第57話 犬神と呪いのボードゲーム

 ある日の出雲共同部屋。

 エクレはルイスとお出かけ、白兎さんと犬神さんは授業でおらず、部屋の中には俺と雫さんと輝刃だけが残っていた。

 いつも通り家事に精を出していると、犬神さん宛てにピザケースみたいな平べったい木箱が航空便で届いた。


「なんだこりゃ」


 箱の外装はボロボロで謎の御札のようなものが張られており、ちょっとやばそうな雰囲気が漂っている。


「雫さん犬神さん宛てになんか届いたんだけど」

「あら、何かしら?」


 雫さんは木箱を受け取って確認する。


彩京サイキョウシティの稲荷大社から贈られてきてるわね」

「稲荷って確か犬神さんの実家だっけ」

「そう、彼女そこの跡取りなの」

「なんか俺の周りすげぇ人ばっかりだね。大会社の社長娘とか、御剣流継承者とか。雫さんは爆乳だし」

「そ、それはそこに並べていいステータスなのかしら?」


 凡人俺だけじゃん。

 雫さんは「葵ちゃんが帰ってから渡しましょう」といって、木箱を保管しようとすると、痛んでいた箱の底がボソッと抜けて周囲に中身が散らばる。


「キャッ!」

「大丈夫雫さん」

「大丈夫だけど……」

「箱が腐ってたんだね」


 俺達は床に散らばった中身を拾い集めると、それが古いボードゲームだと気づく。

 人型のコマに、小さな子供のコマ、1万円札から100億円札まである各種子供銀行券、サイコロ、マスで区切られたボードと、恐らくスゴロク的ゲームだと思う。


「懐かしいなこれ。マイライフゲームでしょ」

「最初赤ん坊からはじまって、段々大人になっていく奴ね」

「そうそう。だと思うんだけど、マスに何も書いてないね」


 本来ならマスに何かしらイベントが書かれていて、それに合わせて資金が増減したり、プレイヤーの将来がかわったりするゲームなのだが。

 なぜそのようなものがこんな木箱に入ってたんだろうか?


「なんか凄い音したけど何やってんの?」


 ベッドで寝ていた輝刃がひょこひょことやって来ると、あらっと声を上げた。


「マイライフゲームじゃない。小さい頃これでよくエクレ泣かしたわ」

「お前意外と酷い奴だな……」

「でもマスに何も書いてないわね」

「そうなんだよ。マスが白紙なんだ」

「自分で作りかけのスゴロクなのかしら?」

「わかんねぇ。なんか怖そうな木箱に入ってた」

「もしかしたらスゴロクを作っている最中、志半ばで死んだ霊がとりついてるかもしれないわよ」

「スゴロクに対する意識が高すぎるだろ」


 輝刃はなにげなく付属のサイコロをぽんと放り投げる。

 すると突然ボードゲームが眩い光りを放った。


「なんだこれ!?」


 俺達が困惑していると、アホ毛をピンと立たせた犬神さんが大慌てで部屋に戻ってきた。


「なんじゃこの気は!? 凄い妖気を感じる!」


 犬神さんは光を放つボードゲームを見て絶句する。


「主ら、まさかそのゲームをやったのか?」

「やったと言うか、サイコロ振っただけですけど」


 犬神さんはあちゃーと額を抑える。


「これなんかやばいやつですか?」

「このボードゲームには霊が取りついておる呪いのスゴロクなんじゃ。今日本家からそれが届くと聞いていたが、こんなに早く来るとは思わなんだ……」

「霊?」

「まあこっくりさんのような、いたずらを行う霊なのじゃが……一度ゲームを始めるとクリアするまでやめられない呪いがかかる」

「もしかして途中でやめると呪い殺されちゃうんですか?」

「ゲームをクリアすれば大丈夫じゃ。ただ問題は……サイコロを振ったのは誰じゃ?」

「あ、あたしです」

「なら龍宮寺、コマを進めてみなんし」


 輝刃は言われた通り人型のコマを進ませる。すると白紙だったマスに、急に文字が浮かび上がった。【赤ん坊からの英才教育:アスリートを目指してスクワット10回する】


「よくある罰ゲーム系マスですね」

「龍宮寺もう1回サイコロを振ってみ」


 言われて輝刃はもう一度サイコロを振ってみた。すると出目が真っ白に消えてしまったのだ。


「うわ、サイコロがただの真っ白いキューブになった」

「どうなってるんですかこれ?」

「このゲームはな、書かれていることを実行しないと先に進めんのじゃ」

「えぇ……」


 試しに輝刃はスクワットを10回してみるとサイコロの目が復活した。


「これ大丈夫ですか? マイライフゲームっていきなり事故ったとか、結構やばいマスあると思うんですけど」

「だから除霊を頼まれたんじゃ。ただ恐らくじゃがこのボードに取りついているのは子供の霊。そこまで悪質な気も感じんから死亡マスなんかはないと思う」

「なるほど」


 さすがキタ□ーではなく犬神さん。


「仕方ない、小鳥遊、お前も参加しなんし」

「え、俺もですか? なんでですか?」

「多分結婚マスがあるからじゃない?」


 雫さんが言うと、犬神さんは苦々しい表情でコクリと頷く。


「プレイヤーが一人だと結婚マスで詰んでしまうし、恐らく結婚があるということは異性関連のマスがある」

「なるほど」

「とりあえず俺と輝刃でやればいいですか?」

「わっちもフォローできるように参加する。恐らく三人のうち誰かがゴールすれば呪いは解けるから、今はゲームを終わらせることが先決じゃ」

「わかりました」

「待って葵ちゃん、このゲームマスに書かれていることを実行しなきゃいけないのよね? 結婚マスに止まったらどうなるの?」

「それは一応結婚している風にするんじゃろ……わっちもやってみんとわからん」

「私もやるわ」

「えっ?」

「皆でフォローし合ってゴールを目指しましょう!」


 なぜかやる気満々で参加表明をした雫さん。恐らく結婚というキーワードに引っかかったらしい。

 俺たち四人は呪われたマイライフゲームを開始する。



 それから1時間後、皆赤ん坊フェーズと学生フェーズが終わっていく、今のところは無理難題なくゲームを進められていた。


「高校を卒業してブラック企業の平社員になる」


 俺が踏んだ進路マスの内容を読み上げると、突然俺の服装がヨレヨレのスーツ姿になった。


「なんだこれ?」

「おそらくブラック企業社員の格好なんじゃろ」

「なんか一周回って面白くなってきたわね。やるじゃないこのゲーム」

「言っとる場合か」


 犬神さんも高校を卒業して進路マスにやってきた。大学に進学か、それとも就職が。


「まあブラック企業に行きたくないから、ここは進学するか」


 犬神さんは大学進学ルートを選ぶ。すると一番最初のマスで【炎上:エッチな画像がSNSで流出。大学を中退し、コスプレコンパニオンの道に】と書かれていた。

 犬神さんの格好が、青の巫女服からバニーガールへとかわる。


「ぐっ、進学したのに、アホなことで人生棒に振った……」

「炎上怖いですからね」

「マスがすごく現代的だな……」


 次に輝刃が進路マスに止まる。内容は【就職:スーパーアイドルになり、3億円の収入を得る】


「やっぱりわたしってゲームでもエリートの道を進んじゃうみたい」

「事実だがムカつく」


 フリフリのアイドル衣装に変化した輝刃は子供銀行券3億円分受け取る。

 その後雫さんは結婚してないのに人妻という謎の職に就いた。


 そのまましばらくゲームを続けていると、俺はとうとうこのマスを踏んでしまった。

【結婚:一番近い異性プレイヤーと結婚し、皆からお祝い金5万円を受け取る】


「一番近いってことは犬神さんとでいいんですよね」

「それしかないじゃろう」


 説明には結婚したプレイヤーはサイコロを同じにすると書かれている。

 つまりここからは1ターンで俺と犬神さんが同時に進むということだ。

 結婚すると突然、犬神さんの体と俺の体が見えない力によって引っ張られ、無理やり腕を組まされる。


「これは」

「おそらく結婚したことによるプレイヤー同士の束縛じゃろう」

「なるほど。さぁ二人ともお祝い金5万円くれ」

「「…………ヤダ」」


 二人の声がハモる。


「ヤダってそれじゃゲームが」

「なんでユウ君結婚しちゃうの……」

「犬神先輩とフラグなんてなかったじゃないの……」

「あの……君らこれゲームだからね」


 なぜかすさまじく感情移入している二人は、「幸せになりなさいよ!」とキレながら5万円(子供銀行)を俺の頬に叩きつけた。


「なんなん俺が悪いんか……これ」


 一巡して俺は結婚後初めてサイコロを振る。出た目は5、コマを5マス進める。止まったマスには【実った愛:第1子出産、お祝い金5万をみんなから貰う】と書かれている。


「貴様いきなり出産マスとは」

「結婚したらやることは早いのね……」


 輝刃の目が怖い。


「ゲームだから!」


 わかって! と叫びながら雫さんを見ると、彼女の瞳から綺麗な涙がツーっと流れた。


「赤ちゃん……おめでとうユウ君」


 泣き笑いの祝福。

 なにこれすんごい心痛いんですけど!!? ゲームだよ! なんで本当に赤ちゃん出来た後の反応みたいになってるの!?


「え、えっと……出産ってこれどうやるんですか?」

「そこに子供のコマがあるじゃろ、そのコマを一つ追加しなんし」

「これが子供の代わりですね」


 それからもう一巡すると、その間輝刃は【躍進:世界的スーパースターになる、億万長者になり1000億円を得る】のマスに止まる。


「よ、良かったな。もうお金じゃ誰も追いつけないぞ……」

「なんでだろ……お金はあるのに心は全然満たされない……」


 そんなこと言われましてもですね……。

 雫さんの方は、悪い男に騙され1000万円奪われると悲惨なマスに止まっていた。

 俺はもう一度サイコロを振る。止まったマスには、【二つの奇跡:双子を出産、皆からお祝い金10万円貰う】と書かれている。


「お前! どんだけわっちを孕ますんじゃ!」

「ゲームですから!」


 輝刃は無言で金を床にばら撒くと「拾え」と言ってきた。なんて嫌な奴なんだ。雫さんは――


「お、お金ないけど銀行に借金して払うね……だってユウ君の子供だもの……」

「重くて受け取れないよ! お願い無理しないで!」


 更にもう一巡し、俺は嫌な予感を感じつつサイコロを振る。


「第四子出産ですって」


 スーパースターで億万長者なのに、自棄になりつつある輝刃がぶっきらぼうに言う。


「ゲームですから!」


 犬神さんの目が怖い。というか全員の目が怖い。なぜだろう、俺が家庭を築く度に皆が不幸になっている気がする。


「わっちにサイコロを貸せ、お前にやらせると一体何人仕込まれるかわからん」


 びっくりするくらいエロいことを言った犬神さんが、俺にかわってサイコロを振る。

 止まったマスには【五つの奇跡:可愛い五つ子ちゃんを出産、皆からお祝い金100万を貰う】と書かれている。


「犬神さん。……いくらなんでもやりすぎですよ」

「葵ちゃんハッスルしすぎよ……」

「ゲームじゃから!」

「あの、このままいくと子供のコマなくなりますよ」


 輝刃は付属のコマの数を数える。確かに子供のコマを9個も使用して、使えるコマがもうない。


「これ何かで代用とかできるんですか?」

「できん。まさか9人も孕まされるとは思ってなかった」

「それ次出産マスに止まったらどうなるんですか?」

「言ったじゃろ、このゲームはマスの通りにしないと先に進めんと。最初に龍宮寺がスクワットした通りじゃ」


 全員にピカッと稲妻が迸る。今更ながらこのゲームが恐ろしいものだと気づく。


「それはあの、つまりは」

「本物の赤ちゃんが必要ってことですね」


 やばい、もう絶対出産マス踏めない。

 ゴールまで残り6マス、ワンチャンあと一回で行ける。

 頼む神よ……。そう思いながらダイスを振る。すると出た目は【5】ギリギリ足りない! 俺は恐る恐るコマを進ませるとマスに浮かび上がった文字は……


【結婚:一番近くの異性と結婚する】


 ん? また結婚マスに止まった。これはどうなるんだ? 一番近いのは雫さんのコマだけど。そう思っていると、急に雫さんの体が俺の隣に密着した。


「えっとこれは?」

「異性と強制的に結婚するマスみたいじゃな。恐らく既婚かどうかは関係ないんじゃろう」

「ユウ君……私たち結婚できたの……?」

「ゲームでね」

「嬉しい……」

「ゲームでね」

「もう死んでもいいかもしれない……」

「ゲームだからね!!」


 ポロポロと涙をこぼす雫さん。今までの不幸が全て報われたといわんばかりに幸せそうな泣き笑いを見せる。


「ま、まぁ形はどうあれ皆報われてよかった……。なんとかゴールも出来そうだし」


 結婚して雫さんは俺たちと同じサイコロになったから次は輝刃の番だ。

 彼女がサイコロを振って、マスに止まる。書かれていた文字は【お金より大切なもの:全財産を捨てることによって好きなマスに移動することができる】

 すると移動可能なマスが光り輝いた。その中にはゴールマスも含まれている。


「おっ! やったなこれでゴールできるぞ!」


 ゲームを終わらせることが目的なので、誰がゴールしてくれてもいい。これでこのゲームの無茶ぶりに答えなくてよくなる。


「移動するわ」

「よし、ゴールに――」

「結婚マスに」

「<●><●>」←何を言っとるんだね君は? という濁った目


 輝刃のコマが結婚マスに移動すると、見えない力で俺の真正面にくっついた。


「おい……」

「なによ……文句あんの? 殺すわよ」

「ユウ君、あまり輝刃ちゃんをせめないで。女にはお金に愛されるより男に愛されたいときがあるの」

「もうほんと君ら何言ってんの!?」

「小鳥遊、早くダイスを振りなんし」

「あぁもう!」


 どうせクリアだからいいけどさ! 俺がダイスを振ると出た目は1。丁度ゴールとなった。

 ゴールマスに【ゲームクリアおめでとう】と表記される。

 なんとかこれで終わってくれたか……と思ったが、最後に【クリアイベント:三つの奇跡。子供を三人授かる】と表記されている。


「……あの、これはどうなるんでしょうか。これをやらないとゲームクリアにならないとか」

「知らん……」


 その後ゲームボードは光を失い、俺たちは解放された。皆特に呪いを受けたなどはなさそうだ。


「妖力が完全に消えた……。わっちらのゲームを見て満足して成仏したのか……」


 最後のお題がどうなったかは謎である。

 霊が成仏前に俺たちをからかったのか、それとも――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る