第61話 多重運命交錯照準星Ⅱ
◇
ギャル友の猪瀬とゆるふわのミーコに見守られながら、エクレは出雲の整備室でカチャカチャと何かを作っていた。
「ねぇエクレっち、なにやってんの?」
「銃を作ってるんだってぇ~」
「それは見ればわかるんだけどさ。なして急に銃?」
「ちょっと私の恋の弾丸を撃ち込まなければいけない人がいて」
「恋の弾丸~?」
「ええ、外しませんよ、この恋の魔弾は」
エクレはカチャンと出来上がった拳銃のスライドを引く。
ハート型の銃口、弾丸はラブシールを弾頭に張り付けたスラッグ弾を使用する。
「わたしは今から恋のハンターとなります」
「まーた小鳥パイセンがらみ?」
「ええ、小鳥遊さん……あなたの運命……わたしが頂きます」
エクレはカッコをつけて、銃口にフッと息を吹きかける。
「どうしたのあの子ぉ?」
「エクレっち小鳥パイセン絡むとIQ3くらいになるかんな」
エクレは整備室にあった鉄板に、特製のスラッグ弾で試し撃ちを行う。
威力抜群な恋の魔弾で鉄板がハート型に凹んだ。
「ふぅ、ラブハンターエクレール、あなたのハートを……いただきます」
「あれで撃ったら小鳥パイセンの背骨折れるけどな」
「エクレちゃんってばリアル心臓がほしいのかしらぁ?」
◇
出雲の連絡通路を歩く俺。その手にはハート型のシールが握られている。
星見先輩に貰ったラブシールだが、これを誰に貼りつけようかと迷っていると、反対側から都合よく輝刃が歩いてくる。
彼女はなぜか赤い顔をしてこちらを睨みつけてきた。
「…………」
「…………」
お互い謎の緊張感を持ちながらすれ違う。
「な、なんだあいつ……なんか凄い睨んできたな……」
シールを貼り付けようかと思ったんだが、殺人鬼がターゲット探してるみたいな目をしてたから無理だった。
「小鳥遊君」
「うぉあ!?」
すれ違ったと思っていた輝刃が突然話しかけてきた。
「な、なんだどうした?」
「なんでそんなキョドってるのよ」
「それはお前も同じだろ……ってか、なんで両手後ろに回してるんだ?」
「それはあなたも同じでしょ?」
俺は咄嗟にラブシールを後ろ手に隠してしまったのだ。
でもチャンスと言えばチャンスだ。こいつに貼って効果を確かめたいという気持ちもある。
24時間相手に気づかれずシールを貼り続けることができれば、俺のことを好きになってくれるというすさまじい効果を持つラブシール。勘のいい輝刃に気づかれず貼るとしたらどこに……。
俺は輝刃の太股や深い胸の谷間を見やる。
こんな位置じゃダメだ、すぐに気づかれる。
(貼るとしたら自分で確認することが不可能な部位……それ即ち……背中!)
「そ、そういえばさぁ、もうじきクリスマスよね」
「お、おぅ、いきなりだな」
なんか露骨に話変えてきたな。
「あんた何か欲しいものないの?」
「えっ、なんかくれるのか?」
「き、聞くだけね。聞くだけだから」
「そうだな……やっぱりゲームがほしいか――」
「あっ! 小鳥遊君空からムカデが!」
「ムカデ? なぜこんなところにムカデが」
輝刃は急に俺の後襟を掴むと、背中に何かを放り込んだ。それと同時に不快に蠢く感触がある。
輝刃は分厚い革の手袋をしている。コイツまさか本当に!?
「クリスマスプレゼントよ」
「冗談だろ!? ムカデ放り投げて来るヒロインとか聞いたことねぇぞ!?」
普通死ぬほど嫌いな奴でもそんなことしないぞ!
俺は慌てて制服を脱ぐと、ムカデがボタリと落ちた。
「ほんとにムカデじゃねぇか!?」
「あなたが悪いのよ……服を脱いでくれないから」
「ムカデぶち込まれるくらいなら服くらい喜んで脱ぐわ!」
「小鳥遊君噛まれてないか見てあげるから背中見せて」
「おぉ、さっきチクっとしたわ。絶対噛まれてんぞコレ!」
「かわいそう」
「サイコパス!」
俺は背中を向けると、輝刃はペタペタと俺の背中に触れる。
「小鳥遊君……あなたもしかして誰かに背中触られた?」
「触られてはないけど、さっきエクレにすんげぇ痛い銃で背中撃たれた」
「そう……」
「なんだどうした?」
「いや、珍しいシール貼ってるなって……」
輝刃の声は若干怒気を孕んでいる。
「シール?」
「気にしないで、運気を下げる邪気を纏ったシールが貼られてるからとってあげるわ」
「お前が運気下げるとか言う?」
輝刃はベリっとシールを剥がすと、ゴミ箱にそれを捨てた。
そしてかわりにペタペタと何かを貼り付けてくる。
「これ傷によくきく絆創膏だから剥がしちゃダメよ」
「お、おう……サンキュ」
「よし……」
輝刃はポンポンと俺の背中を叩くと、満足気に笑顔を作った。
「あのさ、ど、どう?」
「どうって何が?」
「きいてる感じする?」
「そんな今貼ってすぐ効果あるものなのか?」
「いや、そのなんか心が温かくなるとか」
「絆創膏にそんな効果ないだろ。そもそもお前がムカデ放り投げたせい――」
俺は輝刃に向き直った瞬間、突然視界全てが晴れたような感覚に襲われた。
そう……例えるならこの場に天使が舞い降りた。
「マイ……ムカデエンジェル……輝刃……」
「えっ?」
「い、いや、何でもない!」
な、なんだなんだこの胸の高鳴り。今の俺にはキラキラと輝く輝刃の顔が眩しすぎて直視できない……。
こいつこんな美少女だっけ? もしかして今まで近すぎて気づかなかっただけ? だとしたら俺はとんだ大バカ者だ。……これってもしかして恋なのか?
「た、小鳥遊君目にハートが浮かんでるんだけど」
「や、やめ……見んなよ……恥ずかしいだろ……」
「え、なにこの空気……。も、もしかして……きいてる?」
すげぇ、心臓が破裂しそうだ……。こいつってなんでこんなに天使なの? これじゃ俺がロミオで輝刃がジュリエットじゃないか……。
俺は自分の心を抑えきれず、輝刃と距離を詰めた。
「ちょっ……どしたの」
「お前がいけないんだぞ……お前が俺を狂わせた」
輝刃を連絡通路の壁に押し付け、俺は彼女の顔の横に手をついた。
「こ、これ壁ドン……効果凄すぎ……」
「なぁ輝刃……クリスマス何が欲しいかって聞いたよな?」
「う、うん……」
「今年のクリスマス……お前が欲しい」
真剣な眼差し、いつものボケ成分ゼロでの告白。その雰囲気を感じ取った輝刃は顔を真っ赤に染める。
「…………それってどういう……意味?」
「言わないとわからないか?」
「だ、だっていきなりだし……」
「恋はいつだって突然なんだぜ?」
「…………」
「二人のクリスマスに……ウィーウィッシュアメリクリスマス」
「……アン……ハッピーニュヤー」
俺は輝刃の顎をクイっと持ち上げる。少し早いクリスマスプレゼントだ。
彼女が目を瞑る。俺も目を瞑り、ゆっくりと顔を近づける。
すると突然タンタンタン! と銃声が響いた。放たれた三発のスラッグ弾は全て俺の側頭部に命中する。
「あ゛あ゛頭蓋骨がぁぁぁぁぁ!!」
陥没したとしか思えない痛みに俺はのたうち回る。
ハート型の銃口をした珍しい拳銃を持ったエクレが、苦々しい表情をしてこちらを見ていた。
「ほんとに姉さんってなめたマネしてくれますね……。泥棒猫って言葉がぴったりですよ」
「それはこっちのセリフよ……まさかあんたもとは思わなかったわ。我が妹ながら手が早いというか音速で股を開くというか……」
「クリスマスプレゼントになろうとしていた姉さんがよくほざきますね……。どいてください、姉さんのシールを剥がして私のラブシールを貼りなおしますから」
「そんなことさせるわけないでしょ」
輝刃はパンと手を打つと、深紅の魔槍プロミネンスがその手に現れる。
「小鳥遊君、あたしがあなたを24時間護衛するから。今のうちに逃げて」
「で、でも……」
「いいから……素敵なクリスマスにしましょう」
「ちょ待てよ、輝刃ぁ!(巻き舌)」
「行って! 早く!」
「くっ!」
俺はその場から逃げ出した。
「姉さん正直今回ばかりはあなたを殺さなければいけないかもしれません」
「ほざけ超運動音痴」
「私エイムはゲームで得意なんですよ!」
姉妹での激しい戦いが繰り広げられつつあった。
◇
俺は全力疾走で出雲のショッピングエリアへと走ると、そこは既にクリスマスムードでいっぱいだった。
サンタクロースの衣装を着たバイトの学生たちが、クリスマスケーキのビラを配っているのが見える。
「ハニィ(巻き舌)……大丈夫かな……」
やっぱりハニーのことが心配でたまらなくなってきた。あいつは俺がいないとダメな奴なんだ。
さっきの場所に戻ろうかと思っていると、不意に雪だるまの着ぐるみを着たバイトが俺の前を塞ぐ。
「ご、ごめん、ちょっとどいてくれるかな」
「メリークリスマース♪」
「クリスマスクリスマス。ちょっとどいてハニィが俺を待ってるんだ」
なんでこんなにくっついてくるんだこの雪だるま。俺はハニーの……ところに行かなきゃ――
グイグイ寄って来る雪だるまが、不意に頭と体で分離すると、俺の体を食べるようにして着ぐるみの中へと引きずり込んできた。
「おわっ!?」
着ぐるみの中にいたのは、紫のスケベな下着姿の雫さんだった。
「メ、メリークリスマース♪」
「し、雫さん何やってんの?」
「バ、バイトかな?」
「な、なぜバイト?」
「そ、それはまぁ置いておいて」
「あ、あの雫さん、その裸みたいな格好で、この密着状態はかなりやばいと思うんだけど」
「大丈夫よ、この着ぐるみ外からだと二人入っててもわからないから」
「いや、わからなくてもこの密着状態はやばいよ」
俺と雫さんの体は隙間なくぴったりと密着しており、特に胸部装甲辺りがやばい。
雫さんの邪悪なスライムが逃がさないぜとぺったりとはりついてくる。
しかも暖房のきいた船内で着ぐるみと言うのはかなり暑い。
「し、雫さん幸せだけど、暑すぎるよ。ここから出し……」
不意に俺の背中に何かが貼られる感触があった。
「うん、OKもう離れても大丈夫――」
「離れないよ雫さん……」
「えっ?」
「いつまでも密着していたいんだ」
「そ、そんなユウ君。いくらなんでも……」
「周りにはバレてないんだろ?」
「ば、バレてないけど、着ぐるみの中で抱き合ってるなんて……」
「ダメなの?」
「ダメ……じゃ、ないよ。でも私たち姉弟みたいなものだし……」
「雫さん、従妹同士って結婚できるんだよ」
「うん、うん知ってる! もしかして……」
「雫さん、俺のママになってくれないか?」
「そ、それってプロポーズ?」
「雫さんの胸の中でオギャりたいんだ」
「うん、いいよ。存分にバブってオギャっていいのよ!」
「雫さんの事……ママって呼んでいい?」
「いいわ、とことん甘えさせてユウ君を幼児退行させてあげるから!」
不意に殺気を感じると、雪だるまの着ぐるみが何者かによって切り裂かれた。
「……やっぱり」
「白兎ちゃん……」
抱き合う俺たちの前に、刃紋の美しい刀を持った白兎さんが立っていた。彼女の格好が赤色のバニーコスをしていて、クリスマス仕様となっている。
「隠れても僕には気でわかるから……ユウ、僕のシール受け取ってもらうよ」
「させないわ。私はユウ君のママになれるかもしれないの!」
「お母さん? 雫、わけがわからないよ」
「わからなくていいの! ユウ君逃げて! ここは私が全力で食いとめるから!」
「雫さん!」
俺は雫さんに突き飛ばされ、またしても走って逃げだすことに。
「うぅ、雫さん……輝刃……。二人とも無事でいてくれ」
そう思い出雲の艦内を走り回ると、辿り着いたのは公園エリア。ベンチの前で息を切らせている俺の前に犬神さんが姿を現した。
キセルを片手に不機嫌そうにしている犬神さんは白い煙を吐く。
「ま、まさか犬神さん、あなたも何か貼るつもりですか!?」
「わかっておるなら話は早い。これを受け取りなんし」
「それは……」
彼女の手には運命を離す青いハート、ブレイクシールが。
「な、なんでそれを俺に貼るんですか? それって嫌いになるシールですよね?」
「ガタガタ言いなんし。これを貼らねば、わっちはお主に10回も孕まされるんじゃ」
「どういう意味ですか?」
「ええい、いいから貼らせんか!」
「うわああああ! 来ないで下さい!」
突進してきた犬神さんを両手を伸ばしてガードするが、その時俺の手にむにゅんと柔らかい感触が。
俺の突き出した手が、犬神さんの胸に接触してしまったのだ。
「ご、ごめんなさい! わざとじゃないんです!」
「…………」
まずいこのラッキースケベ展開、犬神さんの式神でプチっと潰されてもおかしくない。
しかし……。
「ぬ、主……」
「は、はい……」
「ずっと言い出せなかったんじゃが……わっちの好みの顔をしておる」
「はい……はい?」
犬神さんは俺の顔を両手で挟み込むと、うっとりとした表情を浮かべる。
彼女の頭の狐耳はへにゃりと折れ、巫女スカートの下から狐の尻尾が右に左にフリフリし、その目には怪しいハートマークが光っていた。
「あ、あれ?」
「な、なぜじゃ……なぜこんなへなちょこ男が……運命の相手に見えるのか」
俺はハッとして自分の手に持っていたはずのラブシールを探す。
「ない!」
さっき犬神さんとぶつかったとき……。まさかと思い彼女の胸元を見るとハートのシールが貼られていた。
どうやらぶつかったときにラブシールを貼ってしまったようだ。
「ぬ、主……これからどこかに出かけぬか?」
「えっ……ど、どこに行きます?」
「行先は男が決めなんし……。女は黙って男の後をついて行くだけじゃ……」
そう言って犬神さんは俺に寄り添うと、腕を組み瞳を閉じる。
「い、犬神さんがデレた……」
「あ、葵と呼びなんし……。皆は下の名前で呼んでるくせにわっちだけ名字で不満じゃった」
「は、はい……」
「はいではないじゃろう……」
犬神さんは可愛らしく頬を膨らませると、上目遣いで俺の掌にのの字を描く。
「あ、葵……さん」
「なんじゃ……ユウゴ」
なにこの角砂糖の海みたいな展開。
えっ、どういうこと? もしかしてシールって即効性?
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