第3話 龍宮寺 輝刃
暗闇で視界が悪い中、俺はゴツゴツとした岩に足をとられそうになるが、輝刃はカツカツと足音を響かせて歩いていく。
彼女よく見たらハイヒール型のブーツを履いてる……。凄いな、あんな歩きにくそうなので普通に歩いて行くなんて。
時折振り返っては俺がついてきているか確認している。優しさというよりは、こちらの面倒を見ないと不合格になってしまうからだろう。
「早くしてくんない?」
「ちょ、ちょっと待って。なんでそんな普通に歩けるの?」
彼女は脚を上げてハイヒール型のブーツを見せる。
ヒールの部分が非常に鋭く、蹴られると穴が開きそうなくらい尖っている。
「踵がスパイクになってて地面を突き刺して歩いてる」
「意外と実用的な装備をお使いで」
輝刃の奴暗がりで油断したのか、脚を上げた拍子にスカートの隙間からパンツがチラリと見えてしまった。というかライトで照らしてしまった。
そのことに気づき、ばっとスカートを抑える。
「見た?」
「赤」
「なんで見んのよ……」
「そんだけ短いスカート穿いてよく言うな」
「ライト寄越しなさい……」
彼女は俺のペンライトを没収しズンズンと先へと進んで行く。
すると暗がりの中から花の形をしたモンスターが現れる。ツタ状の触腕をもち、花弁の部分には捕食用の巨大な口がついている。
【イートラフレシア】という、見た目もカテゴリーも植物なのだが、触腕で動植物を捕獲すると強酸で溶かしながらバリバリと食ってしまう危険なモンスターだ。
植物だから移動できないだろ? と思うかもしれないが、獲物を見つけると根っこをせかせかと動かして、高速で移動してくる。
油断できないと思っていると、輝刃はハンドガンを取り出し、パンパンパンっと弾丸を花弁に見舞う。イートラフレシアは「キシャー」と断末魔を残して倒れた。
「あっさりだね……」
「銃の使用は禁止されてないわ」
「てっきり魔法的なものを使うのかと思った」
「魔法を使うなんて最終手段よ。銃の方がスマートで効率がいいわ」
優等生が言いそうな言葉だ。輝刃は腰のホルスターに銃を直すと、更に先へと進む。
その間に俺は蜂の巣にされたイートラフレシアから蜜を採取する。この蜜、とても香りが強くモンスター誘引剤の材料として使えるのだ。
「早くして。置いてくわよ」
「待ってくれ~」
それから何匹か訓練用のモンスターが現れたが、輝刃が拳銃で簡単に撃ち倒していく。
ほんとに何もしなくても試験がクリアできてしまいそうだ。
「あれかしら?」
訓練場の最奥に到着すると、そこにはパチパチと火花が上がる電源ユニットが見えた。
「多分あれだね」
「壊れてるみたいだけど、大丈夫かしら」
「まぁなんとかなると思う」
近づいてみると、雷マークが描かれたボックスからバチバチと激しい火花が上がっている。工具は持ってるので修理できなくはなさそうだが、問題は――。
「高いわね」
「高いね」
俺たちは首を上に向ける。
単純に電源ユニットの入ったボックスの位置が高い。
3メートル弱くらいある柱の上に電源ユニットがあり、どうにも手が届かない。
周囲には梯子や土台になりそうなものもなく、恐らく教官からの
「蹴ったら落ちてこないかしら?」
「電源に繋がってる配線とか全部千切れると思うけどね」
そう言ってるにも関わらず輝刃は電柱をガシガシと蹴る。コイツ段々本当にお嬢様なのか疑わしくなってきたな。
「なんであんた身長3メートル無いのよ」
「ミノタウロスじゃないんだから。でも協力すれば届かなくはないんじゃない?」
「そうね、じゃあ」
「「台になって」」
お互いを指さす。
「なんであたしが台にならなきゃいけないのよ!?」
「いや、君修理できるの?」
正論を言うと、輝刃の眉がハの字に曲がり、口はへの字に曲がる。
「…………小鳥遊君できるの?」
「俺は一応機械工学の学科受かってるから」
「技術専攻って言ってたわね……」
輝刃は舌打ちをするとその場にしゃがみこんだ。
「最悪だわ」
「四つん這いにならないと乗れないぞ」
「あんたに乗られたら潰れるわよ! それに四つん這いじゃ高さが足りないわ」
「じゃあどうするんだ?」
「肩車するから乗って」
「そっちの方が難しくないか?」
「いいから早くして」
俺は輝刃の肩に膝を乗せる。
「ほんとに大丈夫か? 俺工具持ってるから重いぞ」
「だい……じょ……うぶ。お嬢……なめんな!」
おぉ凄い持ちあがった。
しかし輝刃の足は生まれたての小鹿のようにガクガクと震えていて、全然大丈夫そうじゃない。
「頑張れ、もうちょっとだ」
「気軽に言ってくれるわね……」
俺は工具を持って手を伸ばし電源ボックスを開く。
見た目派手に壊れてるけど、
と、思っていると輝刃の膝が限界をきたしたのかグキッと折れ、前のめりに倒れる。
俺はそのまま柱に顔面を打ち付け、ズルズルと崩れ落ちた。
「うん、無理ね」
「無理なら限界をきたす前におろしてくれ」
鼻が折れるかと思った。
「チェンジよ」
今度は俺が輝刃を肩車して持ち上げる。
「あたしが修理するから、小鳥遊君は下から指示して」
輝刃は最初からそうすれば良かったとご機嫌になる。
俺はとりあえず輝刃の状況説明を聞きながら修理の指示を行っていく。
「3本あるワイヤーのうち1本が切れてるわ」
「ワイヤーは黒?」
「黒と……青が1本だけあるわ。切れてるのは黒ね」
「じゃあ予備のワイヤーがあるからそれと交換して。その時青のワイヤーを外してからじゃないと感電するから気をつけて」
「先に青を外してから交換ね……。予備のワイヤー赤いのしか入ってないわよ?」
「それでいい。ヒューズは?」
「ヒューズってどれ?」
「電球みたいなガラスケースに入ったカプセル」
「3本あるけど、もう1本入りそう」
「ん~元から3本で動かしてたのか? それとも試験で教官が抜いたのかな。電源ユニットのどこかに数字書いてない?」
「え~? あぁボックスの横に800VSって書いてるわ」
「じゃあ4本目がいるな。工具箱の中にヒューズが入ってるからだして」
「ヒューズヒューズ……どこよ、ないじゃない」
「よく探してくれ」
輝刃はペンライトを口で咥えながら俺の工具箱を漁る。肩車がきついので早くしてもらいたい。
どうでもいいけど、こいつちょっと脚太い。
「あった!」
ようやく見つけたらしく、ヒューズを取り出す。しかしその瞬間ブーンっと羽音が響いた。それと同時に輝刃が悲鳴を上げ、そのまま後ろへと倒れ込んだ。
輝刃は肩から落ちないように俺の首に脚を絡みつかせる。ギリギリで落下は免れたが、彼女の脚が締まって窒息しそうだ。
「ぐっ……お前脚太い」
「状況確認する前に言うことがそれ!?」
「なんだ、どうしたんだ?」
「何か空にいる!」
「なぬ?」
輝刃はすさまじい腹筋で態勢を肩車に戻すと上空を見上げる。すると羽音の正体に気づいた。
「……ごめん小鳥遊君。あたしリタイアするわ」
「いきなり何言ってんだ」
俺も顔を上げると、そこにはギチギチと不気味な音を立てる巨大な昆虫の姿が見えた。全身緑色で頭には二本の触覚。三角形の頭をしており尾羽を激しく動かして滞空している。
「なによあれ!?」
「バッタだな。凄くデカい」
俺は
『バイトホッパー、巨大な尾羽により長時間の飛行を可能にする虫型モンスター。体長は約1メートル程で、通常のバッタの100倍になる。肉食で、強靭な顎を持っており人間の指くらいなら容易に食いちぎる為、注意が必要』
「ピラニアみたいなバッタだな。ってか龍宮寺、お前銃で撃ち落とせよ」
「こんな真っ暗な中、空飛んでる奴に当たるわけないでしょ」
「確かに」
「あのさ小鳥遊君、あたしの可愛いところ聞きたい?」
「お前顔以外に可愛いところあったのか?」
「虫がね……嫌い」
俺は膝から崩れそうになった。こんなところで乙女設定を持ちださないでほしい。
するとブーンっと羽音をたててバイトホッパーが輝刃の頭をかすめる。彼女はギャーっと叫びながら再びのけぞった。叫び方が完全にお嬢様じゃない。
どうでもいいけど、お前肩車の状態で後ろに倒れるとパンツ丸出しになるぞ。
「ちょっと小鳥遊君、なんとかしてよ!」
「なんとかと言われても、戦闘は龍宮寺の分野だろ」
「あんなのがブンブン飛び回ってたら修理できないじゃない!」
とか言ってるうちに、今度は別の虫モンスターが飛んできた。その影はバイトホッパーより遙かにでかい。
出てきた巨大なモンスターを見て輝刃の顔が引きつる。
『ジャンボホッパー、バイトホッパーの成熟体。体長は約6メートル程で強靭な顎と硬い甲殻を持つ。重量の関係から飛行能力は低下しているものの、人間の骨程度ならば難なくかみ砕くので注意が必要』
「最悪じゃない! 小鳥遊君あれ殺して! 早く! 何をおいても殺すのよ!」
「だから暴れるなって、プチパニック起こしてんじゃねぇ!」
中空を巨大バッタが舞う地獄絵図。そして天才まさかのポンコツ化。
「このままじゃ二人仲良くバッタに喰われるわよ!」
「虫に食われるのは嫌だな」
「だったらなんとかして!」
「ならば」
俺はペンライトを遠くへ放り投げる。するとジャンボホッパーはそれを追いかけ飛んでいく。
所詮虫コロ。光に反応する本能には抗えないようだ。
「今のうちに修理するんだ!」
「わ、わかった!」
輝刃が電源ユニットの修理を完了させると、訓練場に電気がつき、周囲に光が戻った。
「なんとかなったわね」
ほっと息を吐く。しかし安堵したのもつかの間。当然それだけで終わるわけがなくジャンボホッパーがブブブブと羽音を鳴らして戻ってきた。
「しつこい虫ね!」
輝刃がタンタンタンと拳銃を連射するが、全て硬い甲殻に弾かれダメージが入っていない。
教官が止めに来ないってことは、多分あいつはこの試験のボス的役割なんだろうな。
「なによこいつ! 全然死なないじゃない! 小鳥遊君殺虫剤もってないの?」
「お前はあんなデカい虫に殺虫剤が通じると思ってるのか」
とは言いつつも、あの硬い殻をなんとかしないとダメだな。
「ちょっと考えがある、ここであいつの相手しといてくれ」
俺は輝刃を肩から下ろすと、その場を任せて訓練場を走る。
「あっ、ちょっと逃げないでよ!」
「すぐ帰るー」
――5分後
「どひー!」
俺は上半身裸になって、イートラフレシアから手に入れた蜜を体に塗りたくって訓練場を走り回っていた。
すると、この匂いにつられた複数のイートラフレシアが「待って~♡」と言わんばりに後ろから追いかけてくる。あれに追いつかれたら頭から美味しくいただかれてしまうので命がけだ。
全力疾走で電源ユニットのある場所まで戻って来ると、輝刃が苦戦を強いられていた。
「龍宮寺ー! 今からそいつを柔らかくするからなんとかしてくれ!」
「はぁ!? ってかあんたなんて格好して……って何連れてきてんのよ!」
輝刃は俺の後ろからついてくるイートラフレシアの大群を見て悲鳴をあげる。
俺は走り幅跳びの要領で浮遊するジャンボホッパーに飛びかかった。
ギリギリ距離が届かない、俺は腰にぶら下げているピッケルを振りかぶってジャンボホッパーの背中に突き刺す。
ジャンボホッパーは大暴れしてブンブンと体を振るので、俺はなんとかしがみついた。
輝刃はその様子を下から見上げ、口元を歪めていた。
「あいつなんで虫に抱き付いてるの……?」
俺の上半身についた蜜がべったりと奴の甲殻に付着する。
俺はピッケルから手を離して地面へと跳び下りると、俺を追いかけてきたイートラフレシアが次々に酸を吐き飛ばした。
奴らの吐いた酸は全てジャンボホッパーに命中し、硬い甲殻がジュウジュウと煙を上げる。
「龍宮寺!!」
俺が叫ぶと、意図を察した輝刃が一気に飛び上がった。その跳躍力は10メートルを超え、並の人間の脚力ではなく明らかに魔術による強化がされている。
「やるじゃない小鳥遊君」
彼女は両手に魔力を溜めると、何もない空間から真紅の槍を呼び出した。輝刃は空中から落雷を落とすかの如く槍を投擲する。
真紅の稲妻となった槍が酸で柔らかくなった甲殻を貫通した。
「
彼女が空中で拳を握り込むと、槍が爆発を起こしジャンボホッパーは木端微塵になった。周囲にいたイートラフレシアも爆発に巻き込まれ皆吹き飛ばされていく。
なんて派手な奴なんだ。
モンスター達を一掃すると、空中に浮かぶ輝刃は、ブイとピースする。
あの跳躍力、滞空時間、あいつ強襲兵科でも一番難しいって言われてる
凄まじい跳躍力で一気に敵地へと潜り込んで、空中から奇襲を行う兵科で習得難易度が非常に高いと言われている。
だけどその機動力、魔槍による一撃必殺は素直にカッコイイと思った。さすが天才と呼ばれるだけはある。
と思った矢先……彼女は空中で姿勢を崩し悲鳴を上げる。
「ふあああああああ!」
「なんだどうしたんだ?」
「槍に魔力使いすぎて姿勢制御できない! ごめん小鳥遊君受け止めて!」
「よし任せろ!」
ひゅーんと落ちてくる輝刃をキャッチする為、落下地点へと走る。ここでお姫様抱っこでキャッチして「や、やるじゃない、小鳥遊君しゅき(赤面)」となること必至。フラグ建設必至!
が、落ちてくる輝刃は少しでも落ちる速度を落とそうとしているのか、両手両足を広げている。
あれ、これじゃお姫様抱っこキャッチは無理だな。しょうがない抱きとめる感じで受け止めよう。
しかし若干落下地点を見誤ってしまったようで、輝刃は脚を広げた状態で、俺の顔面に飛びかかってきた。当然その体重を首だけで支えられるわけもなく俺は後ろにばたりと倒れた。
「いたたたた。ごめん」
「とりあえずどいてくれ」
輝刃は慌てて俺の顔の上からどく。
首に輝刃の全体重がかかってグキッと変な音が鳴った。
「まさか開脚したまま飛びかかって来るとは思わなかった」
「嫌な言い方しないでよ! 上級の変態みたいでしょ!」
まぁ役得もあったので、何も言わないことにする。
パンチラではなく完全にパンモロ、顔面カニばさみだったしな。
その様子を見て、大巳教官がパチパチと拍手しながらやってきた。
「試験クリアおめでとう」
「クリアでいいんですか?」
「ああ、ミッションは完了だ。最後に出てきたジャンボホッパーも倒した……が、まさか自分の体に蜜を塗って他のモンスターを集めてくるとは思わなかった」
「早く風呂入りたいです」
俺がそう言うと輝刃は自分のスカートに手を入れて太ももをチェックする。するとにちゃーっとした蜜が付いていることに気づき顔をしかめる。
顔にも蜜を塗りたくったからな、そこに顔騎すればそうなる。
「だろうな。龍宮寺も魔槍を使い的確に弱点を貫く技術力の高さは評価する」
「ありがとうございます」
「ただ、お前の竜騎兵能力は初めから小鳥遊に伝えておくべきだった。仲間の能力がわからないことで小鳥遊は自分の体を張るしかなくなった。戦闘で工作兵を失うデメリットは大きい。極端な話、小鳥遊さえ生きていれば今回のミッションは遂行できる。逆は不可能だ」
「はい……」
「私は最初に言ったな、情報共有はしておけと。仲間の能力をチームが把握していないのは論外だ」
「はい」
「すみません」
俺たちがしゅんとすると、大巳教官は小さく息を吐き珍しく笑顔を見せた。
「まぁ合格した後に説教するのもなんだ。二人ともおめでとう、ライセンスが交付されれば一人前のレイヴンだ」
「「はい!」」
こうして俺たちは実技試験を突破したのだった。
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