第85話 砂漠の追跡者

「逃げろ逃げろ逃げろ!」


 40トンを超える戦車が砂丘を越えて、大きくジャンプする。数秒後、連続する砲声と共に飛んだばかりの砂丘が吹き飛んだ。

 舞い上がった砂の雨が降り注ぐ中、こちらはアクセルベタ踏みの全力疾走。

 キャノン砲を持った見えない兵器に、後ろから追いかけられるというのは実にヒリヒリとする。


「またジャンプするぞ!」

「う、うん!」


 対面座位状態のディアナが俺の頭にしがみつく。ふわっと一瞬内臓が浮く嫌な感じがした後、ケツを突き上げる着地の衝撃。

 本来なら頭を正面のモニターにぶつけてもおかしくないが、ディアナが俺の頭をがっちり抱き込んでいるので胸の中に顔が埋まる。

 なんでこんな危険な状態でバカップルシートみたいなことしてんだって思われるかもしれないが、彼女の胸がジャンプの反動を吸収してくれる緩衝材として機能していた。


「すまん完全にエアバックにしてる!」

「大丈夫だよ、君に下心がないってことはわかってるから!」

「…………」

「えっ、なんで無言!?」

「お前の胸、柔らかいな」

「急にキモくなったんだけど!」

「敵との間隔は600ってところか、奴め大分距離を詰めてきてるな。だが、もう少しで電波塔のジャミング圏内に入る!」

「急にシリアスに戻そうとしても無理だよ!」


 ディアナが助手席に移ろうか迷っていると、戦車の各センサーにノイズが走る。

 どうやら電波塔の広帯域電磁撹乱バラージジャミング圏内に入ったようだ。

 少し遅れて襲撃者もジャミング圏内に入ったようで、飛来した砲弾が右脇に逸れる。明らかに火器管制システムの照準補正機能に障害をきたしている。

 それから2度、3度と砲弾が飛来したが、どれも左右に大きくハズレた。


「よし、火器管制ファイアコントロールが順調にダメになってるな」


 相手の命中精度がどんどん落ちている。これなら逃げ切ることは可能だろう。

 このまま作戦通り扇風機の前に連れて行き、不可視システムICMもダウンさせてやる。

 そう思っていると無線機から舞の声が響く。


スカウト1からデコイ1小鳥遊、装置を起動させる。砂煙に注意しろ!』

「了解」


 返事を返すと巨大扇風機が起動して、砂塵が吹き荒れる。

 車外カメラと戦車窓に砂が付着し、視界が黄色い砂嵐に染まる。


「よーし、これで敵の正体がわかるぞ」


 いくら相手が透明化していようと実際に消えているわけではない。そこにいるのであれば、この砂嵐でシルエットがわかる。

 形状データさえとれれば、それを元に土方が正体を解析してくれるはずだ。

 もし襲撃者が仙華の候補生なら、迷惑かけてくれた分ここでリタイアをプレゼントしてやろう。そう思っていると、無線機から慌てた声が響いてきた。


『ファーザ、ヤバイ! ファーザ、ヤバイ! ファーザ、マジヤバイ!』

「落ち着け、ロボットのくせに語彙力を失うな。敵の正体はわかったのか?」

『解析結果、今追イカケテキテルノハ九龍社製無人陸戦艦アームズフォートレス狩猟鋼蠍スコーピオンハウンド】ダ!』

「は? 陸戦艦AFだと!?」


 俺はカメラで後ろを確認すると、巻き起こされた砂が透明な装甲に付着し、敵の形状がぼんやりと見える。

 そのシルエットは明らかに人型ではなく、前向きに反り曲がった節尾を持つ全高20メートルほどの巨大なサソリだ。


「マジかよ、藪を突いたら戦艦が出てきた」


 話を聞いていたディアナが眉を寄せる。


「敵は仙華のヘヴィーアーマーじゃなかったの?」

「どうやら予想が外れたらしい。あれはアームズフォートレスAFって言う、局地専用の大型機動兵器だ」


 九龍社製スコーピオンハウンドは、第一次BM戦争末期に投入された、自律戦闘可能な無人艦と聞いたことがある。


「なんでそれがボクらを襲ってきてるの?」

「恐らくスクラップだったはずの艦がなにかの拍子に再起動し、自動迎撃システムが働いてる」

「ってことはつまり?」

「敵は仙華の候補生なんかじゃねぇ。ただ昔の兵器が暴走してるだけだ」


 俺は輝刃に無線で連絡を取る。


アサルト1龍宮寺こちらデコイ1、敵は大戦時使用された無人陸戦艦スコーピオンハウンドだ」

『なに、あたし達大昔の兵器にビビってたの?』

「油断するな。古いと言っても、スコーピオンハウンドは九龍社が金に物言わせて造った重武装艦ヘビーアームズだ。本来低ランクレイヴンの小隊なんかじゃ歯が立たん」

『それは昔の話でしょ。今はこっちだって装備や技術が向上してる』

「待て、奴は重装甲で防御力に関しては最新鋭艦を凌ぐレベル――」

『あたしがもう一回スクラップにしてやるわ!』

「俺の話を聞け!」


 人の話を聞かない輝刃は、竜騎士のジャンプ能力で上空に舞い上がると、真紅の魔槍プロミネンスを打ち下ろす。

 流星のような槍はスコーピオンハウンドの胴体部に突き刺さった。

 すると不可視ICMシステムが破壊されたのか、透明化していた機体の全貌が明らかになった。



 収束ビームランチャーがついた特徴的な尾に、砂漠迷彩の茶色いボディ。

 背面部にはミサイル発射管が4門。前面部には60ミリショックカノンを内蔵した巨大なクローアームが1対。腹部から伸びる4対の脚を蜘蛛のように高速で動かす、鋼の捕食者。

 赤い光を放つ頭部センサーが戦車を補足しつつ、這いずるようにして砂漠を猛突進してくる。


「なかなかのゲテモノだ。開発者の趣味が悪い」


 脚部のサスペンションが凄まじく、どのような地形だろうと平地のようなスピードで走ってくる。自分が重量級の戦艦であるということを忘れているのではないかと思うほどの機動性だ。

 上空から輝刃のプロミネンス二発目が飛来し、スコーピオンハウンドのクローアームに突き刺さった。しかし奴の外殻装甲アウターアーマーは3重の魔力鏡面反射装甲ミスリルとダイナモ合金で覆われている。

 強力な貫通力を誇る輝刃の槍でも、貫くことが出来ない。


『こちらアサルト1槍が通用しないわ』

「だから言っただろ、こいつは並のBMより強いんだよ!」

『何か弱点はないの?』

「多脚系は脚部関節装甲が薄い」

『あんなガチャガチャ動いてるとこ狙えって言うの? 止まってくれないと絶対無理よ!』


 俺もそう思う。

 奴の動きが止まるとしたら戦車を攻撃するタイミングくらいだろう。

 だとしたら一旦停まってみるか?

 そう思ったが、奴のテール部分にエネルギーが収束しているのが見えた。


「やばいテールランチャーだ!」


 咄嗟に右へと旋回する。しかし奴が狙ったのは俺たちではなかった。

 黄色い極太のビーム砲は、ジャミングを発信する電波塔を貫き爆発炎上させる。

 一瞬何が起きたかわからず呆気にとられたが、即座に無線機を手に取って叫んだ。


「エクレ! 応答しろ、エクレ! ゼル! 真島! 誰でもいい応答しろ!」


 無線機に向かって叫ぶが、ジャマーチームから反応がない。

 野郎、火器管制システムを復帰させるために電波塔を攻撃しやがった。

 確かに静止物電波塔なら、自分の火器管制が死んでいても破壊できると踏んだのだろう。想像以上に人工知能が賢い。そう思った直後、ガシャンとミサイルハッチが開く音が聞こえる。


「やべぇ巡航ミサイルトマホークだ!」


 ジャミングが消え、誘導装置ガイドビーコンが使えるようになったスコーピオンは背面部に装備された垂直発射管を開き、上空に向かってトマホークミサイルを打ち上げる。

 ミサイルは上空でUターンすると、戦車に向けて落下してきた。


「クソが!」


 俺は緊急用のジェットブースターのスイッチを拳で叩く。

 戦車後部に装備された2基のブースターが白いアフターバーナーを吹き、車体が一瞬で300キロまで超加速する。

 瞬間的な機動で間一髪躱すことができたが、背後でミサイルの爆発が起こり、爆風で戦車が横転。砂地を一回転する。


「キャアアア!」

「ぐぅぅ!」

 

 車内も一回転し、俺はシートベルトをしていないディアナを強く抱きとめた。

 今のは木っ端微塵にされてもおかしくなかったが、なんとか生きてる。しかも幸いなことに、一回転してれたおかげでまだ走れる。

 死神と幸運の女神が同時に通り過ぎていった気分だ。


「大丈夫、血が出てるよ?」


 ディアナが心配げに俺を見やる。どうやら額を何かにぶつけたらしく、血が流れてきていた。


「大丈夫だ。お前は俺が守る」

「も、もう少しふざけてよ……君がシリアスだと不安になるよ……」


 すまん余裕がない。

 どこかでディアナを降ろさないと。多分俺は”墜とされる”。

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