第5話 幼馴染の口調の重要性

「ここに来るのも久しぶりですね、アヤくんっ!」

「つっても俺は結構ここ来てるから全然久しぶりじゃないけどな」

 俺たちは昼下がりのショッピングセンターに足を踏み入れていた。ただし俺とエレナだけなのだが。

「…私以外の女の子と来たんですか。誰ですか。住所とお名前を教えてください」

「姉さんはノーカン、ですよね?」

「…しょうがないです。お姉さんはお姉さんですので。他の女の子とは来ていないですよね?」

「男友達としか来てないよ。女子からも声かけられたけど…ああいうノリは苦手でな」

「なら満足です!まだアヤくんは私のものですからっ!」

 今現在、俺たちがいるのは何故かゲームコーナーである。

 服を買いに来たのではないのか。日用品を買うのではなかったのか。食料を補充しに来たのではなかったのか。その疑問は俺もひしひしと感じているのだが、姉さん曰く、『おねえちゃんが今日はお買い物するからぁ、電話するまで遊んでていいよぉ』らしい。

 多少はお金は余裕があるものの、バイトもできない中学生の身としては、姉という立場の人間にも金銭的な面で助けてもらわなければ満足に遊ぶこともできない。

 勉強すればいい話なんだけどさ。

 姉さんにある程度の料理に関する知識を詰め込まれている俺も、一般家庭レベルの料理や食材の選別などは可能なのだが、流石に本職の人と比べればまだまだ素人の域である。

 餅は餅屋。プロに任せておけばいいのである。家計は姉さんに一任されているので無駄遣いの心配もないだろうし。

「アヤくんっ!デートですよデート。手をつないでも大丈夫ですか?」

 息が詰まる。純粋無垢に微笑む少女が目の前にいる。その事実だけで普通の人間ならば硬直してしまう。しかも先ほど車の中で色々あったのだ。意識してしまわない訳がない。

「…もしかして、嫌でしたか?すみませんテンションが上がってしまって…申し訳ないです」

 俺が硬直したのを否定だと認識したのか、肩を落としてしょんぼりするエレナ。

 正直この状態も可愛らしくて少し意地悪してみたくもなるが、そんな最低になれるほど俺の心には余裕がない。

「いやっ、ちがうくて、その。…びっくりした。エレナは俺の事そういう目で見てないと思ってたから」

 若干発言というか日本語というか。そういったものがおかしくなってしまったが、誤解を解くべく一応話はする。

 しかし俺の言葉にエレナは怪訝な顔つきを返す。

「…冗談ですよね?私が好きでもない男の子と小学校卒業近くまで一緒のベッドで寝ると本気で思ってたんですか?好きでもない男の子と一緒にお風呂に入ろうとしてると思ってたんですか…?心外です…泣いてしまいます」

「悪かった、悪かったからわざとらしく泣きまねをしないでくれ。そんで?繋ぐんだろ、手。出せよ」

「…私は怒ったので手をつなぐだけじゃ許してあげません。腕をぎゅってしてもいいですか」

「好きにしろよもう。あと一つ注文いいか」

 もはやこうなったエレナは止められない。過去に何度か似たような体験をしたことがあり、その際のエレナも言うことを聞かなかった。大人しくされるがままにしているのが最善策。

 一応話は聞いてくれるというのが風呂乱入事件以来判明しているので一つ注文くらいは付けられるはず。

「その…敬語はやめてくれないか。俺と二人とか身内だけとかの時だけでいいからさ。なんか他人行儀で嫌なんだよ、落ち着かない。多分向こうでなんかあったとかだろうから無理に変えろとは言わないけど、俺の前ではそういうのはやめてほしい。

 見えない壁で隔たれてるような…そんな気がするんだよ」

「…そっか。そうだね。アヤくんはいっつも優しい。変わっていないんだね。

 いや、違うのかな。昔よりもきっとアヤくんは私のことを大切にしてくれてる。

 そうやって繊細で、深読みしやすくて、気を配りすぎるくらい私のことを見ていて。

 そんなアヤくんだからこそ私は惹かれて…」

 ――なぜかとても懐かしいような気がした。

 失われてしまった数年間が、俺の中で繋がっていく。最後の別れの時、泣いていたエレナと目の前のこいつエレナが重なっていく。

「ふふっ、そうだよねアヤくんっ!私はきっと昔のままでいていいんだよね!

 あなたのことが大好きで仕方のない幼馴染でいていいんだよね?幼馴染だけどあくまで『転校生』としてアヤくんに接するような真似はしなくていいんだよね?」

「あぁ、きっと俺は今のエレナのほうが好きだ。多分、誰よりも」

 そう。俺たちの関係はこれでいい。転校生なんかじゃなく。通じ合ったままの幼馴染であるべきだ。

 希薄な印象の純白美少女ではなく健気で一途な幼馴染として、少なくとも放課後である今は俺の隣にいてほしい。


 願わくば――…いや、これは傲慢な願いだ。忘れよう。



 思考を現実に引き戻す可愛らしい幼馴染の声。

 筐体に入った大きなクマのぬいぐるみを指して軽くぴょんぴょん飛び跳ねる。

 あぁあぁ跳ぶな胸がすごいことになるから。

「あっ、アヤくんっ!あのぬいぐるみ欲しい!とって!」

「お前わりとチョイスが厳しくねぇ?頑張るけど!…千円くらいでいけるかな?」

「がんばれっ!」

「おー」


 今はこの楽しい時間に身を預けるべきだろう…いつの日か俺たちが遊んだあの日ように。










「なぁ明川氏。あのカップル。どうみてもエレナ氏と理人氏では」

 大きな黒ぶち眼鏡をかけた高身長の少年が言う。

「おう近衛このえ。僕もそう思う。エレナちゃんと宮野だわ」

 少し明るめの髪――おそらく染めている――の少年も続く。

「アタシもそう思うわ。あの二人やっぱり付き合ってるんじゃないかしら。それにみなさいよあれ。多分宮野クンの服よ。そういうのもあるのね…ふぅん…アタシが誘ったら断るくせに…新聞部の名に懸けて報道してやる…」

 背後から一回り小さめの姿の少女も続いた。対戦型ゲームの筐体の隙間から二人を覗きながら呟く人影にその観察の対象であるエレナ=ログノヴァと宮野理人二人が気が付くことは無かった。









 これは後日談。

 このとき、不穏な囁きに、気が付くことができなかったことがなんとも悔しい。

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