

「なんですか?」

「俺が出雲のレイヴンであることを隠していた理由でもあるんだけど……」


 出雲ウイルス事件によって月光が暴走し、やむなく破壊したことを伝える。


「というわけなんだ。ごめん、君の造った機体二体ともぶっ壊してしまった」

「小鳥遊さんが悪いわけじゃないですよ。あなたは出雲を守るために月光と戦ったんですよね?」

「貴重な戦力を壊してしまったことにかわりないよ。月光もスターチャリオットも、たくさんの人を救えるかもしれなかった」

「それは結果論ですよ。後からああしたら良かった、こうすれば良かった、もっとうまくやれたんじゃないか? たらればの批評をするのは簡単です。わたしの携わる科学だって、もっと早くにこの公式を知っていれば時間を無駄にしなかったのに、とかいっぱいあります」

「それは科学の発展に必要なことで、失敗でも前に進んでるってことじゃない?」

「なら小鳥遊さんが失敗だったなって思うことも一歩だと思いましょうよ。あなたのおかげで失われるはずの命が失われなかった。機械はまた直せばいいですが、人命はそういうわけにはいきません」


 なんて良い子なんだ。励ましのプロかよ……。

 我が子のように大事にしていたはずの機兵を、あっさりと人命優先ですと切り替えられるところを尊敬する。

 俺は彼女の体をぐっと抱きしめる。


「ごめんな。エクレは本当に優しい子だと思う」

「うっ……不謹慎ながら役得と思ってしまっているわたしがいる」


 それからしばらくくっついていると、エクレがポツリと呟く。


「あの……全然関係ない愚痴言ってもいいですか?」

「ああ、なんでも言ってくれ。体臭きついとか以外なら受け入れよう」

「小鳥遊さんのことじゃないですよ」


 エクレはクスリと笑うと、俺の胸に顔を摺り寄せる。


「それで愚痴って?」

「あの……わたし実は姉さんのことあんまり好きじゃないんです」

「なんかそんな感じはした」

「やっぱりわかりますか?」

「うん、ハンバーガー屋で二人が出会った時から」

「わたし最初から喧嘩腰だったですよね」

「まぁ、そこまでだと思うけど」

「輝刃姉さんとは歳が近いこともあって、面倒を見てもらうことが多かったんです。それこそ私生活だけじゃなくて、親戚の挨拶や叢雲のパーティーとか」

「叢雲のパーティーってイマイチ想像がつかないんだけど、金持ちたちが綺麗なドレス着て、シャンパン片手にお前最高俺最高って話合う感じ?」

「少し語弊がありますが、まぁそんな感じです。わたしはパーティー会場では影を薄くして、隅っこの方でいつも小さくなってました。自分の親より年上の地位のある方々と何喋っていいかわからなくて。とにかく失礼にならないように、誰もわたしを見つけないでと願いながら……」

「そりゃきついな」

「でも姉さんはそんな煌びやかな人たちの中でも普段通り会話して、下心のある男性たちに囲まれても笑顔であしらってました」

「せやろか。多分あいつ心の中では、ふざけんな殺すぞタコ助とか思いながら接してたと思うけどな」

「それでもちゃんと外映えを重視できるって凄いんですよ……。わたしはほんと男の人と会話するとあがっちゃって、早口になったり、わけわかんないこと言って自爆しちゃいますし。社交性0ですから……」


 まぁ兄弟姉妹には良くあることじゃないだろうか。優秀な兄姉と比較されたりして劣等感を感じてしまうことは。


「優れた姉が羨ましかった?」

「スペック的な羨ましさもありましたけど、それより輝刃姉さんってパーティーとかでわたしが孤立するとき、ずっと傍にいてくれるんです」

「良い奴じゃん」

「はい……。今でも忘れられないエピソードがあって、パーティー中姉さんが席を外している時に、酔っぱらった男性に絡まれてしまったことがあるんです。絡んできた男性は有名企業の社長で、どう対処したらいいかわからなくて頭が真っ白になってました。その方は酔った勢いで愛想がないとか、他の姉は優秀なのに君だけ地味だとか……そんな感じのことを言われ」

「それは酷い」

「わたしがパニクって涙目になっていると、姉さんがすぐに帰って来てシャンパンをその人に浴びせたんです」

「やりそう。あいつどうせ、あら、ごめんあそばせ。害虫かと思ったら人間でした。とか言ったんじゃない?」

「言いました言いました! あら、ごめんあそばせ。バイ菌かと思ったら人間でした。道理でアルコールがきかないとって」


 悪魔みたいな奴だな。


「あいつ猫被ってるけど中身は毒属性の猛獣の類だからな」

「その男性はカンカンだったんですけど、一番上の乙姫アビス姉さんまで登場して仲裁してくれました」

「あぁやっぱり一番上のお姉さんは凄いんだね」

「詳細を話すと頭突きして、今すぐコイツをつまみだせって言ってましたけど」

「君の姉にまともなのはいないのか!?」


 仲裁ってのは相手を殴り倒して黙らせることじゃないぞ!


「後に乙姫頭突きパーティーとまで言われることに……」

「めっちゃ見たいけどねそのパーティー。そのバカ社長どうなったの?」

「以後叢雲のパーティーには出禁になりました。それから半年もしないうちに会社が倒産したという話で、そこからどうなったかは……」


 うむ、闇を感じる。叢雲……というか乙姫さんだけは怒らせないようにしないと謎の圧力で消されそうだ。

 でもそれだけ聞いてると姉が妹を助けた、ハートフル頭突きエピソードだと思うが。


「……わたしが嫉妬したのは姉さんのそんなところなんです。なんでもできる上に優しくて気配りもできる……。そんなのわたしの勝てるところ一つもないじゃないですか……」


 そうか、エクレは姉に対して人間的敗北を感じてしまったのか。

 彼女は悲し気な声で続ける。


「わたしは叢雲の言う通りにレールの上を走るしか出来ない人間です。マイケルさんが婚約者になったと聞かされた時、本当は嫌で嫌でしょうがなかったです。でも……受け入れました。仕方ない子供をつくらないと叢雲が困る。今までわたしを育ててくれた叢雲に背くことはできないって……」

「…………」

「でも輝刃姉さんは違いました。嫌な婚約者をあてがわれた時、姉さんは嫌だから家出るわって簡単に叢雲の外に出ていっちゃいました……。叢雲の運命を放り出して、自由に空を飛んでいく。わたしにはそう見えました」

「そうか……」


 叢雲っていう大きな鳥籠の中にいた姉妹は、姉の方だけが鳥籠の外に出て行ってしまった。

 その姿を籠の格子越しから見た妹は心の底から羨んだんだろう。

 自分にも翼が欲しいと……。でも自分の持つ翼では飛べなくて、ただただ空を飛ぶ姉を見上げるしかなかった。いや、もしかしたら自分だけ置いて行かれたと感じたかもしれない。

 多分エクレは輝刃が嫌いとかじゃなくて、寂しかったんだろうな。本当はずっと一緒にいてほしかったんだろう。


「しかも今日……姉さんほんとに空飛んでましたよね?」

「まぁ飛ぶというかジャンプだけどね」

「蒼空を飛ぶ鳥……いえ、竜なのかな……。カッコよかったです。わたしもあんな風になりたかった……」


 もしかしたらエクレがヒーローに憧れる理由って、二人の姉への羨望からきているのかもしれない。


「すみません、こんなこと聞かされても困りますよね」


 自分の抱えていたものを吐き出したエクレは俺の胸元を濡らす。きっと今まで誰にも言えず、ずっと悩んでいたのだろう。俺は彼女の頭を撫でながら言葉を選ぶ。


「なぁエクレ……君は勘違いしてるんじゃないか? 姉ってのは妹に対して優しくするもんなんだ。だから別に守ってくれたからと言って、恩に着る必要もなければ自分と比べる必要もないと思う」

「でも……」

「もしかしたらお姉さんだから自分と比べてしまうのかもしれないけど、もしそれがお兄さんだとしたらどうかな?」

「めちゃくちゃブラコンになりますね」

「だろ?」

「輝刃が守ってくれるなら、そのことに対してはありがとうって思うだけでいいと思う。それに人間スペック的な話も、確かに輝刃は凄くて出雲でも将来を有望視されるレイヴンだ。だけどエクレはエクレで凄い」


 俺はRFの細いライトに照らされたコクピット内を見渡す。


「君が設計したこの機体のおかげでBMを倒すことが出来た。いつかスターチャリオットや月光みたいな機兵が量産されれば、力を持たない人間でもBMと対等に戦うことができる。それって本当に凄いことだと思う」

「…………」

「俺たちレイヴンは守る為に戦うことしかできない。だけど君はいつかBMに恐れなくてもいい未来をつくれるかもしれない。魔獣たちを根絶した世界が君には作れるんだ」

「そんなの……わたしの代では無理ですよ……」

「君の代で無理なら君の子供が、部下が、仲間が引継いでくれる。そんな螺旋状に連なる人の英知と努力が合わされば、きっとできないことはないよ。君は人類の希望なんだ」

「…………」

「君の能力は決して輝刃に劣っちゃいない。それだけは断言できる」


 そう言うとエクレは褒められ慣れてないのか、くすぐったげに目を細める。


「あ、ありがとうございます」

「それに多分なんだけど、輝刃が叢雲を飛び出したのは君に空の飛び方を教えようとしたんじゃないかな?」

「空を?」

「全部ほっぽりだして出ていく手もあるんだぞって。道はレールの上だけじゃなくて空にもあるんだって君に教えようとしたのかもしれない」

「…………わたしじゃ空は飛べませんよ」

「本当にそうかな? 輝刃に翼があるように、君の背にも機械の翼があるんじゃないかな?」


 比喩表現ではあるが、輝刃には竜の翼が、エクレには機械の翼があると思っている。

 飛べないと思い込んでるだけで、実はほんの少しの勇気を振り絞るだけで空を飛べるんじゃないだろうか?

 そう言うとエクレは真剣な表情で俺を見つめた。


「じゃ、じゃあ……わたしに勇気……くれますか?」

「それは……どういう?」

「わ、わたしにレールを踏み外せって言ってるんですよね。わたし小鳥遊さんで踏み外しますよ……」

「あぁ……え……えぇっと」

「こんなときだけ優柔不断系主人公みたいに目を泳がせないでください」


 泳ぐっちゅーねん。

エクレはRFのライトを手のひらで遮り、完全な暗闇をつくるとゆっくりと顔を近づける。

 狭いコクピットの中、逃げるスペースなんてありはしない。


「小鳥遊さん……わたし、兄が欲しかったんです……」

「エ、エクレ。普通の兄とはこんなことしないよ」

「しますよ……ゲームなら」


 するけどさぁ!

 ダメだオタクの考える兄妹は大体恋愛関係に落ちる。

 すると丁度のタイミングでコクピットのハッチが開き、外の光が内部にさした。


「大丈夫、二人と……も」


 一番に飛び込んできたのは心配そうな表情をした輝刃。

 彼女はコクピット内で抱き合っている俺たちを見て、顔を引きつらせる。

 あぁごめんなさいココナッツはやめてください。


「フフッ、ダーリンあんたは……」


 ココナッツを手にした輝刃の腕をエクレがさっと押さえる。


「え、エクレ。あんたケガしてるんだから」

「姉さんお願いがあります。……小鳥遊さんをわたしに下さい」


 エクレの切れ長の瞳が輝刃を鋭く見据える。


「本気?」

「わたし本気で、小鳥遊さんを婚約者に推薦しようと思います」





―――――――――

次回 エピローグ(2回目)

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