第62話 多重運命交錯照準星Ⅲ
「えっ、犬先輩がおかしい?」
「そうなんですよ……」
俺はラブシールを貼った後、なぜかデレデレになってしまった犬神さんを連れて星見先輩の元を訪れていた。
占い部屋で万札の枚数を数えていた星見先輩は、しげしげと犬神さんを見やる。
「おかしいってどのへんが? ぱっと見普通の犬先輩にしか見えないけど」
犬神さんは俺の隣でクールな表情のまま、キセル片手に白い煙を吐いていた。
「違うんですよ。これ見て下さい」
俺は繋がれた手を持ち上げる、するとジャラリと手錠が音を鳴らす。
「手を繋ぐことぐらいあるんじゃないの?」
「違いますよ! 手錠ですよ手錠! おかしいですよね!?」
犬神さんはここに来る前に、ちょっと待ちナンシーと言ってレイヴンの基本装備から手錠を取り出すと、自分の腕と俺の腕に手錠をかけたのだ。
「確かにちょっと変ね」
「ちょっとじゃないんですよ! しかも見て下さいこの煙!」
俺はさっきから吹きかけられている煙を指さす。ポッポッポッと一見煙を円形にして吐き出しているように見えるが、煙は微かに魔力を帯びると『浮気殺す』と煙文字が浮かび上がる。
「犬先輩めちゃくちゃ器用ね」
「関心するとこそこじゃないですよ! 明らかにラブシールを貼ってから様子がおかしいんですって!」
「ラブシール?」
「いや、あなたが売ってくれた奴ですよ!」
「えっ、あれ効いたの?」
嘘でしょ? と逆に驚く星見先輩。
「売ったあたしが言うのもなんなんだけど、あれ効いたことないのよね」
「は?」
「あれは確かに貼った相手と自分の運命を強くするんだけど、ほんのちょびっとなのよね。ほとんどフラシーボ。大体1万円で相手を好きになるシール売ってたら、あたし世界中の諜報機関に狙われるわよ?」
「確かに。いや、確かにじゃなくて、じゃあなんで犬神さんの態度がこんなに変わってるんですか?」
「ん~考えられるのはガチで犬先輩が小鳥ちゃんの運命の相手だったってとこね」
星見先輩は水晶を軽く撫でると、眩い光が部屋に満ちた。
以前占ってもらった時は真っ暗い淀んだ雲のような色をしていたが、今は神々しいブルーに輝いている。
「うーわ……すんごい光ってるわね……」
「やばくないですか? 爆発しそう」
「この運命力の光……多分小鳥ちゃん来世カマキリに転生しても結ばれるわよ」
「あのオスは交尾するとメスに食べられると有名なカマキリさんでもですか?」
「ええ、多分3回くらい転生しても磁石のように惹かれ合って、きっと結ばれるわ」
「もうそこまで行くと呪いじみた恐ろしさがありますね……」
星見先輩は水晶を見ながらむぅと呻る。
「さっき言ったけど小鳥ちゃんは多重運命交錯照準星っていう、複数の運命が絡み合った稀有な運命も持ち主なんだけど、ラブシールのおかけで今まで均衡を保っていた運命が崩れたってとこかしらね」
「シール凄すぎません?」
「シールが凄いというより犬先輩と小鳥ちゃんの運命が凄い。水晶の端の方に黄色や紫の光が見えるでしょ? 多分これが運命をとりあってた星なの。犬先輩はそれらの運命を凌駕する圧倒的な運命力を持ってたってこと。まぁ例えるなら金星や火星が地球を巡って争ってたら眠っていた太陽が起きた感じ」
「微妙にわかり辛い例えですね……」
「金星や火星も決して弱い運命じゃないのよ。ただ太陽が桁違い過ぎただけで。多分太陽さえいなければ別の星との物語が綴られていたと思うし」
「は、はぁ……」
さっきから黙ったままの犬神先輩は、俺に小さく耳打ちした。
「…………」
「犬先輩なんて?」
「スキって、小声で」
「惚気ならよそでやってくんない?」
「いやいやいやいや! いきなりこうなって本当に困ってるんですよ!」
「別に犬先輩が運命の相手でいいんじゃないの? 美人だし、下級生から人気あるし、実家は有名な神社で金持ってるし逆玉じゃない? 神社って知らないんだけど檀家の人がお金いっぱいくれるんでしょ? 何もしなくてもお金が入って来るって最高じゃない?」
「そんな悪の宗教家みたいな……」
「あたしが男だったら飛びついてるわよ」
「金に飛びつくの間違いでは……」
星見先輩はもう一度軽く水晶を撫でる。
「んー今犬先輩の性格見たけど、御主人様大好きな狼って出たわ」
「なんですかその、女性誌の隅に乗ってそうな絶対当たらない動物占いみたいなの」
「見た目牙が鋭い狼に見える女の子だけど、中身は御主人様大好きの忠犬気質。御主人様が好きすぎて、例えどれだけ放置されてもナデナデしてあげるだけで嬉ションしてしまうタイプの子よ。これは調教しがいがあるわね」
「大丈夫ですか、いい加減犬神さんにぶん殴られますよ」
「まぁとりあえずラブシールが原因だと思うなら剥がしてみればいいんじゃない? どこに貼ったの?」
そう聞かれて俺は一瞬口ごもる。
「えっと、それがその……胸元でして。じ、事故なんですよ! ほんとに突っ込んできた犬神さんの胸に偶然手が当たってしまって、その時たまたまシールが貼られてしまっただけで……」
俺は自分でも苦しいこと言ってるなと思う。
「大丈夫よ、それはトLOVEるっていう恋の運命があなたと犬先輩を引き合わせてるの」
「なんですかそれは……」
「恋愛の運命が引き起こす偶然を装った因果の一つで、別名ラッキースケベ野郎、ラブコメの星なんていろいろ言われてるの。あなたも少年誌で見たことない? なんの脈絡もなく主人公がヒロインのおっぱいを触ったり、パンツを脱がせたりしてしまうハプニング」
「あ、ありますけど」
「あれ実話よ」
「マジで!?」
「恐らく作者の体験か、作者の友人の話かはわからないけど、恋愛運命が強い者同士がいるとトLOVEるが発動するの」
「大丈夫ですか、エッチなビデオで時を止める男は実在したみたいなこと言ってますけど……」
「まぁトLOVEるのことは置いておいて、貼り付けたラブシールを見せてちょうだい」
「あ、あの犬神さんお手数ですが、胸元をほんの少しだけ見せていただけると助かるのですが……」
なんとか腰低く頼むと、犬神さんは水蜜桃のような甘い匂いのする煙を俺の顔に吐きかけた。
「葵」
「はい?」
「葵じゃ。何度言ったらわかる。それにそのようなへりくだった頼み事はやめなんし。わっちは主様の物、堂々と命令しなんし」
「す、すみません……えーっとじゃあ、あ、葵、ぬ、脱げ……で、いいのかな」
盛大にキョドりながら言うと、犬神さんは青い巫女服の白衣を大胆に開く。
真っ白い新雪のような肌に、丸く大きな膨らみ。
男の視線が一点集中しそうな胸の谷間、モチッとして柔らかそうな場所に卑猥なタトゥーにも見えるハートのシールが貼られている。
「あれ、このシールこんな真っ赤でしたっけ?」
「運命が活性化してるのね」
星見先輩がラブシールに手を伸ばすと、犬神先輩は慌てて胸元を隠した。
「な、なにをする気じゃ! これは主様に頂いたもの、誰にも渡さぬぞ!」
狐耳をピンと立て真っ赤な顔で怒る犬神さん。
「御主人様に貰った玩具をとられたくないワンちゃんみたいね……。あたしじゃ剥がせないから小鳥ちゃん自分で剥がしなさい」
「あ、葵さん、その少しだけシールを……」
「嫌じゃ嫌じゃ! これがあると心が温かくなるのじゃ! 主様と言えど聞けん!」
「葵さん……あなたはそのシールで歯車が狂ったというか……リミッターが外れちゃったというかなんというか、少しおかしくなっちゃってるんです。正常に戻りましょう?」
俺は犬神さんの胸に手を伸ばすと、彼女は抵抗しなかった。
ただしその双眸からはボロボロと涙がこぼれ落ちていた。
「主様が……言うのであれば……わっちは……」
初めて見た犬神さんの涙にシールを剥がそうとする手が止まってしまう。
そんな顔されたら無理に剥がすことなんてできないじゃないか。
俺は小さく息をつく。
「あ、葵さん、胸しまって」
「……よいのか?」
「はい……。これからどこかに出かけませんか?」
「主様とならばどこにでも行こう」
無理だ。こんな嬉しそうな顔をしている犬神さんからラブシールを剥がすのなんて……。
星見先輩は問題を先送りにした俺に声をかける。
「そのシールは24時間で完全に効果が固定されるわ。剥がすなら24時間以内にしなさい。ただ……ラブシールは太陽が爆発するきっかけを作ってしまったから、シールを剥がしても犬先輩の恋心が納まるかどうかはわからないわよ」
「……大丈夫ですよ。犬神さんの精神力なら」
「こんなこと言うのは占い師として無責任かもしれないけど、犬先輩と結ばれることが小鳥ちゃんの正史なの。無理に抗ったところでそう簡単に運命は変えられないわよ」
「…………」
「受け入れるか入れないか、あなた次第よ」
「……考えます」
俺と犬神さんは星見先輩の占い部屋を後にした。
◇
小鳥遊と犬神が去った後、星見は水晶を撫でる。
そこには蒼の巨星の周囲を周る、二つの筋を引く金星、LEDのようなデジタル的な光を放つグリーンの星、艶のある真ん丸い紫星、刀のような煌めきを見せる白星が映っている。
「あぁは言ったけど、むしろ運命を変えるのはあなた達よ。どの星だって太陽を超える
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