第50話 エピローグ お前を地獄に連れていく

 コクピットから抜け出して数時間後。無人島の空に西日が差す頃、BMの連絡を受けた学園艦、セントルイスが迎えに来てくれていた。

 完全装備できたセントルイスはてっきりBMが大暴れしているものと思いきや、既に倒された後だと聞かされると拍子抜けしていた。

 ただ壊れたスターチャリオットを見て「オーマイガッ……」と凹んでいた。

 サバイバル参加者とスタッフ全員は保護され、今は陽火本土へと送り届けてもらっている最中だ。



 セントルイスの甲板には茜色の光を浴びながら、二人の姉妹が長い髪を風にたなびかせていた。

 学校の屋上のような甲板には、転落防止用のフェンスが並んでおり、少女達はフェンスにもたれかかる形で琥珀色に染まる海を眺めていた。


「いろいろありましたけど、楽しかったですね。無人島サバイバル」

「そうね……」


 金髪ツインテの姉は後ろ手に隠し持っていたフィギュア箱を取り出すと、それを妹へと差し出す。


「はい」

「これは……」


 エクレは仮面インセクトケミカルの限定フィギュアを受け取ると、輝刃に驚いた瞳を見せた。


「運営が守ってくれたお礼に、自主リタイアしたメンバーは好きな賞品持っていって良いって……誕生日おめでと」

「あ、ありがとうございます。もしかして姉さんがコンテストに参加したのはこれが目的ですか?」

「ダーリンが仮面インセクトファンならこれが良いって言うからよ」


 ダーリンと言う呼び方にエクレはズキッと痛みを感じる。


「……姉さん、本当のことを聞かせて下さい。姉さんと小鳥遊さんは付き合ってるんですか?」

「…………」

「沈黙するってことは嘘だったってことでいいですか?」

「ええ、そうよ。小鳥遊君に無理言って偽の彼氏役をやってもらったわ」

「…………姉さん、わたしは姉さんの本当の気持ちが聞きたいです。小鳥遊さんには恋愛感情はなく、ただ役としてお願いしただけなんですか?」

「…………」

「それを聞かないと、わたし正式に小鳥遊さんを自分の婚約者として推薦できません」

「…………あいつが姉さんの審査を通るわけ」

「わたしが通します」


 あまりにも強い妹の瞳に輝刃は一瞬たじろぐ。

 今までオドオドして、いつも何かに恐れているようだったのに、今は違う。絶対に譲れないものがあると強い意志を感じる。


「…………」

「姉さんが小鳥遊さんを譲ってくれるなら、わたしが叢雲を背負います」

「あんたわかってるの? もし仮に小鳥遊君を婚約者に選んだとしたら、いくら叢雲が男に興味がないって言っても、彼の未来を奪うことになるかもしれないのよ。特に今まで普通の家庭で過ごしていた彼には、最低限の品位と作法は求められるわ」

「……それが理由ですか? 叢雲に引きずり込みたくない。お家ごとに巻き込みたくない。だから――」

「当然でしょ。あたしが婚約者に選ぶ人間は一緒に地獄に落ちてもいいと思う人間。それだけよ」

「つまり嫌いな人と結婚するってことですか?」

「そうね、嫌いっていうのは語弊があるけど、愛せない人間の方がやりやすいわ」

「姉さん……そんな人の子供愛せるんですか?」


 輝刃はピクリと反応する。


「わたしたちの目的は叢雲に跡継ぎを残すこと。その時姉さんは愛せない人から子供を授かって、愛せない子供を叢雲に縛り付けるんですか?」

「そ、そうじゃ……」

「そう言ってますよ。それに姉さんの言ってることって、小鳥遊さんのことが好きだから婚約者にしないってことですよね」

「ち、違うわよ。あんないい加減でスケベで、いいとこなんて誰にでも優しいとこくらいしか……」

「…………」


 エクレは逃げ続ける輝刃に鋭い視線を向ける。


「姉さん、家とか後継者とかの話はおいておきましょう。姉さんの気持ちを聞いてるんです。好きか興味ないかしか答えは必要ありません」

「…………」


 輝刃は視線を彷徨わせると、かぼそい声で呟く。


「…………気持ちがなければ……婚約者役なんかにしないわよ」

「回りくどいのは嫌いです」

「…………■■よ」

 

 風にかき消されたその声は、正面にいるエクレにしか届かなかった。

 夕焼けよりも赤く染まった輝刃の頬。いつも自信満々な少女が不安げに瞳を揺らす。

 その言葉を聞くと、エクレはフフッと笑い、緊張を崩した。


「やっと……素直になりましたね」

「…………」

「叢雲にはわたしから連絡しておきます。今回のサバイバル戦、姉さんの勝ちだと。だから家には帰らなくていいですよ」

「エクレあんた……」

誕生日プレゼントフィギュアのお礼です。わたしは叢雲で未来を作ります。姉さんはレイヴンとして出雲で戦って下さい」

「ごめん……」

「謝る必要はありませんよ。乙姫姉さんが本気で姉さんを引き戻そうとしたらわたしでも止められませんし。でも、遅らせることくらいはできるので」


 エクレは「わたしが時間を稼いでるうちに、頑張って偽の恋人から”本物”になってください」そう囁く。

 カッと赤くなった輝刃は「……頑張る」と小さな声で返した。



 それから約一か月後――季節は夏を過ぎオータムシーズンへ。

 しほるんは逮捕され、最後までネットニュースを炎上させてからアイドルを引退。


 マイケルは遺体の捜索が行われたが体の一部すら見つからなかった。

 キングジョーに襲われた時に喰われてしまったのか、それともバラバラになって他の魚のエサになってしまったのかはわからない。


 ルイスは所属の学園艦セントルイスへと帰還し、元のチームへと復帰。不甲斐ないところを見せたので、今後なんらかの形で借りを返したいと言っていた。


 輝刃は実家に戻されることなく出雲に残ることになり、レイヴンとしてやっていっている。最近はひっきりなしにメールを気にしているところを見ると、実家の様子が気になってしょうがないようだ。

 あと余談だが俺が話しかけるとすぐキレるようになった。何か地雷でも踏んだのだろうか……。


 そんな感じで波乱のサバイバルコンテストは終わり、我ら牛若チームは通常任務へと戻っていた。

 本日はVIPが出雲にやって来るということで、俺達はその警護をまかされている。

 どれくらいVIPかというと、出雲が進行ルートを曲げて直接新羽田空港へと向かうくらいVIP。

 空港に停泊した出雲の格納庫で待っていると、学長までもが出迎えにやってきた。

 どんだけ重要人物なんだよと思いながら待っていると、いつぞや見た叢雲の高級車が空港へと入って来る。

 俺は嫌な予感を感じて輝刃に(お前まさか……)とアイコンタクトを送る。

 すると向こうからは(何も聞いてない)と返って来た。

 出雲前に到着した高級車から、ガチャリと音をたててドアが開くと同時に、学園長が手もみしながら近づいていく。


「ようこそ叢雲博士」


 車から出てきた少女はサングラスを外すとニコリとほほ笑んだ。腰まで届くロングヘアに白衣を着た理系少女。俺達の予想通りの人物が出てきて、頭を抱えそうになる。


「ありがとうございます。でも出迎えは結構と言ったはずですが」

「いえいえ、叢雲博士が我が校に”入学”して下さるとは思いませんでしたので」


 学長の言葉を聞いて輝夜が「はぁ!?」と声を荒げる。


「あんた入学って研究者じゃなくてレイヴンとして入って来たの!?」

「それが何か? 叢雲、いえ龍宮寺センパイ」


 エクレはニコリと笑い、輝刃は本格的に頭を抱えていた。その顔はわたしがタダで引き下がると思ってるんですか? と書かれている。


「ウォッホン、博士には既にAランクのライセンスを発行しています」

「ありがとうございます。でも姉と同じく一から上り詰めたいと思っていますので特別扱いは必要ありません。レイヴン見習いからやっていきます」

「いやいや博士を見習いから始めさせるなんてできませんよ。セントルイスではAランク扱いだったと聞いていますので。出雲でも同じランク対応をさせていただきたいと」


 学園長必死だな。そりゃスポンサーの娘がやってきたらそうなるか。


「そうですね……ではお願いがあるのですが」

「はい喜んで!」


 まだ何も言ってないのに既に了承を出す学長。


「できれば優秀なレイヴンの先輩をパートナーとしてつけていただきたいのですが」

「はい、喜んで! どうぞこちらの牛若チームは皆優秀なレイヴンですので好きな生徒をお選び下さい」


 エクレはカツカツと足音を響かせ、俺の前にやってくると


「これからよろしくお願いします先輩」


 そう笑顔を俺に寄越した。


「あぁ……そういう感じ?」


 彼女はくるりと踵を返すと今度は輝刃の前に立つ。

 ニコリとほほ笑むエクレと、お嬢様スマイルを浮かべる輝刃。


(あ、あんた……あたしに譲ってくれたんじゃなかったの?)

(嫌ですね、わたし一言も諦めるなんて言ってませんよ。叢雲にも正式に小鳥遊さんがわたしと輝刃姉さんの婚約者候補で受理されました。説得に時間かかったんだから少しは褒めて下さいよ)

(ぐっ、あんた本気なの?)

(ええ勿論。これから長いラウンド2学園編に突入ですから。どっちが本物になれるか楽しみですね)

「「ウフフフフフフ」」


 二人の声は小さすぎて俺達には聞こえないが、きっとレイヴンとして一緒に頑張りましょう的なことを言ってるんだろうな。

 姉妹の鳥は同じ空を飛べることを喜んでいると思う。実に感動的なシーンだ。


「ユウ君にはあの火花見えてないのかしら……」

「……朴念仁」


 それからエクレ編入についての経緯を学園長から聞くと、叢雲側から「お前ら月光一回も使わず壊したらしいな」と圧力がかかり「それ見なかったことにしてやるし、タダで直してやってもいいけどウチの子一人入学させてくんない?」という裏取引があったらしい。

 その為エクレは見習いでありながら、上級レイヴンのチームに編入されライセンス取得を目指す、特別ライセンス教習プログラムなる新たな教育モデルが適用されることになったとのこと。

 好きだよねテストケースとかテストモデルとかプロトタイプとか、例外を作る言い訳。



 そんなわけで後輩エクレのお世話係にもなった俺は、早速壊れた月光の前で二人並んでいた。

 胸部にぽっかりとハート型の穴が開いた月光を見て、眉を寄せるエクレ。


「ほんと何があったらこんな壊れ方するんですか……」

「ほんとすまん。クレームは御剣流最終奥義に頼む」

「まぁこんな様子では隠したくなる気持ちもわかりますが」

「そういやスターチャリオットはどうなったの?」

「もう修理しましたよ。それが片付いたんでこっちに来ました」

「なるほど……というかよく叢雲が許したね」

「えっと小鳥遊さんにお話しとかなければならないんですが、正式に小鳥遊さんがわたしと輝刃姉さんの婚約者として叢雲に受理されました」

「へー……えっ?」

「勿論小鳥遊さんがわたしたちの事を気に入らないと思えば解消していただいて構いません。これはわたしたちが勝手に言ってることなので拘束力はないと思ってもらっていいです」

「ごめん、付き合うを飛ばしていきなり婚約者になったことに驚いている。それともう一つ、なぜ君たち二人に対して俺一人なのかがわからない」

「乙姫姉さん曰く、跡取りさえできれば別にわたしたち二人で旦那一人でもいいらしいんで。良かったですね小鳥遊さん、もしかしたらわたしたちで姉妹丼――」

「少し黙ろうか!!」


 これだからエロゲの知識がある子は困るんだ!


「ぶっちゃけ子供産まれた時、男親一人の方が管理しやすいらしいですよ」

「産まれてくる子が可哀想だよ!」

「お金持ちの家庭で優しいパパとママ。どこに不幸があるんですか?」

「ママ二人に対してパパが一人しかいないところだよぅ!」

「まぁそこは些末なところでしょう。ウチも母親3人いますから」

「えっ?」

「父親が多国籍重婚許可証というものを持っていて、政府から重婚が認められています」

「なにそのギャルゲの主人公が持ってそうな無敵のライセンス」

「政治家の頬を札束でパンパーンと叩くとドロップするらしいですよ」

「金持ちって怖いね」

「ですねー。ウチの父ってオタクなんで、合法的に重婚するってのに憧れてたらしいんですよ」

「娘としてはそれはどういう気分なの?」

「誇らしい……かな?」

オタクに聞いた俺がバカだったよ」

「母親同士仲良いので、わたしは別になんとも思いませんでしたけどね。父さんは尻にしかれてますけど楽しそうですよ」


 君のお父さんとは何か親近感を感じる。というか数年後の俺の未来像の気がしてならないので一度お会いしたい。


「さっ、じゃあ月光この子もも早く直してあげましょう」


 そう言ってエクレは月光の修理を始める。



 その様子を後ろから見る金髪ツインテの姿があった。彼女はRFに届いたメールに視線を落としていた。


[エクレールに良い意味で競争心が芽生えている。うまく男を利用してエクレールを育てろ。あいつに足らんのは貪欲な闘争心だ]


「はぁ……妹と三角関係になるとは……」


 文面を見て大きなため息をつくと、彼女の後ろから雫たちチームメンバーが「今日は歓迎会しましょうね~」と声をかける。


「三角じゃないか……五角?」


 そう思っていると、出雲の格納庫に荒々しい音をたてて複数の装甲車が入って来た。

 一体なんだ? と皆が振り返ると、装甲車のハッチが開きカウガール風のGアメリア人女性が顔を出す。


「Heyボーイ! 早速借りを返しに来たわ!」


 装甲車から降りて来るタンクトップに迷彩ズボンを穿いた、10数名のルイスと似たような身体スペックを持った女性達。

 格納庫内にいた男子生徒がドッと沸いた。


「無人島では不甲斐ないところを見せてしまったけど、ここではバリバリ働くからよろしく!」


 悠悟は「なにあのセクシーアーミー……」と白目をむいていると、学長が「あぁセントルイスからの留学生でしばらく出雲にいるから。小鳥遊君あっちもよろしくね」と軽い返答を返した。


「ぐっ……六角になりそう」


 輝刃は拳を震わせながら、もしかしたら自分はかなり倍率の高い男に手を出したのかもしれないと思うのだった。


「まっ、その方が勝った時気持ちいいけど」


 自信満々な少女は自慢の金髪ツインテを弾きながら、この戦いに参戦する意思を固める。


「待ってなさいダーリン。あたしが一番いい女だって証明してあげるから」




 龍宮寺姉妹編             了 



――――――――――――――

あとがき

ここまでお付き合いありがとうございます。

小鳥も全体で見るとノベル2冊分くらいの文量に達しました。

ペース的には2カ月半で1冊分くらいの文量ですね。

龍宮寺姉妹編は文量的にノベル1冊分くらいの長編で、戦闘控えめで無人島でのラブコメ的要素を強めにしました。

ハートの数などを見ていると、そっちの方がいいのかなーなどと思いつつも、強い女の子が好きなので戦闘は入れたいというジレンマ。


次回は多分短編のキャラエピソードかなと思います。

またお時間あるときにお付き合いいただけると幸いです。


それではまた次章でお会いしましょう。

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