第74話 作戦会議inファミレス

「はぁぁぁぁぁ…ごめんなさいホント…」

「澪…お、落ち着いて…」

 人のまばらな朝早いファミレス。まだ布団が恋しい時間帯にわざわざ俺が出てきたのは理由があって。本来なら俺はまだ夢の世界なのだが、澪がどうしてもというので相談を聞きに来た。前会った時とは趣が違うものの、全体的に落ち着いた印象で可愛らしい出で立ちだった。前は結っていた長い髪は今は重力に従って真っすぐになっている。丸眼鏡がいいアクセントとなって、彼女魅力を静かに引き出していた。

 そしてその少女は今、その丸眼鏡を傍らに置いて机に突っ伏していた。空になったドリンクバーのグラスに残った氷とストローが何とも物悲しい。

「でも実際自分ヤバくないですか…?なんていうかその、恥ずかしいっていうか」

「うん、ごめんな。否定できん俺がいる」

「ですよねぇ…やっぱお姉ちゃん基準で何でも考えちゃうのどうにかした方がいいのかな…」

 澪の相談内容はどういったものかというと、姉の事を意識するあまり自分のことが疎かになりがちだということ。勉強も集中できず、眠ることすらおぼつかないので、また新しい濃ゆい隈を作って俺と相対している。もったいない。非常に美形なだけにもったいない。

「あ、ジュース持ってくるよ。何がいい?」

「お兄さん…気が利きますね、そういうところ好きです」

「ハイハイ。で、ご注文は?」

「…えと、コーラで」

「あれ、ダイエットしてるんじゃなかったの?まぁする必要ないくらい可愛いけどさ」

「もういいです!ってか分かってるなら無言で烏龍茶持ってきてくださいよ…選択肢与えたお兄さんが悪いんです」

 べーっ、と舌を出して威嚇してくる澪に肩を竦めながら、グラスに氷を補充して中身をコーラで満たす。自分の分にもコーラを満たして戻ってきたテーブルには、澪が頼んだモーニングセットが到着していた。大きなトーストとスープ、サラダが鎮座していた。ちなみにテーブルに乗った料理を見るその目は心なしかキラキラと輝いているように見える。食べることが大好きなのか、はたまた朝のファミレスが初めてなのか。トーストの隣にはジャムやマーガリン、あんこの三種類が乗っている。あんこってのは試したことが無いが、意外といけそうな気もするな。

「ご苦労様ですー!あ、お兄さんいただきますね?」

「なんで俺が奢るみたいな形になってんだよ…いやいいけどさ」

「じょ、冗談ですよお兄さん!ちゃんと出しますから、ね?」

「いいよ別にこんくらい。でも今回だけだよ」

「…なんか自分だけ食べるの申し訳なくなってきちゃいました…お兄さんも食べませんか?」

「あぁいや…俺はいいから気にしないで…って、分かった、分かったから泣くなって」

「そうですよね!自分とお兄さんの仲ですもんね!」

「知り合って今日で二日目だけどな」

「では失礼して…あーん」

「はいはい、あーん」

 口元に差し出されるトーストを一口。カリッとした外の焼き具合に対して、内側はふわふわと柔らかい。こうしたところで朝食をとることは中々無いが、たまにはこういう朝もいいのかもしれない。俺に食事を差し出した澪はどこか満足げというか誇らしげだ。自然に表情が綻ぶ様子ですらどこまでも可愛らしい。クラスの男子からはさぞかしモテるでしょうね。

 互いを知って時間的には一日程度しか経っていないにもかかわらず、俺は澪と気兼ねなく話せるようになっていた。妙に波長が合うというのがその理由だろうか。向こうが合わせてくれているのか、そもそも根底の部分で同族なのか。

「そういやお兄さんの趣味なんですか?よく考えたら自分あんまりお兄さんの事しりませんでした。せっかくなので聞いておこうかと」

「んー…なんだろうな、趣味、趣味かぁ…」

「お家では普段どんなことを?」

「家族の世話かなぁ…皆世話が焼けるし、しいて言うなら趣味はそれかも」

「お兄さんはお家でもお兄さんなんですね」

「ははっ、なんだよそれ。俺はどこでも俺だろ」

「それはそうですけど!じゃあきょうだいとかいっぱいいらっしゃるんですか?」

「姉さんが一人いるよ。まぁあの人も大概世話焼きだけどさ」

「…?あとご両親だけですよね?」

「あぁいや、うちは二人居候がいるんだ。あと母さんもぐうたらしててさ。ま、全然いいんだけどね」

「えぇーいいなぁ、自分もお兄さんにお世話されてみたいです!居候しに行っちゃおうかなぁ」

「あぁ…うん、気を付けて」

「…えっ?なんで自分身の安全を気にされて…ははぁ、分かりましたよお兄さん。つまりお兄さんはケダモノだってことですね?自分が何するかわかんないから気を付けろよ、と」

「いや全く違うが」

 何をどうしたら俺がケダモノ扱いになるんだよ。

「どっちかって言うとうちの居候二人だよやべえのは。怒ったら誰も止められないし…」

「で、でもほら、お兄さんがきっと自分を――」

「多分片方は数秒でねじ伏せられるし、もう片方に至ってはパワーバランスがむちゃくちゃだからな。争いにすらならない」

 なんせビーチボールで意識刈り取ってくるような相手だしな。エレナだって本気で怒ったら周囲が静まり返ったって事件起こしてるし絶対的には回したくない。無論姉さんも母さんも直接血が繋がってる相手とはいえ油断できない。あることないことべらべら並べ立てる才能は一級品だ。

「…ちょっと、心の準備してからまた声かけます。遺書とか、書いといたほうがいいですかね?」

「ビビりすぎでしょ」

「あ、お兄さんこれあげますね。いやぁなんて自分優しいんでしょう」

「食えよ野菜」

「だって考えても見てください。野菜を食べないことによってどんなデメリットがあるというんです?実際大人の人なんて好き好んで野菜食べませんよね?お弁当とか見てても野菜なんてちょっと入ってるくらいなのが多いですし――」

「つべこべ言わずに食え」

「あ、あわわわわ……むぅ、やっぱり美味しくないですよお兄さんの野菜」

「別に俺が作ったわけじゃないから構わん。大いにディスるがいい」

「ばーか!えっと…雑魚…?」

「ボキャブラリー少ないうえに疑問形かよ。じゃあ後一口でいいから、そんだけ食え」

「い、言いましたからね!」

 涙を浮かべながらもりもりと野菜を頬張る澪。そこまで食えとは言っていないが、彼女なりに何か譲れないものがあったのか、泣きそうな表情でこちらを睨みつけている。いや、どうしろと。

「食べましたよ!さぁ褒めてください!」

 涙目で上目遣いをして、こちらに頑張りましたアピール。どことなく要求する内容は灯みたいな感じだな。

「はいはい、よく頑張りました。ほら、後は食ってやるから寄越せ」

「はいどうぞですお兄さん」

 そのまま渡されたフォークで野菜を突き刺して口へ運ぶ。酸味の効いたドレッシングが食欲をかきたてるな。野菜が嫌いでも栄養がとれないわけじゃないが、やっぱり食えるものは多い方がいい。何が嫌なんだろうな、野菜の。

 野菜は割と何でも積極的に食べる俺からすればよく分からない感覚だ。

「あー、そういえばずっと気になってたんですけどお兄さん、間接キスとか気にしないタイプなんですね。意外です」

「気にしてないのはそっちの方だろ…?最初は俺も遠慮してたけどそっちが気にしないなら勝手に俺が気にするのも気持ち悪いと思ってたんだけど…」

「えっ…お兄さん、気にしてたんですか」

「…まぁ別にこういう機会が無い訳じゃないからそんなに抵抗はないけど。むしろ俺としちゃそっちが大丈夫かなって気持ちです」

「まぁお兄さんですし。自分たち家族みたいなものじゃないっすか」

「そうかなぁ…」

 距離感的な感覚で言えば確かに妹に対する立ち位置の方がイメージとしては近い。世話の焼ける甘えたがりな妹を持った気分になっているから多分間違いじゃないんだろうし…あれ、意外とそんな感じなのか。

「そうですよ、もう照れやさんですねお兄さんは。あ、そういえばゼルダの新作が出るみたいなんですけど見ましたか?」

「あれ、澪そういうのも分かるの?」

「はい。というか私ゲーム好きなんですよ。…まぁへたっぴなのでスマブラとかは苦手ですけど」

「自分がどのキャラ操作してるか分からなくなる現象な」

「すっごい分かりますそれ。投身自殺を何回繰り返したことやら。いつかお姉ちゃんとやろうと思って練習してたんですが一向にうまくなれなかったので徹夜三日目で断念しました」

「随分と張り切るんだな。お姉さんの方は持ってるの?」

「いえ、私が上手にできるようになったらゲーム買ってあげるつもりでした」

「富豪かよ…でもやっぱり一人でやりこめるゲームがいいなぁ。その点で言うとみんなで遊べるゲームの中でもマリオは偉大だと思う」

「あれは一人で細かい収集アイテム集めて回るのも楽しいですし、皆でやっても比較的盛り上がりますからね。…まぁ、お姉ちゃんとやったことはないんですけど」

「誘えよ。あともうちょいじゃん――」

 そんな風に話していた頃だった。ファミレス特有の入店音が鳴り、スタッフの『いらっしゃいませ』という声が聞こえた後、なぜか聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「は、はみれす、はじめて…」

 頭部にある角を隠すように室内でもキャップを被っているくすんだ金髪の少女。小さな体つきではあるものの、スポーティな格好が凛々しい目元と相まって非常に似合っている。CMなんかに採用したら人気が出ると思うくらいには似合っていた。

「ふふふ、おねえちゃんもたまにはお料理さぼりたいのよねぇ」

 大和撫子の生き残り。女性版ディルムッドオディナ。泣き黒子に落とされた男は数知れず。テレビでも人気沸騰中の美しき料理人がそこにはあった。おっとりとした語り口で微笑む彼女の佇まいはどこか慈愛に満ちた聖母を彷彿とさせるかもしれない。

「女子会ってのもいいものですね!たまにはアヤくん攻略情報を更新しましょう!」

 いきなり意味不明なことを口走った白髪はくはつの天使。見るものすべてを魅了してやまない整った顔立ちとボディライン。女性的な魅力を抱えていながら決してそれらは衆人を誤魔化すために取り繕われたものではなく、彼女本来の可憐さであった。

「アタシも久しぶりかも。皆と親交を深める機会に恵まれるなんて光栄」

 物静かで毅然とした立ち振る舞い。されどその表情はどこまでも柔らかく。物静かな令嬢を彷彿とさせた。メニューに目をキラキラと輝かせているのを見ると令嬢というより箱入り娘と言ったところだろうが。

「嘘…なんでお姉ちゃん…ここに」

「…あぁ、やっぱり」

 うすうす予想はしていたがまさか本当に恵の妹だったとは。驚いて思わず身を隠すようにした澪に苦笑して俺が家から被って来ていたキャップを差し出すと、大慌てでそれを目深に被った。

 エレナ達は俺たちからは見えるものの、向こうからは意識しないと気が付けない場所に座ったので思わず二人して一呼吸置く。

「やっぱりって…もしかしてお姉ちゃんの事知ってるんですか!?」

「うん。おんなじクラスだからね。苗字を聞いたときはもしかしたらと思ったけど、今確証が持てたとこだよ」

「あぁ、そうだったんですね…でもそれなら話は早いです。どうかお願いです、お兄さん。お姉ちゃんの好きな人を探って来てくれませんか?」

「う、うーん…」

 コイツは困った。いや、対応としては簡単である。恵の好きな人は俺ですよーと話せばいいだけなのだが…。

 それはなんというか、男とかそういう物以前に人間として最低な行いな気がする。

「俺はちょっとそういうのよく分かんないから…」

「大丈夫です、どんな小さな情報でもいいんです!」

「本人に聞くとかは…」

「出来たら苦労してませんよぉ……あ、そうです。盗み聞きすればいいんです」

「なんか急に犯罪者みたいなこと言いだしたなこの人」

 なんだよいきなり盗み聞きとかいう発想にたどり着く思考システム。完全に欠陥品じゃねえか。とはいえ期せずしてこの状況は適しているともいえる。というのもまだ人はそこまで多くなく、来ているのも一人の客が多いので話をする声は多少離れていても聞こえるのだ。俺たちが黙っていればそれで充分内容は拾うことができる。

 仕方がないので俺も無言でみんなの話に耳を傾ける。

「いやぁしっかしアヤくんは最近付き合い悪いですよね?でもまぁ昨日はいっぱい愛してくれたのでいいんですけど」

「おねえちゃんは遊園地に付き合ってもらったし付き合い悪いとは思ってないかなぁ」

「われ、おにいちゃ、すき。いっぱいかまって、くれる」

「アタシも宮野クンには感謝してる。お願いしたらなんでも受け入れてくれるから。

 気遣いもできるしすごく優しい…やっぱり」

 そこまで言って一旦話が止まり。

『好きだなぁ』

 と全員が口を揃えて言った。流石にこれは俺でも照れるものがある。面と向かって言われることは多くとも、自分のいないところでこうして褒めてもらっているというのはやはり嬉しいのだ。

 だが妹様の方は気が気ではない様子で。

「…宮野さんって方らしいですね」

「…うん、そうみたいだな」

 もう何と言えばいいのかわからなかった。かといってここで中途半端に正体を明かすとあれだし…というかアプリの名前に『宮野理人』って書いてるはずなんで気づいてくださいよホント。

 はぁどうしたもんかな…流石に八方塞がりだ。ここまで黙っていたつもりはなかったのだが、相手側からすればそんな理屈は通らないわけで。

 ドリンクバーのぬるくなってきたコーラを一気に飲み干す。

「澪、ついでに取ってこようか?何がいい?」

「ありがとうございますお兄さん…あ、後ろ、危ない…!」

「…っ!?すみませっ」

「――いえ…こちらこそ」

 背中に何かがぶつかる衝撃を感じて振り向く。そこに立っていたのは女性の理想を結晶化したかのようなイケメンだった。中性的な優し気な顔立ちの好青年。全てが計算されつくしたかのような美貌に世の女性は魅了されるに違いない。彼に嫉妬することすらおこがましいと思わせてしまう圧倒的な格好良さ。

 その青年はこちらを見て目を丸くして不思議そうに問う。



「…理人?どうしたんですか、こんなところで」

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