第53話 出雲学園祭Ⅲ

 時刻は昼を過ぎ、客席は依然として満席。しかしランチタイムを超えてからは厨房への注文が減って来たと感じる。

 これはもう飲食店の性質上仕方ないことだろう。

 朝からずっとバタバタと走り回っていた俺としては、ようやく一息つける。

 そう思っていると、雫さんが厨房に顔を出した。


「ユウ君、ホールは休憩回してるんだけど、厨房かわろっか?」

「いや、俺は皆が行ってからでいいよ。ありがとう」


 雫さんに気を使ってもらうが、本来午後から厨房は猿渡と交代のはずなのだ。

 あいつ帰ってこねぇなと思っていると、どこに行っていたのか猿渡スポンサーが店に帰って来た。


「悠悟! 今オレたちのメイド喫茶、学内売上ランキング3位らしいぞ!」

「ほぉ、喫茶店で3位って相当凄いな」


 多分ここから下がっていくと思うけど。


「バカ野郎! 1位にならないと意味がないだろ! 出雲チケットがかかってるんだぞ!」

「あっ、やっぱ今年も1位の賞品、出雲チケットなのか?」

「いや、まだ豪華景品としか発表されてないけど」

「そういう射幸心をあおるときは大体しょっぱいもんだと思うぞ」

「何言ってんだ、諦めんな全力尽くせよ! 本気になれば絶対1位とれるって!!」

「金出した以外何にもしてないくせによく言うな」


 お前が本気になれと言いたい。


「オレが何もしてない? 甘いなこれを見ろ」


 猿渡がRFにブラウザ画面を映すと、そこにはメイド喫茶ウェスタンのWEBサイトが出来上がっていた。

 メニュー表やサービス一覧などが記載されているのだが、メイドの宣材写真がなぜか目元にモザイクが入っていたり、口から下しか映っていなかったりといかがわしいお店にしか見えない。


「お前これ大丈夫なのか……」

「とにかく1位とるために巻き返そうぜ!」

「と、言ってももう商品の在庫がほとんどないぞ」


 厨房の冷蔵庫を開けると、中に入っているのは残り少なくなった食材と、お茶のボトルがケースであるくらいだった。


「巻き返すにしても商品がなければ不可能だぞ。輝刃のダークマターは不思議なことに売り切れたし」


 頼んだ生徒は腹を壊し、今もトイレから出てこない。


「ふふん、任せろ悠悟。オレに策がある」


 猿渡は鼻を膨らませながらどや顔する。この顔は大体ろくでもないことを思いついた時だ。



「はい、お集まりのみなさーん。ごちゅうもーく!」


 うぇーいお茶のボトルを持った猿渡が、客席に向かって大声を張り上げる。


「今からこのくじ入りお茶を3000IPイズモペイで販売しまーす!」

「くじ入りお茶?」

「なんだそれ?」

「3000IPって高すぎだろ」


 その場にいた客全員が、怪しい商品に眉を寄せる。


「このくじはメイドさんと楽しいことができちゃう”かもしれない”くじです!」

「楽しいこと?」

「どうせ写真がとれるとかだろ?」

「くじ入りお茶いりませんか~? とっても楽しくて嬉しいことですよ!」


 当然値段が高いだけに、嬉しいこととか楽しいことなどの抽象的な言葉では皆乗ってこない。


「しょうがない。気は進まないが」


 サクラを頼まれた俺は苦い顔をしながら手をあげる。


「1本くれ」

「はい、そこのお兄さん売った!」


 一応俺と猿渡は知らない人同士……という設定である。


「最初に買ってくれたから大当たりくじをつけちゃうぜ!」


 俺はお茶についたくじを開いて中を読み上げる。


「4番のメイドにグラウンドホールドをかけられるって書いてあるぞ」


 そう言うと客たちがドッと湧いた。


「グラウンドホールドって、プロレス技だろ?」

「罰ゲームじゃねぇか。災難だったな」

「「「ハハハハハ」」」


 なんだ罰ゲーム企画かと勘違いした客たちの間に、楽しい空気が流れる。しかし――


「Hey4番はミーね!」


 無人島で使っていた星条旗ビキニに着替えたルイスが出てきた瞬間、客たちは押し黙った。

 全員が”メイドとプロレス”の真の意味を一斉に悟ったからだ。

 ホールにはリングポストとロープしかないしょっぱいリングが設置され、俺は猿渡に中へと押しこまれた。狭いリング内でルイスと向かいあう。


「お手柔らかに頼むよ」

「OK、ばっちり決めるわ!」


 ルイスは張り切って俺にタックルをいれるとリング上に転倒させる。

 そしてそのままマウントをとると俺の体にぴったりと覆いかぶさり、全体重をかけたホールド技に入る。

 見た目は寝ころんでいる相手にのしかかって身動き取れないようにしているだけ。しかしこれの本当の意味は、ルイスの胸が丁度俺の顔面に密着すること。

 むにゅーと潰れるキングスライム。これは予想以上にマズイ技ですよ!

 レフェリーの制服に着替えた猿渡が、大げさなジャンプをしながらリングの床を叩く。


「ワン! ツー! スリー! フォー! ファイブ! シックス!」


 こいつレスリングなのに10カウントとってやがる。普通は3カウントなのだが、多分サービスの意味がこめられているのだろう。


「セーーーブーーンーーー! エーーーーーーイィィィィトォォォォォォォ! ナーーーーーーイーーーーーーンーーーー!」


 7からのカウントが異常なまでに遅い。

 俺はリングロープに手を伸ばすと、猿渡はすぐさまブレイク! と引きはがす。

 ルイスはカウントが遅すぎるでしょ? と怒って抗議するが、猿渡は首を振って不正はないと言い張る。

 完全に大昔の悪徳レフェリーだ。


「ファイ!」


 もう一度仕切りなおされると、今度は大外刈りで転倒させられ、そのまま袈裟固めに入られた。俺の首の裏に腕を回して襟首を掴み、そのまま体重をかけてホールドする寝技なのだが、先程と同様胸が目の前に……というかもう胸に押し潰されている。


「ワン! ツー! スリー! フォー! ファイブ! シックス!」


 猿渡はバンバンと床を叩いてカウントをとっていくと、再び7からカウントが超遅くなる。


「エーーーーーーイィィィィトォォォォォォォ! ナーーーーーーーーイーーーーーーンーーーー! あっ、今何時だっけ」


 テンカウント直前で、猿渡はなぜかRFで時間を確認する。


「今昼の2時か……えーっとスリー、フォー、ファイブ!」


 カウントが戻っている。完全にコントでやる奴である。

 それから猿渡の茶番は数回に渡り、最終的に10カウントされたのは10分くらい経った後だった。


「ウィナー! ルイス!」

「センキュー!」


 ルイスは客席に投げキッスを贈る。

 それを見ていた男子生徒たちは――


「なんだよあの茶番、100%サクラじゃねぇか」

「さすがにあれはやりすぎだっての。バレバレは逆効果だぜ?」

「つか小鳥遊ってここの店員じゃねぇの?」

「あそこまでやられるとバカにされてる感あるよな」


 鼻で笑われてしまっている。

 さすがにそんなおバカさんではなかったか。

 彼らが見破った通り、このくじ当たりが入っておらず全て外れしかないのだ。

 しかし――


「えっと、のどが渇いたな。猿渡、くじ入りお茶くれ」

「そうだな。くじには一切興味がないが喉が渇いたしな。オレもくじ入りお茶くれ」

「俺もたのむぜ。まぁくじには興味ないけどな」

「こっちもくじ入りお茶くれ」

「はい、まいど!」


 不思議なことにくじに興味ないお客さんが、次々にくじ入りお茶は購入していく。

 やっぱおバカさんだったわ。 



 それから数時間後、そこには夢破れた男達と空くじの山が――


「ふざけんなよ猿渡! 一つも当たりくじ入ってねぇじゃねぇか!」


 大量にくじを購入した男子生徒が声を荒げる。


「えっ、当たりあったでしょ? メイドからパイルドライバーを受けるとかかなり激しいのが」

「違うだろ! 俺が求めてたのは1番~20番くらいまでの可愛い女の子のお遊びプロレス! 俺が求めてるのはアレじゃない!」


 客はメイド服に着替えた筋骨隆々の筋肉先輩を指さす。

 さっぱりとしたソフトモヒカンに大胸筋で張り裂けそうなエプロン、スカートから伸びたムキムキの足、両腕の袖は筋肉で破れ散ってしまっていた。白い歯を見せながらマッスルポーズをとるその姿は、まさしく世紀末覇者。


「あぁ特別ゲストなんで。当たりっすよ。ねぇ先輩」

「猿渡、よくぞ我々を呼んだ! まさか我らに技をかけてほしいという輩がこんなにもいるとは思わなんだ!」

「我々の美技をその身に刻むといいである!」


 「フハハハハ×3」と大笑いするメイド服の筋肉先輩たち。


「ふざけんな! っつか当たりは全部あいつに行ってただろ!」


 男子生徒は俺を指さす。

 そう、サクラである俺は購買意欲を誘う為に定期的に輝刃のフランケンシュタイナーや、白兎さんの飛び十字、雫さんのベアハッグ、犬神さんの踏みつけストンピングを受けていた。

 それを見る度に男子生徒は、本当は当たりくじなんて入ってないんじゃないか? と薄々気づきつつもジャブジャブ課金するのをやめられない。

 その結果3000IP払って筋肉先輩に技をかけられるという地獄。


「射幸心って怖ぇ……」


 俺はRFの学内ポータルサイトから、学祭売上ランキングを見ると、ウチのメイド喫茶が他の店に対してダブルスコアで1位をとっていることに気づいた。


「やばい、さすがに目立ち過ぎだ……。猿渡この辺にしとかないとまずいぞ」

「何ビビってんだよ、くじの確率操作なんか的屋からゲーム会社までやってるんだから気にすることねぇって。くじ入りお茶! くじ入りお茶いかがですか~! メイドさんと楽しいことができちゃうかもしれないくじ入りお茶~」


 その時メイド喫茶前の廊下を、白い制服に蛇剣を携えた眼光の鋭い女生徒が、こちらに向かってきているのが見えた。


「まずい消費者庁大巳先輩が動いた」


 明らかに喫茶店でこの売り上げはおかしいと気づいた、大巳先輩率いる学園の治安維持部隊が監査に乗り出したのだ。


「やっぱりこうなったか。猿渡、俺達はこの辺で失礼する! 分け前はいらないから、俺達の存在はなかったことにしてくれ!」

「何言ってんだ、まだまだ稼げるだろ。アホの学生から金を巻き上げる、これが一番楽しいからな!」


 お金をもうけ過ぎて頭がパーになっている猿渡。お前と心中するのは御免である。

 俺は姉様やルイスたち留学生全員を店の裏からこっそりと誘導して、喫茶店から逃げ出していく。

 俺が最後に離脱したと同時に喫茶店の扉がバンと開かれ「動くな、この店で景品表示法違反と食中毒があったと聞いている!」と大巳先輩の声が響いた。


「働いていた女はどこだ!」

「「「わ、我らであるか?」」」

「お前たちじゃない! くっ、鳥の方は先に逃げたな……勘の良い奴め! 逃げるな猿!」

「ひぃっ!? オレは悪くないです、客が勝手に課金を――」

「反省の色なし。とりあえずお前は制裁だ!」

「あ゛ぁぁぁ回し蹴りはダメです、お腹に穴が開いてしまいます!」

「制・裁!」


 ボゴンと凄まじい音と共に、窓から吹っ飛んでお星さまになった猿渡。

 完全に警察の違法風俗店摘発みたいになっている。

 やばいやばい。あと一歩遅れてたら同じ運命だった。


 その後、結局くじ入りお茶の料金は返金になり、メイド喫茶ウェスタンは営業停止処分をくらった。

 あこぎな商売をしてはいけないという、体を張った例になってしまった。

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