第6羽 出雲の日常

第55話 栗崎栗太の先輩日誌(輝刃編)

 日に日に空気が冷たくなってくる今日この頃、出雲の体育館にて俺達下級レイヴンは体力訓練を行っていた。

 20キロの装備を担いだまま二時間体育館の中を走らされた後、クライミング訓練を行い、俺はへとへとになりながら体育館の壁を背に腰を下ろす。


「あーきっつ……」


 汗だくでスポーツドリンクを飲んでいる俺の前に、レイヴン見習いの後輩がにこやかに手をふりながらやって来た。

 俺と同じくジャージ姿の少年の名は栗崎栗太くりざきくりた

 小学生にも見える童顔で歳は俺の一つ下と言っているのだが、夜になると青ヒゲが凄いので多分年下じゃない。

 俺のことを小鳥ことり先輩と呼び、自分より上のレイヴンにも物怖じせず、コミュニケーション能力が高い。しかも腰が低くゴマをするのが得意で世渡り上手な後輩だ。


「お疲れっす~、うぃっす~」

「あぁなんだザキか」

「そんな死の呪文みたいに呼ばないでくださいよ。気軽にクリちゃんって呼んでください」

「わかったザキ。お前授業は? 見習いは外で訓練だろ」

「先輩と一緒でふけてきたっす」

「俺は授業ノルマ終わったからな。一緒にするな」

「じゃあ僕は休憩っす、うぃっす~」


 そう言って隣に腰を下ろしたザキと訓練を行っている(女)生徒たちを見やる。


「ナイスブルマっすね」

「スパッツやハーフパンツじゃないところに出雲の心意気を感じる」

「僕もっす」


 女生徒たちに癒されているとザキが神妙な面持ちで俺に尋ねる。


「そういや先輩って龍宮寺先輩や四天王先輩と部屋一緒なんですよね?」

「そうだ」

「……ぶっちゃけ……おっぱいとか揉めるんですか?」

「揉めるかぁ。ぶち転がされるわ」

「よくわかんないんすよね。こういっちゃなんですけど、スペック的に四天王先輩>>>>龍宮寺姉先輩>>龍宮寺妹さん>山>♨>谷>>>越えられない壁>> >>次元断層>>>小鳥先輩じゃないっすか。ちなみに妹さんは科学者っていうステータス入れてますから」

「大体合ってる」

「そんな人がなんであのエースチームに在籍できるのかわかんないんですよ。これ本当に素の疑問で気分悪くしないでほしいんですけど、レベル差ありすぎですよね? RPGで言ったら勇者チームに村人がいる感じですよ」

「ゲームクリアまで馬車から出してもらえそうにないな」

「いやぁ、なぜかスタメン張ってるってのが一番の謎でして……。もうチームの誰かとデキてるとしか思えないっすよ」

「ほほぉ、そりゃびっくり推理だ」


 あれれーの名探偵もさぞ驚くだろう。


「しかも最近来た留学生ともやってるんですよね?」

「やってるって言い方やめろ」

「小鳥先輩ってどっちかって言うと陰キャというか地味キャじゃないっすか」

「地味子は隠れ巨乳かもしれないだろうが。というかお前はセンパイのこと陰キャとか言うな」

「すんません。小鳥先輩って何言ってもボケて返してくれる感があるんで」

「完全になめられてるな」

「やだな信頼してるんすよ。事実Cランクレイヴンの中じゃ一番話しやすいっすから」

「そりゃどうも」

「話戻しますけど、普通あんまりレベル差あると追い出されると思うんですが、どうやってるんすか? チーム配属になった時の為に興味あるっす」

「いいかザキ。さっきの表、俺のところをお手伝いさんにしてみろ」

「四天王先輩>>>>龍宮寺姉先輩>>龍宮寺妹さん>山>♨>谷>>>越えられない壁>> >>次元断層>>>お手伝いさん」


 ザキはハッとする。


「ふ、普通だ」

「そうだ。自分を戦力として数えるな。雑用する人と思え。勇者チームにも馬車修理したり、装備洗濯する人がいるんだよ」

「な、なるほど」

「何後輩に卑屈なこと教えてんのよ」


 突如飛来したバレーボールが俺の顔面に命中して、俺はそのままぐにゃりと倒れた。


「この100発100中の精度で顔面にぶつけてくる奴は……」


 キレの良いサーブを放った制服姿の輝刃は、金髪ツインテを弾きながら俺の元へとやって来る。


「うひょー、さすが龍宮寺センパイオーラあるぅ」

「出たな金髪の悪魔め。ってかお前授業サボってんじゃないよ」

「あたしもうこの訓練単位とってるから。運動系の訓練単位が残るって大体機械工か諜報兵科くらいでしょ」

「むぐぐ」


 確かに今ここにいるのはほとんど戦闘が苦手なレイヴンばかりである。Bランク目前の彼女が、こんな面倒な基礎体力の単位を残してるわけがない。


 輝刃はチラリと訓練器具を見やるとなにこれ? と近づいていく。

 彼女が見ているのは、壁にホールドと呼ばれる石みたいな突起を張り付けた訓練器具で、ロッククライミングを屋内で出来るようにしたクライミングウォールだ。これがまた腕や足だけじゃなく、全身の筋肉を使う為非常に良いキツイ訓練になる。


「あたしこんなのやったことないわよ?」

「なんで竜騎士がわざわざ壁よじ登るんだよ」

「あっ、確かに」


 竜騎士ならジャンプでぴょんと飛び越えられるので、壁登りクライミングなど不要な訓練だ。


「えーでも面白そうじゃん。やったら怒られるかしら?」

「誰も見てないし、いいんじゃないか?」

「ぃよっし」


 輝刃は制服のジャケットを脱ぐと、そのままクライミングウォールに足をかける。


「小鳥先輩、わざと制服姿のこと注意しませんでしたね」

「スカートで壁登ったらどうなるかくらい普通わかるんだがな」

「僕小鳥先輩のそういうとこ大好きっす」


 俺たちはあたかも応援する一観客として、輝刃の姿を見守る。

 だが――


「先輩、全然スカートめくれないんですけど」

「意味がわからん。鉄板でも入ってんじゃないのかあのスカート」


 ギリギリ見えそうで見えない。

 しかしここであえて接近すれば、俺達の意図がバレてしまう。

 運動神経抜群の輝刃はホールドに手をかけると「よっ、ほっ、たっ」とトントン拍子に駆けあがり、あっというまに壁を登り終えてしまった。


「別に竜騎士の脚力なんか使わなくてもこの程度なんてことないわね」

「さすがエリート」

「スカートもエリートでしたね」


 どや顔した輝刃がウォールからぴょんと跳び下りると、その拍子にビリィっと嫌な音が響く。

 スカートが壁の突起に引っかかって、勢いよく引き裂かれたのだ。

 着地した輝刃はやっべとスカートの後ろ側を押さえている。


「大丈夫か?」


 駆け寄ってみると、輝刃は小刻みに首を振る。


「やばいウェストの部分まで一気に裂けたいった……」

「上の方にフックみたいになってる石がありますからね。それに引っかかったんじゃないっすか?」

「多分そうだろうな」

「やばい動けない。動くとスカート落ちる」

「着替えとってきてやろうか?」

「この状況であたしを一人にしないで」

「って言っても替えを持ってくるか、誰かから借りるかしないと」

「そうだ小鳥遊君の制服貸してよ」

「制服? まぁいいけど」


 俺は制服のズボンをスポーツバッグから取り出すと、輝刃に手渡す。

 彼女はコソコソとズボンを穿くと、破れたスカートを下ろした。


「ちょっと丈が長いけど大丈夫ね」


 輝刃の珍しいズボン姿。なんでズボン穿くだけで制服って男モノに見えるんだろうな。


「それにしても激しくいったわね」


 縦に大きく引き裂けたスカートを見て渋い顔をする輝刃。


「だから運動するときはスカート穿くなって言っただろ」

「言ってないわよ。どうせ下から覗き見るつもりだったんでしょ?」


 バレテーラ。


「僕は教えてあげた方がいいって言ったんすけどね。小鳥先輩が面白いからこのまま見てようって……」


 ザキの奴音速で俺を売ったな。いい性格してると思う。


「あとで直してやるからかせ」

「小鳥遊君裁縫”も”できんの?」

「全員の服をアイロンしてるついでにほつれたボタンの修理とかやってるうちにできるようになった」

「あなたの女子力もう母親級じゃない?」


 俺は輝刃からスカートを受け取り、折りたたんでスポーツバッグにしまう。

 するとザキが耳打ちしてきた。


(あの、小鳥先輩、やっぱ龍宮寺先輩と付き合ってるんすか?)

(なんでそうなる)


 ザキはクライミングウォールを忌々し気に見やるズボン姿の輝刃を見る。


(だって普通男子に制服貸してくれなんて言いませんよ? 他の女子から借りるでしょ)

(他の女子に迷惑かけたくなかったんだろ)

(それってつまり小鳥先輩だったら良いってことですよね?)

(まぁそうなるか?)

(先輩それの意味気づいてます?)

(?)

(服共有するって彼氏彼女くらいしかやりませんよ)

(そんなことないだろ……ってか輝刃もエクレも洗濯してる時、着るものないからって理由でよく俺のTシャツやジャージ着てたりするんだが)

(はぁ……女の子が着るものないわけないじゃないですか)

(じゃあなんでなんだ?)

(小鳥先輩だって龍宮寺センパイのパンツ頭に被りたいと思うでしょ? それと同じですよ)

(ごめん、ちょっと何言ってるかわからない)


 ってか多分これの発端は雫さんが勝手に俺の服を着るところからはじまったと思う。だから服の共有シェアに関して深い意味はないはず。

 そんなことを話していると輝刃から声がかかった。


「小鳥遊君、制服買いに行くから一緒に来て」

「スカートなら俺が直してやるって」

「それは任せたけど、ジャケットとかきつくなってんのよ。新調しようかと思って」

「お前……また太ったのか――」


 顔面に鋭く突き刺さるバレーボールスパイク。こいつ球技系なんでもいけるな。


「胸がね! ウェストはかわってないわよ!」


 確かにブラウスのボタンがギチギチで「苦しい、もう限界だ」って言ってるように見えるな。


「しゃーねー着替えるからちょっと待ってろ」

「ジャージで良いじゃない。あたしもこのまま行くし」

「はぁ……んじゃザキちょっと行ってくるわ」

「行ってらっしゃいっすぅ」


 俺はスポーツバッグを掴んで、輝刃と共に体育館の外へと出る。


「ってことはお前スカートもきついんじゃないのか? ウェスト変わってなくてもヒップがデカくなってたらいい加減中身見えるぞ」

「はぁ? きつくないんですけどー、全然大丈夫なんですけどー」

「正直に言えば俺が調整してやるって言ってるんだが」

「ごめんマジ限界、なんとかして」

「報酬は?」

「クレープ屋でいちごクレープおごったげる」

「それお前が食いたいだけだろ」

「バレた?」

「また太るぞ」

「またって何よまたって!?」



 栗崎は軽い言い合いをしながら、出雲のショッピングエリアに向かう二人を見て呟く。


「どう見ても放課後デートじゃん……。あれで付き合ってないって誰も信じないっすよ」


 小鳥先輩とは仲良くしておこうと打算的に思う栗崎だった。

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