第52話 出雲学園祭Ⅱ

 さすがに世紀末喫茶はまずいので、案を戻して再度検討を行う。


「一応メイド喫茶ウェスタンってことでいい?」


 世界観を西部劇で統一しようと思ったのだが、メイド服着たいという子もいて、一応もう制服に関しては好きにさせることにした。


「OK」

「まぁいいんじゃない?」

「いいと思います」


 概ね賛同を得られ、メイド喫茶ウェスタンで行くことに決まる。


「あぁそうだ。最後言い忘れてたんだけど、この学園祭チーム売上ランキングと個人売上ランキングがあって、チームランキングは大したもんじゃないんだけど、個人ランキングはMVPに出雲チケットが出るかもしれないから」

「出雲チケットって何ですか?」


 質問するエクレに、出雲に所属している人間にだったらどんな命令でもできる、凄いチケットだよと教える。


「えっ、それってどんな命令にも従わなきゃいけないんですか?」

「一応事前に拒否権はあるけど、拒否すると例えMVPをとっても出雲チケットは貰えない」

「自分は嫌だけど、人には命令したいってのはずるいですもんね」

「そういうこと。まぁ常識の範疇の無茶ぶりだと思うから、そんなに心配しないで」

「去年はどんなのだったんですか?」

「去年は確かCランクの男子生徒がMVPとって、そのチケットを使って意中の女子生徒にデートを申し込んだみたいだよ。確かそのまま付き合うことになったとか」


 そう説明すると皆の目がギラついた。

 なんだ、急に空気が変わった気がする。


「小鳥遊さん……質問なんですが、それってチームメンバーにも有効なんですか?」

「うん、出雲の生徒なら誰にでも使えるよ」

「つまり……誰にも邪魔されず、合法的に小鳥遊さんをデートに誘えるということですよね?」

「それはそうだけど、そんな勿体ないことしない方がいいよ」


 俺はエクレの冗談に笑ってしまう。しかし彼女達が戦闘モードに入っていることに俺は気づいていなかった――



 それから俺たちは学園祭準備期間へと入り、メイド喫茶の準備を進める。

 俺はコスチュームカタログを見ながら、むぅと呻る。


「ん~レンタルでも結構いい額するなぁ……汚すと買い取りってのもきついし、これは買った方がいいかもしれないな」


 となると準備段階で出費がかさみそうだ。

 この分だと売り上げ出ても経費とトントン……もしくは足でそう。

 すると敏腕Pと書かれたTシャツを着た猿渡が、俺の前に姿を現す。


「フフフ悠悟、オレの力が必要か?」

「呼んでねぇ引っ込んでろ」

「オレをお前のチームに入れてくれるならメイド喫茶の経費、メイド服代諸々全てオレが負担してやっても構わんが」

「お前に金借りるくらいなら闇金輝刃から借りるわ」

「大丈夫だから! 利子なし期限なし! なんなら返済なしでもいい!」

「何を企んでる?」

「皆に可愛い格好させてやりたいんだろ? それをお手伝いしたいだけさ」


 胡散臭すぎる。


「そりゃ素材がいいんだから良い格好させてやりたいけど……」

「じゃあオレと手を組もうぜ。なんなら喫茶店の準備もオレが手伝ってやるし」

「むぅ……」


 確かに俺主導で喫茶店の準備はしているのだが、学祭までに間に合うかちょっと微妙だった。

 というか多分徹夜しないと間に合わないくらい追い詰められてたりする。


「大丈夫! オレが学祭ランキング1位にするから! アキバのメイド喫茶を知り尽くしたオレを信じろ!」


 俺は嫌な予感を感じつつも、猿渡をスポンサーとして迎えることにした。



 と、なんやかんやで時は進み、学園祭当日に。


「「「「Welcome to WesternCafe!!」」」」


 出雲の教室を改造して作られた西部劇風喫茶店。

 西部劇でよく見られるバーをモチーフにした内装で、スイングドアを抜けるとアンティーク風のテーブルとカウンター。酒瓶に見立てたジュースやお茶のボトルが並ぶ。

 ウェイトレスにはカウガールに扮したルイス率いるギャラクシーオービットのメンバーと、メイド服に着替えた雫さん達、我が牛若チームのメンバー。

 彼女達は全員ローラースケートを履いて、ホールをしなやかに滑りながら注文とりを行う。

 運動神経の良いルイス達は、背面滑りを披露しつつ次々に注文を厨房へと届けてくれる。


「Heyボーイ、ブレンドとエスプレッソよ!」

「こっちはエメラルドとチョコモカを頂戴!」

「こっちもいいかしら」


 凄い勢いで注文が飛んでくる。厨房は俺一人で回しているので大忙しだ。

 なぜこんだけ人がいて俺一人が厨房なんだと思うのだが、ウェイトレスは注文をとるとその分が自分の個人MVPポイントに加算されるので、皆ウェイトレスをやりたがったのだ。

 まぁその方がホールが華やかでいいんだが。


「「「いらっしゃいませ、ご主人様ー」」」


 客が入って来ると皆一目散に客へと走っていく。

 輝刃に至っては短距離ジャンプを使って、客の前に跳躍してくるくらい本気だ。


「いらっしゃいませ御主人様。ご注文はいかがなさいましょうか?」


 お客の取り合いに勝った輝刃は、男子生徒二人連れにお嬢様スマイルを向けながらメニュー表を開く。


「え、えぇっと、何にしようかな」

「ブ、ブレンドコーヒーかな?」

「お、俺もそれで」


 オドオドしたオタク臭あふれる客は、輝刃のミニスカから伸びる長い脚とセクシーな純白ニーソにばかり目がいっている。


「ブレンド2ですね。ブレンド2お願いしまーす!」

「あいよー」


 俺は厨房からオーダーを返しつつコーヒー(インスタント)を淹れる。

 これでコーヒー2杯分(600IPイズモペイ)分の数字が輝刃の売上ポイントに加算される。


「お客様、コーヒーの他にわたくしが丹精込めて作り上げた【輝刃のラブランチ(1800IP)】があるのですが、こちらいかがでしょうか?」

「じゃ、じゃあ二つ下さい」

「ラブランチ2! お願いしまーす!」


 マジか、いきなり【輝刃のラブランチ】入っちゃったか……。

 俺は冷蔵庫の中から、昨日輝刃がせっせと作っていたダークマターを取り出す。

 見た目生きたまま溶かされた人間が、そのまま固まったみたいなグロテスクな形。食ったら腹壊すのは必至のデスランチ。これがお値段1800IPと、見た目以上にふざけた値段をしている。

 ちなみにこの値段設定は猿渡プロデュースによるもので、奴曰く童貞は美女に勧められると簡単に財布の紐が緩くなるとのこと。

 お客を見ていると、残念ながら事実らしい。


 その他にもある猿渡プロデュースの商品。例をあげるなら――


 【犬神茶】

 犬神さん考案? のお茶。市販のうぇーいお茶をグラスに注ぐだけで、お値段800IPと店側のコスパ最強。


 【白兎のアップルラビット】

 これは通常のリンゴを兎に見立てて皮をカットした品で、2切れでお値段1000IP。腹を壊さない分良心的と言えるかもしれない。


 【雫のミルクティー】

 これにいたっては市販のミルクティーを温めて出しているだけだ。ただ雫のミルク使用と言う意味深な説明文で売れ行きが良い。こちらお値段1200IP。


 【エクレのらくがきオムライス】

 姉の遺伝子は入っていなかったのか、見た目完璧でパーフェクトなオムライス。

 ケチャップでかわいい猫のイラストが描かれている、実にメイド喫茶に相応しい一品。ただし紙食ってんのかって言いたくなるくらい全く味がしないのが難点。たくさんの食材を使って、全ての味が味を打ち消し合う奇跡の方程式で出来たオムライス。ある意味衝撃を受ける。お値段はデスランチと同じく1800IP也。


 【ルイスのビッグバンバーガー】

 肉を肉で包むと言う肉の暴力をしたハンバーガー。カロリートップギアで行くGアメリアらしい商品。味は普通に美味い。ただし5000IPとお値段もビッグバン級。

 

 クソ商品のオンパレードで、もはや完全にただのぼったくりカフェである。しかしながらそんな悪徳商法喫茶だが、恐らく学園1賑わっている。

 理由は単純、ウェイトレスが群を抜いて美女揃いだから。

 あっという間に口コミで評判が広がり、既に教室の外には男子生徒の長い列が出来ており、待ち時間は2時間を超えている。


「凄い人気だな……」


 俺はカウンターでコーヒーを淹れながら、客たちとコミュニケーションをはかるメイドたちを見てみる。


「あ、あぁ~これ失敗しちゃってさ。いつもはもっと上手いのよ」


 輝刃はダークマターを注文した男子学生にごめんねと謝る。


「そ、そうなんですか……ははは」


 注文した男子生徒は苦笑いを浮かべる。

 キレろ。こんなもん食ったら腹壊すわって正論を言え。

 だが男子生徒はダークマターを一口食べると、額に大量の油汗を浮かべながら「お、美味しいっす」と言う。

 すると輝刃は嬉しそうに声を弾ませる。


「えっ? ほんとに? それ友達に食べさせたら泡吹いて倒れたんだけど」


 その泡吹いて倒れた友人とは俺のことである。


「お、オイシイですよ」


 無理するな名も知らぬ男子よ。顔面蒼白じゃねぇか。


「いやー良かった。やっぱあいつの味覚が死んでるだけね。君凄く良い子ね」

「いや、そんな……」


 良い子と言われて嬉しそうに照れる男子生徒。1800IPも払わされた上に腹壊すこと確定なのに喜んどる。男ってチョロイな。

 輝刃と視線が合うとベーっと舌を出してきた。どうやら俺の味覚を批判したいらしい。お前も味見して悶絶してただろうがと言いたい。

 また別のテーブルでは……。


「あの……すみません」

「なんじゃ……」


 実家から帰って来て早々メイド姿をさせられている犬神先輩。その目はなんでわっちがこんなことをせねばならんのだと嫌々オーラが見て取れる。

 男子生徒は恐る恐る、メニューに書かれている商品を注文する。


「あ、あの、このコーヒーにラテアートを書いてもらえるって(600IP)書いてるんですけど」

「ラテアート?」

「は、はい。あのカフェの上にミルクで絵を描くやつなんですけど」


 犬神さんは心底嫌そうな顔をした後、コーヒーに【しね】と達筆(?)なラテアートを描く。

 どう控えめに見ても最低なのだが、客は喜んでいた。

 その他にもセクシーカウガールのルイス達がローラスケートを使って接客を行う。


「Hey、ブレンドとアッサムティーよ!」

「ありがとうございます」


 ルイスが前かがみになると、100センチオーバーの胸の谷間が露出する。


「ぶほっ!」


 客は盛大に紅茶を噴き出していた。

 そんな感じで下心あふれる男子生徒たちをカモ(×)お客にしながらメイド喫茶は運営されていた。


「あとで怒られそうだが……まぁいいか」


 責任は全て猿渡にとらせよう。

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