第83話 リタイア

 それから二時間後――

 小学生がするサッカーでも、ここまでもめないぞというポジション争いはディアナの逃げ切り勝ちのようで、彼女が囮護衛役デコイガードを勝ち取った。



 ようやく皆が寝静まったキャンプ。俺は戦車のハッチから顔を出すと、上空には蒼く輝く美しい月が見えた。

 熱砂のオーストリア大陸の夜は、昼に比べれば幾分マシではあるが、それでも気温が高い。


「あっつ。……そろそろいいか」


 俺は正体バレてるぞという旨を話すため、予めペンギンさんエクレを呼び出しておいた。


「土方、動体感知センサーだけつけておいてくれ」

『アイ↑アイ↓サー→』


 車内にいる土方に警備を頼んでから戦車を降りると、エアロ川上流に向かって歩き出す。

 聞こえてくる微かなせせらぎ。川底にある結晶石が月光を反射し、青く煌めいて綺麗だ。試験目的じゃなければムードがあっていい場所かもしれない。

 そんなことを思いながら歩くと、暗闇の中懐中電灯の明かりを頼りに、何かを造っているペンギンコート姿の少女が見えた。


「なに造ってるのかな?」

「電磁パルス爆弾ですペン」


 予想以上にバイオレンスなものを造っていた。


「そ、その爆弾どうするのかな?」

「わたしの正体に気づいているのに胸を突いてくる酷い先輩がいて、その人にプレゼントするペン」


 あかん人差し指一本じゃ済まんかった。


「ち、ちなみにその先輩って言うのは?」


 ペンギンさんはガスマスク越しの視線を上げると、俺を指差した。


「気づいてるくせに。酷い先輩ですね」


 今までの作ったような声ではなく、いつも聞いているエクレの声と一致する。

 そりゃこんな夜中に呼び出したら何言われるかわかるか。

 彼女は残骸スクラップで造られたとおぼしき、サッカーボールサイズの爆弾を俺に放り投げた。

 思わず受け取ってしまったが、コッチコッチと怖い時計音を立てる爆弾を取り落としそうになる。


「……うぉぉあああっ!!」

「フフッ、大丈夫ですよ。信管入ってないので爆発しませんから。時計は飾りです」

「びっくりした。そういう悪戯は焦るよ」

「その爆弾は機械をショートさせる超強力なパルス波を発生させます。敵が重装機甲甲冑ヘヴィーアーマーなら、行動不能にできるかと思いまして、ありあわせの素材で作ってみました」

「ありあわせでこんな物騒なもの作れるのが凄いよ、エクレ」


 ナチュラルに本名を呼ぶと、彼女は座ったままガスマスクを外し、ペンギンフードを後ろに下げた。


「ど、ども……」


 切れ長の瞳に、腰より長い後ろ髪。皆が灼熱の太陽で日焼けする中、新雪のような白い肌をした少女。叢雲が誇る天才科学者にして輝刃の妹、叢雲稲妻エクレール

 彼女は理系女子のキリッとした表情を崩すと、恥ずかしげににへら笑いをこぼし「バレちゃいましたね」とささやく。


「やっぱり地下基地ですよね?」

「うん、タトゥーがね……見えちゃった」

「はー……タトゥーかー……落としてくればよかった。そもそも姉さんが砲弾を暴発させるのが、想定外というかドジッ子というか」


 エクレは唇を尖らせると、膝を抱えて失敗したなーと凹む。


「俺はあのゲームハードタトゥー好きだけどね」

「わたしも結構気に入ってるんですよね。姉さんからはオタク臭いからやめろって言われてるんですけど」

「あれ結構キワドイ位置に貼ってるよね」


 太もものつけねとか。おへその下とか。


「少しくらいわたしもセクシーアピールしとかないと、周囲はボインボインお化けですから」

「相変わらず乳へのヘイトが高い」

「女性陣にスクワットさせておいて、よく言いますね。アレわたしへのあてつけかと思って殺意が湧きましたよ」

「決してそういうわけでは」

「それと、無闇に女性の胸を突いてはいけませんよ」

「すみません」


 当たり前のことで怒られる俺。


「わたしの貧相な胸なら、突いたところで沈みもしないから問題ないだろうと思ったのかもしれませんが、一応わたしも女ですので」

「乳に関して卑屈すぎるよ! あと君まな板アピール凄いけど、全然ある方だからね!」

「小鳥遊さんチームの人に比べたら無ですよ無。虚無、虚空です。スクール水着のゼッケンに虚空って書いておきましょうか」


 ちょっと名前カッコイイやつみたいで笑ってしまう。


「……ま、別に構いませんけどね。胸突かれたところで、どうだがっかりしただろう? って感じですから」


 あかん、完全に拗ねとる。


「そ、そんなことないよ! こうおっぱいって感じで凄く良かったよ!」


 フォローの仕方が致命的に下手。

 だがエクレはほんのり頬を染めると、俯き気味に呟く。


「そうですか……少し嬉しいです」

「チョロすぎでは?」

「先輩を追いかけて、なんの準備もなしにランク試験に乗り込んでくるくらいですから。チョロインどころか重インですけど」


 追っかけてきたんじゃないかと思ったんだが、やっぱりそうか……。


「……ランク試験は危険だって知ってるよね? もしかしたら大怪我や命を落とす危険性もある」

「はい、聞き及んでいます」

「そもそもどうやって試験受験したの?」

「学園長に頼んだらすぐ推薦状くれました」


 あのタコ学園長め、スポンサーに弱すぎる。なんのために上級レイヴンの推薦がいると思ってるんだ。

 まぁ俺も人のことを言えた義理ではないが。

 俺は彼女のことを考えて、申し訳ないが本当のことを言わせてもらう。


「エクレ……リタイアした方がいいよ」

「言われると思いました」

「君が優秀なのはよく知ってる。でも君は、この前Cランクに合格したところだ。体力テストもかなりギリギリで、Bランク試験を受けるにはまだ後一年、いや半年は早いと思う」

「…………わかってます。だからこの格好で来ました。きっと止められるだろうなって」

「レイヴンのランク試験に飛び級がないわけじゃないけど、君は身体能力面ではまだ未熟だ。現に過酷な砂漠で魔獣も平然と歩いてる、そんな環境下だと自衛もままならないだろ?」

「……はい」

「本来君の戦場はこんな最前線じゃなくて、研究所のはずだよ。もし仮に君がこのランク試験で大怪我を負った、命を落としたなんてことになったら比喩表現抜きで人類の損失なんだ」


 きっと彼女が救う命はこの先何万、いや何百万といるかもしれない。

 彼女がBMに対する有効な兵器を作り、それをレイヴンが使って人を助ける。間接的にはなるが、エクレが救ったことにかわりないだろう。

 俺は先輩として偉そうなことは言えないが、それでも彼女を止めなければならない。


「心配しなくても、君なら後々絶対合格できるよ。だから今回の試験じゃなくても……」


 そう言うとエクレは大きく首を振った。


「今じゃないとダメなんです」

「ど、どうして?」

「同じタイミングでランクが上がったら座学とか、試験とか……一緒に受けられるじゃないですか……」

「確かに同じ機械工だからそういう機会は増えると思うけど」

「どこかで追いつかなくちゃ、わたしずっと後輩じゃないですか。…………わたしは貴方に追いつきたい。後ろから貴方の背中を見るのも悪くありませんが、隣を歩きたいって欲が出てしまいました」


 すみませんと俯く。


「自分でも能力足りてないってわかってるんです。小鳥遊さんが先月ゲロ吐きながら頑張ってたの知ってます、それでも足りないって言いながら過酷な訓練してるのを近くで見てました」

「あぁそうだね……。エクレにも頼って土方を造ってもらった」


 それでも足りない。

 王白白、ディアナ、ゼル、真島、そして輝刃。今まで出会った候補者は全員俺より格上だ。そして脱落したであろう烏丸もきっと実力では俺より上だったし、なにより合格するためには仲間ですら踏み台にする冷徹さを持っていた。

 もう何回も試験に落ちている奴らは、他者の足を掴んで引きずり落とすぐらい何の躊躇もなくやってのけるだろう。そんななりふり構わない、執念の塊みたいな連中の中で上位に食い込むのは、俺のレベルでも相当苦しい。


「皆命賭けで試験に臨んでるんだ。君に命を賭けて戦う覚悟はあるかい?」

「…………」


 黙り込むエクレ。


「エクレ、ゆっくりでいいんだよ。心も体もゆっくり強くなれば。焦らなくても俺も協力するから」


 また来年力をつけてから臨むのがいい。

 その時はどれだけエコヒイキと言われようが、試験の内容を全部彼女に伝え、訓練も全て付き合い、万全の状態で試験に送り出そう。

 しかしそれでも彼女は首を横に振った。


「でもあなたは自分の能力が足りないってわかってて、この試験を受けたんですよね?」

「ああ……そうだね」

「ならわたしも命を賭けて、あなたと上に上がります。他のレイヴンが世界平和の為とかすごい理由で上を目指してる中、浮ついた理由で申し訳ないですが、わたしはあなたと一緒の時間を過ごすためにBランクに上がりたい」


 エクレの目には決意がこもっている。その声は、遊びで言ってるようにもランク試験をなめているようにも聞こえない。

 彼女は立ち上がると、星の瞬く夜空を見上げる。


「小鳥遊さん言いましたよね。たたんだ翼は飾りじゃないから。風を掴むために広げてみたいって」

「君がポエムみたいって言った奴だね」

「あれ実はめちゃくちゃ心に刺さってまして。あっ、この人絶対空飛ぶって確信しました」

「君は俺にバイアスかけすぎだよ」

「そんなことないですよ。天才科学者の勘は当たります」

「君は夢を追いかけるバンドマンとかに弱そうだ」

「ちょろい女は嫌いですか?」

「意地悪なこと聞くなよ」

「ふふっ、ごめんなさい」


 二人で笑い合う。


「わたしも自分の力を信じて飛んでみたいんです」

「エクレ……」

「わたしリタイアしません。例え姉さんに言われたとしても。小鳥遊さんが意地で空を飛ぼうとするのなら、わたしも意地であなたの後ろを飛んでみせます。もしわたしがフラついて落ちたとしても見捨ててもらって構いません」

「…………」


 俺は聞こえない程度に小さく息を吐く

 理由はどうあれ、引っ込み思案の彼女が命を賭けてでもランク試験に合格したいと強い意志を持っている。

 その決意は良い意味で成長と言えるだろう。


「強く……なったなぁ」


 俺が小さな声で呟くと、エクレは青の光で溢れる川へと入っていく。

 彼女は水を蹴り上げながら俺に振り返ると、両手を鳥のように広げてみせた。


「わたしの未熟な翼ではちゃんと飛べないですが、あなたと一緒に飛べるように頑張っちゃダメですか?」

「…………君は卑怯だ」


 そんなこと言われたら、リタイアしろなんて言えなくなるじゃないか。

 翼を広げて必死に飛ぼうとする小鳥を誰が止められるのか。

 俺はその時、雫さんや白兎さんたちの顔が思い浮かんだ。


「ウチの姉様方も本当は止めたかったんだろうな……」


 それでも背中を押してくれた優しさが、今になってわかる。

 俺は小さく息を吐き、彼女に向き直った。


「この試験に関して、俺は君をサポートすることはできないよ?」

「ええ、構いません。だから別のチームに入ったんですから。まぁ……ほんとはめちゃくちゃ甘えたいんですけど」

「俺も実はめちゃくちゃ甘やかしたい」


 エクレはクスリと笑うと、ペンギンコートの前を開いた。


「じゃあ今だけ遊んで甘やかして下さいよ、先輩」


 コートが脱ぎ捨てられるとブルーのレオタード水着と、しなやかな彼女の肢体が露わになる。エクレは後ろ髪を弾くと、シルクのカーテンのような髪が揺れる。

 水面の光が反射して、彼女の姿がブルーに染まる。思わず目を奪われてしまうその光景は、とても神秘的に見えた。


「やっぱり君は嘘つきだ。そのスタイルで貧乳を騙ったら、世の貧乳女性が怒るぞ」


 スケベHカップの輝刃の妹が虚空になるわけがない。

 あれを指で突いたのかと思うと、恥ずかしくなってきた。


「相対的に見てですよ」

「なんで冷却コート、ペンギンのデザインにしたの?」

「……ペンギンって飛べない鳥じゃないですか。実はそことかかってたりします」


 なるほどな。

 俺もチャプチャプと川の中へと入り、差し出されたエクレの手を引く。


「小鳥遊さん、もし仮にですけどわたしが合格したら何かご褒美くれませんか?」

「ご褒美? ああ、構わないよ。なんでも言ってくれ」

「じゃあ……キスしてください」

「お、おう」

「唇に」

「エクレ、それはその……いろいろまずいんじゃないか」

「一気に汗が吹き出てますね。どうせオデコとかで済ませようとしたんでしょうけどダメですよ。こんな過酷な試験を勝ち抜けたなら、それぐらいしてくれてもいいと思いますが」

「か、考えとくよ……」

「期待してますね”先輩”」


 青い光に照らされた、はにかみ笑顔の彼女を見て、俺は不覚にもCG回収したなとオタク的なことを考えてしまう。

 その後、俺とエクレはしばしの間川で水遊びを楽しんだのだった。


 ☆☆☆


 戦車のハッチから伸びた集音マイクは、車内にいる土方に繋がっていた。

 土方のスピーカーから雑音混じりに聞こえてくるのは、悠悟とエクレの会話だ。

 ディアナと輝刃は耳を寄せて、とぎれとぎれの音声を聞き取る。


「ねぇ、君の妹強敵すぎない? 禁忌に触れようとしてる兄妹見てる気分なんだけど」

「正直、あの子が一番ヒロイン力高いのよね。あの子と犬神先輩と牛若先輩と白兎先輩はマジでほっといたら子供できてる」

「子供の数多くない!?」

「一番怖いのはそれで修羅場化せず、和やかに大家族化してそうなのよね……」

「ってかどうするの? 妹さんリタイアさせるの?」

「…………明らかにあの子のレベルが足りてないって感じたらね。今は――」


 気づいていないフリしといてあげる。


「その優しさが命取りになるかもよ」

「それどっちの意味で言ってる?」

「キスの方に決まってるよ。ねぇあのキスってボクらにも有効だよね?」

「当たり前でしょ。なんであたしたちは有効にならないのよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る