第65話 多重運命交錯照準星Ⅵ

 出雲の公園エリアでは至るところにカップルが見られ、薄暗い夜の公園には芽生えかけの愛があちこちで咲きかかっている。

 正直こういう連中には両手の凸指を立てるのが俺の流儀なのだが、今は凸指を立てられる側にいる。


「カップルが多いですね……」

「わっちらもその中の一組じゃろう?」

「えっ、あっ、その……」

「もしかして違うのか?」


 不安げにこちらを見つめる犬神さん。


「……カ、カップルかな」

「であろう。ならここにいる者たちは皆仲間であろう」


 まさかリア充陽キャグループを仲間と呼ぶ日が来るとは……。

 俺と犬神さんはハートが飛び交う公園エリアを抜け、船外のウイングデッキへと出た。

 俺は船内の公園で見るプラネタリウムのような星空より、直接夜風を感じられるデッキからの空が好きだった。


「美しい夜じゃな主様……」

「うん。そうだね」


 頬を撫でる冬の冷えた風。漆黒の夜を彩る無数の星々。手を伸ばせば届きそうな銀天の空。絵画世界のようなロマンチックな雰囲気を共にすれば、お互いの好感度は急上昇。

 そんな週刊誌の端にでも書いてある恋愛記事みたいなことを考えるが、確かにクリスマスバフという恋愛推奨空気が周囲には満ちている。

 チラホラと見える他のカップルたちは皆抱き合い、見つめ合い、中にはキスをしている者もいる。


「見よ、あの星を……まるでつがいのようではないか?」


 犬神さんは並んで光を放つ星を指差し、何か言ってほしそうにこちらを見つめる。


「お、俺たちみたいに?」


 言ってくれたぁと犬神さんは顔を赤らめ、嬉しそうな表情をする。

 シールのせいだとわかっていても守りたいこの笑顔。


「もしあの星が落下して、地球に明けない冬が来てもわっちらはこうしていたいものじゃな」

「想像の展開がハードすぎるよ葵……完全にア□シズ落としじゃないか……」


 さすがにその状況でこうしていられる自信はない。


「それより葵、寒くない?」


 犬神さんは薄着の巫女服なので、風が冷たいデッキは寒いはず。

 しかし彼女は首を横に振ると、俺の肩に自分の頭を乗せる。


「寒くなどありんせん……。主様がこれほど近くにおるのじゃ。むしろ熱いくらい……」


 犬神さんは俺の手をとると、自身の巫女服の中へと導き、柔らかくて溶けそうな胸を触らせる。


「ノーブラジャーノーガード!」

「どうじゃ、温かいじゃろう?」


 妖艶な微笑み。確かに俺の掌には熱したマシュマロのような暖かさが伝わる。


「た、確かに……でも葵、大胆すぎない? 皆見てるよ」

「見たければ見せてやれば良い。わっちは主様に触れてもらいたくてしょうがない」


 犬神さんはそのままの状態でキセルに火を点けると、また水蜜桃すいみつとうのような甘い香りを俺に吹きかける。


「愛しておる……主様」

「葵……」


 潤んだ瞳に艷やかな唇から囁かれる甘露な愛の言葉。

 俺の手が犬神さんの胸をやわやわと揉みしだいても、くすぐったそうにして微笑むだけ。むしろ続きを期待するようなとろけた瞳でこちらを見つめてくる。

 何をやっても許してくれそうな母性的な瞳と、情熱的な愛情。

 年上女性の包容力に包み込まれ、幸せを実感しないわけがなかった。


「フフッ、主様はやはり胸が好みと見える」

「お、男は皆胸好きですよ」

「ならば好きなだけ堪能するが良い。雫ほどではないが、わっちもそれなりには自信がありんす」


 弁明しておきたい。誰も信じないと思うが、俺が犬神さんの胸から手を離せないのは、すぐ近くにラブシールが貼られているからだ。

 剥がそうと思えばすぐ剥がせるはずなのにそれができない。


「この体……主様の好きにしなんし」


 犬神さんの言葉一つ一つが甘く、俺の脳内にある理性を溶かしにかかってくる。


 星見先輩はこう言った。ラブシールはきっかけであり、遅かれ早かれ俺と犬神さんは結ばれると。

 ならこのシールを剥がす意味はあるのか? 結局結ばれるなら今付き合うことになってもいいじゃないか。


 しかも今はクリスマス直前、カップルになるタイミングとしてはこれ以上ないほどにベスト。


 しかももうじきあの時間がやって来る。

 誰もが「あぁ、クリスマス? 俺あんなの意識してないし。その時間スマ○ラやってたわ」と強がりつつも、心の中ではバリバリに意識している性の6時間……。


 今の犬神さんなら間違いなく拒否されることはないだろう。

 つまり俺と犬神さんは付き合ってすぐにア□シズ地球になる――。


 はは、すまんな猿渡、戦国先輩。クリスマスが明けたら君たちとは絶望的な差が開いていることだろう。

 そう童貞卒業という履歴書に書いても許される、オスになったという資格。

 彼らには犬神さんと共に飲むであろう、夜明けのモーニングコーヒーの味でも教えてやろう。

 ダメだまだ笑うな、今から童貞マウントを考えると笑いが――。


 クツクツと悪い笑みをこらえていると、犬神さんが心配げ・・・に俺の顔を覗き込んだ。


「主様、どうしたんじゃ、そんな……」


 ――痛ましい顔をして。


 ん? なんでそんな顔になるんだ?

 100%不純なことしか考えていなかったのに。


 クリスマスの邪念とは裏腹に、俺はぺりぺりと犬神さんの胸に貼られたラブシールを剥がし、ハート型のシールをデッキから外に放り捨てた。


「主……様?」

「ごめんなさい」


 俺はラブシールを剥がし、犬神さんの気持ちがリセットされることを望んだ。

 彼女の目に宿ったハート型の光が徐々に消えていく。


「ごめんなさい」


 先程まで熱く甘い吐息とともに愛を囁いていた犬神さんが、いつもどおりの冷たくクールな表情へと戻る。

 ラブシールの効果が消失し、正気を取り戻した犬神さんは、キセルから今まで吸っていた甘い匂いのする煙草を落とし、いつも吸っている無臭の煙草を入れて火をつけた。


 今までの記憶はあるようなので、ひっぱたかれてもおかしくないと思った。

 しかし「ふぅ」と白い煙を吐く犬神さんは、硬い表情をする俺を見て呆れた顔をする。


「なぜシールを剥がした? 星見の言っていた通り、わっちと主は遠くない未来結ばれるやもしれん。ならばシールを剥がさずともいいと考えるのが普通じゃと思うが?」

「すみません。犬神さんと一緒にいた時間はとても楽しくて、嬉しかったです。でも貴女に愛を囁かれるたびに苦しくなりました」

「なぜじゃ? 男女問わず人は愛されることを喜ぶものじゃろう」

「だからこそ……俺はこのシールで好きになってもらうことが許せない。もしかしたら今後貴女と俺が結ばれる未来が来るかもしれない。でもそれはこんな玩具シールがトリガーになっちゃいけない。お互いが好きになって、その運命を選択することで結ばれたいんです」


 付き合った理由を聞かれた時、決まった運命だからなんて答えたくない。


「好きになるプロセスを重要視したいと?」

「そうですね。このラブシールで俺は一方的に犬神さんに運命を受け入れさせた。だから……これは卑怯だ」


 運命は選ぶものであり選ばれるものではない。

 たとえ犬神さんと俺が運命の相手だとしても、シールを使ってしまったという棘は残る。

 それはきっと俺自身を責めるだろう。お前は卑怯なアイテムを使って犬神さんの心を操作したと。


「主は真面目よのう」

「真面目なやつはこんなアイテム使いませんよ」

「確かに」


 自分で言うのもなんだが勿体ないことをした、あのままいけばきっと犬神さんは俺の彼女になってくれただろう。

 彼女を金額で例えるのは失礼だが、一等の宝くじを1000枚くらい海に捨てたような気分だ。


 でもそれでいいと思う。俺はまだまだお姉様に相応しい人間じゃない。もっと成長して、せめて肩を並べてレイヴンとして戦えるくらいになってから男として認めてもらいたい。

 そしてもし仮にお互いが好きになって結ばれることになったら、その時は運命に選ばれたんじゃなくて、最高の美女を自分で勝ち取ったと言いたい。


 そのことを言葉に籠める。


「――――」

「…………勝ち取りたいか。生意気なことを言う」

「すみません」


 犬神さんはクスリと笑うと、下駄をカランコロンと鳴らして踵を返す。


「わっちはフられたということじゃな」

「と、とんでもない。ラブシールで無理やり心を変えてしまったのを元に戻しただけです」

「わっちの心をそのシールで弄んだわけか」

「すみません……」


 俺が謝罪すると、犬神さんはばつが悪そうな顔をしながら、巫女服の袖から青いハート型のシールを取り出す。


「それは……」

「実はわっちも星見の占いで、お主と結ばれると聞いてな。それはまずいと思いこのシールを貰った」

「運命を引き離すブレイクシールというやつですね……」

「勘違いしなんし。別にお主のことを嫌いになりたかったわけではない。た、ただこのままいくと10人も孕まされると言われたらマズイと思うじゃろ? わ、わっちらはまだ・・学生じゃし」

「ま、まだ……」


 希望のある言葉にニヤッとしてしまう。

 それに気づいた犬神さんはカッと顔を赤らめて怒る。


「主、邪なことを考えておるな。えぇい背中を出せこのシールを貼ってくれる!」


 犬神さんは無理やり俺の上着を脱がせ、背中を露出させる。


「や、やめてください! さ、寒い!」

「フフフ、おとなしくせい。ラブシールがこれだけ効果があるのじゃ、ブレイクシールもさぞかし……。ん? なんだこれは?」


 犬神さんはベリっと俺の背中から何かを剥がした。

 それは2枚のラブシール。


「あれ……誰が貼り付けたんだこんなの」


 全く気づかなかった。


「まぁ犯人の予想はついておる。しかし主と結ばれる女は気の毒じゃ。きっと他の女を気にしなくてはならんじゃろうて」

「そんなことは……」

「まぁある程度は女の甲斐性と思って諦めるか……」


 犬神さんは呆れ気味の白い息を吐くと、手にした2枚のラブシールと共にブレイクシールもデッキから放り捨てた。


 帰って皆でクリスマスパーティーでもしようかと思っていると、不意にコートを着た四人の少女が俺たちの前にやってきた。

 それは決意を瞳の中に秘めた雫さん、白兎さん、輝刃、エクレだった。


「た、小鳥遊さん! あなたの運命を取り戻しに来ました!」

「ぐっ、これでまだ犬神先輩の運命に引きずられたら怒るわよ!」

「……背水の陣」

「皆行くわよ!」


 一体何をする気なんだと思うと、雫さんの掛け声と共に全員がバッとコートを脱ぎ捨てる。

 真っ赤に頬を染めた少女たちがコートの下に纏っていたのは、胸元に小さなベルのついた真紅のビキニと白のニーソで、頭にはサンタ帽を被っている。ビキニサンタ姿だった。


「「「「メ、メリークリスマース!!」」」」


 微妙に不揃いな声がデッキに響く。

 輝刃はヤケクソ気味で仁王立ち、エクレはもうどうにでもな~れ☆ とハンドベルを振り、白兎さんは無表情でクラッカーを鳴らし、雫さんはプレゼントボックスをばらまく。

 この真冬のデッキでまさかのビキニサンタ。しかも周囲には複数のカップルの視線がある。

 聞こえてくるヒソヒソ声。そりゃザワつきもするだろう。


「ぐぅ、めっちゃ見られてる……」

「もう動物園のチンパンジーになった気分ですよ」

「やってることは……チンパン並」

「ゆ、ユウ君! 戻ってきて!」


 俺と犬神さんは顔を見合わせると、四人を見て申し訳ないが笑ってしまう。


「「アハハハハハハ!」」


 盛大に自爆かました四人はキョトンとしてる。


「主ら四人揃って、こ奴を取り返す方法がビキニサンタとは……クククク」

「わ。笑わないでよ! こっちはお年玉おばさんって呼ばれる瀬戸際なんだから!」

「お年玉おばさん?」

「そ、そうですよ! 犬神先輩と小鳥遊さんが超強力な運命で結ばれてるなら、わたしたち四人でサンタソリに乗って自爆特攻仕掛けるしかないじゃないですか!」


 これにはサンタも苦笑い。

 俺はことのあらましを彼女たちに伝える。

 犬神さんにシールを貼ってしまったことはあくまで偶然であること、カップルのように振る舞っていたが、さっきラブシールは剥がしたこと。


「じゃ、じゃあ?」

「運命がどうなったかはわからないけど、ラブシールは剥がしたし犬神さんも元に戻ったよ」

「わっちがこやつと運命をともにするなどありえん」

「そ、そうよね!」

「こんな奴と犬神先輩が釣り合うわけないですもんね!」


 安堵の表情を浮かべる一同。


「と、言うかそろそろ戻りません? めっちゃ見られてるんで……」


 ようやく周囲の視線を気にするエクレ。

 カップルたちにおもしろ話題を提供してしまった彼女たちは、そそくさとコートを纏い、共同部屋へと戻ることにした。




―――――――――――

今日中に次話エピローグ上げます。


カクヨムコン5読者選考最終日です。フォロー、星、感想などで応援していただけると幸いです。


ヤンキー実況の方も合わせてよろしくお願いいたします。


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