お姉様は小鳥に夢中
ありんす
第1羽 龍宮寺 輝刃
第1話 雛鳥
「ユウ君、起きて……」
俺は誰かに体を揺さぶられ、目を覚ました。
カーテンの隙間から暖かな朝日が差す部屋で、俺はゆっくりと体を起こ……。
そうと思ったが体が全く動かない。
どうやら起こしに来た人物がマウントをとっているらしく、体ががっちり
瞼を開けると、俺の目に映り込んできたのは大きすぎる胸の谷間。目をぱちくりさせると、ほんの少し甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「早く起きないと授業に遅れちゃうわよ」
優しく声をかけられる。しかしこれでは胸が喋っているように思えてしまう。
いきなり不健全な光景が繰り広げられているが、決して事後スパークしたわけではない。
「おはよう。雫さん」
「は~い、おはよ~。悠悟君」
少しのんびりした雰囲気のある女性。俺、
艶のあるロングのヘアスタイルに、100センチを超える爆乳。俺より二つ歳上なのだが、大人びていておっとりしている。
常に柔和に微笑んでいて性格も優しい為、男女問わず人気が高い。学園では皆の姉として有名なのだが、俺からすると勝手に皆の物にしないでほしいとシスコン的な考えが頭をよぎる。
「雫さん……どいてくれると助かる」
「あっ、ごめんね」
どっかりとした胸が俺からどくと、一気に呼吸がしやすくなった。
彼女は俺を起こすとワイシャツのボタンをしめて、真っ白な学制服に身を包む。
できれば起こす前にしめておいてほしい。いや、やっぱしめなくていいです。
彼女の着る特別仕様の学生服は一般学生の紺色のものとは違い純白。学園の中でも認められた、ごく一部のエリートが着るもので、黒のネクタイに金のボタンが光る。下は改造されたロングスカートで深いスリットからは色気のある太ももが覗く。
のんびりとした雰囲気があると言ったが、彼女は我が学園四天王の一人に数えられる優秀な人物だ。
雫さんが部屋のカーテンと窓を開くと、涼しい風が吹き抜ける。窓の外に見えたのは流れゆく木々と遠くに見える海岸だ。
俺の耳にわずかにゴーっとエンジン音が響く。
「うん、良い風ね」
「今どの辺?」
「プリンシティの近くよ」
ここは【移動学園都市型艦
ここには学校は勿論のこと、商業施設や訓練場、農業施設が入っており、自給自足可能な空飛ぶ都市として機能している。
これだけ巨大な施設が超巨大飛行石と、マキアエンジンと呼ばれる魔導エンジンによって浮遊しているのだ。
俺達学園生は出雲から世界各地に派遣され、モンスターの討伐や、クライアントから依頼を受けて特殊なミッションを行う。カッコイイ言い方をすればエージェント。一般的には【
と、言っても俺はまだレイヴン試験に合格していない半人前で、ミッションを単独で行うことはできず、雫さんのような上級レイヴンに随伴して任務を行うことになっている。
ベッドから起きると、雫さんは俺の背中を押して洗面所へと連れて行くと、歯ブラシを口の中に突っ込み、ささっと髪をセットして制服を用意してくれる。
何もしなくても朝の準備が整ってしまう、完全にダメ人間製造機である。
俺は紺色の制服に袖を通しながら、雫さんが用意してくれた朝食を食べていると、校内アナウンスが部屋の中に響いた。
『まもなく補給施設プリンシティに到着。プリンシティ周辺でミッションを受注しているレイヴンは下校の準備をして下さい。またプリンシティには24時間の停留予定です。24時間以内にミッションが完了できない場合、次回停留ポイント、ガステイラシティ、シロップシティ、シュガータウンのいずれかの都市で合流してください。来週は陽火国へと入ります。学生各位は進路スケジュールを確認してください』
出雲を含む学園都市型艦は、この大陸【モスナキア】をグルグルと周回しており、レイヴンたちは学園に届いた任務を受ける、任務地周辺で下校、任務達成後、出雲に戻るを繰り返している。
もしも出航時間に間に合わなかった場合、高速列車で追いかけたり、次に出雲が近くを通るまで待ったりするのだ。
学園都市型艦は軍とは違う指揮権を持ち、どの国にも帰属しない。
この艦は【
なぜこのような学園都市型艦があるかというと、小国で巨大モンスターが現れた時、国だけでは対処できず他国に援軍を求めることになる。
しかし、それでは出現報告、援軍協議、援軍承認、援軍編成、該当国へ移動と、正式なプロセスを踏むと時間がかかりすぎる。
そのような事態が頻発する為、世界各国は機動力があり、戦闘力の高い軍じゃない組織が欲しかったのだ。
軍が介入するとすぐ国同士の喧嘩になるので、あくまでウチは自国の利益の為に助けているのではなく、お金さえ払ってくれればどんなトラブルでも解決しますよという便利屋的な保安勢力を欲した。
世界各国は協議を繰り返し、条約を取り決め、軍組織に帰属しない学園都市型艦の建造を決定した。
【Gアメリア合衆国】が建造した学園都市一番艦【ヒューストン】が見事にその役割を果たし、都市型艦はその実績と有用性から様々な国で建造され、二番艦、三番艦が空へと出航した。
それからというもの学園艦は、有事の際迅速に駆けつけ戦闘に長ける多数のレイヴンたちがモンスター討伐を行う、警察とも軍とも違う最もフットワークの軽い第三の保安組織となったのだ。
まぁざっくりしたことを言うと、俺達学生をレイヴンとして育てながら世界を空からパトロールしようぜというのが、この学園都市型艦のコンセプトでもある。
「ユウ君、今日レイヴン試験よね? ライセンスとれそう?」
「うん、後はペアのチーム実技試験だけなんだけどね」
「教官は誰かしら?」
「確か
教官というと普通大人の先生を想像しがちだが、ここでは先輩である上級レイヴンが下級生の試験を受け持つことになっており、大巳先輩は雫さんの同級生でもある。
「
雫さんはグッドアイデアと言わんばかりに手を打つ。
「ダメだよ、雫さんだと忖度しちゃうから」
「でも、ユウ君が可哀想……じゃあじゃあ私が試験のペアになろっか?」
「だ、ダメだよ。雫さん上級ライセンス持ちなんだから。そんなパワーレベリングみたいな……」
「でもでも」
「いいんだよ。ちゃんとレベルが足りてないから落とされてるんだし。むしろ能力もないのに合格しちゃう方が問題だよ」
適当に合格して、いざ危険な任務を受けた時実力が足らず、最悪死に至ることだってある。
だったらしっかりと自分の力を上げて、試験を突破しなくてはならない。
「お友達にも抜かされちゃってるんでしょ」
「うぐ……まぁ、それは……うん」
「私、ユウ君がポンコツって言われてるの聞いちゃって、将来ポンコツカラスになるんじゃないかって心配してるの……」
「う、うん。ごめんね不出来で」
ポンコツカラスとは何度もミッションに失敗する、レイヴンの蔑称みたいなものである。
「いいのポンコツでも。昔の諺にバカな子ほどかわいいっていう言葉があるのよ」
「う、うん。雫さん。多分それ慰めになってない気がする」
「もしユウ君がレイヴンになれなれなくても私がユウ君を一生守ってあげるから安心して!」
「あ、ありがとう。でもヒモにはなりたくないから」
「ヒモじゃないわ。だって従妹だもの!」
従妹と言ってもかなり遠縁にあたるのだが。
雫さんは若干過保護なところがある。そのお陰で学園の同級生からはママが見てるぞ、なんてからかわれたりもする。ママって言うな姉と呼んでほしい。
「いや、あんまり試験に落ちてると放校処分になっちゃうし」
「させないわ! その為に偉くなったんだから!」
ダメだこの人、権力の使い方が清々しいほどにブラコンだ。
時刻は午前8時半を回り、俺は実技試験が行われる訓練場へと向かう。生徒が住む宿舎エリアを抜け、エントランスへと入った。
このエントランスには8基のエレベーターがあり、それぞれが艦の学科教室、訓練場、生徒宿舎、ショッピングセンター、農業、工業エリア、出雲機関室、職員室へと移動することができる。
俺は電子端末にIDカードをかざすと、訓練場行きのエレベーターが開き、中へと入る。
本来俺みたいなライセンスを持っていない生徒は座学と訓練の繰り返しで、たまに上級レイヴンのミッションへとついていく。
ここにいる生徒の大多数は決められたカリキュラムを持っているわけではなく、各々が特化したい学科を受講し、単位を取得してからライセンス試験へと臨む。その為皆揃って授業を受けることの方が珍しい。
そんな俺は機械工学と化石復元学という、ちょっとかわった専攻をしている。
「ライセンスがとれたら一人前なんだけどな」
必修の戦闘科目のハードルが落ちこぼれにはかなり高い。
レイヴンに戦闘はつきもので、戦えて当然という風潮がある。それはそうだ弱いレイヴンなんて需要がない。
俺が小さく息を吐くと、チーンと音を響かせてエレベーターが開く。
訓練場目指して廊下を歩いていると、前から友人の
猿渡はかなりお疲れの様子で、紺色の制服のいたるところに泥がついていた。
「おぉサル」
「おっ、トリ」
「今帰ったのか?」
「そっ、プリンシティで合流した」
「すげぇお疲れだな」
「上級生のミッションに随伴したんだけど、めちゃくちゃ疲れた。肉食モンスターを捕獲する為に湿地帯の泥沼で一日中待機。マジで地獄」
「大変だな」
「とりあえずこれでライセンスに必要な任務科目の単位は取得した。お前は?」
「今から実技試験だ」
「あーそっか、お前確か実技2回も落ちてるんだろ?」
あはははダセェと笑う猿渡。他人事のように言っているが、こいつは3回落ちている。
コイツとはライバルというか、底辺を争う赤点仲間のようなものだった。
「技術士に実技を求めるのは酷だと思う」
本当なら俺は出雲のような艦を直したり、任務で使う特殊車両などを扱うのが主目的で戦闘は得意ではない。
「教官鬼になってない?」
「少しツノ伸びてきてる。でも大巳教官が厳しいのはいつものことだからな」
「オレのときは死にたいのかこのゴミムシが! って散々尻を蹴り飛ばされたぜ」
「それは嫌だな」
「あぁ、興奮が止まらなかった」
猿渡は真性のMである。
「それは良かったな」
「まっ、試験落ちてオレと肩を並べてくれ」
「全力で断る」
「じゃ俺は、悲報小鳥遊悠悟、3度目の試験落ちを期待しながら寝るわ」
「お疲れさん」
ヘロヘロな猿渡はそのまま自室へと帰って行った。
「いろんな任務があるんだな……」
っと、悠長に話している場合ではなかった。早く試験場に行かなくては教官に怒られてしまう。
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新シリーズスタートしました。
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