第4話 幼馴染の隣に座る際の事件性
今現在、俺達二人組は徒歩圏内にあるショッピングセンターに足を運んでいた。
徒歩圏内といっても、荷物が多くなることが想定されるため、移動は姉さんの車だが。服以外にも日用品や食料なんかを買い足したりすると思うので、持って帰るのは流石に骨が折れる。
車の中に流れる流行りの曲をエレナも鼻歌で合わせてる。特定の層にとっては全財産をなげうってでも手に入れたい光景だろうなぁ、と思いながら傍らのエレナを見つめる。超個人的『自分は幸せだと感じる瞬間』の栄えある第一位を飾るのはこの時だと思っている。
白く透き通るような陶磁器のような肌に、控えめに存在する瑞々しい唇。
すっと通った鼻筋から視線を上へと移動させればまんまるの瞳と女性らしい男の俺よりもその存在を強調する睫毛。
美の神が気紛れで作り出したとすら思えてしまう純白の天使は、今は俺の洋服に身を包んでいる。
姉さんの服を着ればいいとも提案したのだが、俺のを着ると言ってきかなかった。多分姉さんと服の趣味が違うんだろうね。どっちも美人なのに。
彼女の髪色とは対照的な黒色のシンプルなカットソーと少しダメージが入ったジーンズという極めて男性的な装いなのだが、彼女が身を包めば流石というべきか。
抜群に似合う。少しぼさっとした髪型にあえてしているのが、活発そうな印象を抱かせる。
恐らく何も知らない女性の前に出せば黄色い歓声が飛ぶことだろう。中性的な顔立ちな男性と言われればそう信じてしまうかもしれないと長年一緒にいる俺でも少し考えてしまう。
決して薄くない胸だけが静かに本当の性別をこの場にいる者を周囲へと知らしめる要員だが…。ぱっとみ本当に男かと思っても不思議ではない出で立ち。
声のトーンは高いが、そういった男性もいるかもしれない…といったものだ。よく歌い手とかの生放送なんかで聞く声音。更にそのボイスで落ちる人がいるかもしれない。
「どうしました…アヤくん?もしかして、見とれちゃってました?…なぁんて。冗談ですよっ」
「否定する意味もないから言っておくとその通り」
少し頬を染めながら恥ずかしそうにこちらへ視線を寄越すエレナ。その単純な動作だけで絵になるというのは結構すごいことではないのだろうか。
そんじょそこらの男子にやれば落ちること間違いなし。初対面でこれやられてたら恐らく俺もやられていると思うくらいだ。
「なっ、なんでそんなこと簡単に言えるんですか…なんですか?私を恥ずかしがらせる作戦ですか?」
俺の言葉に劇的な反応を見せるエレナ。相変わらずこの手の話題になると反応が激しい。昔からそうなのだが、向こうではこういう会話はしなかったのだろうか。
コイツの性格なら決して友達ができないとかそう言うことは無いと思うのだが、エレナにもエレナなりの事情という物があったということなのかもしれない。知らんけど。
「いや別にそんなつもりはないんだけど…気に障ったならすまん」
「い、いえっ、別に怒ってるとかそういうわけじゃないんです!ただちょっと照れくさくて…。皆にそう言うこと言ったりしてませんよね?」
「俺がそんな最低な人間に見えるか…言ってないよ。というか言ったのはエレナが初めてだ」
「――ですよねっ!やっぱりアヤくん大好きですっ!」
直後腕に質量感。脂肪のような柔らかさではあるがしっかりとハリがあるの服越しでも伝わってくる。腕がその何かに包み込まれるとようやくその正体に遅まきながら気が付くことができた。
「…当ててんのよ、です。どうでしょう?」
「いやどうとか言われましても」
「感想を」
「いえだからですね」
「おねがいします」
「うれしいです」
何でこんな会話をしなければならないのか。いやまぁ確かにうれしいし正直ドキマギしてるのは認めよう。だがそれとこれとは話が別だ。
便利な日本語であまり好きではないがこんな状況だ。やむを得まい。使わせてもらおう。
エレナにとってみれば単なるスキンシップだろう。精々家族や親友といった具合の。
だが中学生にもなれば幼馴染と手をつなぐことすら戸惑ってしまうのだ。日本の男子中学生という物は。つまるところよからぬ妄想を掻き立ててしまう恐れが非常に大きい。いやむしろ絶対と言い換えてもいい。間違いないのだ。
いかにそれが幼馴染の、兄妹のように育てられた間柄の人間に対する者だったとしてもそんな簡単に行っていいものではない。
「エレナ。こういうことは好きな人とか付き合ってる人とかにしかしちゃいけないんだぞ。お前にとっちゃ単なるスキンシップとしか感じないかもしれないけどされた側からすれば『俺のこと好きなんじゃね?』とか勘違いするから本気で。男子ってバカなの。だからさ―――」
「勘違いではないですよ?私はアヤくんの事が昔っから大好きです。毎日アヤくんの事ばっかり考えてましたよ向こうで。たまにメールくれた時は本当にうれしくて跳び回るくらいに」
「なっ...」
それってまさに、告白みたいではないか。前々から言っていた『好き』という言葉は親愛の証ではなかったのか。友人として、幼馴染として、家族としての好きではなかったのか。思考がぐるぐると巡る。
そうすると今までのやりとりの内容が大きく変わってしまう。そして俺がメールで返した『好き』の意味も恐らく反転するだろう。
勿論嫌いではないし、多分、いやよく考えてみたら間違いなく好きなのだろう。だが急にその事実を認識させられたところでどうなのだ。俺はどうしたらいいのか。俺たちはどのような関係を続けていけばいいのか。
分からない。どうしようもなく情報が少ない。ラブコメや恋愛ものの映画を数多く視聴した人間であろうともだ。むしろそういった創作物に数多く触れていて、固定観念ができてしまっている以上柔軟な対応が取れないというのは由々しき事態なのではないのだろうか。
「アヤくん…私と…」
「お、おいっ、まて」
徐々に距離が詰まっていく。シートベルトが引っ張られて伸びていくがお構いなし。
若干朱色が混ざったその頬は非常に蠱惑的な印象を見る者に抱かせ、視線を逸らすことを許さない。
車という乗り物の構造上、逃げる範囲という物は必然的に限られてくる。
これ以上は本気でまずい。そう戦慄した瞬間だった。
「あのさぁ…おねぇちゃんいるの忘れてない…?すっごい砂糖吐きそうなくらい甘ったるい空気出てるからぁ…おねぇちゃんしんどいぃ…どうする?ホテルに目的地変更するぅ…?」
雰囲気はぶち壊された。
嬉しいような残念なような。そんなきもち。
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