第84話 ASMR(物理)

 翌日――時刻0900


 本日も砂漠は晴天なり。焼き焦がさんばかりにギラつく光、チョコなら数秒で溶解しそうな気温。

 俺とディアナを乗せた戦車は、作戦開始位置へと向かい砂煙を上げながら走っていた。

 現在ゼルチームが電波塔を修理して広帯域電磁撹乱バラージジャミングを準備中、舞は土方と共に巨大扇風機とスタンバイ、輝刃は多分暑さに文句言いながら作戦開始を待っているだろう


 運転席に座る俺の前にはモニターが左右正面の三枚設置されており、それぞれが対応する車外カメラへと繋がっていて、外の様子を映し出している。

 正面のモニターだけは後部カメラと切替可能で、バックするときに使うのだが、現状前も後ろも黄色い砂しか映っていない。

 焚き火しか映っていないネット動画以下の風景しかなく、見ていて面白みはない。

 ただ上を向くと天井ハッチに尻肉が食い込んだディアナの下半身が見えて、途端に絶景と化す。


「ナイスストライプ」


 ストライプ水着に包まれたむっちりとした尻と、しなやかで長い脚。

 彼女は現在ハッチから上半身を出して、双眼鏡で周囲を見渡している最中だ。

 下半身だけ見えてて、上半身が見えないというのはなんだか壁尻っぽいインモラルさを感じる。

 そんなバカなことを考えていると、戦車がでかい石を踏んで軽く車体が跳ねた。

 コクピットが上下に振動し、その衝撃で舌を噛む。


「ぐえっ」

「大丈夫?」

「ああ。少し舌噛んだだけだ」


 君の尻に気を取られて前を見てなかったとは言えない。

 俺は左モニターの映像を切り替え、周辺の地形マップを表示させる。GPSで表示された戦車の位置は、所定の待機ポイントに到着していた。

 緩くブレーキを踏んで戦車を停止させると、液晶パネルすらついていない手作り感溢れる無線機を取り出す。


「こちらデコイ1小鳥遊、諜報スカウト1鳳どうぞ」


 ザリザリと雑音が鳴った後、気だるげな舞の声が響く。


『あっつ……スカウト1、待機位置についた。つかなんで今どき無線機なんだよ』

「この無線機は電波塔からジャミングが出ても使える特殊なものだ。ペンギンさんが作ってくれたもんだから壊すなよ」

「あのペンギン何でも作るな。どこぞの天才科学者とかってオチないか?」


 当たってて困る。


「はは、そ、そんなわけないだろ(震え声)」

『わかってるっての。つか暑いから早くしてくんねぇか? オレだけ砂漠の真ん中じゃねぇか』

「その位置が一番誘導しやすくて、邪魔になる瓦礫や砂丘が少ないんだ」

『この扇風機で風を起こして、敵を砂まみれにしてやれば透明システムを無効化できると』

「そういうことだ。まぁ日焼けだと思って我慢してくれ」

『オレが真っ黒に焼けたらお前のせいだからな』

「日サロいらずで黒ギャル化だな」

ファッ○死ね


 扇風機はOK。次は――


「こちらデコイ1小鳥遊、強襲アサルト1龍宮寺どうぞ」

『アサルト1。暑いわ、死にそうよ』

「鳳と同じこと言うな。終わったら風呂炊いてやるよ」

『それより、あんた油断しないでよ。ジャミング圏内に入るまでは敵の火器管制は有効なんでしょ? バズーカ当たって一撃で爆死とかしたら許さないわよ』

「その時は俺の運がなさすぎると笑ってくれ」

『バカ、ナチュラルに囮役買って出たけど、あんたが一番危険なのよ。わかってんの?』

「あぁ、わかってるさ。でもディアナもいるからな」

『あの子はいざって時、自分だけでも助かる魔力と身体スペックがあるの。あんたには両方ないでしょ』


 確かに。

 輝刃はトーンを落とし、心配げな声を出す。


『……ほんとに。ちゃんと二人で二次試験行くんだから、ケガしないでよ』

「あぁ、そうだな。一緒に行こう」


 俺が笑うと、ハッチから降りてきたディアナが無線機を奪いとった。


「こちら護衛ガード1ティア。ボクはリーダーを見捨てて自分だけ逃げるようなことはしないから安心してね。あと二人でじゃなくて、皆で二次試験に行こうね~」

『あっ、ちょっと! あんた二人だからって変なことすんじゃ――』

「あーあー電波が~聞こえな~い」


 わざとらしいことを言いながら、ブツッと強制的に無線を切るディアナ。


「ダメだよ小鳥遊君。ボクと二人っきりなのに他の女の子とイチャつくなんて。許せないなぁ」

「そのイケボ美少年フェイスやめろ」


 運転席に座る俺の膝に、対面になって跨るディアナ。

 目の前に大迫力の爆乳が見える。

 すっごい深い谷間だ。この中は深淵へと繋がっているかもしれない。なぜ人は闇に惹かれてしまうのだろうか。

 彼女の胸に見とれていると、その胸が俺の顔を包み込んだ。

 ディアナが俺の頭を抱き込んだのだ。


「ねぇ小鳥遊君、君時たま龍宮寺さんと彼氏彼女みたいな会話するよね」

「そうか?」

「ほんとに彼女と付き合ってないの?」

「つ、付き合ってはない……仲間……だな」

「ふーん……」


 なんだ、このネズミが鳶に狙われているというか、蛇がカエルを見つめているというか。そんな捕食者と被捕食者みたいな空気は。


「じゃあさ……ボクと付き合っちゃう?」

「またそういう冗談を」

「ボクはわりかし本気だけどなぁ」

「学園どうする気なんだよ」

「全部バラして出雲に転校する」

「ゼルが発狂するぞ」

「まぁ彼は優秀だから、第二のディアナを見つけてくれるよ」

「お前の家、名家なんだろ? 怒られるだろ」

「キレるだろうね。多分そんなことしたら捕まって、一生家の中で監禁状態だと思う。マーキュリー家の恥晒しって」


 自嘲気味な笑みをこぼすディアナ。

 こいつ常に微笑みマスク貼り付けてるからわかりにくいけど、やっぱり悩んでるんだろうな……。

 普段は何百人も囲いがいるように見えて、その実孤独な聖騎士様。

 どれだけ他人から好意を受け取ったとしても、それは彼女によって作られた男ディアナに向けられた感情。

 俺には女ディアナの存在を否定している家族が理解できない。

 せめて俺だけでも彼女を肯定してやりたいと思う。


「…………そんな家出ろよ。自分の本当の性別明かして恥晒しとかいう奴なんか家族じゃねぇよ」

「…………小鳥遊君。つまり、君がボクの家族になってくれるってこと?」


 なぜそうなる。


「今付き合ってくれるって……」

「言ってないな」


 怖いよ。俺お前と一緒にいるといつの間にか結婚してそうだよ。


「ちぇっ、なんとなくでOKしてくれるかと思ったのに」

「お前な……。まぁ本気で家出するなら手伝ってやるよ。お前はプレイボーイキャラみたいなくせして……ヘタレなとこもあったり、妙に龍宮寺と張り合ったりと、そこが可愛いとこなんだろうなって思うし。完璧な奴より、人間欠点が1つ2つあった方が可愛いだろ?」


 なにより男に戻すのはもったいない。

 そう言うと、ディアナは耳まで顔を赤くすると俺の頭を強く抱き込んだ。


「あぁ、そういうとこだよ……。ボクが優位だと思ってたらいつの間にか組み敷かれているみたいな」

「お前の言ってることはよくわからん」

「……君と一緒なら逃避行の生活もいいよ」


 彼女が耳元で囁くと、俺の耳に暖かく湿った感触が。

 耳たぶを甘く噛まれ、舌で舐め上げられている。

 何をされているかに気づき、俺は赤面した。


「お、お前! あっさりライン超えてくるんじゃない!」

「フフフ、龍宮寺さんと関係がないってのは本当みたいだね」


 よくよく見ると、こいつ太ももで俺の下半身をロックしてるし、両腕も固められてる!

 やばい、本当に喰われる。


「あぁ! 龍宮寺さんこれ頂戴、お願いだからボクにこれ頂戴よ! ボク気づいてるんだからね、小鳥遊君は私のモノだから手出すなよって彼女オーラ常に発してるの!」

「わけわからんことを言うな!」

「大事に可愛がるからさ! エサもあげるし!」

「俺は犬か!」

「意外とボクの犬になりたいって人多いんだよ!」

「狂ってんのか!」

「じゃあボクが犬になるから!」

「やかましいわ!」


 車内で揉めていると無線機に連絡が入る。


『こちら妨害ジャマー1ゼルだ。後15分ほどで電波塔の修理が完了する。デコイ1行動を開始せよ』

「りょ、了解」

『なぜ既にバテているんだ?』

「なんでもない。デコイ1作戦を開始する」


 俺は膝の上からどかないディアナをそのままにして、アクセルを踏み込んだ。



 15分後――


 砂煙を上げて戦車が進むと、前回襲撃があったポイントまで到着。だが、なぜか砲撃が来ない。


「なんだ? 敵さんどこか遊びに行ったのか?」


 それなら素通りできていいんだが。

 ディアナが再びハッチから上半身を出し、双眼鏡で周囲を見渡す。


「何かいるか?」

「ん~骨ネズミが3匹並んで歩いてる」

「あー病気運んでくる嫌なネズミだ」


 俺も車外カメラで確認すると、骨と皮しかない不気味なネズミが三匹並んで映っているのが見えた。

 ディアナは軽く果物ナイフを投げると、三匹のネズミはまとめて串刺しになった。


「良いコントロールしてるな」

「君に褒められるのが一番嬉しいよ」


 その後周囲を索敵してみるが、襲撃者は現れず。


「岩陰とかに機体を隠してるかもしれん」

「透明化してるんだったら、やっぱ見つからないかも。ボクあんまりヘヴィーアーマーの知識ないんだけど、あれって鎧なの? それともロボットなの?」

「重装歩兵用機甲甲冑だから、元々鎧が起源。最初はBMの攻撃を人間でも受けれるようにしようぜって防御特化のコンセプトで造られたんだけど、火力もほしいってことで重装甲の上に重火器を積んだ。そしたら当然重量過多になって動けなくなったから、それを補うために動力炉リアクターも積んで、ってやってるうちにどんどんでかくなっていった」

「そうなるともうロボットだよね」

「それの最終形が陽火で開発されてる対BM専用人型機兵アーマーギアになる」

「アーマーギアとバトルスーツの中間機ってこと?」

「そういうことだ」

「なるほどね~。でもレイヴンって皆身体能力高いから、バトルスーツで十分だと思うけどね」

「そのへんは兵器企業スポンサーの思惑も入ってて、ヘヴィーアーマーを流行らせたい企業ってのがいくつかあるんだよ。どこもウチは学園艦で正式採用されてる武器メーカーですって言いたいらしい」

「スポンサーってボクらのこと広告塔と勘違いしてない?」

「レイヴンは魔獣と戦うわかりやすい正義の味方だからな。そのうち体中に広告貼って戦ってくれって言われるかもしれない」

「そうなったら流石にレイヴンやめるよ」

「俺もだ」


 そんな話をしていると、音紋エコーセンサーに反応。60ミリショックカノンの発射音を捉えた。

 俺は即座にディアナのビキニパンツを掴んで中へと引きずり込む。


「うわぁっ!? なにすんのさ!」

「敵が釣れた」


 スリット型の戦車窓に真っ赤な光が差し込むのと、着弾音が響くのはほぼ同時。

 ショックカノンの砲弾が砂地を穿つと、真正面にクレーターが出来上がった。

 三面のモニター、光学センサーを確認するがどこにも機影は確認できない。

 やはり前回襲って来た不可視の敵と見て間違いない。第2射が来る前にギアをバックに入れて車両を後退させる。


「うわああああ」


 急発進に驚いたディアナは、そうはならんやろと言いたくなる転がり方をして俺の上に覆いかぶさった。

 再び対面座位形態になり、視界を遮られる。


「ディアナ、前が見えん!」

「君がいきなり動かすからだよぅ!」


 彼女と向かい合ったまま操縦すると、更に二発の砲弾が車両の脇を掠めていく。


「寝坊してたのか知らんが、手厚い歓迎だなオイ」


 俺は即座に無線機を通じて、全員に交戦開始エンゲージを伝える。


「こちらデコイ1、ターゲットがかかった。これよりそちらに移動する!」

『ジャマー1了解』

『スカウト1了解』

『アサルト1了解』


「今日は途中で帰ったりするなよ」


 絶対正体を暴いてやるからな。

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