第7話 知人を助けるための行動の正当性

「いやだって、紙って放っておいたらどっかいくやん?仕方ないと思う」

「俺の知ってる紙は自立して行動することはできないんだが。何?明川と俺で紙っていうものの概念が異なってるの?」

 目の前のあほ面に向けて呆れ気味に返答。

 筐体から流れる音楽と光によって若干音が聞こえづらい状況ではあるが、あほみたいなこと言われれば流石に自然と文句を口に出してしまう。

 距離的にはそんなに遠くないので聞こえる距離だとは思っているが。

「折角だし確認してみるか…まずひとつめ。白いものが主流で、本やプリントとかによく利用される」

「あぁ、そうだな。紙はそうやって利用されるな。二つ目を言わせてもらうなら厚紙とか感熱紙とか微妙に種類があるよな。用途によって使い分けができる」

 俺の言葉にもうんうん、と大仰なまでに頷く明川。そうだよな。何も問題は無いよな?今のところお互いの認識に齟齬は感じない。

 俺の聞き間違いだったのだろうか。

「その通りだ。なんだよ、別におかしいところなんか無いじゃないか。あとは別に特徴とかないよな?しいて言えば移動するくらいだが」

「そこだ」

「そこでござるよ」

「そこじゃないですか?」

 明確である。知っていた。こういう展開になることは明らかに予想の範疇だ。こいつがまともな思考をしているわけがない。

 後ろで待機していた二人も参入する程のぶっ飛んだ発言。冗談ではなく本気で言っているようなのがより異常さを引き立ている。

 エレナは何を言っているのかわからないといった様子で頭上にはてなマークを浮かべながら俺の傍で困惑している。

 微妙に肩が触れるくらいの距離。知ってか知らずか、一番男子として意識してしまう立ち位置。俺より少し小さい身長の彼女からほのかに香る甘ったるい匂いが心拍数を加速させるが本人は特に意識していない様子。

 意識してても意識してなくても凶悪な破壊力を持つのがこの少女である。結婚したい。

「やっぱり明川氏は頭がおかしいでござるよ」

 明川から数歩離れた所にある柱にもたれかかるようにして眼鏡を中指で食いっと押し上げながら返答するのは長身の近衛。黒を基調としたカーディガンやシャツといった大学生とかによくある出で立ちではあるが、すらっとしたイケメンが着ると周りとは一味違った印象を抱かせる。端正な顔つきと物憂げな視線は画像にすれば間違いなく女性にとって宝になるだろう。動画にすれば著しく価値は落ちるかもしれないが。

 ともあれ、全面的に近衛の発言には同意だ。小学校からの付き合いだが頭がおかしいという他ない。いつどこで頭のネジを失くしてしまったのか。悪いやつではないだけに純粋に心配である。

「まぁ、よく言われる。…いいんだよ僕のことは。それで?今日は2人で来てるの?

 もし二人で来てるんだったら羨ましいので殴らせてほしいんだけど」

 身勝手極まりない。本当に殴るとかは流石にしないとは思うが先ほどの発言の後だ。何が起こっても不思議ではない。ぶっ飛んだ思考回路を持っている人間ほどどうでもいいところで本気になる傾向があると思っている。

 過去の事例だと、金平糖を加熱して爆発させる動画を送ってきたり、新聞紙を何枚も合わせた紙で紙飛行機を作って屋上から飛ばして近隣住民に直撃させるなどの地味に迷惑だったり純粋に頭がおかしかったり意味不明だったりという伝説を数多く残している。

「あっ、私とアヤくんの他にお姉さまもいらっしゃってます。明川くんは見覚えがあるのでは…?お姉さまも面識があるっていっていたような」

 俺の服の袖を掴みながらエレナが俺の代わりに答える。面と向かって転校生と話せたことに驚愕と困惑が入り混じった様子。あとちょっと歓喜もありそう。

「お姉さん…ってぇとあの美人さんか。お前の家どうなってんの?確かお母さんもすげえ美人だって聞いた気が。お前の家の状況どうなってんの?更に美少女も増えるんでしょ?おかしくない?」

「確かに宮野家は顔面偏差値高いですなぁ。実に羨ましい限りで…っと、それより何やらあそこで人だかりができてませんかな?」

「お前が言うと嫌味にしかならな…って、ほんとだ。っつーかあの囲まれてるやつ佐原じゃね?なんか穏やかじゃないんだけど」

 俺も明川と同じ指摘をしようと口を開こうとして…促されるようにその視線を追う。

 筐体などの陰になっている人目に付きにくい場所、そこに数人の高校生と思しき男性と、壁際に追い詰められつつある女生徒がいた。見覚えがある。

 同じクラスに所属し、新聞部として活動している女子だ。俺とも結構話す方で、咳も近い人間なので割と親近感は持っているのだが…。

 明川も言ったように雰囲気が明らかに穏やかじゃない。どうやら険悪なムードになっており、気の強い方である佐原もどことなくおびえたような状況だ。

「…明川、ちょっとお店の人連れて来てくれるか?連れだしてくる。明らかに放っておいていい状況じゃないし…」

「そうですなぁ。まず放っておいたらただでは済まなそうですし…我も助太刀しましょうかね?」

「いや近衛はエレナを頼む…万が一にも危害が及ぶわけにもいかんし」

 近衛はこういうのは得意なんだが、エレナにまで何かがあったら俺は自分を抑えられる気がしない。あくまで冷静に対処しなければならないのだこういうものは。

 ヒートアップしてはこちらも何か難癖をつけられかねない。





「あの…すみません、何かあったんでしょうか?その子、俺の連れなのでご用件があるのでしたらもう少し落ち着いていただけると…」

「あぁ?なに?連れ?…こいつが俺にぶつかってきたんだけど謝りすらしなかったんだわ。まさに論外だよなぁ?だからちょっと…なぁ?わかるよな男なら」

「あれ…?宮野クン?」

 背後から慎重に声をかけた俺に対して向けられたのは下卑た笑みだった。

 見るからに不良というべき出で立ちだった。乱雑に束ねられた後ろ髪や伸びた無精ひげから不良というよりは山賊と言った方が印象は想像しやすいのかもしれない。

「いえ…?正直に言って見当もつきませんが…。ですがこの度は俺の連れがご迷惑をおかけしました。しっかり言って聞かせておきますので、どうかこの場は」

「舐めてんのか?そんなんで俺らが食い下がるとでも思ってんの?調子乗ってんじゃねぇぞオイ!?」

 言うが早いか。胸ぐらをつかみ上げる男。見たところ足の捌き方、体重の移動、掴み方などから推察するに素人だが、喧嘩慣れだけはしているように見える。

 体格はしっかりしているほうなので、力で押し切ってきたタイプなのかなぁと考察。ちなみに一つ付け加えるなら食い下がるではなく引き下がるのが正しい。

 日本語能力的な面でも足りない部分があるらしいということもわかってしまった。バカは喋るとばれる。

 恫喝の声音は確かに迫力があるもので、慣れていないものや臆病な女性からしたらおびえてしまっても致し方ないだろう。

「落ち着いて」

 とりあえず怒っている人は落ち着かせておけばいい。少なくとも俺はそう思う。でもそう簡単に落ち着いてくれたら苦労しないわけで。

「あんだよその目はぁ?そんなに殴られてぇならお望み通り殴ってやる…!」

 胸ぐらをつかんだまま拳を振り上げる男。恐らくこのままじっとしていれば数秒後には顔に痣ができているかもしれない。

 流石にそこまで平和主義ではないです。

 まずは左足に力を込めて体重を乗っける。簡単な体重移動だが、相手が抵抗しないと思っている状況では意外と有用である。そうすると必然的に胸ぐらをつかんでいる左手が前に出てくるので俺の体に攻撃するには左腕が邪魔になるのだ。

 直後、空いていた右腕を掴みかかられている腕の手首に当てて、そのまま重心をずらして腕を極める。俺も世界を旅している父から護身術程度に教わっただけだが、実戦レベルになるまで鍛えられたので素人相手ならばある程度闘うことはできる。

 父曰く、『お前の大切なものを守るときに、まず自分を守れなくてどうする』らしい。ごもっともだが、そんな熱心にやらんでもいいんじゃないか。

「あぶないですから…」

こういう時うまく喋れる舌が欲しいと思う。立てこもりの現場とかで、犯人に説得をするシーンをよく見るが、あんな感じ。正直中学生がこの状況で何を言ってもただイキってるようにしか聞こえない。

誰だってそう思う。俺だってそう思う。

「がっ…てめぇ…!おめぇら、見てねぇで助けろ!」

 男は叫ぶ。でも変に動きたくない。

 というのも、俺もどうしてこの動きで相手が苦しいのか、分からないからである。

 実際父さんは世界中で集めた知識を俺に教えてくるだけでなく、自分でその知識を組み合わせて何かを作ることもある。このよくわからん武道だが護身術もそのうちだ。

 この体勢から右肘に力を込めれば首、右手首に力を込めれば相手の肘、一気に全体重を乗せれば肋骨を折るなど、極めた状態からでも新たなアクションが取れるような戦い方なのだが、とにかく覚えることが多い。汎用性は高いが。

 ガチの殺し屋が使うように、眼球や喉など人間の急所をえぐっていくような動きも多彩で俺をどう育てたいのかわからなくなるのが父の教育である。

 でも、なんで肉体構造的に相手が苦しくなるのかわからないし、練習の過程で予想だにしないダメージを相手に与えてしまうこともある。というか下手したら俺も腕折れるし、実践的じゃないと思うんだよねこれ。

 だがあんまり喋らなかったことが功を奏したのか、相手の仲間はちょっとビビって震えてる。助かったな。この状況じゃ下手に動けないから。

 数分間そうして睨み合っていると、ようやく援軍が登場する。近衛の声に安心するとか、もう末期かもしれない。

「宮野氏。連れてきましたぞ…。相変わらず動きがプロですなぁ、将来は暗殺者にでも?」

「冗談言ってる場合か…すみません、警備員の方、少し取り押さえるの手伝ってもらっても構いませんか?」

 連れてきてもらった警備員の人も少し前から遠くで見ていたようで、事のあらましはわかっていると言ってくれた。

 少し、俺が悪者扱いされるのではないかと焦ったが杞憂だったようだ。この辺の機転が利くのも近衛の有能な点。

「少し事情を聴きたいのでどなたかお話を願ってもよろしいでしょうか?そんなに長い時間はかからないと思いますので」

「はい、それくらいなら構いませんけど…どれくらいで終わりますかね」

「簡単な事実確認ですので数分程度かと。あとのことは私共がやっておきますので」

 初老の警備員の方だったが、明らかに鍛えていることが伺える腕をしていた。

 手慣れているというか、よくあることの様に対処している辺り流石ベテランだといったところか。



 その後俺と佐原は事実確認をして、男たちを警備員さんに任せてその場から離れた。

 しばらく精神が安定していなかった佐原も今はある程度落ち着きを取り戻していた。

「ごめん、アタシのせいで…。アタシがもう少し強ければ宮野クンに迷惑はかけなかったのに」

「それは別にいいけど、大丈夫?」

 佐原は何度か小さく頷く。けれどその華奢な体は明らかに震えていた。

 気丈にふるまっているがやはり怖いのだろう。当然だ。

 こういう時は穏やかに話をするだけでも心が休まる。カウンセリングなどで良く用いられる手法だ。無理して内容を掘り返すこともない。

「ん…ありがと」

「どういたしまして。そんじゃ君と一緒に来てたやつらもいるし早く戻ろうぜ」




「嫉妬しちゃいます。妬けちゃいます。妬んじゃいます。私をほっといて他の女の子を助けに行くなんて…」

「なんでエレナはニコニコしながらそんなこと言ってんだよ。表情と発言がマッチングしていないぞ。なんでそんなに誇らしげ?」

 現在俺はエレナに詰め寄られていた。とてもいい笑顔で。嫉妬していると口では言いながらもどこか誇らしげだ。どれくらいかというと明川が見とれるくらいいい笑顔で。

「だってだって!アヤくんがかっこいいとこ見せてくれましたから!惚れなおしちゃいます!」

「…スクープ」

「やめてくれ佐原。洒落にならん」





 もし学校内新聞にこの情報が乗せられでもしたら笑えん。死ぬ。

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