第4話 化石マニア

 実技試験を突破したが、学長の承認手続きなどでライセンス交付まで一週間ほど要していた今日この頃。

 ライセンスが手元に来るまで学科授業や任務に出る必要もなく、空白の時間を持て余していた。俗にいう試験休みというやつである。

 俺はその時間を使って自室で化石の復元作業を行っていた。

 目の前にはグリーンの液体で満たされたカプセルポットと、一見ゴミのようにしかみえない赤茶けた石の塊。

 これは世界各地に点在する【メテオポイント】という化石採取場から掘って来た古代の化石で、これを復元し、元の形に戻すのが何よりも楽しみだ。

 俺は赤茶けた化石の塊を復元液の中へとつけ、ジュワジュワと泡が上がるポットを楽しみに眺めていた。

 するとバーンと音を立てて部屋に猿渡が入って来た。


「ぃようオレが来たぜ!」

「帰れ」

「なんだよお前、せっかく空いたこの貴重な時間に石遊びかよ」

「俺の崇高な時間を邪魔するんじゃない」

「こいつ化石のことになると人がかわるからな……」


 猿渡が大きなため息をつく。

 ちなみにこいつも俺と同時期に試験を突破出来たようで、ライセンス交付待ちである。


「そんな不健全なことしてねぇで遊び行こうぜ。どうせ復元するのに時間かかるんだろ?」

「多分一週間はかかる」

「一週間も張り付いてるつもりかよ」

「この何が出てくるかわからないドキドキ感がたまらない」

「今まで化石を復元して何か当たりとかあったのか?」

「綺麗な石とか、よくわかんない機械とか、アンモナイトみたいなちっちゃい古代生物とか」

「ふわっとしてんな……。牛若さんキレないの?」

「キレないよ。生きたアンモナイト見た時は若干顔引きつってたけど。か、可愛いねって震え声で言ってくれた」

「牛若さんはお前に甘すぎる。そのアンモナイトはどこにいるんだ?」

「歴史研究所がウチで引き取るわって言ったから、断腸の思いで引き取ってもらった。エサとか何やったらいいかわかんねぇからな」

「そりゃ賢明だ。ってそんな話しに来たんじゃねぇ」

「そんな話ってなんだ! 古代のロマンだろ! 悠久の時の流れを感じろよ!」

「あぁこいつ石のことになるとめんどくせぇ! いいから外出ろ引きこもりが!」


 無理矢理連れ出された俺は、猿渡と共に艦内にあるアミューズメントエリアへと入る。

 長い艦内生活なので、当然こういった娯楽施設は存在する。出雲にあるのは巨大な屋内プールにスポーツグラウンドなど主に体を動かす系が多く、他には訓練用シミュレーターを流用したゲームセンターなどがある。

 軽食を食べられる場所もあるので、授業のない生徒たちがクレープ食いながらウェーイしている光景が見られる。


「よっしプール行こうぜプール」

「お前毎回プールでナンパしてるよな」

「はっ? 遊びと言ったらナンパだろ?」

「チャラ男かよ」

「早く行こうぜ。今回はオレ、ライセンス持ちなんだよねって強気で言えるから、成功率高いと思うんだ」

「Cランクのライセンスで釣れる女子なんてほとんどいないと思うがな……」


 俺と猿渡はレンタル海パンに着替えてプールエリアへと入る。

 中は長方形のでかいプールと、飛び込み台が一つ。水着姿の生徒がプールで泳いでいたり、備えられたデッキチェアでくつろいでいた。


「いいね。オレのナンパを待っている女子がそこそこいる」

「ライセンスで釣るのはいいが、上級レイヴン相手に、俺下級Cランクライセンス持ってるんですよね(ドヤ顔)とか恥ずかしい自慢するなよ」

「安心しろ、オレの自分より強い奴センサーは優秀だ。すぐに逃げ帰って来る」


 なんて卑屈なセンサーなのか。

 猿渡に呆れていると、そのときわっと歓声が沸く。何かと思い声のした方を見ると、飛び込み台から金髪ツインテの少女がツイストしながらプールへと飛び込んだ。


「あれは……」


 猿渡の目がキラリと光る。


「龍宮寺 輝刃かぐや。半年前に入学してきたのに、もうCランクライセンスを取得。学長や上級レイヴンたちから一目置かれる天才。実家も龍宮寺財閥と、超弩級の金持ち。噂じゃ出雲建造にも関わってるとか」

「天才のお嬢様ねぇ」


 俺の頭には開脚しながら飛びかかってきた光景が焼き付いていて、イマイチピンとこない。

 どうやら彼女もここで暇つぶししてるらしい。


「他にも訓練場のボス、デスタイガーを一人で倒した実績もある。虎殺しの竜とも呼ばれ、そのカリスマ性を見せつけている」

「俺、大巳教官にデスタイガーってどれくらい強いんですか? って聞いたら、一撃でお前が三回死ぬって言われたよ」

「オレは四回死ぬって言われた。まぁその武勇伝もあり、牙というあだ名で呼ぶものもいる」

「あれなんでキバなの? たまに牙姫って呼ぶ奴いるよな」

「名前が輝くやいばって書くから、美人さと獰猛さから当て字で輝刃キバって呼ばれるようになった」

「なるほど、そんなことが……。姫は金持ちだから皮肉が混じってるのかと思った」

「悠悟、あまり滅多なこと言うと親衛隊に聞かれるぞ」

「親衛隊?」

「龍宮寺輝刃ファンクラブ。通称KKKスリーKだ」

「なんだそのブラックな職場で聞きそうなのは」

「K(きっと)K(君は)K(かぐやちゃん)の略だ」

「とりあえず結成したリーダーがバカということはよくわかった」


 出雲には他にも様々なファンクラブが裏で暗躍していると、死ぬほどどうでもいい情報を貰う。

 お前も入りたければ口利きしてやってもいいと、アホのギャングスターみたいなことを言われたが丁重にご遠慮した。


 輝刃はプールから出るとタオルを肩掛けして髪を拭く。金髪ツインテールに気の強そうな目尻、他の女子と比較して明らかに育った胸とくびれたウエスト。ブルーの競泳水着の上を水滴がカーブしながら流れ落ちる。

 竜騎士の兵科特性のせいで若干脚が太ましく感じるかもしれないが、あの脚に締め落とされたいと思う男子もいるとか。実に業が深い。


「悠悟、これは行くっきゃねぇよ」

「あぁ行ってこい。俺はここで化石磨いてるから」


 俺はプールサイドで持ってきたちっちゃな化石の研磨を始める。


「お前頭わいてんのかよ! あんだけの美女だぞ! 石磨いてる場合じゃねぇだろ!?」

「猿渡。人間身の丈にあった人と付き合わないと己を亡ぼすぞ」

「何石磨きながら悟り開いてんだよ! オレは行ってくるぞ」

「よせ、お前みたいなブサイクが行っても傷つくだけだぞ」

「安心しろ挙式にはお前も呼んでやる」


 凄い、あいつの脳内では既に輝刃はウェディングドレスになっているらしい。

 ブサイクのくせに凄いポジティブな奴だ。

 そこまで言うならもはや何も言うまい。

 俺はただおとこの背中を見守るしかできなかった。

 じっと猿渡が輝刃をナンパしている様子を見ていたが秒でフられていた。予想通りすぎてなんも言えねぇ。


「猿と鳥が頑張ったって竜を落とせるわけがなかろうに」


 それより石磨こう。

 ハァハァハァハァこの徐々に光を取り戻していく石の美しさが俺を狂わせる……。


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