第25話 そうだ、田舎へ行こう(唐突)

 正直な話をしよう。佐原の言葉に動揺していないとかそんなことは全くない。

 むしろ俺の胸中に大きなわだかまりとして存在し、思考の淵で常にその姿を覗かせている。気になると言えば気になるし、知りたいと言えば知りたい。だがそれは俺が自ら訊きに行くものじゃない。向こうから話してくれるものであるべきだ。


 だから今は、記憶の底に押し込んでおこう。今知る必要はない。いずれまた知ることができる日が来るはずだから。その日まではそっとしておこう。



 とりあえず今俺がすべきことは――。

「山ーーーー!」

「かわーーーー」

「合言葉かよ」

 車の両サイドに座る少女がそれぞれ外を見て叫ぶ様子に対してツッコミを入れること。ちなみにやけに元気のいい前者がエレナ。若干棒読みになっているのが佐原である。こうして叫んでいる姿を見ると手のかかる妹が二人できた気になるが、二人の気持ちが分からない訳でもない。

 何せ開け放たれた車の窓から見えるのは生命力をこれでもかというほど感じさせる大自然。遠くまで田んぼが連なり、見晴らしの良い景色が広がっている。

 一応舗装された道には路駐なんて知りませんよとばかりに平気で軽トラがとめられていたりする。そんな光景がなんだか最高にノスタルジックだ。

 吹き抜ける風に髪をはためかせる二人の少女は普段より快活な印象を抱かせ、また新たな魅力を開花させようとしていた。

 本日の天候は快晴。雲量ゼロの素晴らしい天気である。

「アヤが急に田舎に行くとか言い出したときは何かあったのかと思ったけど…もうどうでもいいやぁ。すばらしいよぉ田舎ぁ」

「田舎にうっとりするのは構わないけど事故るなよ姉さん。安全運転でお願いします」

 心地よいのはわかるけどこんなところで事故られたら一大事だ。

「アヤくん!後で一緒に魚釣りしましょ!楽しみですね!」

「宮野クン。あとで余裕があったら山の近くをお散歩しない?きっときもちいい」

「そんな焦んなくてもいいんじゃねえか?別にどっちにも付き合えるだけの時間はあるし。というか三人でやればいいのでは」

「「天才」」

「いや二人が頭回ってないだけだろ。まぁ気持ちはわかるけど」

 エレナは久しぶりに田舎に来たし、佐原も日本にいたとはいえこういうところに来るのは初めてらしい。テンションが上がってしまうのも仕方のないことと言えよう。

 そもそも俺自身も若干高揚している。だからこそ気持ちが普段よりも伝わってくるような気がする。

「そろそろ着くからみんな準備してくれると助かるのぉ」


 どうやらもうすぐ到着らしい。正直めっちゃ楽しみです。



 俺たちは叔母さんの家に二日ほど泊まってから帰る予定になっている。それまでは自由に行動ができるらしい。叔母さんの家で軽く説明を受けた後、俺たちは川に来ていた。

 足に履いているのは来た時のような普通の靴ではなく穴の開いた通気性のいいサンダル。日差しも良いため、今日のような日だと動きやすさを重視した服装でも問題ないとのこと。

 皆一様にまるで夏休みのような恰好をしているのが愉快である。僕とゆかいな仲間たち。

「さて!釣りますよ!ふんす!」

「あんま焦って餌とかつけると針刺さるぞ。落ち着いてやれよ」

 右で気合を入れるエレナから適度に興奮を奪い、

「宮野クン。私初めてなのだけど」

「そうか、じゃあ教えてやるよ」

「…優しくしてね」

「魚釣りの話だよな?な?」

 左で意味深なセリフを吐く佐原に対してツッコミを入れる。

 二人とも楽しそうな様子なので個人的には一安心といったところか。

 保護者は今回ついてきていないので、一番この場所に慣れている俺が保護者としてこいつらに気を配らねばならない。二人とも何かやらかすことは無いとは思うが。

 川のせせらぎと小鳥の囀りが日々のストレスを急速に溶かしていく感覚が心地よい。

 田舎って実際に住むとなると大変だが、たまにこうやって訪れるととてもリラックスができて好きだ。

 ここでは都会の喧騒とは違った心地よさがある。喧騒も俺は好きだが癒しという点ではこちらの方に軍配が上がるだろう。

 加えて想い人である少女と心から信頼する友人の二人と一緒ときている。幸せ。

「佐原さん、折角ですし何か賭けませんか!盛り上がりそうですし!」

「…いい提案。乗った」

「賭け事はおやめください、お客様」

「別にいいじゃないですかアヤくん!お金かけようってんじゃないんですから」

「そう。別に何も問題はないはず」

「…何を賭けるおつもりで」

「「アヤ(宮野)くん」」

「俺の何を賭けるんですか」

「「どうて――」」

「それ以上は女の子が軽々と発言していいワードじゃないやめろ」

「「い」」

「やめろって言ったよな?????????」

 はしたないです。おやめくださいお嬢様たち。どこから二人ともそんな言葉を仕入れてくるんですかねほんとに。

「…流石に他のでお願いします」

「じゃあアヤくんの」

「子供でいい」

「さては実は仲良しだなお前ら。いい加減まともな案を出せや」

「んー…じゃあ一緒に寝る権利はどうですか先生!」

「あ、それアタシも言おうと思ってました、先生」

「さっきまでの発言がえぐかったことでこの発言が割と普通に思えてしまう…、これが交渉術ということか」

「そういうこと、にやり」

「口で言うなよ。ちょっと面白かっただろ。真顔でにやりって言うな」

「というわけで賭けるものも決まりましたし、魚釣り開始です!」

「俺OK出してないんですけど。俺の意思は尊重され――」

「「ない」」

「あっ、はい。もう、言うことはないです。制限時間一時間です。スタートして、どうぞ」







 どっちが勝っても今夜は安眠できなさそうです。俺。

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