第75話 本当に知りたいのは

「…へぇ。そっかー。理人はそういう人なんだ」

「何で軽蔑してるんだよ俺のこと」

「だってオレたちを放っておいて他の女の子と相談事…?いや別に?だめとはいわないけどさ…なんかちょっと一言くれてもいいんじゃないかなぁ」

「す、すみませんすみません!自分のせいで不快な思いを…」

「あぁ気にしないでください。理人は善人ですし気持ちはわかりますよ。オレも理人には助けられてきましたから」

 俺に対してはぷっくりと頬を膨らませて抗議を長々と垂れてくるというのに、澪に対しては爽やかイケメンスマイルで対応。ここまで明らかに対応が違うと俺としても複雑な気持ちになる。

 時間は十時半頃。近所のファミレスでドリンクバーを頼んでだらだらと相談…というか半ば雑談に近いものを繰り広げていた俺たちの前に現れたのは暁那だった。どうやら女子会には呼ばれなかったらしい。まぁ表では男子で通ってるし仕方ないのもあるのかな。無駄な脂肪の無い完璧な体つきをぶち壊しかねない程の速度でオレンジジュースをがぶ飲みしている暁那と俺を交互に見て澪は目を白黒させてる。さもありなん。俺だってこんな風に表情代わるやつ初対面の美形見たら動揺するだろう。

「えっと…もしかしてお邪魔だったでしょうか?もし迷惑ならオレ別の席に移りますが…」

「あぁ…えっと、お構いなく…?私は今『宮野さん』という方についてアイデアを巡らせるべく――」

「…?宮野さんならここにいるじゃないか」

 何を言っているんだと言わんばかりに疑問符を浮かべて首を傾げる暁那。サラサラの髪からはシャンプーのいい匂いがする。風呂上がりか、こいつ。

 居候している男装女子の髪の匂いから風呂上がりということを理解しちゃった罪深き男こと俺は普通に動揺していた。

 とはいえ当然の反応である。先ほどから宮野という人物を探しているということからもその対象が俺であることは疑いようもない事実であり、それを何故相手が知らないのかということに関して疑念を抱くのもまた当然だと言える。俺だって不思議だもん。

 そして暁那の言葉を聞いてはっ、と手を打つのは澪。どうやら状況が飲み込めてきたらしい。察しがあまりにも悪いんで心配になったが、気にしすぎだったようで一安心――。

「あぁ!貴方が宮野さんですか…なるほど、確かに端正なお顔…」

「いやオレは宮野…いや宮野ですけど」

 おっと雲行きが怪しくなってきた。どうやら澪、暁那と俺を間違えているらしい。ともあれ仕方のないことだ。アヤくん、アヤ、と発言しているのはエレナや姉さんであり、恵は一貫して『宮野クン』と俺のことを呼んでいるしな。

「やっぱり!かっこいいですもんね…あ、でもちょっと待ってください…」

 顎に手を当てて何事かしばらく唸りながら考え始める澪。

 こそこそと耳元で暁那が心配そうに話しかけてくる。うわっ、近くで見るとほんとにイケメンだなムカつくわ。

「…オイ理人、どうしたらいいんですか」

「適当に頼むわ」

「…嘘でしょ?」

 絶望に近い声音が聞こえたがもう気にしている余裕はない。こっちも色々大変なんでね。

「もしかして宮野さんのお家に居候してらっしゃるって方ですか?」

「はいそうですけど…」

「あぁやっぱり。じゃあ宮野さんですよね。でも宮野さんではないと」

「何を言っているか全くわからんが」

「えーと…宮野さんではあるんですけど、お姉ちゃんの言う宮野さんではないですよね?危うく勘違いするところでした…」

「どうして…そう思われたんですか?いえ実際その通りなんですけど。オレは今その誤解を解こうと必死になっていたんですが」

 暁那は腑に落ちないといった表情で澪を見る。疑いや心配というより、純粋な疑問の色が強く出たその問いに澪は、薄い胸を張って自信満々に答える。

「だって…えーと、暁那さん…で大丈夫ですか?」

「ええ、はい」

「なんていうか…なんかこう、かっこいいんですけど…そういう対象として見れないというか。率直に言って男性的な『かっこいい』というよりも純粋に造形に対しての感動というのが近いというか…あっ、す、すみません、突然失礼ですよね…ごめんなさい」

 頭をなんどもぺこぺこ下げているところを見るに本当に悪意はないらしい。そして俺と暁那はというと彼女の慧眼に驚いていた。

 確かに暁那は女性である。それは俺と母さんしか知らない事実であり、暁那本人も軽々しく人にその秘密を言いふらしたりすることは在り得ない。無論俺と母さんも。となればそれはこの瞬間一目見て見抜いたということの証明。今まで誰も見破れていない暁那の正体を見破ったということにある。

 …もしかすると遊園地で俺に必要以上に積極的だったのは、俺が彼女に危害を加える気の無いお人好しだということを本能的に見抜いていたからなのだろうか。

「あはは…でもなんでしょう、やっぱりお姉ちゃんが好きになるならお兄さんの方だと思うんです」

 変ですよね、忘れてください。なんて乾いた笑いを漏らす澪。

 なんだか悪いことをしている気になって俺が口を開こうとすると暁那がそれを制して。

「…えっと、本気で気が付いてないんですか?」

「何に、ですか?」

「いや、話の内容ずっと理人のことですよね?」

「いやだってお兄さんは別に自分の相談相手で…」

「…そのお兄さんの名前は?」

 言われて怪訝そうな顔つきながらも何かを思い出すように視線を斜め上に向ける。そうしてはっとしたような顔を作って慌てて携帯を操作する。

 そこから先は顔を真っ赤にしてわたわたと携帯をお手玉のように手の上で弾ませて俺に詰め寄ってくる。

「も、もももしかしてお兄さんが宮野さんですか…!?」

「あぁ、うん。ごめんね、言い出すタイミングなくて」

「た、大変失礼しました…そういや暁那さんのことを宮野さんって呼んでる時点で知ってはいたはずなんですよね。いやぁうっかりしてました…。でもでも、これで安心です!お兄さんがお姉ちゃんを幸せにしてくれてるんですから!」

「えっと…それは、ごめん、約束できない。俺には好きな人が――」

「あ、あぁいえ、知っています、知っていますとも。というか大体予想できてます。お姉ちゃんのことはそういう対象じゃないんですよね?」

 恥ずかしそうに、だがそれでも姉の幸せを心から祝福する気持ちを滲ませた少女に突きつけるのは些か残酷だったかもしれないが、変に希望を抱かせるよりは、と現在の状況を伝ようとしたのだが、俺の声を止めさせるように手をぶんぶんと振ってそういう意味ではないと意思表示。

「いやいや、そういうんじゃなくて。お姉ちゃん毎日見てて楽しくなさそうだったんです。でもある日を境に急に元気になり始めて。何か希望を得たって感じでした。…まぁそれだけに失恋しちゃったってのも丸わかりだったんですけどね。それでもお姉ちゃんは毎日幸せそうだったので自分的にはお兄さんに感謝してるんです」

「俺に感謝…?姉の告白を断った俺に?」

 恨みこそすれ感謝などすることは無いはず。ましてやそれが自分が心から大切に想っている姉の相手であればなおのことだ。

 しかし澪は恥ずかしながら…と頬をかきながらではあるものの、しっかりと首肯した。

「はい、もちろんです。きっとお姉ちゃんの事を大切に想ってくださっているんだろうなってのはしっかりと伝わっておりますので!むしろ私のお姉ちゃんをとらないでくださいって感じです!」

 少し驚いた。本当にお姉ちゃんのことが大好きな妹なんだな。冷たく当たってしまうというところを聞いて心の底ではどこか二人の間に何かしらの溝があるのかとも思ったが…全くそんなことは無い。

「…お姉ちゃんが今でもお兄さんの事を好きだって言ってるのが何よりもの証拠じゃないですか。それに私はお姉ちゃんのことをずっと見てきましたからわかりますよ」

「でも相手を見定めるとかどうとか言ってなかったか」

「…あはは、それもまぁほんとなんですけど、やっぱり自分の中でお姉ちゃんに好かれるためにはお姉ちゃんの好きな人を見習わなくちゃって思ったんです。だからどうしてもその人が知りたくて。あんまり褒められた手段じゃないんですけど、一番参考になると思ったので探してたんです」

 今度は乾いた笑みではなく心から浮かべた柔らかい笑みを俺に向ける。きっとこれは本心なのだろう。素直になれない自分を変えたくても方法が分からず、毎日苦労している最中に姉を笑顔にする人物が現れた。確かに俺でもその人に迫ろうとするだろう。

「だからその、お願いなんですけど、これからも私に学ばせてください。お兄さんにしかない何かがあと少しで掴めそうなんです。それまででいいですから」

 礼儀正しくお願いをしてくる澪。それをじっと黙って傍らで見ていた暁那は一つ嘆息すると俺の腕を肘で小突いてきた。

「それまででいいですから、ですってよ理人。あなたはそれでいいんですか」

 若干笑みを浮かべながら俺に言う。暁那らしい挑発的で優しい言葉だった。

「そうだな、水臭いよな。別にいいじゃん、これからもよろしくってので。お姉ちゃんと仲良くできるように頑張れよ」

 俺たちが澪を見て笑いかけると何故かまた澪は泣き出しそうな表情になって。昨日遊園地で見た光景と全く同じ展開にデジャヴを感じてしまいなんだか懐かしい気持ちになる。

「うぅ…やっぱお兄さんって優しいですよね。二人ともかっこよくて澪は嬉しいです…よよよ」

「なんかこう、親戚のおばあちゃん的な雰囲気を感じるな」

「あ、オレもなんかそういう雰囲気感じました。オレだけじゃなくてよかったです」

「む、むむ…おばあちゃん呼ばわりは心外ですが…でも今日のところは許してあげます。えへへー、たーんとお食べ、なんちゃって。

 …あ、そうだ。暁那さん、もしよかったら連絡先いただけませんか?お姉ちゃんのことはもちろんですが…お兄さんのこと、もっと教えてほしいです」

「そういうことならもちろん大丈夫ですよ。ただオレは仕事みたいなものがありまして…いつでもOKというわけにはいきませんが」

「いえいえ、こちらが無理を言っているのにそんなわがままを言うつもりはありませんので!すみませんありがとうございます!」

 相変わらず素敵な笑顔でそう言う澪は、



「……お姉ちゃんだけに頑張らせるわけにはいきませんから」


 そう小さく呟いた。


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