第6話 整理整頓ができないことの重大性

 三つのアームがピンク色の、よく分からないデザインのクマを抱え込み、そのまま浮上する。この様子がUFOに連れ去られる様に似ているためUFOキャッチャーと俗に呼ばれている。まさに安直。確かに分かりやすいけども。

 余りに不安定ではあるが、辛うじてタグの部分が引っかかり、そのまま景品出口へ。

 数回にわたる挑戦で、アームの力が微妙に足りないんじゃないか…とか思ったりしたがこういうやり方でとる方が楽らしい。

 最近はこういうのが流行っているのだろうか。だがどこか懐かしい印象を抱かせる熊だった。

 クマに対してどんなイメージを持っているのか、というツッコミに対してはまぁ、それはそれということで。

 出てきたクマを大事そうに抱きかかえて喜色満面の笑みを浮かべる幼馴染を見れば

 こちらとしてもとても幸せな気分になってくる。

 数百円の出費でこの笑顔が見られたのだ。非常に安い買い物に違いない。

「ありがとうアヤくん!昔っからゲーム上手だよねホントに。

 宝物にするねっ!」

「そんだけ喜んでもらえたなら俺からしてもやり甲斐があるってもんだ。けどそのぬいぐるみ、そんな気にいったのか?」

 デザイン性としてはまぁよくある感じ。よくありすぎて他の徒の違いがよく分からないくらいにはよくある感じ。

 確かに可愛げがあるが、人気のキャラクターというわけでも無かろう。どこかで見た覚えがあるのは確かだが・・・ほかのクラスメイトに聞いても知ってる人はあまりいないと思う。

 これだったら普通のぬいぐるみを買ったほうがいいと思うんだがそこんとこどうなんだろうか。

「んー…流石に覚えてないか。しょうがないよね。結構昔だもん」

「昔…?」

んーと、と人差し指を唇に当て、何かを思い出すような仕草をするエレナ。一々絵になる少女である。

 「これ小学生のころ、お父様とアヤくんと私でゲームセンターに行ったとき、アヤくんがとってくれたぬいぐるみのシリーズと一緒なの。

 あの頃は茶色だったけどね。この子の水色とは違ってね。思い出した?」

「言われてみれば確かに…なんかプレゼントしたような記憶が。よく覚えてたな、俺はすっかり忘れちまってた」

 自分だけ覚えていないというのはなんだか少し申し訳ない気持ちになる。こうして思い出の価値に齟齬ができてくると人間関係、悪化することもあるのだ。無論、エレナとの思い出は大切なものだ。

 今だって昔の思い出について話し始めれば一日は終わるだろう。とりわけ長い間一緒にいたのだし、初めて意識した――今も意識しているが――女性でもある。

 思い出は色あせることなく記憶の中に蓄積されている。けれどもすべてが鮮明なのかと問われればそれはまた事実とは違う。

 一日一日の記憶ははっきりさせておかねばなるまい。彼女を傷つけないようにするために。

「アヤくん、ちょっと罪悪感感じてるでしょ。自分だけ覚えてなくて申し訳ない~!みたいな」

「…お見通しってわけか」

「そりゃそうだよアヤくんの事なんだから。アヤくん以上に知り尽くしているつもりだよ。体重や身長、血液中の塩分濃度まですべて丸っとお見通し」

「それはさすがに俺としても怖いというか。…それマジ?」

 本当にすべて把握されているとしたら恐ろしくて仕方がない。恐怖だ。幼馴染であるこいつだからこそある程度は対応できているが、ほかの人間だったら間違いなく距離を置いている。

「ふふふ…どうでしょうね?でもでも、アヤくんが罪悪感を感じる必要なんてないんだよ?だって私だって今そのクマを見て思い出したんだから一緒みたいなもんだし。

 それにアヤくんだって私が話をしたら思い出してくれたし全然問題ないよ?」

「そう言ってくれると助かるよ…実際ちょっと気にしてたし。

 それで?次はなにやる?まだ姉さんが買い物終えるまでには時間があるからもう少し遊んでても大丈夫だと思うけど」

 実際UFOキャッチャーをやっていたのは十数分といったところだ。手慣れている姉さんでも献立を考えながらだともう少しばかり時間が必要となる。

 下手に動くと連絡をしなければならないのでめんどくさいことになる。だからしばらくここにいたいのだが。

「んーとね。じゃああの箱型のシューティングゲームやらない?ちょっとホラーっぽいやつ」

 そういってエレナが指さしたのはカーテンで外と筐体内部を仕切ることができるゾンビゲーだった。二人まで同時プレイが可能で、二人だと連携に応じてボーナスがあるとかないとか。

 俺個人としては興味もあるし、実際友人と何度か遊んだことがある。結構作りこまれているゲームで、臨場感あふれる演出が好みだったりするのだが…。

「エレナ、怖いの苦手じゃなかったっけ…?よく夏の特番とかでホラーやってると俺にしがみついてきてたじゃないか」

「…正直に言って怖いっちゃ怖いけど、でもほら、怖いもの見たさってことばあるよね?そんな感じ」

 分かる気がする。

 出来もしないホラーゲームを面白そうだという理由で初めて挫折したことが何度かある。多分そんな感じ。怖いってのは知ってるけど好奇心で引かれちゃう感じの。

「…なんとなくその気持ちは分かる…。俺も未だにそういう感情はあるし、この先も多分ずっと持ったまま生きていくと思うよ…いいよ、やろうか」

 幸いクマがちょろかったおかげで金銭的な面はほとんど削られていない。あまり姉さんの金には頼りたくないので、金額が決まっているゲームのほうが俺個人としてもありがたい。




「よぉ宮野。元気か?」





 さて、ゲームをしに行こうかな。






「無視してんじゃねえよ宮野!?泣くよ!?」

「幻聴じゃ…ない?」

「そりゃ当然だろ。んで…?こんなところで何してんの?」

「えっと…それは…だな」

 しまった。完璧に油断していた。そういえばここは徒歩圏内。クラスメイトがこの場に放課後きていたとしても何の違和感もない。むしろいない方が不思議なのだ。

 とくに若干髪を染めている明川をはじめとする元気溢れるタイプの人間たちはこういう午前授業の日は大抵午後はこういうとこにいる。

「こんにちは、えっと…明川くん、でしたか」

 ふと背後からエレナが顔を出す。急に声をかけられた俺の後ろに隠れていたようだが、聞き覚えのある声がしたことで顔を出したらしい。

 だが、この状況においては完璧に悪手だ。何を言いふらされるか分かったものじゃないぞ…。

「別に今更僕が言いふらさなくたって噂なんて秒速で駆け巡ってるよ。大体君たちがクレーンゲームやってた時から見てたし、このタイミングで誤魔化したって無駄だって」

「そうですぞ理人氏。まさか我々のような人間が来ているかもしれないという可能性を失念していたのではありませんよね?」

「その喋り方は…近衛このえか。明川がいるってことはお前もいるだろうとは思ったが…」

 目の前の高身長の黒ぶち眼鏡に向かって問いかける。バスケ部エースで黙っていればそれなりにモテる青年である。名を近衛湊このえみなと

運動神経抜群、頭脳明晰、容姿端麗。天は二物を与えないのではなかったのか。卑怯だぞ。

しかしその全てをぶち壊す要因。それは趣味が完璧にオタク趣味だということ。勿論オタク趣味を否定する気はないし、若干その文化に足を突っ込んでいる俺は同類に近いと言えるだろう。

だが喋り方にまで趣味が滲み出てくるようになるともはやどうしようもない。

『~ですぞ』だの『●●氏』だの、典型的な言葉遣い。笑い方も語尾に『wwwwww』とかつけてそうな笑い方で慣れていない人からすると不気味だ。

イケメンなのにね。もったいない。

ただまぁなんというか。やるときはちゃんとやる奴で実行委員とかは率先してやるし、その時はしっかりしてるからよく知らない新入生とかからすると憧れの存在らしい。現実はこの通りだが。

「なんです?我がいるのが不満ですかな…いや、不満でしょうな。可愛い彼女との時間を阻害してしまって。いやはや実に面目ない。正直に言わせてもらうならば明川氏の提案で声をかけようということになったのですぞ。我はやめたほうがいいと思うと進言したのですぞ?けれども…」

「ちょっと待て近衛。ちゃっかり僕一人のせいにしていないか、大体、佐原さはらのやつはどうした。取材気分でついてきやがったあいつは何処に行った」

「それならお花を摘みに行かれるとかなんとかおっしゃっていましたぞ」

「花?」

「野暮ですぞ」

疑問符を浮かべる明川に対してあくまで落ち着き払った様子の近衛。ここまでくるとこの喋り方ですら魅力を感じる人間が出て来てもおかしくないのではないか。

喋り方や趣味はあまり受け入れられるものではないけれど、この詮索させないところとかすごいと思うよね。

「わっ、私がアヤくんの彼女だなんて…!あ、アヤくん?私たちってそういう風に見えちゃってるんでしょうか…?噂になっちゃったりして…」

きゃーっ!とひとりで顔を赤くしてるエレナ。ここで敬語になったのは他のクラスメイトの目があるという事実に配慮した結果だろう。

別に俺は構わないのだが、エレナにはエレナなりの考えがあるのだろう。深く詮索はしない。聞いてもいいようなことなら教えてもらえる日が来るだろうし。

「いや多分もうとっくに噂になってると思うぞ、今明川が言ったみたいに。

…別に困るもんじゃないし言わせときゃいいだろ」

「嫌じゃないですか…?私と一緒って言われて大丈夫なんですか?」

明らかに確信犯である。絶対こいつ、人前でこの話をしたいだけだ。

間違いない。長らくそばにいた俺が言うんだ間違いない。騙されるな。

…しかし答えないのもあれだしな。しょうがないから答えは返すよ。

「別に嫌じゃねえよ。つーか自分で蒔いた種だろ。多少は覚悟しているものと思っていたんだが」

「人前でいちゃつくのやめてもらっていいですか宮野」

「敬語なのに呼び捨てかよ違和感すげえなオイ」

ですます調で呼び捨てとはまた斬新である。面白いから良しとしているが。

そもそもなんでこいつらは声をかけてきたのか。いやまぁ確かに知り合いが居れば声をかけるのは当然かもしれないが…。

「大体明川、お前数学の課題終わったのか?今朝言われてたやつ」

そう、今朝こいつは数学の課題を提出するように言われていた。先生は期日を破ると容赦ないが、そのかわり期限は割と緩めに設けられる。

成績を下げることをあまり好ましく思っていない先生で、なるべく良い評価を与えたいらしい。口調に関わらずいい人である。

「それがさぁ、洗濯しちまってさぁ」

「東京湾に沈みたくなくば早くコピーをもらえ」

「でもさぁよく考えろよ宮野。もし。もしだ。僕が先生に『洗濯してしまったので新しいプリントをください』と職員室まで押しかけて言ったとする。どうなってしまうと思う?」

深刻そうな表情で問いかけてくる明川。先生は一度や二度プリントを失くしたくらいでいきなり評価引いてくるような先生ではないと思うのだが。

「別に…?何も言わなくて提出しないよりちゃんともらいに行って遅れてでも提出するほうが絶対評価上だと思うんだが。間違ったことは言っていないつもりなんだが」

事実その通りだと思う。

確かに過ちを犯すのは悪い事だが、反省して仕上げてくると生徒としての価値も見直されるだろう。株を上げるとかそういうのはあまり考えたくないが、好印象を抱かせるには十分のはずだ。特に普段適当にしているところがあるこいつがそういうことをやると更に評価の上がり幅は大きくなるはず。

「あぁ、お前は間違ってない。きっとその通りだ。だが甘いぜ宮野。お前はきっと自分に当てはめて考えていやがったな?僕の状況をもう一つ加えよう。

――既に僕は五枚。紙を失くしている」





「ばっかじゃねえの?」

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