第59話 エクレとタトゥー 後編
◇
翌日の夕方――
今日の訓練を終えて帰ろうとした時、運動トラックの隅でエクレが待ち構えているのが見えた。
「セーンパイ、待ってましたよ」
「その響き、凄くいい……ギャルゲみたい」
「ギャルゲを意識しました」
後輩に慕われる先輩という感じで凄く良い。
「エクレ今日授業?」
「いえ、今日はオフで小鳥遊さんを待ってました」
「そうなの?」
「お暇でしたら、ちょっと付き合ってほしい場所がありまして」
「いいよ。先、着替えて来るね」
俺はジャージから制服に着替え、エクレと再度合流する。
「どこ行く?」
「えっとですね、前々からわたし姉さんから服がダサいと言われていまして」
「別に普通じゃない?」
エクレの服ってどんなのがあったかなと思い浮かべると、私服は基本白衣にネクタイ、ブラウス、スカート、ニーソ。部屋にいるときはロングシャツにホットパンツ、もしくはスカートだと思う。
ただ彼女の持っているシャツのほとんどが胸の辺りに『ぬののふく』とか『金よりも力よりも乳がほしい』などと書かれたネタTシャツである。
「俺あれ結構好きなんだけどな」
「わたしも好きなんですけどね。どうやら姉さん的にはオタっぽくて気に入らないみたいです」
「服くらい自分の好きなの着ればいいと思うけどな」
「まぁとにかく服屋に行きましょう」
エクレと共にオシャレな服屋に到着すると、彼女は最初から買うものが決まっていたのか、ものの数分で服屋から出てきた。
「うっそはっや。普通女の子の買い物って2時間コースじゃない?」
「アキバだったらそれくらいかかりますけど、所詮服ですから」
「女の子の発言じゃないな」
「小鳥遊さんのそれはなんですか?」
彼女は俺の持っている紙袋を指さす。
「あぁこれはお楽しみ袋ということで」
「そうですか? 直行直帰というのも味気ないので、この辺にゲームカフェってのがあるのご存知ですか?」
「ゲームカフェ?」
「1時間1000円1ドリンク付きで、ゲームが楽しめるカフェです」
「へー、ネカフェっぽいね」
「ネカフェのゲーム特化版みたいな場所です。一緒に行ってみません?」
「いいよ」
俺とエクレは買い物したその足でゲームカフェなる場所へと向かう。
雑居ビルの中に入った『ゲーマーズカフェ・スイッチオン』。中へ入ると個室の鍵と、ゲームのログインIDを貰って受付を行う。
「完全個室なんだね。カラオケっぽい」
「そうですね。誰も寄せ付けたくなかったので鍵有の個室を探すのに苦労しました」
「えっ?」
「いえ、なんでもないです」
個室の中へ入ると、マットの敷かれたフローリングに大きなソファー、その前にモニターとレトロなゲームハードが並ぶ。
なんというか自堕落部屋という感じで、一度入ったら出られなくなりそうな心地よさがある。
「あれ? てっきりVRゲーやるんだと思ってた」
「VRだと仮想世界に入っちゃうんで、あんまり二人でやってる感ないと思いまして。せっかく同じ空間にいるんで肩並べてゲームしましょうよ」
「いいね。そういうの嫌いじゃない」
「よーし、じゃあ早速始めましょう。当然対戦ゲームでいいですよね?」
「うんうん」
「当然負けたら罰ゲームありですよ」
「うんうん」
「負けたらコントローラーになってもらいますよ」
「うん?」
どういうことだろうか? と思っているうちにエクレはゲームハードのセッティングを行う。ハードはPSJOYのカーレースゲームをすることになった。
3分後――
「あぁ負けちゃいましたね」
「えっ、うっそエクレよっわ……」
あれ? この子レースゲーム不得意だったかな? いや、この前輝刃とレースゲームをしてたときはかなりうまかったと思うのだが。
ただ単にこのソフトが苦手だったのだろうか? と言っても俺もこのソフトは初めてプレイするので条件的には同じだと思うのだが。
「では負けてしまったのでコントローラーになりたいと思います」
「ごめん、全然罰ゲームの内容が把握できてないんだけど」
「じゃあちょっと失礼しますね」
そう言うとエクレは対面になって俺の膝に座り、コントローラーを握る。
「ん? これはどうしたらいいの? とりあえず向かいあって座るって凄く恥ずかしいね」
「座位ですね」
「ちょっと黙ろうか」
「ルール説明ですが、わたしはモニターに背を向けているのでゲーム画面は見れません」
「うん、そうだね。俺は見えてるけど」
「でもコントローラーを握ってるのでプレイするのはわたしです」
「うん。わかった二人羽織り的な感じでやるんだ」
「そんな感じですね。わたしの体にゲームコントローラーと同じボタンが隠されていますので、小鳥遊さんはそれを見つけて押してください。わたしはそれに合わせてコントローラーのボタンを押します」
「隠されてる?」
「えぇっとタトゥーというやつです」
「なるほど……。ま、まさかおっぱいコントローラーというやつでは?」
「わたしおっぱいないのでそんなことはしません」
「そっかぁ……そうだよね……てっきりおっぱい触るとアクセルだー的な展開かと……」
「そんな凹まないで下さいよ。今度やってあげますから!」
「ほんと!?」
「凄く目がキラキラしてますね……。まっいいです、わたしの胸触って絶望するといいですよ」
「エクレ貧乳アピすごいけど別に全然普通だと思うけどな……。セクハラで申し訳ないけど何カップ?」
「Dですよ」
「謝れ! 世のD以下の人たちに謝れ!」
「姉さんの聞いたらため息でますよ?」
「G級だろ? あいつの服洗濯してるから知ってる」
「いえ、この度スケベカップに昇格したみたいです」
「H!?」
「話を戻しますが、わたしの体にアクセルボタンとコントロールスティックのタトゥーがあるので、最低限それは見つけて下さい。ちなみに服の下にはギリギリ隠れてないです」
「ギリギリってところがポイントっぽい」
「いいヨミですね」
多分配置的にはコントローラーと変えてないと見るべき。となるとアクセルは○ボタンの位置だから、エクレの右側かな。
俺は当たり障りない肘や二の腕などを探すが、タトゥーらしきものはない。
「ヒントはまぁギアレバーですかね?」
「ギアレバー?」
ギアレバー……ギアレバー? 俺ははっとして彼女の右脚を持ち上げる。すると彼女の後ろ太ももに○ボタンと同じタトゥーを発見した。
「これだ!」
俺は彼女の太ももをむにんと押す。
「おぉ正解です」
どうやら自分の脚のことをレバーに見立てたヒントらしい。
「あの、君凄い格好してるよ……」
脚を大きく上げ、俺の肩に太ももをかけるその格好は控えめに言ってかなりやばい態勢である。
「あ、あまり気にしないで下さい」
エクレは急かすように○ボタンを押すと、ゲーム画面が待機中からレース画面へと移行する。
するとすぐに画面にスタートシグナルが映り、3カウントが始まる。
『Are you ready? 3、2、1!』
「レースはじまっちゃいますよ。アクセルだけじゃレースはできませんよ」
その通り、レースゲームにはアクセルの他に方向を決定するコントロールスティックが絶対に必要だ。
「えぇ、スティックどこ!?」
『GO!!』
とりあえずエクレの太ももを押してアクセルを押すが、当然すぐにコースにぶつかりマシンはガリガリと嫌な音をたてる。
「あぁ小鳥遊さん、多分何かにぶつかってますよ」
「わかってる! コーナーに正面衝突して逆走してる!」
「早くスティックを見つけないと」
「ヒント! ヒントちょうだい!」
「ヒントですか? このゲームPSJOYで出たのはリメイク版で、オリジナルは満点堂64というハードで出たのが最初です」
「えぇ、なにそのヒント!?」
全く訳が分からない。安直に彼女の服の下、スカートの下を調べてみたくなる。
困る俺を見てニヤニヤ笑うエクレ。その表情は別に調べてもいいんですよ? と言わんばかりだ。
くそぉ、ほんとに調べてやろうか。
いや、ちょっと待て、彼女のこの異常なまでの自信は何だ? この様子だと絶対見つからない位置にあるって言っているような……。
まさか……下着の中……。
だとしたらどうしようも……。
いや、違うな。一番最初のヒントで『服には隠れてないです』と言った。
ならば太股の裏みたいにエッチじゃないけどなんかエッチに見える場所で、尚且つ服に隠れていない場所。
そしてヒントの満点堂64……。
「しょうがないですね、もう一個ヒントあげますよ。満点堂64のコントローラーってグリップが下向きに3本伸びてて、真ん中と右のグリップを握るんです」
そうだ確かに満点堂64は真ん中のグリップにアナログスティックがついていて……。
ピンときた。
「エクレ……あーんして」
「あっ、バレた」
俺が答えを言うと、彼女は恥ずかし気にそれを見せた。
そう、十字のゲームキーが彼女の舌に描かれていたのだ。
「正解です」
「64のコントローラーのグリップって確かに形が舌に見えなくもない」
「わたし、絶対見つからないと思ってました」
「なんか喋るときあんまり口開いてないなって思ったんだ」
「鋭いですね」
「驚いたよ。まさか舌にタトゥーを入れるなんて」
「ただのプリントですけどね」
俺は安堵の息を吐くと、エクレはおやっ? と首を傾げる。
「ゲームやらないんですか? 今なら美少女の舌触り放題ですよ」
「やるに決まってるだろ。ちょっと手洗って来るから待ってて」
「あっ、結構ガチなんですね……」
そうして俺はエクレの舌を指でグニグニと揉みながらレースゲームを行う。
人体の弱点というべき舌を触られ、エクレは時折艶めかしい声を上げる。
「だ、大丈夫? 顎疲れない?」
「あ、
その状態で二回ほどレースにチャレンジすると。
『ゲームWIN!』
まさかの1位でのレースクリア。
「よくこれで1位とれたね」
「ほんとですね。息があったというか舌があったというか」
「じゃあご褒美にこれをあげよう」
俺は服屋で買った紙袋から、コルセットベストとフリルのブラウスを取り出して彼女にプレゼントする。
「これは?」
「優勝賞品」
「ではなくて、なぜこれを?」
「いや、エクレってこういうちょっとオタっぽい格好似合いそうだと思って。腰も細いし着てほしいな」
「もしかして好きな女の子には自分の好きな服を着せたいタイプですか」
からかうようないたずらっ子っぽい笑みを浮かべるエクレに。
「うん、そうだよ。着せたい」
「…………き、着てきます」
彼女は素で返されると思っていなかったらしく、顔を赤くして服を持って着替えを行う。
「い、いいですよ」
振り返るとフリルのブラウスに、腰をキュッと締めたコルセットベストを纏ったエクレが立っていた。
首元の青いリボンがワンポイントで可愛い。
「な、なんか乗馬する人みたいですね」
「うん、凄く可愛いと思う」
「…………あう」
耳まで顔を赤くするエクレ。
「エクレはやっぱりスタイル良いし、こういう普通の人じゃ着こなせない服でも絵になっていいと思う。うん、可愛い」
「……す、すみません。動悸が激しいので可愛い禁止でお願いします」
「可愛い可愛い可愛い可愛い」
「あ゛ーーーーやめてその技はわたしにききすぎます!」
身悶えするエクレ。
こうかはばつぐんだ。
「エクレって誘ってくるわりに攻められると弱いタイプだよね」
「わたしも今自分が誘い受けだってことに気づきました。くぅ、せっかくタトゥーで小鳥遊さんをドキドキさせる作戦だったのに、やり返されてしまいました」
「ゲームのボタンのタトゥーってユニークだね」
「ええ、最近のはいろいろあるんですよ」
そう言ってエクレは様々なボディーシールを取り出す。
「へー、面白いね。商標的には大丈夫なんだろうか。これなんかまんまABボタンだけど……」
「あの……服のお礼に……そのシール使っていいですよ」
「いやぁ俺は人間コントローラーやるのはちょっと――」
「わたしの好きな部位にそれ貼って、もう一回人間コントローラーやりませんか?」
「…………」
リボンをしゅるりと抜いて、ブラウスの第三ボタンまで開けたエクレ。
好きな部位に貼って良いってことはつまり――
「君は本当に誘い受けだな」
それから俺とエクレは
◇
後日――とある姉妹の会話
「ねぇエクレ、あんたそんな服持ってた?」
「小鳥遊さんに買ってもらいました」
「は?(威圧) あんた誕生日もう終わってるでしょ」
「おっぱいコントローラーしたらくれました」
「おぱ!?」
輝刃は――この女――と憤る。
我が妹ながらなんてふしだらな。おっぱいコントローラー? 男に体を好きにさせたってこと? 何よこの子ビッチじゃないビッチ! このままじゃ妹の貞操観念がおかしくなるわ。この子絶対好きな男に染められちゃうタイプだからここはビシッというべきかしら? このままじゃエクレが歩くセック――(以下略)
それから輝刃は密かに胸にコントローラーのイラストがプリントされたシャツを購入したとか。
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