第58話 エクレとタトゥー 前編
肌寒くなる今日この頃、出雲は新横浜シティに停泊していた。
課題である体力訓練で全レイヴン中最下位を叩きだしたエクレ。若干凹みながらも、レイヴン見習いの友人と共に学食にて昼食をとっていた。
ゆるふわ系ギャル ミーコ
「あーんピアス穴塞がっちゃったー」
日焼け系ギャル
「お前もうレイヴンやめろし。蛇先輩に耳千切られんぞ」
エクレも自分でもなぜこのグループに所属しているのかよくわからなかった。それくらい陽キャのグループで、陰陽属性で言うと陰属性のエクレにはかなりきつい空気である。
もとはと言えばルイスが持ち前のコミュニケーション能力の高さで、いろいろと人を引き付けてはグループをジョイントしていったのが原因である。
しかしながらこういった同年代の女子と話す機会がなかったエクレは、ファッション含めて参考になるなと思っていた。
「スカートはもっと短く……第三ボタンを開けつつネックレスでセクシーさをかもしだし……パンサー柄の下着でワイルドさを……。これが女豹というやつですか……」
注意深く猪瀬の格好を観察していると、不意に話が飛んでくる。
「エクレちゃんはぁ、ピアスとかぁ開けないの?」
「わたしはあまりそういうのは……校則でも推奨されてませんし」
「まぁエクレっちは元があたしらとは違うからね。穴開けるの勿体ないっしょ。あたしも美人に産まれたかったわー」
「じゃあさぁ、こっちはどうかしら~」
不意にミーコが自分の胸元を見せつける。
「な、何やってるんですか、ここ学食ですよ……」
「胸じゃなくてぇ、これこれ、これ見てぇ」
ミーコが指さしているのは胸の上半球を占領するようにデカデカと書かれた【康則命】というタトゥー。
「
「そっ、彼氏がぁ、あたしの名前のタトゥー入れてくれたからぁ、あたしも感動して名前入れちゃったぁ」
「えっ……これ彫ったんですか?」
「うん~レーザーで。今はプリントタイプもあって、剥がせる奴もあるんだけどぉ、本物の愛だから」
「彫っちゃった♡」というミーコに、エクレは嘘やろと言いたげに目を見開く。
「こ、これからまだ何十年と人生が残ってるのに、一生残っちゃいますよ」
「一生残す為に彫ったんだよぉ~」
「かーミーコはやること飛んでんな」
「でも康則めっちゃ喜んでたよぉ」
「そりゃそんなシコいのいれたらそうなるっしょ」
「シコいってなんですか?」
猪瀬は口を軽く開けて親指と人差し指で丸を作ると、上下に振る。
「エロいってこと」
あまりにも露骨なお下品さにカッと顔を赤らめるエクレ。
「そ、それは男性が使うんじゃ。そんなことしちゃはしたないですよ」
「アハハ、エクレっちウケる」
「可愛いよねぇ」
アハハハと笑うギャルたち。エクレもよくわからないが苦笑いを返す。
「しっかしタトゥーかぁ……あたしも興味あるんだよね」
「猪瀬はぁ、超似合うと思うよぉ。ほら見てみて」
ミーコはRFからインターネットブラウザを開き、タトゥーの例を見せる。
そこには漢字から、登り龍、髑髏、ポップなキャラクター、美少女など様々なものが映し出されていた。
「へー、すごい。蝶とか可愛いじゃん」
「ライオンとかカッコイイですね」
「最近のぉ、流行はねぇ、内太股に入れるの」
「そんなとこ入れたら見えないじゃん」
「彼氏だけがぁ、見えるようにするのぉ」
猪瀬とエクレは見られるシーンを想像し、ボッと顔を赤くする。
「なぁミーコ、この内太股用タトゥーに『正』って文字があるんだけど、これなんだ?」
「さぁ~、正君が彼氏なんじゃない?」
「にしては一杯書いてんぞ」
「正君がいっぱい好きなんじゃない?」
「…………」
エクレはその正という字が、エロゲでよくある奴だと理解していたが言わないことにした。
「エクレちゃんも一回入れてみなよぉ」
「いや、しかしですね。一時の気の迷いで一生残るものを体に入れるというのは……」
「嫌になったら剥がせばいいだけだよぉ。今の技術って凄くて瞳にだってプリント入れられるのよ」
「へーすごいじゃん。目に♡とか入ってる」
「こんなのエロ同人でしか見れないと思ってました……」
「エクレっちなんか言った?」
「いえ何も。ミーコさんはもう剥がせないんですよね?」
「わたしはぁいいのぉ。本物の愛だから……」
キャッと顔を赤くするミーコ。エクレも猪瀬も、多分コイツ今人生で一番楽しい時期だろうなと察する。
叢雲エクレールは冷静であり、客観的に自分を見れる人間だ。
一時の感情、特に恋心などという移ろいやすいものに対して自分の体を使用するなんてバカの所業だと理解している。
ミーコが康則と別れた時の凄まじいリスクをどうするつもりだろうか? 彼女は一生【康則命】という業をその胸に刻んで生き続けるのだろうか? それぐらいの覚悟があるのならば、安易に体を傷つけたなんて批判するべきではないだろう。
「男はぁ、口では下品だーとか言うけどぉ、なんだかんだ女を所有したがる生き物だからぁ、こういう露骨なのって超効果あるよぉ」
「やっぱ男引き寄せる努力しないとダメだな」
「いや、そんな努力するくらいならポ●モンの個体値厳選した方がわたし的には楽し――」
「そういやエクレっちのお姉さんもタトゥー入れてたよね。多分シールプリントだけど」
「はっ?」
「そうそう、龍宮寺パイセンニーソとミニスカの間の太ももにトランプのマークっぽいの入れてた。あれオシャレだよね」
「可愛いよね! 鳥がハートマークだけくわえてるの」
――あの女――
(黒)エクレはそう思った。普段はタトゥーなんて興味ないですって顔してるのに、どんだけ小鳥遊さん引き寄せるのに必死なんですか?
そのなりふりかまわなさ、もう歩くセックスシンボルじゃないですか。
しかもトランプのマークを入れてるふりをして、その実鳥がハートを咥えてる? なにそのわかりやすすぎるメッセージ性。
見る人が見たら、あっこの人小鳥遊さん好きなんだなって一発でわかるじゃないですか。
まぁ小鳥遊さんそういうとこ朴念仁だから、多分おっ可愛いなくらいにしか思わないだろうけど。
大体姉さん絶対好きな男に染まるタイプだから、「おい輝刃、俺はメスブタが好きなんだ」って言われたらマゾブタになるだろうし、「おい輝刃、俺は女王様が好きなんだ」って言われたらドS女王になるだろうし。「今日は赤ちゃんプレイするぞ」って言われたらママにだってなるだろうし。
もうほんとお嬢様キャラがブレブレでどこ目指してるのかわかりません。
これはもう姉さんの中に流れるUイギリスの血なんでしょうね。
なんでしたっけ英国は恋の為には手段を選ばないでしたっけ? もうその血が本能的に男を受け入れようとしているとしか思えないですね。
もうビッチですよビッチ。ウォーキングビッチ。シーズン3ですよ。
その点わたしは違います。わたしは自分のオタク的ポジションを理解していますし、そんなタトゥーで安易なキャラ付けなんてしませんから。
「で、エクレっちタトゥーどうする? 入れるなら明日一緒に入れようよ」
翌日――
「…………入れてしまった…………」
猪瀬と一緒にタトゥースタジオから出てきたキャラブレブレのエクレ。
「予想したより全然痛く無かったね」
猪瀬は自分のヘソの近くに描かれた蝶のタトゥーを見やる。
「それはプリントですから。ようは簡単に落ちないだけのシールですからね」
エクレがタトゥーを入れた理由。あんな頭空っぽなゆるふわ女が真実の愛をうたい、タトゥーを入れたのだ。わたしだって真実の愛だっちゅーねんと思い背中に『小鳥遊愛』とでも彫ってやろうと思い意気込んだ。
しかしいざ実際機材を見て日和ってしまい、剥がすことができるプリントにしたのだった。
「エクレっちはどんなタトゥーいれたの?」
「えっ、わたしもプリントですけど、その……」
どもるエクレ。恥ずかしがりつつも猪瀬にタトゥーを見せる。
「へーそんなとこに……エッチじゃん」
なぜか猪瀬に認められたエクレだった。
「よーし、これで男誘うぞー。ってなんでエクレっち軽く凹んでんの?」
「いや、そのこれどうやって見せようかと……」
「場所が場所だしねー。あっ、じゃあ良いこと教えてあげる」
エクレは猪瀬に耳打ちを受ける。
「な、なるほど……そういう手が……」
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新シリーズ『ヤンキー実況』スタートしました。
よければそちらも見ていただけると幸いです。
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